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「ねぇ、起きて」
鍵を持つ少女は暗闇の中、小声でツェリアに話しかける。
小声でなくても、誰も聞いてはいないが、夜だからという理由で小声にしているだけ。
「起きなさいって言ってるでしょ!」
小声で何度呼び起こしてもびくともしないツェリアにイラつきが増し、少女はどすのきいた声と、一緒に顔をひっぱたいた。
「……?」
もぞもぞと動き出した、ツェリアに少女は容赦ない一言を浴びせる。
「起きろっつってんだろ!いっぺんで起きやがれ!」
とても女の子とは思えない言葉である。
「え?誰?」
ツェリアは眠たそうに閉じる瞼をこすり、起き上がった。
薄闇の中、ぼんやりと影が見える。
「やっと起きた。ったく、さっさと立て。行くよ」
地に足をつけていないツェリアの腕を取り、強引に立たせると少女はツェリアの手首に縄をつけ牢屋を出た。
ツェリアが連れて行かれたのは、砦の最上階だった。
部屋に着くと、縛られていた縄は解かることなく部屋の床に転がされた。
自力で立ち上がり、膝立ちになる。
そこでやっと、呼び出した本人を目で確認することができた。
その人は、机に足をかけ葉巻を吸っている。
どちらも何も言わない重い雰囲気の中、ただ時間だけが過ぎて行った。
日が昇り、昼になる頃、相手は、机から足を下ろし立ち上がった。
ツェリアを呼びつけたのは、男。
顔は整っており、見た目からするに年齢はまだ20代後半ぐらいだろう。
男の人が一歩歩くごとになる靴の音を聞きながら、ツェリアはそう推測した。
ツェリアの前に立ち止まると、ツェリアの顎をつかみ上げる。
「お前、薔薇の刻印があるんだってな」
「……」
答えようもなく、ツェリアは黙った。刻印はあるが、肯定も否定もしない。
強気なツェリアに、男は動じない。
「聞くよりも見りゃ早いか」
ぼそりとつぶやくと膝立ちしているツェリアの縄をつかみ上げ無理やり立たせ、つい先ほどまで足掛けしていた机に背中を押しつけた。
「いたっ。何するのよっ」
硬い机にいきなり押し付けられ、背中を強く打ち付ける。
「見るだけだ」
「な、何を……」
男は躊躇うことなくツェリアのスカートを全部めくった。
「……!?」
驚き慌てて体を起こそうとするが、肩を掴まれて押し付けられているため、起き上がることができない。
「確かに、刻印だな。だが、小さい。子供の時にやられたのか?」
男は薔薇の大きさを見て判断する。
その間、ツェリアは小さく抵抗し続けているが、まったく気にしていないようだ。
「知らないっ。知ってたって教えないっ」
ヴェリガ以外の男にスカートをめくられること程、悲しいものはない。
これ以上体で抵抗しても無意味だと悟り、言葉での抵抗にツェリアは切り替えた。言葉といっても、聞かれたことに対して何も話さないでいることぐらいで精一杯である。
「なら、話したくなるようにしてやろうか?」
男は不敵に嗤うと、スカートを元に戻す。
ツェリアの体を押さえていた手で腕を肩から手、手から肩と寒気がするような触り方で触った後、最後に首に手をかけ片手で締め始めた。
「ぅっ」
首を絞められることで、首に痛みを感じ、呼吸がしづらくなり、目がかすむようになる。
(殺されるのかな……)
本気でそう思った時、首を絞めていた手が離れた。
「こほっこほっ……」
涙目で相手を睨んだ。
「殺しはしねぇよ。ただ、まだ話す気になれないってんなら、これよりもさらに酷いことをしてもいいんだぜ?
男は嘲笑いながら、ツェリアの耳に顔を近づける。
「話さなければお前と一緒に捕らえたあいつの命の保証はない。どうする?」
「やめてっ。ヴェリガには何もしないでっ!」
掠れた声で叫び、男の足を蹴った。
ヴェリガがいなくなるなど考えたくもない。
あの人がいなくなってしまったら、残されたツェリアはどうすればいいというのか。
やっと、好きと自覚して、恋人になってまだ日も浅いというのに。
一緒に町へ帰ろうと約束したのに。それを守ることもできなくなってしまう。
「なら、話せ。お前が話せば、奴の命は助かる」
「・・・・・・わかり、ました。話します」
ツェリアは、人に話さないでヴェリガを永遠になくすより、話してヴェリガを救う方を選択した。 ツェリアの話は母親から聞いたことから始まった。
物心ついたころにはすでについていた印。
いつつけられたかも記憶にすらないというのに、話すしかない。
人の、ヴェリガの命がかかっている。ツェリアの話す内容すべてに。
相手を納得させなければ。それができるのはツェリアだけだ。
「これは、まだ生まれて間もない赤ん坊の頃につけられたと、母から数日前に聞きました」
ツェリアの両手は束縛から自由にされ、今は床の上に足をつけて立っている。
相手の男は椅子に座りなおし、机に足を乗せ新しい葉巻に火をつけ、一度吸い煙を吐き出す。
男の周りに白い煙が漂い、周りの空気の中に消える。
「それで?」
「え? …………他には何を聞きたいんですか?」
ツェリアが聞かれたのは、『刻印が刻まれたのがいつなのか』だけだ。それ以外で何が聞きたいというのだろう。
ツェリアの乏しい情報の中で、何が知りたいというのだろうか。
「え? ――だと? 他にも知ってるだろ。その刻印をつけているのが誰なのか、他に誰が持っているのか、組織の名前、なんでもいいから話せ」
「し、知りません。そんなこと、こっちが知りたいぐらいです……」
まだ刻印に関して何も知らないツェリアに答えられることは何一つない。
教えられるのは、何時刻まれたのかだけ。ただそれだけしか答えられない。
「知りたい?お前、何も知らずにのこのこと町に来たって言うのか?」
いぶかしむ顔をして男は机から足を下ろし、机で葉巻の火を消す。焼け焦げた跡が机に付いた。
椅子から腰を浮かせ前かがみになり、ツェリアを細い目でじっと見る。
「母に言われました。この刻印の意味と、誰が付けたのかを探しに行きなさいと。私は数日前、リロテで騒ぎを起こした刻印を持つ人です。あなたならそのことをとっくに知っているでしょう?私の両親が囚われたことも知っているはずよ」
いつになくツェリアは反抗的に相手に言葉を言いつけた。
こうするほかなかったのはすべて、ヴェリガを守るためである。
自分が思っていることをすべて言わなければ、殺されてしまうのなら、嘘や隠し事をしている場合ではない。
そして、相手に弱みを握らせてはならない。そこに付け込まれてしまう可能性もある。
「聞いている。15、6の歳の女だそうだ。もう一人、同じ歳の男も町から女と同じく消えていたそうだ」
「それ、私たちのことです。名前まで聞いていなかったんですか?」
男はツェリアの言ったことに対して怪訝な顔をした。
「ふん、そんなの捕らえ殺す者の名など知ってどうするという。国中で有名になりたいのか?」
「違います。有名になどなりたいとは思いません。刻印を持つ者として有名になんかなったって、皆が指を指し、物を投げられるだけです。そんなのうれしくもない」
どうせ有名になるなら、もっと別のことでできるならなりたい。たとえば、歌姫、踊り子、絵師とかで。
印のあるツェリアに踊り子は無理だとしても、それ以外で、足を露出しないものなら、ツェリアもヴェリガと同じように働きに出られた。
それができなかったのは、ツェリアの住む町、リロテは港街ほど栄えておらず、市場に来る店はほとんど商売ばかり。
天候によって、毎日働けないツェリアには、不定期に働ける仕事の方が性に合っていたが、そんな仕事は何一つなかった。
できることと言えば、母の手伝いと、ヴェリガの下の兄妹と遊んであげることだった。
「王家に破滅を呼ぶとされている印を小さくとも持っているのに、有名になりたいって言うのか?」
「技術や、美貌でなりたいってだけです。普通に何の問題もなく暮らせれば私はそれでいい」
有名になって楽しいことなど何もない。ツェリアはその辛さを知っている。
数年前まで有名人として囁かれていたのはツェリアではなく、ツェリアの父だった。
父は、数年前の大規模な内紛争を終わらせた人だった。父が家に帰ってくる日には名誉ある父を一目見ようと街中から人々が家の前に殺到した。
父が名誉なことをしたのはうれしいが、これだけの人が家の前に殺到し、帰ってきた後も一日に何人もの人が用もないのに家を訪ねてきた。ツェリアに対しても、本人は何もしていないのに、父が素晴らしいからとちやほやされ、正直言って迷惑以外の何物でもなかった。
「平凡な暮らしね。生きてここから帰れたらの話じゃないのか?それは」
それはそうだ。
ここから、無事に出られなければそんな夢を持っていても意味がない。
「逃げ出して見せます。もう一度、両親に会うために……」
「兵に捕らえられているのだろ?もうこの世にいないかもな」
男はツェリアの悲しそうな顔を見ながら、嗤った。そんなもの叶うはずがないと嘲笑う。
「そうなっていても、両親を探します。会えるまで探し続けます。でも、その前に、母から言われたことを探しに行きます。両親に会うのは何もかも問題が解決してからです」
周りの兵誰もが泣くな、と思われていたがツェリアは泣かなかった。そんな事実、もうとっくに受け入れている。
リロテを出た時、あの場で兵に殺れていなくとも、連れて行かれる先は処刑場以外どこにもない。
それでも、父と母のことだ。きっと生きながらえているはず。
両親を救うには2人が関係ないことを証明せねばなるまい。
「ふっ、その根性、気に入った。お前名前は?」
「―――――ツェリア、です」
「ツェリア、俺の仲間にならないか?別の牢にいる少年は解放してやる。その代りお前は、俺の配下に入り、俺の部下として働け」
ツェリアはあまりのことに唖然とした。
返事のしようがない。
ヴェリガを助けてくれるのはうれしい限りだが、その交換条件として、ツェリアがこの男の配下に入ることだという。
いったい、今の会話の何所が気に入ったのか知らないが、ツェリアにそんな気は全くない。
だが、断れば、ヴェリガの命の危険性が高まる。
「俺の元にいれば、必ず、刻印の情報が入ってくる。知りたくはないか?自分の足にあるその印のことを」
知りたい。知るためにリロテを出てきた。
ヴェリガを家族から引き離してまで、立ってまだ数日だが旅を続けてきた。
新しい旅仲間も一人増えた。
三人でこれから、王都へ向かいそこで情報を仕入れようと話していたというのに。
「それは、ヴェリガとの関係を断てと言ってるんですか?断って、あなたについてこいと言うんですか?」
「そうだ」
男は有無も言わず即答した。
少しも悩むことはない。よほど、ツェリアを配下に入れたいようだ。
「……………私は」
ヴェリガを失いたくはない。ヴェリガの家族も雰囲気もツェリアを和ませてくれる。そんな人たちを失いたくない。
この人の配下に入れば、もしかしたら、両親の命をつなぎとめておくことができる。
この人はそれだけの、権力を持っている。でなければ、これ程立派な砦を任せてもらえるはずがない。
ツェリアは悩みに悩み、結果答えを出せずにただ、床の一点をじっと見続けていた。