干支達の夢 その九b 【サルに寄せて】
二〇一六年は申年です。そこでサルにちなんだ諺を散りばめてお話を作りました。量は葉書一枚分。タイトルはズバリ【サルに寄せて】です。それじゃ、いってみよう!
「お前らなぁ…」職員室の床の上に正座させられているのは、猿田と猿川の二人だ。本来は仲の良いはずのこの二人、この処よく揉めている様だ。
「で? お前ら何が原因で殴り合いなんか…」新米教師の犬田は何とかしなければと少し焦っていた。
「ちっ…」「ふん!」二人は犬田の言葉にも猿を決め込んでいる。このままじゃ埒が明かないと思った犬田は、目撃者を呼んで話を聞いた後で言った。
「なるほど、先週の土曜日、猿田のファッションを猿川が笑ったのが…」
「だって、こいつ必死なんだもん。中学生がタキシードですよ? いくらクーコちゃんをデートに誘おうと企んでもな! そもそも下心一杯の、意馬心猿の情が見え見えなんですよ!」
「よく言うわ! お前だって薔薇の花を百本って、どんだけなんだよ! クーコを彼女にしたいだなんて、それこそ猿猴月を取るじゃねーか!」
「ううむ、二人とも同じ娘をデートに誘おうと…てか、ガキのくせにタキシードに薔薇百本って…お前ら、猿に烏帽子って言葉知ってるか?」
「あ、オレ、やっぱり犬田先生嫌いだわ」「俺も」この言葉に焦る犬田。
「え? ああ、今のはジョークだよ。猿に絵馬って言葉の間違い。ねっ?」
「ふん! 猿芝居は俺達にゃ通じないよ。そもそも先生と俺達は犬猿の仲と言ってもいい位だもんなぁ」「お! 今、猿川がイイこと言った!」
二人は、いえ~い! と手を合わせてパチン! と音を鳴らした。
「先生こそ、沐猴にして冠すって言葉知ってる? お似合いの言葉かもよ」
「おっ! 糞ガキが! 確かにオレは教師生活一年目だ。けどな、猿の尻笑いの様な事だけはしないって! 第一、クーコはオレの姪っ子だぞ? 絶対にお前らとは付き合わせないからな。クーコがお前らの彼女に、なんてあり得ないわ! そう、猿の水練じゃ!」
「え? 犬田先生がクーコちゃんの叔父さん?」「マジっすか?」
「おおよ! 一番上の姉貴の娘じゃ! 知らなかったのか?」
「うわぁ、オレとした事が。情報通のオレにとって、猿も木から落ちるとはこの事か」「全然似てないじゃん…人と猿くらい違うよなぁ」
「所詮中学二年生、お前らのは猿の浅知恵なんだよ。そもそも…」
この後、犬田先生の説教は小一時間続いたそうな。じゃ、サルー♪
●猿を決め込む……見ざる聞かざる言わざる、から、知らぬ振り、無視を決め込むの意。
●意馬心猿……心が煩悩や欲望のために働いて、抑えがたいことのたとえ。
●猿猴 月を取る……できないことをしようとして、失敗すること。身の程知らずの望みを持ったばかりに、却って失敗すること。
●猿に烏帽子……似つかわしくないことをするたとえ。また、外見だけを取り繕って、中身が伴わないことのたとえ。
●猿に絵馬……取り合わせのよいもののたとえ。
●猿芝居……下手な芝居。あるいはすぐにバレてしまうような浅はかな企み、愚かな言動の意。
●犬猿の仲……非常に仲が悪いことのたとえ。
●沐猴にして冠す……外見は立派だが、中身は愚かな者をあざけって言うことば。また、地位にふさわしくない小人物のたとえ。
●猿の尻笑い……自分のことを棚に上げて他人を嘲笑うこと。
●猿の水練……猿は泳げないものということから、在り得ないことの意。
●猿も木から落ちる……木登りの得意な猿も、時には落ちることがある。その道の達人といわれる人でも、失敗することがあるというたとえ。
●猿の浅知恵……浅はかな知恵のこと。
おまけ サルー……フランス語の軽い挨拶。会った時にも別れる時にも使われる。イタリア語だとチャオの感覚。