第99話「新・暗黒世代」
春のセンバツ大会も、いよいよ大詰めとなり、準決勝となった。龍宮高校VS明徳高校のカード、鷲尾、茅場の両エースの投げ合いに注目が集まる中、とあるプロ野球スカウトでもあり、日米親善試合の監督も務める予定である男、武石啓はあるところに目をつけていた。
「龍宮高校の鷲尾には、白銀世代のキャプテンである岸田鳴という存在がいることが大きいだろう。自分で好き勝手に投げたり打ったりができるうえに、岸田という男を目標にずっと頑張ってきた可能性が高いしな。明徳の茅場も同じく。自らは3番打者として構えてはいるが、後ろに白銀世代の三好、暗黒世代の知多哲也など、良いバッターが構えている。知多も、茅場や三好などの良いバッターの元で練習に励んできたことがよくわかるスイングをしている」
ここで武石はひとつの結論に至った。
「この大会での暗黒世代の躍進には、同じチームの黄金世代、白銀世代たちと鎬を削ってきた、という彼らだけの背景がある……」
試合が始まる。エース鷲尾は相変わらずの好投を見せ、4番の三好でさえサードゴロに倒してしまった。
「良いぞ鷲尾!!」
「ナイスだ!!」
チームメイト全員が彼を讃えた。
(もっと讃えてくれ……俺が最強だと、伝えてくれ……)
一方の茅場も、黒田や岸田などの良いバッター揃える龍宮高校打線を、完全に封じ込めていた。
「さすがだぜ茅場!」
「お前が白銀世代最強投手だ!!」
(最強の名よりも、最高の投手の名が欲しいよ僕は)
茅場は笑って歓声にこたえる。
結局、両投手の投手戦によるロースコアゲームとなったが、最終回に、三好と知多が連続ツーベースヒットを打ったことによる1点で、明徳が勝利をもぎ取ったのだった。しかし、龍宮高校の鷲尾理知という男の名は、この試合を見ていた者全員の脳裏に刻まれたのだった。
「鷲尾がやべえ。140球以上投げてたらしいぞ」
「スタミナ化け物かよ」
「最終回までほとんど打たれてないのにな」
「良いピッチャーだったよ」
「……俺たちが打って鷲尾の負担を軽くできなかったのが敗因かもな」
キャプテンの岸田は鷲尾の肩を抑えながら、謝った。鷲尾はその手を払いのけると、無言で立ち去って行った。
(俺が聞きたかったのは敗因じゃねえんだ。敗因は俺にあるに決まってんだ……)
大牧VS鉄日の試合にも注目が集まっていた。何故なら、準々決勝で新星のごとく現れた大牧高校の巨大リリーフ、田中優馬に期待がかかっていたからだ。
「暗黒世代であり、良いコントロールセンスと強い肘を持ちながらも、小柄であり続けるために一流からは一歩遠ざかった存在にあった田中。しかし、彼を変えたのは大牧高校でのフィジカルトレーニング。体を幾周りも大きくし、筋力も確実に上げてきている。成長期と重なった、ってのも大きな理由だな」
武石は調べた書類を見ながら嬉しそうにつぶやいていた。
「こいつが投げるのも楽しみだが、同じぐらいに鉄日打線がどう立ち向かうのかも気になるぜ」
試合の結果は、2-1で鉄日高校の勝利だった。田中が先発として出場し、四方や木口などのバッターをことごとく凡打に抑えたは良かったが、鉄日高校の4番、地村洋は引導を渡すことを許さなかった。2打席連続でホームランを放ち、完全に勝利の流れを呼び込んだのだった。
「……やっぱり、地村を何とかしねえと夏甲子園に行くのは厳しいよな」
「あいつが一番えげつねえバッターなんじゃないかって思えてくるよ」
田中と今宮は絶句していた。
「そんで、地味に被安打3で抑えてる黒鉄も、やっぱりやばいよね」
「……栗原と春沢を合計3回は抑えてんだもんな」
山口と新田も、非常に気難しい表情をしていた。
「春、夏……課題は山積みだな。全国のレベルもわかったし……ここらで帰るか」
今宮の言葉に、全員がうなずいた。
「……だけど、もし……あの暗黒世代たちが、さらに強くなってたらどうするんだ?」
田中が今宮に問う。
「……俺らにできることなんか限られてるだろ。そいつらに勝てる練習をするだけだ」
踵を返す今宮。彼の言葉が心にずっしりと残った新田。
(俺にできること……)
――翌日、選抜の決勝戦が行われようとしていた。
「結局決勝戦のカードは大本命VS大本命。神宮での再戦ってわけか」
「だからこそ読めねえだろ。どっちにも落ち着きがあり、勢いがある。どちらもチャンピオンの風格を持ちつつ、チャレンジャーチックなところもある。どっちが勝ってもおかしくねえよ」
「面白そうだな。この決勝戦」
「……今年の大会は、暗黒世代っていう番狂わせ野郎たちが大活躍だったからな。決勝戦でも期待だぜ」
「なんなら、明徳の知多は、神宮のときから鉄日相手にうまくやってた気がするんだが……」
観客は、いつも以上に試合に関して話題を強く持ち合っている。
「今日、先発は宮城で行く」
乾監督は全員を集め、とんでもないことを口にした。
「み、宮城ですか?」
「黒鉄は!?」
「いいから、宮城だ」
一貫した監督の様子に誰もが口答えをやめた。宮城は一人困惑している。そんな彼の肩に手をぽんと叩く一人の男――黒鉄大哉。
「楽しんでけよ」
「……は、はい!」
黒鉄の言葉に、宮城は図らずとも胸を躍らせていた。
「よっしゃ、行くぞ。いつも通りだ。神宮の時勝ったことは忘れろ」
明徳の監督はいつものように全員を集めて言葉を放った。その言葉に全員が大声で返事をする。
「茅場。正念場だぞ。春は通過点にすぎねえ」
「はい」
茅場は力強く返事し、グラウンドへと向かった。
試合が始まる。先攻は明徳高校。先頭打者の田村勝清は俊足堅打が持ち味だ。しかし、宮城のストレートとチェンジアップを織り交ぜた緩急投法の前に三振に倒れる。このまま、二番の小川原、三番打者の茅場も凡打に抑える宮城。
「いいぞ宮城。通用してる」
「おう!」
キャッチャーの迫田に言われ、宮城は朗らかに答えた。明徳の茅場も良い投手であり、1番四方から3番木口まで、誰にも打たせない。このまま宮城は三好や知多を、茅場は地村や泉中、斑鳩までも抑え込み、結局3回裏――両チームが打順を一巡させるまではお互いに無安打だった。
「良いじゃん宮城!」
「すげえよ!」
島田や本田などが後輩の投手を讃える。
(暗黒世代だ、なんてバカにされてたのが嘘みたいだな……)
四方は宮城のグラブに自分のグラブを当て、嬉しそうに笑った。
「……あの宮城という2年の投手、黒鉄以上のピッチャーだと思え。もう、暗黒世代を侮れないということは、お前らが一番わかっているだろう?」
明徳の監督の、低く鋭い言葉に、全員が反応した。
(俺は夏、こいつらを優勝させるためにここまで育ててきたんだ。だから、ここは通過点。そのためにも勝ち癖ってのはつけておかなきゃならん)
二巡目に入るが、宮城の好投は止まらない。またしても1.2番打者を三振に抑え、3番茅場と対峙する。
(僕らも黒鉄が来ると思って無警戒だった、ってのもあるけど、こいつ自身、時代が時代ならその年の甲子園を引っ張る存在だっただろうね)
宮城のストレートはタイミングが遅くファウルとなる茅場。笑う。二球目のチェンジアップは空振りしてしまい、2ストライクと追い込まれるが、それでも笑う。
(宮城も僕と同じ緩急を使うタイプの投手だけど、本質的には全く違う。僕はムービングで凡打、サークルチェンジでひっかけさせて凡打、カットボールで詰まらせて凡打、極め付けのスプリットで空振りを誘うのに対し、宮城の場合は、ストレートでもチェンジでも、スライダーでもカーブでも……空振りを取るための投球。緩急やキレを巧みに使って空振りを誘うのが彼。面白いよね)
三球目のカーブを意図せず打ち返す茅場。センター前ヒットとなった。
(くっ、打たれてしまった……4番を前に……)
焦る様子の宮城。そのまま惰性で迎えてしまった4番三好。初球からチェンジアップを叩かれる。
「!?」
宮城の顔の真横を通り抜ける鋭い打球。思わず目を瞑る宮城。しかし
「ふっ!」
斑鳩が打球をダイビングキャッチで仕留めた。このプレイには歓声が上がる。
「よしっ、3アウトだぜ宮城!」
「は、はい! ありがとうございます!!」
宮城の好投に、バックが答える形で、4回表も0をつけさせた。しかし、明徳の茅場も一切止まらない。1番四方から3番木口まで、確実に凡打に抑え込んだ。
「何とか打って応えてやりたい」
木口が悔しそうにつぶやくのを、黒鉄は笑ってみていた。そんな中で、乾監督は宮城の交代を命じる。
「黒鉄に代われ」
「はい」
宮城は力なく答えた。
「楽しめたか?」
黒鉄にそういわれたが、正直、茅場に打たれた瞬間に、雑念がたくさん入ってしまったことだけはわかっていた宮城。無言で返した。
「そうか、残念だったな。でも、俺はお前が楽しそうにしてるように見えたぜ」
黒鉄は宮城の肩に手を置いて笑った。
「胸を張れよ。被安打1」
「は、はい!」
宮城は、先輩投手にそういわれ、嬉しそうに答えるのだった。
そして、5回表。先頭打者は5番知多哲也。神宮大会では代打であったにも関わらず、初球から黒鉄のストレートを打ち返すなど、確かな実力を持っている暗黒世代だ。乾監督は彼を見据えて笑った。宮城先発には、彼なりの思惑があったのだ。
(ただでさえ緩急を用いる宮城のピッチングのあとに、黒鉄のストレートを合わせるなんて芸当、さすがに難しいだろ?)
しかし、黒鉄の初球ストレートを、知多は打ち返してバックスクリーンに直撃させた。インローの難しい球だった――――
「す、すげえ!!」
「交代直後の初球、しかも厳しいコースを……」
「あそこまで叩き飛ばせるか普通!?」
沸く会場。驚くほどに静まり返る鉄日高校ベンチ。
「は?」
黒鉄は、自分の投球を疑った――
それ以降は、何とか踏みとどまった黒鉄。1安打にとどめたが、1点が入っているというのは、全然違った。明徳の茅場に対しても、地村や四方などが徐々に合わせ始め、木口のツーベースヒットなども出て1点を返すが、通算4安打での1点。対しての明徳打線は2安打での1点。重みが全然違った。重い雰囲気で迎えた最終回。乾の戦略も、宮城の好投の甲斐も、黒鉄の投球も、打線も、通用したかのようで通用していなかったのだ。打席には、4番三好。黒鉄は息を切らしながらも、全力でストレートを投げた。
「ふん!」
打ち返す三好。何とかショート本田がさばききってアウトにする。
「よしっ、まずは1アウト!!」
「延長でもいい、戦い抜くぞ!!」
黒鉄が叫ぶ。しかし、それを嘲笑うかのように打席に立つ5番知多哲也。
(させないよ……白銀世代最高級のピッチャーさんよ)
黒鉄が投げた縦に割れるスライダー。見逃してボール。二球目の高速スライダーをカットしてファウル。そして、三球目のサークルチェンジ……これはライト方向に打ち返すが、ギリギリに切れてファウル。追い込んだが、全くそんな感じがしないのは知多自身が放つオーラにあったのだろう。迫田が迷った末に投げさせたストレート――――黒鉄はそれにこたえるかのように全力で投げた。そして、知多はそれを全力で打ち返す。
「……ピッチャー、迷ってたよ……」
知多が迫田に告げた言葉だった。そのままボールはスタンドへと入り、2-1となったのである。




