第97話「センバツ」
三月も中旬になり、雪は徐々に解け始めている今日この頃。
「よっしゃ、行くぞ甲子園」
春の甲子園が開幕した――
開会式が終わり、さっそく一回戦が始まろうとしていたところ、既に観客は球場を埋め尽くしていた。
「どこが勝つかな」
「そりゃ明徳とか鉄日とか、神宮で結果出してるところじゃねえの?」
「鉄日の黒鉄も、明徳の茅場も良いピッチャーだしな」
「良いピッチャーと言えば、最速の松下擁する桐陽、秀英館の住友も外せないぜ?」
「名門であるチームは相変わらず強いなあ」
「いや、ダークホース校が現れてぶっ潰されるかもしれないぜ? それが甲子園の醍醐味ってもんよ」
観客は既に試合の話で持ち切りだ。
一回戦の初戦は、石川県の清龍高校VS奈良県の知廉学園。
「エース岩澤は守備も一流の白銀世代。芳賀山もバランスのいい野手って感じで注目だな」
「いや、知廉のエース知念瑛太とキャッチャーの堤俊也の白銀バッテリーは攻略しづらいぜ? あとは、広角にヒットが打てる井崎中、黄金世代を彷彿とさせるスター性のあるパワーヒッター、大笛凛太郎、堅打堅守の5番セカンド、嶋一徹をクリーンナップに置いてる。地力で知廉学園がいくらか上回ってるよ」
しかし、試合は思ったより接戦だった。初回に一点をもぎ取った清龍高校は、岩澤の好投やチーム全体の堅守によって、9回まで無失点で抑えぬく。しかし、最終回に、3番井崎のヒットから、大笛のホームランで逆転負けを喫したのだった。
「知廉が勝ったか」
この試合を見ていた3人の選手。ジャージには、『龍宮高校』と書かれていた。
「……やっぱり強いね」
小柄な男、黒田有征は何度も頷いている。
「……でも、白銀世代が多いから納得」
大柄な男、鉛野=リチャード=太陽もつぶやく。
「はっ、これくらいの方が俺の実力を測るのにちょうどいいさ」
目つきの悪い男、鷲尾理知は、並ぶ知廉学園ナインを強く睨んでいた。
名豊VS爽田実業の名門対決にも注目が集まっていた。しかし、名豊が既に5回裏の時点で5失点しており、エースである鋼隣二のストレートのノビ、キレ、ともに衰え始めていた。ここに来て、1アウト1.3塁の場面で、打席には4番武永。
「打て打て武永、押せ押せ爽実」
爽田実業のベンチやスタンドは俄然盛り上がる。
「鋼……」
ファーストから見守る藤間。一点しかとっていない名豊は、この時点で既に4点差となり、厳しい状況だった。二打席連続でホームランを打たれているこの4番を相手に勝負は避けたかったが、鋼は勝負をしかけた。
「うおりゃ!!」
インローに鋭いストレート。ノビがなくなっているとはいえ、140km/hを超えるストレートを投げる辺り、さすがの白銀世代である。続いて投げられたアウトハイのストレート。これを詰まらせファウルにした。
「よしっ……戦えている」
三球目にチェンジアップを投げた。武永はこれをしっかり待って打ち返す――が、バットの先にひっかけた当たりは浅いセンターフライとなった。へとへとになりながらも、次の5番打者も抑え、白銀世代としての格を保ったまま降板となった。
6回表、名豊の攻撃は2番内山康平から始まる。2年の暗黒世代『唯一の』スタメンであり、初回に得点を入れたのは、彼のヒットと藤間のタイムリーのおかげであり、チームも彼に期待していた。
「んじゃ、鋼さんも頑張ってくれたことだし、いっちょ逆襲と行きますか」
と言って爽田実業のエースが投げたストレートをセンター返しする内山。ヒットとなる。続く三番打者も、ピッチャー強襲ヒットでぎりぎり出塁し、ノーアウト1.2塁の場面で4番藤間に回すことができた。
「ふう」
大きく息を吐き、バットの芯を見つめ、右打席に立つ藤間。ピッチャーから投げられたボールを、ライト方向に流し打ちした。
「えっ」
全員が上空を見上げた。高く打ち上げられた打球は、そのままスタンドへと入っていく――ホームランだ。
「な、流し打ちでホームランだ……」
「化けモンかよ」
一気に4-5まで追いつく名豊。しかし、猛攻は続かず、このままずるずると無得点のまま8回表。4打席目の武永にホームランを打たれ、4-6となっていた名豊。打席には、先ほどホームランを放った藤間。しかし、三振に抑えられてしまった。
(くっ……)
悔しそうに打席を去る。しかし、去っていく彼が見たのは、チームメイト全員の目。誰の目にも、闘志はまだ滾っている。
「行ってくる!」
5番打者がレフト前にヒットを打って出塁すると、6番打者がサードへの内野安打でギリギリ出塁する。7番打者はセーフティバントを狙うが、一つを確実におさえられ、2アウト2.3塁の状況となった。
「ギリギリだな……」
「ここで逆転できないと厳しいぞ」
名豊のリリーフは、白銀世代ではない3年生。登板経験も少なく、体力も底をつきかけていた。
「頼む、丹具」
監督に背中を押され打席に立つのは、2年の暗黒世代、丹具蓮。
「お前は、こういうときのために厳しい状況下でも練習を欠かさなかった。その意地を見せてやれ」
チームメイト全員が暗黒世代の代打を送りだす。相手のピッチャーは完全に一息ついていた。
(暗黒世代を打席に送るとは、血迷ったな)
しかし、その嘗めた目線を感じ取ったのか、丹具はにやりと笑った。
「……名豊の背番号背負ってるやつが、弱いわけがないでしょ」
ホームランどころか、長打さえ打てなさそうなひ弱な体躯。それでも、オーラは十分だった。相手のストレートを初球からしっかりと捉え、センター方向に大きく打球を飛ばした。
「え?」
スタンドの電光掲示板に直撃する打球。逆転のスリーランホームランを放ったのだ。
「うおおおお!!! 丹具ゥ!!」
「熱いぜえええ!!」
名豊スタンドは一気に盛り上がり、一気に流れをかっさらっていくように……7-6で爽田実業を下したのだった。
「舐めすぎたな、暗黒世代を……」
絶句した様子の武永を、藤間はにやりと笑って見ていた。
鉄日や大牧、花丸大宮などの強豪校も無難に勝ち上がっていく中、大阪府の桐陽高校VS熊本県の秀英館高校の投手戦にも注目が集まっていた。6回まで両者無失点のまま7回表がやってきた。秀英館の1番打者がヒットで初の出塁を果たす。
(何としてでも先に一点を取ろう。攻めろ)
秀英館のキャプテンでエースの住友はここまで被安打0の活躍をしている。彼の送ったサインにうなずくランナー。俊足で名の通った選手だった。
「盗塁だ!」
桐陽のエース、松下が投げたストレートがキャッチャーミットに向かう間にもすさまじいスピードで二塁ベースへと駆け抜けるランナー。しかし、キャッチャーがミットにボールを入れてから、即座に投げられた送球が、バズーカ砲のように二塁ベースへと飛んでいく。
「あうわッ!」
セカンドがキャッチした場所に滑り込んでくるランナー。アウトとなった。
「す、すげえ!!」
「桐陽のキャッチャー強肩だし、制球ぱねえぞ!!」
プロテクターを外して、指を立てた桐陽高校のキャッチャー、村松吉乃。
「ワンアウトですよ!!」
「っしゃあ!!」
白銀世代最速のストレートを投げる松下巧介も強く頷いた。
そのまま2.3番打者を三振に抑え込み、攻撃へと持ち込むが、秀英館のエース住友龍二のジャイロボールの前に歯が立たない。7回も0点のまま、攻撃を終えた。そして8回。4番ピッチャー住友が打席に立つ。松下のパワーシンカーを打ち返す住友だったが、サード塚岸球平が何とか打球を捌き切り、アウトにした。
「ふぅ……松下さん頑張ってるし、次の回は俺も応えねえとな」
塚岸はやる気が無さそうにつぶやくと、次の打者のゴロとライナーも捌き、またしても0をつけることに貢献した。
そして、その回の裏、4番の松下が三振に倒れたのちに打席に立ったのは、5番サード塚岸。
「そんじゃま、行きますか」
暗黒世代と言われている今年の二年生。塚岸球平もその一人に数えられていた。
「ふん!」
住友のジャイロボールを打ち返し、フェンスに直撃させる塚岸。その間にも二塁ベースを蹴り、スリーベースヒットを演出した。住友から初ヒットを奪い、腕を高く上げる塚岸。ベンチで松下が答えた。
「ナイスバッチ!」
「あざす」
続くバッターは、キャッチャー村松。
(わかってるよね?)
サインを送るまでもなく、村松はランナー塚岸に目で合図した。住友のジャイロボールを一塁線に転がした村松。秀英館のファーストとサードは驚いた様子だった。
(住友のジャイロを初球からバント成功だと!?)
塚岸はホームを狙って走る。村松はファーストに駆けながら笑った。
(速い球は見慣れてんだよ!!)
スクイズを成功させた桐陽高校。このまま1点を守り切り、秀英館を下したのだった。
「今年のセンバツ、キーは『暗黒世代』なのか――?」
試合を見ていた武石は、一人思案にふけったのだった。
一回戦が順当に終わり、早くも32チーム中の半分が、姿を消したのだった――




