第91話「全国の猛者」
武永の三振に、会場は一気に鉄日コールで包まれる。黒鉄はにやりと笑うと、続く5.6番打者を三振に切って取った。
「ナイスだぜ迫田」
「いえ、黒鉄さんのナイスピッチあってこそです」
実は先日、迫田が黒鉄にこんなアドバイスをしていた。
――初球のストレートは見逃してきます。ボール球は振りません。そして一番の特徴は、初見の変化球に弱いってことです。
(一打席に2回、同じ球を投げるのは厳禁。それを三打席。まあいつかは打たれるだろうが、一回だけでも抑えたってのはデカいよな)
二打席目はホームランを打たれてしまう黒鉄だったが、それまでに、四方や地村、一年生たちが中心となって得点を重ね、7得点しており、7回の三打席目を、サークルチェンジで打ち崩させセンターフライに倒した。
結局、7-2で鉄日高校が圧勝したのだった。そして、リーグの反対側でも、明徳高校が名豊高校を2-1で下し、決勝進出を決めていた。
「爽田実業に勝ったのはいいけど……黒鉄にかなり負担をかけちまったな」
「二試合連続完投だもんね。さすがの黒鉄もきついんじゃ……」
「問題あるかよ。明徳はつええけど、俺らも弱くはねえだろ?」
黒鉄が鉄日高校の背番号を持つ者全員にそう言った。全員が力強くうなずく。
(さすが黒鉄だ。エースにこんなこと言われて燃え上がらない選手はいない)
乾も神宮大会優勝に、確かな手ごたえを持っていた。
そして、神宮大会決勝の日がやってきた。
「……いよいよだな」
「ここで優勝すれば選抜確定だ。まあどっちみち俺たちはここまで無敗だから、ほぼ出場できるようなもんだけどよ」
「でも、誰も神宮大会準優勝じゃ納得しないでしょ」
迫田の言葉に、四方も黒鉄も頷いた。
「っしゃいくぞオラァ!!」
キャプテンの黒鉄の声と共に、全員が整列した。
「鉄日高校は強いよ。名豊と違って全員がそれぞれ大事な役割を担っている。先発の黒鉄は一打席で攻略するのはほぼ無理だから、ゆっくり慎重に球数を稼いでいこう」
「茅場の言う通りだな。一巡目はみんなとにかく粘ろう。二試合完投勝利している黒鉄を降板させたらだいぶ有利になるはずだ」
4番三好もそう言った。ベンチに座っている控えの選手たちにも同じことを言っている。
「まあ、代打で出たんなら初球からかっ飛ばしを狙っていけばいいさ」
茅場は三好に反して楽観的ではある。
試合が始まろうとしていた――
先攻 明徳高校
1番サード、田村勝清。2番ショート、小川原英知。3番ピッチャー、茅場清。4番ファースト、三好和徳。5番レフト、頭庄優兵。6番ライト、石田和正。7番キャッチャー、八戸薫。8番セカンド、大崎大司。9番センター、島南臣。
後攻 鉄日高校
1番センター、四方和也。2番ショート、本田清行。3番センター、木口諒真。4番ファースト、地村洋。5番レフト、泉中水樹。6番セカンド、斑鳩瞬。7番サード、島田瑛太。8番キャッチャー、迫田茂。9番ピッチャー、黒鉄大哉。
初回から黒鉄のボールはノビとキレに優れており、一番田村、二番小川原を簡単に凡打に抑える。
「良いテンポですよ!」
キャッチャー迫田も手ごたえを感じていた。そして、3番茅場が打席に立つ。
(ストレートのノビは全国トップレベル。体感速度は+5km/hってところだね)
そんな茅場も、粘りこそしたものの、三振に倒れた。
ここで先制点なんて取れれば一気に流れに乗れる鉄日高校。しかし、明徳のエース、茅場の変則投球の前に、四方、本田が三振に倒れる。
(四方さんをチェンジアップで……。本田さんは厳しいコースを突かれて……となると俺はッ!)
三番打者の木口がフルスイングで来た球を打ち返した。外野まで飛んでいくボール。ヒットかと思われたその時、ライト石田が後退し、フライ打球をキャッチした。
「茅場のムービングをここまで飛ばすかあの一年……」
ずれたキャップを深くかぶりなおす石田。木口は悔しそうにバットを持ったままベンチに戻っていった。
「どっちもいい投手だなあ……」
「速球右腕の黒鉄。変則左腕の茅場。どっちもレベルが高い」
観客席の一番近い席でつぶやくのは武石啓と、とあるプロ野球のスカウト。
「やっぱドラフト候補なんですか?」
「うちは今年、黒光高校の郷田と、明徳高校の重永、鉄日高校の古賀を取りますからねえ。捕手とスラッガーは十分なんでねえ」
「やっぱり投手が欲しい所ですか」
「ええ。プロ最有力候補だった大灘くんは大学に行きましたしねえ。来年は良い投手に目ェつけとかねえと」
スカウトはそう呟くと、また黒鉄の投球に注目し始めた。
「……明徳の三好を抑えたら今からでも固めておいていいだろう」
そんな二回表。三好の打席。黒鉄は初球からストレートをインローにばっちり決めてくる。
(厳しいコース……手を出すのは厳しい)
同じコースにもう一球ストレートが来た。手を出さない三好。
(舐めてるのか? もしそうなら……)
三球目は、縦スライダーを同じコースに投げ込み、三振に取った。バットを空振りした三好は悔しそうに俯く。
(くっ、やるじゃねえか)
その後続は凡退にした鉄日高校。その裏の攻撃。地村がツーベースヒットで出塁すると、泉中の送りバントと、斑鳩のスクイズで先制点をもぎ取ったのだ。
「よっしゃあ先制!!」
「ナイスバン斑鳩!!」
「おうよ!!」
先制点を手にしたテッ高ではあったが、4番三好を中心にヒットを打たれ始め、点を取られていく。しかし、テッ高打線も黙ってはおらず、5回に黒鉄がタイムリーを決めたり、斑鳩が内野安打で点をもぎ取ったりと、接戦となっていた。そんな中での7回裏、3-3の同点で迎えていた中で、先頭打者迫田が三振に倒れ、黒鉄が打席に立つ。そんな初球、茅場のストレートが内角ギリギリに決まる。
「ストライク!」
(おいおい、まじぎりぎりじゃねえか。だったら……)
黒鉄がベースに覆いかぶさった。内角封じである。
(へえ。そんなの、僕は構わないけどねッ!)
またしても内角に厳しく投げる茅場。避けようとした黒鉄。しかし、ムービング回転が予想以上にかかり、黒鉄の立っている側へと曲がってくる。
「ぐっ!」
黒鉄の右腕を茅場のボールが直撃した。
「だ、大丈夫か!!?」
ベンチから乾監督が飛び出してくる。打席に立ったままの黒鉄は赤く痕のついた右腕を見せながら笑った。
「デットボール!」
そのまま一塁に歩いていく黒鉄。茅場は帽子を取って頭を下げる。
(仕方ないけど……ピッチャーにデッドボールやっちゃうって気分良くないなあ。これで勝ったら後で勝利を呼んだデッドボールとかって揶揄されそうだし)
鉄日高校は黒鉄のデッドボールと、四方のヒットでチャンスを作るも、勝ち越し点は作れなかった。そして、8回表。8番大崎を三振に取ったところで、代打が出される。
「9番島くんに代わりまして、代打、背番号12、知多くん」
代打として出されたのは、一年生の外野手、知多哲也だった。
(わざわざ一年にして代打で出るってことは、只者じゃない可能性があるな)
初球から厳しいコースを突く黒鉄だったが、それを打ちかえす知多。打球はまっすぐ黒鉄の元へ飛んでいく。
(うわっ!)
左手のミットが間に合わず、身体で弾いてしまう黒鉄。前にこぼしたところを、キャッチャー迫田が拾い上げて投げるが、セーフとなった。
「代打が強襲ヒット!!」
「これは波に乗るぜェ!!」
明徳はがぜん盛り上がるが、鉄日高校は黒鉄の身を案じてタイムを取った。
「黒鉄さん、大丈夫ですか、打球」
「ああ。それよりも……あの一年、俺の球を初球からしっかりミートしてきやがった」
「要警戒ですね。速球が得意な一年生を代打に起用してきた可能性がありますから、次の打席は、変化球中心で行くのが正解ですかね」
「まあとりあえずそうだな」
しかし、デッドボールと強襲を受けてか、黒鉄の調子は上がらず、この回に一点を取られてしまう。何とかアウトを取って裏の回へ行くが、黒鉄はここで乾監督に呼び止められる。
「……ピッチングってのは、身体の繊細な動きと大胆な動きの両方ができないと成り立たない。今のお前に、どっちともできるだけのコンディションが出来上がっているのか、俺はさぞかし疑問なのだが」
「できないとしても、降板は絶対しませんよ……。だって、こんなに楽しいんですもん」
黒鉄は無邪気に笑って見せた。
「3点以上は絶対に……絶対にとらせねえ」
黒鉄の熱のこもった言葉を受け、乾は声を押し殺してベンチに再び座った。
「……黒鉄がここまで苦しい投球を強いられているのは、俺たちのせいでもあるからな」
四方が小さな声でつぶやいた。
「そうだな……茅場相手だろうと打たねえと」
本田も悔しそうに言った。
8回裏、木口が三振に倒れた後、地村が打席に立つ。
「……(黒鉄のサポートか。黒鉄が弱みを見せたことなど無かったからな。考えたこともなかった)」
そんな地村は、初球の茅場のムービングをスタンドに叩き込んだ。
「……」
無言でダイヤモンドを回る地村に、観客や鉄日ベンチが沸く。
「地村のソロホームラン!!」「かっこいいぜ!!」「最高!!!」
黒鉄がベンチに戻ってきた地村と対面する。
「はっ、かっけえじゃねえか」
「……これでウチの勝ちは“確定”なんだろうな?」
地村の言葉に、全員が疑問符を浮かべた。彼が勝利を確信することなど滅多にないからだ。
「珍しいな、お前がそんな強気だなん――」
「3点以上はやらんのだろ?」
黒鉄の言葉をさえぎって放たれた地村の言葉に、黒鉄は胸を張って答えた。
「当たり前だ」
2人はハイタッチを交わした。




