第7話「奪三振」
8回表、古堂と大坂がついに対峙した。晴れ模様のグラウンドの空の下、風が少々打者に有利になるように、フェンスに向かって吹いている。これでもかと言わんばかりに素振りをして1発を狙う大坂。そして――
(一球目……低めに変化球で様子を見よう。シュートだ)
投げた。シュートは外に逃げていく。しかし、エリアの中にはしっかり入っている。この変化量、そうそうミートすることはできない。そう思っていた金条だった。しかし
「ふん!」
大坂がバットを振り抜けば、ボールはしっかりミートしていた。流し打ち――一塁方向へと飛んでいく打球。あわやホームランとなるところだったが、ファウルとなる。
「ひゅー。良い球投げるねあのピッチャー」
大坂は捕球する金条を煽るかのように話しかける。
「そーっすね。でもまあ……次は当てさせることすらさせませんよ」
「ふん、やってみろよ」
相変わらず腑抜けた声をしているが、これでも白銀世代に数えられるバッター。間違いなくそこらの三流とはわけが違う。鷹戸のときも、小豆のときも慎重に攻めていた金条も、8回表ツーアウトの場面では余計に慎重になる。
(少し外しても良いだろう。厳しめのストレートだ)
金条がグラブを構えると、古堂は頷き、そこへと投げる。外角へと滑るように走るフォーシームのファストボール。球速差は十分だ。
「ぬん!」
流し打ち方向へと放った打球はファウル。これもまた外野へ運ばれている。
三球目、高めの釣り玉はボールとなる。
(攻めあぐねているな……さっきからシュートとストレートしか投げてねえし。どちらも俺に当てられている以上、そうそうエリア内へは投げられないだろ)
四球目、シュート。内角はずれたところから中心へと入り込む。
(おっ!?)
打ち上げた。しかし打球は後ろへと飛んでいき、ファウルとなる。ベンチからは「惜しい」と言わんばかりの残念そうな声が出てくる。
「普通のバッターならあれはただのポップフライだろう。だが大坂大磨のスイングスピードが打球にかなりのバックスピンをかけたみたいだな」
「じゃあモロに当たってたらホームランレベルの打球だったってことかよ」
「よくもまあ詰まらせた状態であそこまでのスイングスピードが出せる」
ベンチから見ても、大坂の実力ははっきりとわかり、内野陣にも不安の声が漏れる。
(ツーアウトランナー無し。敬遠するのも一つの手だが……あくまで勝負を貫くか)とセカンド宮地。
(まあ練習試合だし、勝負する姿見せてアピールはしたいわな。打ちとりゃ確実にベンチ入りだ)とファースト伊奈。
(あの打球が飛んで来たら俺は取れるのだろうか……)とショート林里。
(俺が打って点は取り返してやる。だからガンガン勝負しろ!)とサード大滝。
内角厳しく攻めた五球目はボール。カウントツーボールツーストライク。
(ここはもう一球ボール球を投げておくべきだろう。少々敬遠気味に厳しいところに攻めよう)
金条の要求したところ。外にはずれたシュート。古堂は大きくフォームを作り、投げた。ボールにかかった人差し指と中指の先の先に力を込めて放たれたボールはうねりをあげて外へと逃げていく。
(勝負しろよ!)
金属音が鳴る。ファースト伊奈が反応して腰を少し上げるが、一塁線を切れていきファウル。
(粘るなあ……どんな球もカットしやがるし、球速差をもろともしてねえ)
汗を拭く伊奈。ふと古堂のほうに目をやると、彼から滾る闘志に思わず鳥肌が立った。
(あれ……あいつあんなやつだっけ)
六球目。低めに外してボール。フルカウントとなる。
(さあ、ラストボールだ……正直、なんで俺敬遠考えなかったんだろうな)
金条は開き直るかのように笑って古堂を見る。そしてサインを送る。外角低めのシュートだ。しかし、古堂は首を横に振る。
(じ、じゃあストレートか?)
これも首を横に振る。
(な、なにを投げるつもりだ!? 敬遠するのか?)
これも首を横に振る。もう何を投げればよいのかわからなくなって自棄になっているのだろうか? 金条の脳裏に掠めたそのとき、古堂が視線をこちらに向けて何か訴えている。
(ま、まるで俺に従えって言わんばかりだな……何を投げるつもりだよ……)
金条はまた開き直った。胸を張ってグラブを構えなおす。
(もうどこへでも投げろ)
そう思った瞬間、古堂が少し笑うのが見えた。振りかぶって――投げた。
(こいつまさか――)
金条が気づいたときには、もうすでに投球はすぐそばまできていた。大坂のスイングは少し早く、山なりにゆっくりと変化していくこのボールの球速差と微妙な変化に一切バットは掠らず、ボールがど真ん中に据えられたキャッチャーミットに収まるまでの1,2秒の間、大坂はバットを振り終えていた。背中から滲み出る悔しさと、してやられたといわんばかりの雰囲気だった。
「ストライク! バッターアウト! チェンジ!」
「す、スローカーブ……」
大坂大磨は悔しそうににやりと笑うと踵を返してベンチへと戻っていった。
(ここまで隠してたとはな……面白い……)
バットを優しくベンチにかけると、グローブを手に取る。
「大磨……」
「大丈夫だ奥田。二点も勝っててここまで無失点で抑えてる。お前は十分活躍している」
(三振に倒れたこと気にしてないのか?)
ピッチャーミットを手に取り、マウンドへと走る奥田。
「よし、八回裏しっかり押さえるぞ!!」
キャッチャー溝口が奥田に喝を入れる。5番宮地からのスタート。奥田のスライダーのキレは依然として健在で、バットに当たることすら難い。
(だめだなあ……5番として打っておきたいんだが……)
宮地は2ストライクと追い込まれる。ストレートを振り切れず、見逃し三振にしてしまう。
(な……なんて奴だ。調子は落ちないな……)
続いて6番金条がヒットを打つも、続く7番大木が三振、8番高崎がフライに倒れ、この回も点を入れることができない。
「伊奈、金条……ここらへんは確定だろうな。バッティングも申し分ない」
絹田がぼそっとつぶやく声を、守備に向かう途中の大滝は聞き逃してはいなかった。
(くそっ……絶対に打ち崩してやる)
9回表。最後の守備である。大坂大磨を三振に打ち取った古堂黎樹のチーム内の評価は今急上昇していた。
「お願いします!」
5番バッター。初球ストレートを空振り。
(大坂を打ち取っているときよりもノビが増している……)
どんどん尻上がりに上がっていく調子に、なかなか打てない。数回ファウルをした末、シュートを空振りして三振に倒れた。
「うしっ!」
ガッツポーズをとる古堂。次は、先ほどの打席でヒットを残しているキャッチャー溝口だった。
(さっきの打席……読みが当たったから打てたけど……もしスローカーブが出てきてたら確実に倒れてたな)
初球。金条は、彼の配球を読む癖を利用した。古堂の投げたボールはゆっくりとカーブを描いて落ちていく。空振りした。
(ぐぁ……初球からスローカーブかよ……変化量もそんなに無くて甘いところに来てるのに……)
シュートをファウルにして追い込む古堂。三球目はストレート。高めに流れる釣り玉を空振りに倒し、三振に打ち取った。
「よっしゃあと一人だ! ラストしまってくぞ!」
「おう!!」
金条の言葉に、古堂をはじめ、内野、外野までもが答えた。
(あのスローカーブ、大坂と勝負する一打席の、フルカウントまで追い込んだ最後の一球、切り札として持ってたってことか……えげつないピッチャーだな)
溝口は渋い顔のままベンチに戻った。
「ラストバッターになるんじゃねえぞ!」
「そうだ! 打ってやれ」
奥田や大坂がベンチから声援を送る。7番バッターが打席に立つ。
「お願いします!!」
(ここを三者三振で抑えられると、相手のラストの攻撃が勢いづいてしまう……得点とまでは言わん。ヒットを……)
秋江工業の紅葉監督も7番バッターに期待をかける。しかし
「ぐあああ!!」
「ストライク! バッターアウト!!」
三球三振に抑えた。
(こいつ……ボール球すら投げやがらねえ!!)
9回表……5番~7番までを三者三振に抑え、秋江工業最後の攻撃は0点となる。
「うおおおお!! すごいぞ古堂!」
「間違いなく勢いづいたな!」
ベンチだけでなく、試合に出ていた者たちも盛り上がる。
「やるじゃねえか古堂! 次の打席お前からだぜ!!」
「打て打て! 今のお前ならやれそうだ!!」
ベンチに戻ってくる9人。そして、そのままヘルメットをかぶって打席へと向かう古堂。
(調子のいい奴らだ。俺が初回~3回にノーヒットで抑えたの、もう忘れてやがる)
不満そうな鷹戸。その顔を見た絹田はにやりと笑う。
「あいつは大坂を打ち取ってるからな。それに三振連発してくれるのは後ろで守ってる者としての安心感は半端ない。まあお前の投球も十分安心感あるがな」
絹田の言葉に、鷹戸は口を一文字に結び、うつむいた。その横にいた小豆はさらに浮かない表情をしていた。
「小豆、お前の打たれ強さも、俺は評価しているぞ。よく打たれながらも抑えぬいた。春が楽しみだ」
春――か。まるで秋の間は使う気がないような、そんな発言だと小豆はとらえたようだった。
「ストライク! バッターアウト!」
ちょうどそのころ、古堂が三振に倒れ、ベンチに戻ってきたところだった。鷹戸からの鷹のような鋭い視線を向けられ、古堂はつばを飲む。
「わ、悪かったなスライダー当てられなくてよ!」
(そんなことは一言も言ってない)
古堂は無邪気に応援している。小豆はあきらめたように笑い、共に応援するが、鷹戸は一切表情を変えずに、黙って前だけを見据えているのだった。
「お願いします!」
先の打席で内野安打を打っている林里が打席に立つ。次は、奥田の甘く入ったストレートをばっちり捉え、レフトへの安打となる。
「っしゃあ続け佐々木!」
犠打を打つのも悪くないと思った佐々木だが、二点を追う以上、アウトは少しも与えたくない。そう思ってバットを振りぬいたが、ファースト大坂のうまい守備に阻まれ、結局進塁打に終わる。しかし、2アウト2塁のチャンスを作り上げた。
(最低限の仕事はできた……頼むぜ大滝、伊奈)
奥田と溝口の表情が変わった。目先に立っているのは、大滝真司。今日一度も安打を残せていない。
実は、打席に向かう前に、監督にこんなことを言われている。
「おい、大滝。お前は兄とは違う。打ち分けなんて高度な技術まだ一年のお前には求めちゃいない。ランナー気にすんな。一発狙え。どうやら伊奈もランナーいないほうが打てるみたいだしな」
(さっきからずっとセンターに取られてるんだよな。まあいいや。気にせず打つぜ)
初球。奥田のスライダー。キレは前打席よりも劣っている。そう確信した大滝はフルスイングで打球を打ち返した。
(あっ!)
ショートの頭上を飛んでいく打球。走っていく林里。三塁ベースを蹴って早くもバックホームする。
「ああっ!」
レフトの頭上も超えていく。大滝自身も二塁ベースへと進塁した。
「うおおおお!! 点が入ったぞ!」
林里がホームベースを踏み、見事帰還。
「っしゃああ!!」
二塁から雄たけびを上げた大滝。ベンチの古堂らもそれに応える。
(やったな……真司……)
(大滝真司……兄進一ほどの技術は無いが、こいつは確実にパワーヒッター。『不動の一番』にはなれないが、クリーンナップを任せるだけの実力はあるな)
そして、試合終了した。結局追撃は一点のみに終わり、2-1で秋江工業高校の勝利となる。
「ありがとうございました!」
「「ありがとうございました!」」
古堂黎樹――今試合、11打席を相手に、2安打、自責点0、そして、7奪三振という好成績を残したのだった。
スローカーブ…カーブよりもさらに球速が遅く、タイミングがつかみづらくなる。




