第45話「準決勝」
準決勝の日の朝――試合会場に集まるクロ高の選手。テンションが俄然上がっているのは、伊奈聖也と林里勇。集中している古堂。
「……コドー、集中しているところわりーんだけどさ……スタンドのあそこ、見てみろよ」
伊奈が古堂の肩を叩いて視線をスタンドの方へと向けさせた。
「テレビ局来ているぜ」
「……ほんとだ」
県大会準決勝ともなれば、県内の野球好きに限らず、大学の野球チーム、プロ野球のスカウトですら顔を見せることがある。活躍すれば間違いなく県内に名の知れた選手となるだろう。
「……活躍して有名になるチャンスだな! なあ林里!!」
「あったりめえよ伊奈! コドーもガンバローぜ!!」
「おう!」
クロ高一年生の三馬鹿トリオ――伊奈、林里、古堂の三人は、俄然やる気を出したのだ。
大滝は先発鷹戸と共に球場の周りを軽くジョギングしていた。鷹戸の予想以上に速いペースに、思わず心配してしまう。
「……はっ、速すぎないか? あんまり上げすぎると試合疲れるぞ?」
「……」
(む、無視……)
鷹戸は黙々と自分よりも早いペースで走っていく。
「あれ? 一年生にして強豪校の4番を担うパワーヒッター、黄金世代大滝進一の弟としても有名な、大滝真司くんじゃない?」
気づけばとなりを走っているのは、髪の毛の長い――この男、柏木邦也だ。
(ハッ高の……柏木!!)
大滝は思わず目を見開いた。鷹戸との差が開いていく。
「……前を走っているのは、鷹戸かぁ……中学の時は無名だった速球派投手。まさにあの肩の強さは天賦の才ってやつだよね」
(確かに……)
この柏木といい、鷹戸といい、一年生にも良い選手は県内にもそれなりに存在している。それでも『暗黒世代』と呼ばれるのは、やはりそれだけ上級生が化物なのだろう。
「……昨日の試合見てたよ」
「!!」
「試合あたりの平均打点おおよそ三点……。ウチの中でも相当警戒されてるよ」
「そりゃどーも。でも柏木、お前も相当だぞ」
「そりゃどーも」
「そういえば大滝は、ナックルボールは打てるのかい?」
「ん……」
新田をバッティングピッチャーに置いて、何度かナックルを打つ練習はしたわけだが――。新田は言っていた。
「……俺のナックルは紛い物。所詮軟投派が頑張って覚えた贋物だ。だが柏木のナックルは本物だ。あいつは、本物のナックルボーラーだ」
この言葉を思い出した大滝は、正直にも口をつぐんでしまった。
「ほお……それじゃあ、勝ったも同然だね。うちにはホームラン打てなきゃ勝てないよ」
柏木は笑いながら大滝を追い抜いていった。そのまま鷹戸も追い抜いていく。
大滝はこの話を控え室に持ち帰る。真っ先に感情を爆発させたのは、1番バッター、田中であった。
「なめんじゃねえぞゴルァ……!!」
「……ぶっちゃけ柏木のナックルを打てるかと言われると、難しいものがあるからな。ナックルは捨ててストレート……とも行かねえんだな。滅多に投げない」
今宮は渋々といった様子だ。
「でもそうは言ってられないでしょ? ハッ高の一年生はすごいよ。でもうちも大概じゃない?」
山口が鷹戸と大滝を見て呟いた。
「最悪1点取れば何とかしますよ……」
鷹戸が小さな声で呟く。
「いや、さすがにそれは無理だろ。イレギュラーが多いのが野球ってもんだ。それは逆に俺たちにも言えている。そのためにもチャンスは絶対に潰さねえぞ」
今宮が最後に叫んだ。全員が応える。
盛り上がる今宮らの元に、絹田監督がやってきて言葉を発する。
「根古屋監督は試合中にあまり指示を出さない。選手たちが自分たちで考えて戦略を決めている部分が多い。その分、型にはまらない攻め方をしてくることがあるぞ」
「……それはウチと一緒じゃないですか」
今宮が不敵に笑う。
「っしゃ行くぜ!!」
叫んだ。一斉にベンチへ、球場へと飛び出していく。
オーダー
黒光 1番ショート、田中。2番セカンド、今宮。3番センター、山口。4番サード、大滝。5番ファースト、伊奈。6番キャッチャー、金条。7番ライト、小林。8番ライト、佐々木。9番ピッチャー、鷹戸。
初巾 1番キャッチャー、白里(虎)。2番キャッチャー、山田。3番サード、大槻。4番センター、レイモンド。5番ファースト、白里(一)。6番ライト、瀬田。7番ショート、錨。8番レフト、権田。9番ピッチャー、柏木。
「コジロー、捕れるんだろうね?」
柏木が目を細めながら投球練習を始める。白里にナックルを投げる。しっかりと捕球する。
「……問題ないな。昨日とは打って変わって晴れてよかったぜ」
「だな」
今日は晴れている。気圧が低くなるため、無回転系の変化球の脅威は増すだろうと思われる。
「さあ……やっていきましょーか!!」
声高らかに、内野陣全員に向かって叫ぶ柏木邦也。プレイボールとなる。
「お願いします!!」
先頭打者、田中遊。柏木はにやりと笑った。
(白銀世代……でも出来てシングルヒット。今宮さんほどやばい存在じゃないし、大した警戒もいらないか……?)
初球のナックル……見逃す田中。
(思ったより揺れるなあ……やっぱ『新田の』と同じ感覚で打ってたらやられるぞ)
2球目のナックルは外に外れてボールとなる。
「もっと中心集めてこい!!」
キャッチャー、白里虎次郎が柏木に言う。歯にもの着せぬ言い方に、柏木が下の歯を上の歯にぶつけて苛立ちを見せた。
(うるせぇえええええ! ナックルは思い通りになりにくいんだよ無知がっ!)
3球目のナックルをストライクに入れ、2ストライク1ボールと追い込まれる田中。そして4球目――柏木はまたナックルを投げる。
(ナックル一辺倒じゃダメなんだよ!!)
田中がミートさせた打球が三塁線ギリギリに飛んでいく。
「うおしっ!」
ベンチが叫んだのも束の間、初巾高校のサード大槻がうまく反応し、捕球する。
(うまいっ!!)
そのまま送球した大槻。ファースト白里一哉が捕球してアウトとなる。
「あざっす大槻先輩!!」
柏木が後ろを振り返って頭を下げる。白い歯を見せてにかっと笑う。
「……さすが強豪。守備がしっかりしているな」
「……ナックル一辺倒なら打てないことは無さそうだな。でも思ったよりも揺れる。気をつけろよ、今宮」
田中の忠告を受け、今宮は頷いて打席に向かう。柏木は『にたにた』と笑っている。
(この人は……高め甘めのカーブを打ち上げさせるのが良いかな)
初球、ゆるいカーブを見逃す今宮。
(あれ、見逃すか……)
柏木は不満そうに口の中に空気を溜める。2球目――――ナックルを投げる。
(高め浮いてるっ! 打ち頃っ!!)
振り抜いたバット。しかし芯から外れた打球は大きく打ち上げられる。予想以上に揺れ動いた魔球に、簡単に打ち取られてしまった。
田中、今宮の二人がアウトに倒れたことにざわつくクロ高ベンチ。
「あ、あれ? 二人共出塁できなかったの見るの初めてだ……」
古堂がぼそっと呟いた……。大滝も打席に向かう準備を始めつつ身震いしていた。
三番バッター山口が打席に立つ。初球のナックルを見逃し、続くストレートを打ち返すが、センターレイモンドがしっかりと捕球してアウトとなる。3アウトで初回の攻撃を終えたクロ高。
「……柏木のナックル、予想以上に揺れるね」
上位打線三人の見解は共通していた。彼のナックルは、新田以上だと。
1回裏、マウンドに立つのは鷹戸遥斗。投球練習を数回行ったところで、先頭打者と初めて相見える。
「お願いしますっ!」
肩幅広く、体格ががっしりしていて明らかにパワーのありそうな先頭打者、キャッチャーの白里虎次郎。
(図体ばっかしデカイ雑魚だろ)
鷹戸の初球のストレートを打ち返す白里。ショートバウンド。鈍く大滝の目の前で跳ねた。
「うぐぁ……」
跳ね方に似合わず、予想以上に強い打球だった。大滝の左手首に直撃し、取りこぼしてしまう。
(うっ……)
右手でそのまま掴んで送球するが、間に合わず、セーフとなる。
「わ、わりぃ鷹戸!!」
「……」
大滝が謝るが、鷹戸は我関せずと言った様子でまっすぐに打席を見ていた。
(大滝は気にしているかもしれないが、鷹戸は味方のエラーには随分と甘い男だぜ。だってこいつは、自分の投球に絶対的な自信があるから……!)
金条がにやりと笑って初球高めのストレートを要求した。二番打者の山田律。バントの構えからストレートを打ち返すが、球威に押され、全く打球が転がらない。
(んなっ!)
金条が打球をすぐさま拾い、一塁へ送球。不本意ながら送りバントとなってしまった。
「手首痛い……あの直球やばいよ」
「やばそうだな」
山田の言葉を受け、三番バッター大槻が打席に立つ。二塁ベースには白里虎次郎。鷹戸遥斗は無表情だ。
(白銀世代か……)
大坂大磨を思い出す鷹戸。今目の前に立っている大槻からは、そのようなオーラは感じられない。初球いきなりスプリットを投げ空振りさせる。
(ひ、低め……! 低めは捨てるか)
大槻は低めを捨てる。続くは、内角に切り込んだツーシーム。大槻は打ち返すも、詰まらされた打球はファウルとなる。
(こいつからは……あそこまでの脅威は感じられないな)
鷹戸が3球目に投げたのは沈むジャイロボール。大槻は豪快に空振りし、三振に倒れた。
盛り上がる会場――――白銀世代に数えられる選手、初巾高校の三番打者、大槻吉秀を三振に取ったことで、鷹戸を称える観客たちの声がよく聞こえた。
(ふっ……)
鷹戸は嬉しそうに眉をひそめると、次に打席に立つ男を見た。思わず目を見開く。
「おいおい……あのピッチャー、俺を見た瞬間に闘志むき出しにしすぎじゃないかぁ? まるで狂犬だ」
「……強肩? かなりのもんですよ」
金条は小さく笑う。その相手は、初巾高校の四番打者、センターで白銀世代のレイモンド=アルバード。
(京都府からのスカウトでやってきたアメリカ人の血を持つ県内最強野手……。鷹戸でも抑えられるかなあ……)
自然と配球が、低め……そして外へと逃げている金条。鷹戸がストレートを投げるがボールになる。2球目も、3球目も外してしまう。
「おいおい、敬遠か? つまらねえな」
(ああ……力が入っているのか? いや、俺の緊張が伝わりすぎてるだけなのか?)
レイモンドの言葉に焦り、早りを覚える金条。4球目、高めの釣り玉を要求した金条だったが、レイモンドはそれをしなやかに打ち返した。
(……しまっ……配球甘かったかっ!)
鷹戸が無言でライトを見る。小林の背後に落ちた打球――――虎次郎が三塁ベースを蹴ってホームに入り込む。その間にも、レイモンドは二塁ベースにいた。そして、強肩の小林の送球の間、三塁ベースへと到達した。
「……おいおい、これが球威モンスターの実力かい? クロ高ピッチャー、鷹戸遥斗くんよお」
レイモンドが三塁ベースから鷹戸を煽った。しかし、鷹戸は無視して打席を見つつ、小さな声で呟いた。
「……白銀世代か」
続く5番バッター、白里一哉が打席で構えている。鷹戸は次々くる災難に、にやりと笑うのだった。




