第44話「壁」
県内の別の球場でも、雨の中だったが試合が終わっていった。鉄日VS鶴工業の試合は、今回も黒鉄を温存した鉄日が圧勝。三浜VS武里の試合も、三浜高校の白銀世代、坂東剛治郎の特大アーチによる逆転勝ちによって準決勝進出を決めていた。そして、第2試合に当たる初巾高校VS藤崎高校の試合。エースで4番の道中を中心に、初回2点を上げた藤崎高校だったが、それが強豪の心に火をつけてしまった。結果、2-11で初巾高校の圧勝だった。これにより、次の試合の相手が初巾高校であることが確定する。
「……いや~。俺のヒット見ました?」
肩幅の広い丸坊主の男が口を開いた。球場の入口で雨宿りしている。初巾高校の1年生、白里虎次郎。1年生にして正捕手、及び1番バッターを担う男だ。
「……あれはダメだろ。俺みたいにすぐホームランを打たないと」
こう言って鈍く笑うのは、3番バッターのサード、大槻吉秀。白銀世代の一人に数えられる。
「ホームランって……1番バッターはそんなぽんぽんホームラン打つ必要はないんですよ」
白里虎次郎は口を尖らせる。
「コジローの言うとおりだねぇ……」
間延び口調で優しく呟くのは、山田律。2番バッターのセカンドだ。
「何やってるんだお前ら! 根古屋監督来てるぞ!!」
雨宿りしていた三人の元にやってきて叫んだのは、白里一哉。キャプテンの二年生。白銀世代に数えられる5番バッターの一塁手だ。
「あ、兄貴だ」
白里一哉、白里虎次郎――この二人は、地元のちょっとした有名な野球少年の兄弟である。親が大学野球のコーチをしていたこともあり、幼少から野球漬けの日々を送っていたのだ。
「今日の試合の反省だ。二点取られたのは、お前の配球がクソだったからだ。だいたい道中に初回からタイムリー打たれるとか何事だ」
「し、仕方ねえだろ!! だったらお前がキャッチャーしろよ!!」
「そういう問題じゃねえだろ。二打席目以降はレイモンドがうまいこと捕ってくれたから良かったけど、もしレイモンドいなかったら……」
「カズはコジローに厳しすぎるよ、一年生、暗黒世代って呼ばれてる割には頑張っているほうなんじゃないの?」
「……律は逆にコジローに甘すぎる。一年生だとしても強豪の一桁背番号を背負っているという感覚は持ってもらいたいよ全く」
愚痴を垂らしながら虎次郎、大槻、山田の三人をミーティングに連れて行く白里一哉。監督がしびれを切らして両足を貧乏ゆすりしながら屋根で雨よけが完璧にできているベンチに座っていた。
「のうカズヤ、サンキュな。さあ、今日はクニヤがいなかったわけだが、手応えはどうだった? はいコジロー」
「……ストレート打たれまくったけど俺3安打しているので満足で~す」適当に言った虎次郎。
「はいはい。んじゃ山田」
「……やっぱりショージでも十分戦えるイメージです」ゆるい口調で言った山田。
「なるほど。んじゃ次ヨッシー」
「俺も5打点なので満足です。クニヤがいなくても大丈夫ですよ」とヨッシーこと大槻吉秀が言う。
「んー。なるほどね。だってよカズヤ。どう思う?」
――初巾高校の監督、根古屋栄。クロ高の絹田、三浜の築根、鉄日の乾に並ぶ県内の敏腕監督である。選手(とくに育成途中の一年生)の才能を見抜き、うまく伸ばすのが特徴であり、実際に柏木にナックルボールを教えたのは彼である。
「連戦ですし、明日の相手は邦也曰くクロ高になるらしいですから、邦也無しでこの点差を取れたことは、打撃面に置いては及第点だと思います。ただ……」
「ただ?」
「バッテリーがまだまだ不十分です。ショージは先発経験に乏しいのに、それを配慮できていないコジローの未熟さが、今後危うくなるかと」
白里兄弟の兄、一哉はこう分析した。ショージこと、阿佐間庄司は本日先発した二年生の投手である。
「いや、あれはコジローのミスじゃねえよ。打たれたのは俺なんだしさ」
「阿佐間さんの言うとおりでしょ。大体明日は邦也が先発なんだからいーじゃん」
「そういうのがなあ」
兄弟喧嘩になりそうなところの白里一哉、虎次郎の二人。それを止めたのは、一人の大きな男。
「良いんじゃないのか? 点は取れてる。クロ高は決してどこからでも点が取れるチームじゃないからさ」
こういって兄弟喧嘩を止めたのは、レイモンド=アルバード。白銀世代の外野手で、四番バッター。中学生の頃から日本に住んでいるアメリカ人である。
「お前が言うとさあ……結局何も解決しなくなるんだよ」
兄の方がやれやれと言った感じで視線をレイモンドの方に向けた。
「まあいいや、レイモンドの言うとおりだろ。んで、二点取られた本人はどう思っているんだ? ショージ」
「うっす」
根古屋監督に名を呼ばれて返事をしたのは、阿佐間庄司。今日は二失点するも完投勝利をしている。
「そうですね……正直クニヤならあの打線を完全にたたきつぶしていますね。コジローの配球もあったとはいえ、道中に打たれたのは俺の落ち度が大きいと思います」
「んー、お前がそう思うならそうなんだろうな。まあいいや。今日は早く帰って休め! 明日の先発はクニヤだ。あいつはクロ高の試合直に見てるから詳しいことはあいつに聞け! んじゃ解散!!」
根古屋監督は投げやりに話しながら解散させた。全員が雨の中、傘を差して帰っていく。
「鷹戸、これ見とけよ」
夜、古堂は、鷹戸のいる寮の部屋に入ってきて、ファイルを渡した。それは、今日の初巾VS藤崎の試合がまとめられたファイルである。
「食堂行けばビデオあるし、しっかり見とけって、監督も金条も言ってた」
「……(わかった)」
無言でファイルを受け取る鷹戸。部屋の扉を強引に閉めようとするところで、ある先輩が戻ってきた。
「あっ、鷹戸! 俺入る入る!!」
彼の名は、森下秀。三年生――黄金世代だ。
「こんばんは森下先輩!!」
「……うっす」
鷹戸が森下の入るスペースを開ける。187cmもある彼が入る隙間はかなり大きめだ。
「……んで、一年生投手二人で何してたの?」
おそらくコンビニで買ってきたと思われるプリンを食べながら呟く森下。彼は大食漢であるにも関わらず、脂肪の無い洗練された筋肉と、圧倒的なパワーでホームランを量産する黄金世代最強のアーチストと謳われていた男だ。プロ入りが決定している。
「明日の試合のことについて……」
「ああ、ハッ高だっけ? レイモンドいるところだろ? あいつはやべえよな」
「そうですね……」
古堂も、鷹戸も絶句した。
それは二日前のこと――――福富商業高校の試合を控えた前日、連戦ということもあってその次の日に試合で当たるかもしれない初巾高校を調べていた。
「初巾高校の先発は、柏木邦也。一年生のナックルボーラーです。今大会では普段リリーフの二年、阿佐間庄司と入れ替えたりして組んでいることが多いですが、準決勝ですから、先発でくる可能性が高いと思います」
柏木邦也の武器は、言わずもがな得意球のナックル。揺れる魔球に、予選では誰も手が出なかったという。その変化の仕方は、変化球王子と言われている新田ですら震撼するほどだった。
(俺のナックルなんざ余裕で上回ってやがる)
同じナックルを投げる投手だからこそわかるその恐ろしさ。中学校のときは実績が無かったにも関わらず、この大会でここまでの結果を出しているのは、やはり監督である根古屋栄の力が強いだろうと思われた。
体力論の絹田、技術論の築根、戦術論の乾、そして育成論の根古屋。県内名将四天王と呼ばれている監督たちだ。
他にも、要警戒選手が多くいる。
「まずは、キャプテンでファースト、5番バッターの白里一哉。彼はかなりチャンスに強いヒッターです。守備も洗練されていて隙がない。そして4番センター、レイモンド=アルバード。アメリカ人の血を持ったスーパー高校生。俊足強打強肩、三拍子揃った化物ですよ」
ビデオを付ける控えの一年生。映るのは、打席に立つ白人の男。鼻がとても高い。予選で相手の高校のピッチャーのストレートを軽々スタンドに運んでいった。
「げっ……坂東、大坂と……色々見てきたが、こいつが1番やべえんじゃねえのか?」と田中。
「純粋なパワーでは坂東の方が上だと思うけど、彼には巧さがある。それも怖いところだ。それに……」
今宮がビデオの切り替えを頼んだ。次の試合の映像。
「こいつは守備もうまい」
今宮がそう言うと、ホームランのようなアーチが飛んだ映像が流れる。
「センター、レイモンドに注目だ」
打球を追う長身の男。かなり速い。打球がフェンスを越えようとしたそのとき、大きくジャンプしたレイモンドが素手で打球を掴む。そこから一気にホームへ送球――一糸乱れぬ送球がキャッチャー白里虎次郎の元へと飛んでいった。
「……」
ビデオを見ていたクロ高の選手たちは、一瞬で静まり返る。今宮が口を開いた。
「鉄日にはこんな一人でえげつねえことするような選手はいねえ。でも、こいつを攻略できずにやられていったチームが既にたくさんある。明後日は警戒しなきゃな」
今宮の言葉を思い出して身震いする古堂。
「はあ…………辛」
「お前が辛さを覚える必要はないだろ。先発でもあるまいし」
鷹戸が冷徹に言い放つ。今度こそ部屋から追い出されてしまった古堂。
(な、なんか腹立つ……確かに先発する鷹戸の前で言うセリフじゃなかった……無駄に正論だわ……)
古堂は、肩を落として自室へと向かった。
食堂でビデオを見ていた金条春利。日中の試合では、最後、積極的にキャッチャーフライを処理しに行った結果、何とか勝利した。格上だと思っていた後藤にも認めてもらい、彼としても何かを掴んだらしかった。
「次の相手はナックルボーラー……キャッチャーも一年生か」
ナックルというのは揺れる魔球――打つのが難しい分、捕球も難しい。
「この白里虎次郎という奴……地味にすごいなあ……」
同学年だと思うとぞっとする金条。
「……白銀世代はクリーンナップの三人。大槻さん、レイモンド=アルバードさん、白里さん(兄)。いずれもパワーのあるバッターだが、大坂さんをフライに倒したことのある鷹戸なら、低めしっかり決まればいける(それに……)」
金条がにやっと笑ったところ、後ろから誰かがやってきた。
「なにやってんの金条」
「おっ、コドーじゃないか」
後ろからやってきたのは古堂黎樹。秋江工業戦では延長を投げ抜いた左腕の投手――
(それに……今回は古堂だって控えている。新田さんだって、さすがに先発は無理だけど、中継ぎくらいになら出せるはずだし)
古堂は金条の隣に椅子を引いて座り、ビデオを見始める。
「このレイモンドさんって人とか、白里さんとか……白銀世代って本当にすごいよな」
(コドーが他人のことこんな感じで言うのか……)
「それに、福富の白銀世代の人たちだって、絶好調の新田さんのスライダーやらカーブやらを打ち返しているんだし、やっぱ俺たちとはレベルが違うのかもな」
いつになく不安な口調の古堂に、らしくなさを覚える金条。
「ど、どうしたんだコドー?」
「……いや、俺ら暗黒世代って呼ばれてるけどさ、正直成長が遅いだけで、そんなに劣っているわけじゃないって勝手に思っていたんだ。……でも一年間であの人らに追いつけるかなあってさ」
古堂の言葉は、自分の胸の内を代弁しているのではないかと思うほどだった金条。きっと……鷹戸や伊奈たちもそう思っているのかもしれない。
「大丈夫だよ……とくにお前は。だって、お前は……『追いつけない』って思ってないだろ?」
「あ? バレてた??」
拍子抜けするくらいに明るい声色に戻る古堂。金条は思わず笑った。
「(そうだよ。ハッ高の柏木や、鉄日の宮城、福富の寺田、そしてウチの鷹戸やコドーみたいに、一年生でもこの県内を渡り合えるやつがいっぱいいる……)大丈夫。絶対に俺たちは、強くなれるさ」
金条の強い言葉に、古堂も笑って応えるのだった。




