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Dr.Kの鼓動  作者: パワプロ58号
2.秋大会決勝トーナメント
43/402

第43話「攻め」

 伊東は金条の顔をまじまじと見つめる。

「……長打が出るとまずいよな。まだ一殺しかしていない」

「はい。その通りです。1番まずいのはスタンドに叩き込まれること。逆転で終了ですから」

「だな……」

金条の言葉に、伊東は渋々黙るしかなかった。

「でも大丈夫です伊東さん。新田さんとの球速差でやっつけちゃいましょう。ストレートガンガン攻めていきましょう」

(金条のやつ、攻めるかここで)

伊東は頷いてマウンドのプレートを踏み直す。金条はホームに戻って腰を下ろす。

(まずはインハイ……ここにストレートを……)

金条が敢えてこの強気の配球にしたのは、完全な思惑があった。

「ストライク!!」

見逃した高月に、ワンストライクのカウントがつく。

「……(初球高めか……予想外)」

高月も、打席を待つ後藤も、目を見開いた。伊東のピッチングが大きく乱れたわけではないと言うのが、キャッチャーミットの位置から推測できたからだ。

(2球目、外の低めにフォークを……)

伊東はしっかりボールを人差し指と中指で挟む。息をぐっと呑んで……投げた。

「!!?」

伊東は目を見開き、分厚い唇をぶるんと震わせながら叫んだ。

「しまっ――!」

(外角低めだろ……)

高月はバットのスイングを合わせていく――伊東の手からすっぽ抜けたボールは、スローボールのように大きな弧を描いて高月の元へと飛んでいく。

(……あっ!!)

高月が外角低めを読んで手を出したが、ストライクゾーンの外――高月の身体のすぐそばに飛んでいく。

(ぐっ!!)

高月は、バットのグリップ付近を無理矢理ボールに当てて伊東のボールを打ち返す。

「――大滝っ!!」

金条が腰を上げてサード大滝に向かって叫ぶ。大滝の手前でショートバウンドした打球は、何とかミットに収まる。

(よしっ!!)

今度は捕球をミスしなかった。大滝はファーストに送球。伊奈が捕球して4番高月をアウトにした。

「っしゃ、ナイス大滝ィ!!」

伊東は、先程の失投を少し気にかけるも、何とか悪いイメージを払拭しようとしていた。金条もそれに応える。

「ツーアウトです! あと一人!!」

「うしっ!!」

伊東は鼓舞され、ピッチャーミットで左頬を強く叩いた。

(絶対に抑えてやる……秋江工業戦では古堂はこんな辛い場面……抑え抜いたんだ。鷹戸だって……新田だって……こんな修羅場をくぐり抜けたんだ。俺だけこいつらに置いていかれてたまるかってよ!!!)



 しかし、そんなバッテリーの間に割って入る、一人のバッター。

「……大丈夫なの? 荒牧なら俺がシングルヒットでも走るよ。そしたら同点になるよ? さっきすっぽ抜けたあのピッチャーがこの先無失点で抑えていけるとは思わないんだけどさ」

後藤が冷徹に言い放つ。その小さな声は伊東には聞こえていない。金条にしか聞こえていない。それが逆に腹が立った。

「……後藤さん、あなたに俺は捕手としては勝てないでしょう……」

金条は恐る恐る呟く。

「俺のことはどれだけ煽ったって構いませんよ。(でも、こんなに汗水流して毎日頑張っている投手たちを馬鹿にするのは……)ただ、俺はあなたを許せない」

「……そうか」

初球、伊東にストレートを要求した金条。後藤は見逃す。

(うむ……ノビはイマイチ。フォークがある分、低めは見逃すか。高めも投げてくるし)

続いて低めのフォーク。ボールとなる。1ストライク1ボール。ここで金条は、高めのフォーク……内角外れたところに要求した。

(この場面で厳しいところ……やっぱり金条メガネ……敢えて攻めの配球をしているんだな。俺らの裏を掻くために)

慎重派のキャッチャーとして、ここまでやってきた金条。ここに来て敢えて、配球を読む後藤に合わせて、攻める配球に変えた――と金条がここまで企んでいる――と後藤の頭の中によぎった。

(だとしたら……高月の打席から急に攻め始めたのはおかしいよな。単に討ち取って勢いがつく方法を選んだだけなのか、それとも……)

「……後藤さん」

3球目が低めに外れてボールとなる。後藤は視線をこちらに一切向けずにバットを構えている。

「俺は負けても、チームは負けませんよ」

「そんなに俺のこと高い評価で見ているのかよ。――どっかで聞いたぞそのセリフ」

4球目、高めのフォーク――ファースト側に飛んでいく打球。芝が飛びついたが、一塁線の左側で先にバウンドした。

「ファウル!!」

一塁審判の声。芝が悔しそうに立ち上がる。

(なるほど、金条が攻めているのは、勢いをつけるためでも裏を掻くためでもない)

5球目のストレートが外角に外れてボールとなる。フルカウントだ。

(こいつは俺のこと高く評価しているんだ。俺がこの配球の変化に気づいていることを『読んで』いる。つまりこれは……ブラフ?)


 6球目――伊東が投げ始めるよりも早く荒牧が走り出した。後藤は、伊東の投げたボールを見ながら、低めにスイングを始めている。彼が読んだのは、ギリギリ低めに入ったフォーク。低めに来る――。

(雨が降っているんだから、変化量が増える変化球フォークを利用しない手は無いよな!!?)

低めにきたボール。読み通り……しかし、ボールが迫ってくる直前で一つのことに気づいた後藤。

(違うこれはストレート!!)

振りぬこうとしたバットの軌道を、右手に力を込めて無理やり変えた後藤。伊東の投げた直球と金属バットがぶつかり合う音。

(打球は――!!)

金条が腰を上げて上を見上げる。いつもなら眩しい太陽も、今日は雨雲に隠されている。打球は、バックスピンをかけながら打者の、更には自分の背後へと飛んでいくのがわかった。

「キャッチャーフライだ!!」

ベンチが叫んだ。既に三塁を蹴った二塁ランナー荒牧。取りこぼせば1点入ってしまう。この距離で間に合うのか――? と金条は一瞬動きを止めそうになる。しかし、これ以上後藤との神経擦り減る読み合いで戦えそうもない。自然と足が、雨で濡れたデコボコのファウルグラウンドを駆けている。


 (負けるかよっ!!)

金条の目が完全に打球に向けられている。一塁側――クロ高の選手たちがベンチで待機しているのが見える。その目の前に落ちていく打球――――。意地でも捕る、とスパイクで泥をかき上げる金条。ぬかるむ地面を強く踏み込み、左手を地面スレスレに伸ばしていく。

「行けよ金条!!」「飛び込め!!」

古堂と新田が叫んだ。誰も、自分を止めない――取りこぼせば同点になるこの場面で――誰も。


 (俺は負けても、チームは負けませんよ……か。生意気すぎるぜ暗黒世代よ……)

後藤が一塁ベースに向かう途中で後ろを振り返った。皮肉めいた表情の彼の目。左手のミットを目一杯伸ばしたまま、グラウンドに横たわる金条の姿が映った。

(……おいおい、ここに来てかよ)

荒牧はホームベースに到着するもう少し手前で、一部始終を見ていた。

「アウト!!」

主審が叫んだ。金条は泥のついたメガネを外して、表情をほころばせた。

「や、やった!!」

金条が叫んだ瞬間、真っ先にベンチから飛び出していったクロ高の選手たち。

「怪我ないよな!?」「焦らせるんじゃねえよハゲ!!」「攻め過ぎっしょ!!」

一気に向けられる賞賛の声に、金条は慌てる。絹田も雨を厭わずベンチから出てきて金条に話しかけた。

「……整列だぞ。みんな待っている。早くいけ」

「は、はい!!」

すぐさま立ち上がり、泥にまみれたプロテクターを、両手で叩きながら走っていく金条。


 ゲームセットのサイレンが鳴り響く。黒光 5-4 福富商業。黒光高校が紙一重で勝利を手にし、福富商業高校が、あと少しのところで敗北を喫したのだった。グラウンドに集まる選手全員。握手を交わす金条と、白銀世代の捕手後藤。

「……お前は、俺がフォークで来ることを読んでいたのか?」

「え? それにしては……よく直前でバットに当てられましたね」

金条がメガネをかけ直しながら恐る恐る呟く。

「……たまたまだ。ファウルにして粘ろうとしたに過ぎない。見事な捕球だった」

「ははは……後藤さんに褒められるなんて嬉しいな。最後の球は別に配球どうのこうのとか、まあ一応考えてましたけど、そんな後藤さんが何を読んでいるかなんて考えている余裕ありませんでした。それぐらい神経ギリギリでしたし」

笑う金条。頭が疑問符で埋まる後藤。

「じゃ、じゃあどうして最後ストレートを……投げさせたんだ? 雨の中だったし、変化球を投げた方が有効だったし、攻めの配球をいいブラフにもできたはずだ」

「あっ……そうでしたね」

後藤の言葉をやっと理解した金条。しまったと言った顔だ。

「そういえば……今考えればそれが最も有効な手……。でも、俺は元々伊東さんには、球速差で追い詰めるとしか言ってなかったですし、それに彼は速球派。ストレートが一番の得意球ですから。1番活かせるのはそれかな……と。さっきフォークもすっぽ抜けてたし。投げさせるのは危ないかなって、瞬間思っちゃっていましたね。攻めるつもりが結局最後はびびっちゃいましたよ」

申し訳なさそうに周囲を見る金条。伊東も苦笑いしている。

「(いかに効率よく、1番打たれない球を投げるか、それありきで投手を活かす方法しか考えられなかった俺には、そんな配球できなかったな。勝ちに囚われていたのかも知れない。)金条……俺は福富としても負けたが……捕手としても今回は俺の完敗だ」

後藤が両手を握り締めて呟いた。目にあふれた涙には、雨のせいで誰も気づいていない。

「伊東も……良い球だったぜ最後」

「お、おう、さ、サンキュー後藤……」

伊東も金条も、その捨て台詞を最後に、踵を返した後藤の態度に困惑した様子だった。




 「あのラスト近辺での配球、攻めるように守ったクロ高が最後に勝利を手にしたか」

大坂が呟いた。観客は試合の結果を見てちらほらと帰り始めている。

「……俺には、ビビっていたように見えたな」と江戸川。

「え、じゃあ最後のところ、普通取りに行かないでしょ」と柏木。

「……わかってねえな柏木」

江戸川は嬉しそうにつぶやくのだった。

(まあでも……福富に勝ったってのはデカいぜクロ高)



 雨は振り続けており試合後のミーティングを始めるクロ高。むしろ雨は強くなっていた。

「……今日は雨が強く降っている、お前らも長時間雨に打たれたから今日はすぐに休め。連戦だし、明日に疲れを絶対に残すな。先発は鷹戸。新田は体力的な問題を考えて、登板については保留だ」

絹田監督の言葉に嬉しそうににやりと笑う鷹戸。古堂が不満そうだ。そして、クロ高の選手たちは、一瞬にして勝利の余韻に浸るのをやめた。



 雷雨を鳴る曇天の空の下、球場を立ち去ろうと、傘置き場に置いてあった自分の傘をさしながら、初巾高校の一年生投手、柏木邦也はにやりと笑うのだった。

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