第40話「二年生」
雨は先ほどよりも強く降り注いでいる。雨天コールドになってもおかしくはない天気だ。しかし、この場面で……クロ高先発新田静は、思いもよらないピンチを迎えていた。
「リュウナイスバッチ!!」
そう叫ぶのは、ホームに帰ってきた荒牧鉄平。そんな彼の笑顔を見て、二塁ベースに佇む仙田竜平も笑う。
「お前もよく還ったっつの。キャッチャーがブロック上手かったら刺されてたぞ」
具体的に何が起きたかと言うと、新田が投げた低めのスライダーを打ち返した仙田。打球がセンター山口の頭上を越え、その間に仙田は二塁ベースへと走る。ホームを狙う荒牧を止めようと、バックホームの送球をした山口だったが、荒牧は、キャッチャー金条のブロックを見事にかわしてホームイン。7回裏ツーアウトの状況で、勝ち越しの1点を加えたところだった。
「……」
俯く金条。マウンドに立つ新田が、タイムを主審に求めた。
「に、新田さん……」
「どうしたんだ金条。さっきからおかしいぞ」
――さっきからって、いつだよ。そう思う金条。確かに、いつ点を入れられるかわからない状況に怯えてはいたが、そんなに……明らかに強い負荷がかかっている投手の目からも、自分がおかしく見えていたのか、と金条は思っていた。
「別に大丈夫です……」
「大丈夫じゃねえ。俺がそう思ってる」
金条の言葉を、新田が強く跳ね返した。
「……負けたら終わりだってこと、お前はわかってると思う。だからって強く責任を背負いすぎるなよ」
「……何も別にそんなことは」
バッテリー二人の様子に、内野陣も集まってきた。不満そうなのは、打席に立つ高月広嗣。
(んだよ……強豪らしくこういうところは抜かりねえな。俺にあと二点加えられるのがそんなに気に食わねえか?)
クロ高のタイムの時間、キャッチャーの金条に対し、ピッチャーの新田が言い放った。
「今日俺の調子は良いと言っても、打たれているのはやっぱり俺のせいだ。まだまだだよ俺も。白銀世代相手だからって、ポンポン打たれてちゃあわけねえ」
「……俺らだってそうだ。いくら『金に近い』と呼ばれる高月が相手だからって、上位打線任されている俺らがこの様じゃどうしようもない」
と言うのは田中。
「遊、この回、高月絶対抑える。次の回打ってくれよ、頼むぜ」
「ああ、もちろんだ。だから金条も泥船に乗ったつもりで」
「少しも安心できませんね、それだと」
大滝が苦笑いして田中に突っ込んだ。金条の顔にもほころびが見えたところで、新田がまた彼に告げた。
「いいか、後藤陸はおそらく県内最強キャッチャー。彼と劣っていることを気にしたって仕方ないだろ? ましてやお前はまだ一年生。暗黒世代と言われていようが、まだまだ抜かすチャンスがあるんだからさ」
「……はい」
金条の返事に、にっこりと爽やかに笑う新田。
「っしゃ締まってくぞ!!」
外野手にも聞こえるように叫んだ新田。クールな印象とはまた違っている。
「締まってく……か。俺にホームラン打たれていたやつが何言ってるんだ?」
高月がそう不敵に笑うが、金条は無表情のまま、言い放つ。
「あれは俺のせいです。あんたじゃ純粋に新田さんには勝てない」
初球のストレート。さすがに読めなかったのか空振りする。
「どういうこったい……。雨の中直球とはやるじゃねえか」
高月が呟く。2球目のスライダーをファウルにする。三塁線を切れていくとは言え、スタンドに叩き込むそのパワーには、戦慄せざるをえない。
「おらおら……ちゃんと勝負してこいよ」
「……」
金条は3球目に、内角ギリギリのシュートを投げさせた。
「ふんっ!!」
空振り三振――――新田の予想以上にキレる変化球に目が追いつかなかった高月。バットをホームベースに叩きつけると、打席を去る。
(や、やった……さすが新田さん!!)
このピンチをしのぎ切ったクロ高バッテリー。
そして来る8回。
「田中、今宮、山口……お前らは二年生――取り分け白銀世代と呼ばれているわけだが、お前らはそのことを気にしたことがあるか?」
絹田監督に突然呼び止められた田中ら上位打線。
「……い、いえ」と田中。
「でもまあ、よく聞くんで」と今宮。
「自分なんてまだまだ」と山口。
「まあいい。相手の白銀世代は、白銀世代と呼ばれるなりの覚悟ってのを持ってる。お前らにそれがないようじゃあ、敵には勝てぬぞ」
「はい!」
今宮と山口が大きな声で返事をした。
「……どうした田中?」
ショート田中遊は俯いたまま黙っている。本日無安打、雨が降っているとは言えど、小さな守備のミスまでしている――
「……(俺には覚悟ってのが無かったのか。そうだよな……)」
口を尖らせ言葉に困っている様子だった彼に、新田が軽く肩を叩く。
「……今更気にするタマかよ。元々ムラのあるやつだっただろうがよ」
「……そ、そうだよな」
新田にいわれ、田中は力強く拳を握り、バットに手を伸ばす。
「んじゃ、クロ高の切り込み隊長、田中遊……行ってまいります」
「すぐ戻ってくんじゃねえぞ」と新田が言うのに対し
「おうよ、あと、絶対還せよな!」と笑って後続たちに告げるのだった。
スイッチはせず、高月広嗣がマウンドに立つ。打席に立つ田中に、挑発的な目線を向けた。
「うるぁ!!」
直球のシュートを見逃す――ボールだ。2球目、カーブにタイミングをしっかり合わせるも、三塁線を切れていく。
(ん……キレるな)
3球目の直球は低めに外れたボール。4球目は高め真ん中のシュート。見逃す田中。追い込まれる。
(まあいいさ……絶対に出塁するからよっ!)
5球目のカーブは、わずかに低め外れていたが、田中は姿勢を低くしてピッチャー返しを打ち返す。高月のミットの下……股下を通り抜けていくボール。
(んなっ!!)
ショート荒牧が打球を素手で拾い上げるが、足場が悪く、バランスを崩して一歩、二歩、送球のタイミングが遅れる。その間に走り抜けた田中が一塁ベースにヘッドスライディングした。
「セーフ!!」
「つ、土味マズっ!!」
スライディングから立ち上がった田中は、身体の全面一帯を土色に染め上げて、笑いながら立ち上がった。
「さすがだぜ遊……やっぱお前、シビれるわ」
今宮がそう笑って打席に立つ。続く今宮、送りバントかと思われたが、三塁線ギリギリ転がすセーフティバントだった。サード射場が拾おうと走るが、間に合わない。今宮、田中の俊足ランナーを前にどちらもアウトにできず、ノーアウト1.2塁というピンチを招く。
「高月、大丈夫なのか?」
「あ?」
キャッチャー後藤がタイムを取り、高月に近づく。
「1点取られるぞ」
「わかってる、取らせやしねえよ」
「やっぱダメだ。寺田と交代するべきだ」
「何でだ!!?」
「……お前、さっき三振取られたことまだ気にしてるだろ!! あと打球取り損ねたことが重なって、お前のピッチングが乱れてきている」
「んなこと関係あるか」
「いや、あるな。お前はバッティングもピッチングも一流だが、どちらとも影響されやすい。どちらかが良ければもう片方も良くなる。でも、どちらかが悪ければもう片方も悪くなる」
「今更言ったって仕方ねえだろ」
「前から言ってた」
後藤の言葉に、何も言い返せない高月。打席に立つ山口は、糸目を二人に向けて不敵に笑っている。
「とりあえず、俺がまずいと思ったら寺田とスイッチだ。いいな!」
「ったりめえだ」
高月が投げる。二塁走者田中は、少しの遠慮も無く盗塁。何とかセーフとなり、ランナー1.3塁となる。
「今宮が走るかもしれねえ、気をつけろよ!」
後藤にそう言われ、高月も頷く。
(普通に犠牲フライでの1点があり得る場面になってしまった……こういう場面、クロ高なら迷いなく……)
高めのカーブを打ち上げた山口。外野――センター仙田のミットに落下する。後藤が構える。田中がにやりと笑いながら腰を低く落とした。
「アウト!!」
仙田の捕球、山口のアウトの合図と共に、田中が三塁ベースから出発した。仙田の送球。ノーバウンドでキャッチャーミットに帰ってくる打球だったが、ブロックの間もなく、田中がホームベースを踏んでいた。
「っしゃああ!!! これがクロ高の上位打線ダぁ!!!」
雨の中、田中が叫んだ。全身泥だらけのままベンチに戻ってくる。
「さ、最高です田中先輩っ!!」
古堂も思わずハイタッチを求める。ニヤケ面でそれに答えると、ゆっくりとベンチに座った。
「……こっから一気に攻めてこうぜ!!」
そして叫ぶ。田中の声に同調して、古堂たちも声援を送る。
打席にでは、澄まし顔の後藤。1点を取られたのは仕方ないと割り切っていた。
「やけにうるさいじゃん?」
「それだけ期待されてる――ってことじゃないですかね?(二年生がつないでくれた分だ。絶対に……さらに点取ってやる!!)」
大滝は強い決意のもと、後藤からのささやきに笑って返した。




