第3話 「練習試合」
「三日後……来週の日曜の試合のスタメンを発表する」という、監督の言葉によって集められた1年生たち。
そこには古堂はもちろん、大滝真司やその他の野手陣、他2人のピッチャーがいた。
「まずは、明日の試合のスタメンだな。打順、ポジションという形で発表させてもらう」
監督――彼の名前は絹田幸二郎。彼の人相は決して優しくはない。数年前――PTAが体罰とやらに敏感になるまでは、血を吐くのではないかといったレベルの鬼指導をしていたとかしていないとか。声にも不思議な落ち着きがあり、今夏黄金世代、白銀世代を率いて県大会を制したと言われても、何ら違和感がない。
「一番、ショート、林里 勇。二番、レフト、佐々木 隆。三番、サード、大滝 真司」
ここで大滝の名前が呼ばれる。彼は大きな声で返事をした。
(あいつクリーンナップか……すげえな)
古堂も、そして他のチームメイトも、黄金世代の血は争えない、と思っていただろう。
四番打者から八番打者までがそれぞれ呼ばれ、残すところあと九番打者……投手のみとなった。
(俺呼ばれないかなー)
古堂は自分の名前が呼ばれるのを、今か今かと待ちわびる。そして……
「九番、ピッチャー、鷹戸 遥斗。以上でスタメンは終了。他のものは随時代打で起用するから心積もりをしておけ。それでは解散。投手陣は少し残ってくれ」
呼ばれなかった――古堂は愕然とした。
(畜生、変化球覚えたってのに……)
監督の前に立つ3人の投手。左端に古堂黎樹。左利きのシュートを投げる強肩投手だ。真ん中には小豆空也。右のサイドスローの投手だ。そして、右端に、鷹戸遥斗。右利きの投手で、三日後の練習試合の先発だ。そして、監督が口を開く。
「2年生に投手が新田と伊東の二人しかいないことはお前たちも知ってるだろう」
「そ、それがどうかしたんですか?」
問う古堂。
「今回の秋大を勝ち抜くには、お前ら投手の力が必要不可欠。だから俺は今回の練習試合で、お前ら投手がどれだけ実戦で使えるかを見る。そこでだ」
3人の間に緊張感が走る。
「三回交代で、鷹戸、小豆、古堂にそれぞれ投げてもらい、実力の良いもの二人を秋大会の背番号を渡す」
古堂は震えた。巡ってくるのだ。ベンチ入りするチャンスが。この強豪校、黒光高校の背番号をもらえるのだ、と。
「うおあ!」
投球練習。実際に捕手に受け取ってもらう古堂。現在彼の相手をしているのは、もう引退した三年生、スキンヘッドの郷田猛明だ。黄金世代のキャッチャーで、熱血的なリードが特徴。強肩強打。打者としても優れていた彼は、既に大学への野球進学が決まっている。
「気持ちの乗ったいいストレートだ」
郷田も古堂に負けじと大きな声で答える。球速140km近く出ているノビのあるストレート。左端に抉り込むように曲がるシュートを投げた古堂。
(いいボール投げるじゃねえか……もっとも、試合で使えるかどうかと言われると微妙だが……)
郷田は褒めてこそいるが、彼もやはり黄金世代の捕手。『金の右腕』と呼ばれた黄金世代の投手、閑谷明の150kmを越えるストレートを捕っていた彼からすると、古堂の球はしょぼかった。郷田は、白球の如くツルツルの頭を撫でながら、他の投手の様子を見ると、目を見張る者が1名いた。
「ナイスボール!」
キャッチャーの声が響く。返球した先に立つ投手の目付きは鷹のように鋭くキャッチャーミットに向けられていた。そう、郷田が目を見張った彼こそ、鷹戸遥斗であった。
「おい、金条! そいつはどうよ?」
「ジャイロボールっす! 良い球投げますよ、こいつ」
1年生捕手の金条春利。彼も三日後の練習試合のスタメンである。メガネをかけている知的な男だ。肩こそ強くないが、しっかりと練られた配球が特徴の男。三年の郷田とは対照的に、慎重なリードをする。
「代われ金条。俺もその鷹戸とやらの球捕りてえ」
黄金世代の郷田の申し出を断るわけもなく、金条は郷田と場所を入れ換えた。
「おいおい金条、あいつそんなすげえの?」
訝しげに問う古堂。金条は口角をにっと上げて答えた。
「147kmの速球に、怪物並みの球威。ツーシームやジャイロボール、オマケにスプリットまで投げられるときた。俺らと同学年とは思えないよ」
当然彼のことなど、他人に興味を示さない古堂は知らない。俺は金条にここまで誉められたことないのに、と不貞腐れる古堂。郷田のキャッチャーミットが鈍い音を立てるなか、投球練習を再開した。
三日後。バスに揺られながら、県内を南に向かって30分。そこにあるのは県立秋江工業高校。かつては鉄日、初巾、黒光と並んで4強豪を築いたこともあったが、近頃は成績奮わず。『堕ちた強豪』とさえ言われていた。
このチームの監督は紅葉和正。クロ高の絹田監督は旧知の仲にあるらしい。
「この度はわざわざ来てくださってどうも……」
「いえいえ、こちらこそ練習試合引き受けてくださってありがとうございます」
握手を交わす監督たち。目は笑っていない。
「今回クロ高は1年生しか連れてきてないみたいですね。やはり夏、県を制したと言えども、新チームへの移行は難しいんですか?」
「三年生が抜けると、やはり主力がいなくなりますからね」
「ほほう……やはり、『暗黒世代』の扱いには困っておりますか」
顔色を伺うかのように向けられた紅葉監督の視線に、絹田は睨みをきかせて返した。
「むしろ2年生が14人と少なく、そちらの方に困っている所存ですね」
「監督たちもう争ってやがるぜ」
古堂が絹田と紅葉の方を見て言った。共にいた大滝も笑う。
「でも、戦いはもう始まってるぞ」
すぐに真剣な顔つきに変わる大滝。相手チームのピッチャーの様子を見ている。
「秋江の先発は、2年生の奥田。サイドスローで、スライダーのキレが凄いと聞いている」
「スライダーか」
ふと自陣ブルペンの方を見ると、既に鷹戸が投げている。球を受けるのは金条だ。
(早く試合で投げたいな……)
もううずうずが止まらない古堂だった。
そして、プレイボール。先攻は秋江工業高校。マウンドに立つ後攻クロ高の先発は鷹戸。
一球目。ストレートを低めに入れた。ストライク。
「ナイスボール!」
金条の言葉に顔色ひとつ変えない鷹戸。そして二球目。またもストレート。次は外角高めだ。相手のバッターは空振る。三球目もまたストレート。次は内角へと入っていく。見逃しの三振となった。
「クロ高の先発球速くね?」「いや、うちのエースの江戸川さんほどじゃないだろ?」
ざわめくベンチ。鷹戸は冷静に声を聞いていた。
(じゃあ今日投げる奥田とやらはエースじゃないのか)
頭の中でそんなことを考えながら放った一球は、ジャイロ回転をかけながら真っ直ぐど真ん中に通り抜ける。
「ストライク!」
またも空振りだ。一番打者に続き、二番打者も鷹戸のストレートに全く対応できていない。ノーボールツーストライクに追い込む。そして……
「ふん! くそっ!」
ツーシームを打ち転がした。鷹戸のピッチャーミットの中に収まり、ファーストへ。アウトとなる。そして、クリーンナップである三番打者も初球ゴロで仕留め、三者凡退で1回表を終えた。
「秋江の上位打線を三者凡退かあ……」
唸る絹田。表情ひとつ変えずにベンチに戻ってくる鷹戸。金条も驚いていた。
(完全に俺のリードを無視した投球……コントロールはまだまだ甘いが、力で押しきってしまってやがる……)
古堂も彼の投球に絶句していた。
(す、すげえ……、まぐれだよな?)
秋江工業打線も古堂と同じ感想を抱いていた。紅葉監督は、選手たちに声を撒き散らす。
「あいつはまだ1年だ! 暗黒世代だぞ! お前らが抑えられてどーする!」
「いや、でもあいつマジでやべえっすよ監督。仕方ないですってあれは」
「お、大坂……」
なよっとした声で紅葉監督に逆らう男、大坂大磨。秋江工業の攻撃の要、4番打者の2年生、そう、白銀世代に数えられる男である。
「大坂ですらヤバイっていうやつを、今さっき凡退した3人が打ち崩すのは難しいか」
「そんなことはないっすよ。――弱点のない投手はいませんから」
1回ウラ、クロ高の攻撃。一番林里、二番佐々木、両者三振に終わった。そして、打席に立つのは三番、大滝。
「打てよ大滝ー!」「金の血筋ーっ!」
「真司! お前なら打てる!」
古堂も声高に大滝に声援を送る。確かに、鷹戸が三者凡退に抑えたのだ。この回の攻撃でチャンスを作れるのは大きい。
(奥田……スライダー)
外角から中央に曲がってきたスライダーをバットで捉えた。しかし、その打球はピッチャー奥田の正面へ。
「ふぐぅ!」
打球をキャッチする奥田。ピッチャーライナーでアウトとなる。
(……甘くはねえか)
クロ高、1回ウラ無得点で交代。まだ試合は始まったばかりだ。
クリーンナップ…主に3番~5番打者を指す。打率、長打力に長けている選手が選ばれやすいので、打者から見たら花形ポジションなのかもしれない。
ノビ…ピッチャーの手から放たれてもキャッチャーの手元までストレートが失速していない様子を表すときに使う。打者からみたときの体感速度も変わってくる。
ジャイロボール…螺旋状の回転がかかったストレートのこと。回転をかけるむきによって微妙に変化する。
スプリット…フォークボールの球速が速くなった版。打者の手元で落ちるので、近年までは魔球とされていた。
ブルペン…控え投手が、交代前に投球練習やアップをする場所。
スライダー…回転をかけることによって、横、斜めに変化する変化球。