第225話「総入れ替え」
「絹田監督、どうですか調整の方は」
「……まあな」
飲み屋に来ている二人の大人――クロ高の監督、絹田幸二郎と、鉄日高校の監督、乾貴士である。
「……うちの代替わりした後のAチームに、早速練習試合の打診がありましてね」
「ほう、どこだ?」
「……東南大附属と明徳です」
「……!」
神奈川代表を勝ち取っている東南大附属。そして、高知代表を勝ち取っている明徳高校。これら2校から早速練習試合を組むよう頼まれた鉄日高校。
「さすが全国に名が知れる高校は違う……」
「黒鉄がわかりやすく悔しそうにしてましたよ。もう一回茅場と投げ合いたかったってね」
「まあ……明徳に因縁があるのはウチも同じだからなあ」
絹田監督はグラスをテーブルに置いた。
「……ウチも練習試合、1.2個くらい組んでやるか」
「っというわけで、昨日監督から練習試合が決まったとの連絡が入りました」
オフ明け初日。夏休みに入り、朝練前のミーティングをしているクロ高野球部。キャプテンの今宮からの連絡に、全員がざわつく。
「っと……本選一回戦の一週間前に、愛知の名豊、んで大阪の開盟学園とダブルヘッダーを行う。ちなみに、Bチームも来てくれるそうなので、同じようにダブルヘッダーで行いましょう。とのことです」
「おお……」
「んで、この結果をもとに、本選を戦い抜くマジの背番号を決めるってわけだ」
「18枠……か」
「んで、甲子園出場となった手前、絹田監督からの猛説得の甲斐あって、一時引退となっていた蔵元が合流することとなった」
「ど、どうも……」
蔵元和重、二塁手の3年生である。
「というわけで、今Aチームにいるのは、地方大会ベンチ入りメンバー18人に加え、3年の蔵元、2年の大木、宮地、1年生から合流した塁、井上、嶋田を合わせて24人だ」
今宮の言葉に、全員が息を呑む。つまり、この6人を入れることによって、ベンチ入りメンバーに変更が出る可能性を示唆していた。
「Aチームの練習試合のオーダー発表するよ」
今宮の口から伝えられる練習試合のオーダー。1試合目から発表されていた。
1番セカンド、今宮陽兵。2番センター山口寿。3番レフト、鷹戸遥斗。4番サード大滝真司。5番ショート田中遊。6番ファースト伊奈聖也。7番キャッチャー金条春利。8番ピッチャー古堂黎樹。9番ライト小林翔馬。
「えー、監督の意図としては、新田抜きで戦う試合の想定らしい。先発はコドーだが、途中で鷹戸に替える。そのときに守備交代はレフト森下。ライト小林も佐々木と交代すること」
1番ショート林里勇。2番セカンド蔵元和重。3番ファースト芝豪介。4番レフト森下龍。5番サード坂本夏哉。6番センター佐々木隆。7番キャッチャー金条春利。8番ピッチャー新田静。9番ライト大木裕二。
「2試合目は結構目まぐるしく交代するってよ。伊東、小豆の登板もある。んで、返田がキャッチャー交代、塁はセカンド交代、嶋田はレフト交代、宮地がライト交代ある。井上はもしかしたら外野起用あるかもだから用意しておけ。あと、山口と遊……あと俺。俺らは2試合目出番ないってよ。1試合目で結果残さねえとどうなるか……覚悟しとけってさ」
「はい!!」
今宮からの説明に、全員が大声で返事をした――
「やっべ緊張するな」
古堂は笑っている。
「……甲子園で登板する可能性をリアルに秘めている……2年生投手2人。金条がどんだけリードできるかも結構試されてるぜ」
伊東は金条に話しかける。
「伊東さん……プレッシャーかけないでくださいよ」
「まあ逆に言えば、俺たち3年生投手は、野手に白銀世代がいない中で、ちゃんとチームを引っ張るピッチングをしなきゃいけないというわけだ。俺と新田には、それが求められている」
「最近返田、バッティング調子良いって佐々木が言ってたんすよ。安心できないっすよね」
「……だな……。まあでも、結局正捕手としての安心感みたいなの、アピール出来たら良いんじゃねえの?」
「どおっすかね……返田あれで全然逸らさないんで」
(リード力は金条の方が一枚上手だろう。やっぱり、経験値がモノを言うしな)
その日、一年生は道具の準備をしながら話している。
「おい、井上!! チャンス再び巡ってきたよな!」
「んだよ嶋田うるせーぞ」
ピッチャーの井上将基に話しかけるのは、同じく一年の嶋田春仁。
「でも……2軍だったら試合フル出場できたんじゃねえの、井上」
「まあな……んなこと言っててもしゃーないけど。っつても2軍って怪我で離脱していた2年とあと1年しかいないって言うじゃん。レベル高いかって言われたら微妙だよ」
「まったお前はBを悪く言うようなこと言いやがって……」
そんな嶋田の言葉に呆れ、井上は一人でネットを運ぶことにした。
「あ、おい手伝うって」
「……(Aに上がって……ベンチ入りするチャンスをもらえたんだ。2.3年生だって喉から手が出るほど欲しい枠のはず……でも、絶対手にしてやる)」
生憎、ピッチャーとしての出場は望みが薄いと判断していた井上。バッティング練習に早くも切り替えようとしていた。
「井上将基……やっぱ群を抜いてストイックだよあいつ」
「俺らの代のエース候補だもんな」
田中塁と森下はもうティーバッティングを始めていた。
「龍……どうだった、予選。出てみて」
「緊張感えぐい……」
「だよな」
森下はどこか痩せたように見える――感じていた緊張が、オフ明けにどっと出てきたのだろう。
「でも……俺らって、1年にして甲子園のベンチ入りメンバー勝ち取るチャンスもらえたんだろ……最高じゃねえの? 龍に至っては……内定候補。俺ら追う側とはわけが違う」
塁の盛り立てる言葉にも、森下は頷くだけだった。
その日の練習は――甲子園に向けての熱意と共に、どこか、この日に焦がされているかのような……そんな焦燥感すら覚えるものだった。
日が沈むころ、鉄日高校の屋内練習場ブルペンにて、黒鉄大哉は投げていた。
「黒鉄さんはやっぱりプロ志望届け出すんですか?」
投げている相手は迫田茂。代が変わり、正捕手の座を揺るがないものとしている。
「まあな……それより、新キャプテン、誰になんの?」
「わかりません。泉中と木口と、俺が有力候補です」
「赤河で良いじゃん」
黒鉄の口から出た意外な言葉に、迫田のミットが捕球した際に少しぶれてしまった。
「黒鉄さんは赤河を買ってるんですね」
「……まあな。あいつには……新しい風を吹かせてもらわなくちゃいけねえ」
黒鉄がもう一球投げる――次は良い音を奏でた迫田のミット。
「……球団から声はかかってる。けど、ドラフト引っかかる自信はねえ。夏の甲子園出てねえっていうのはな……やっぱちょっとな」
黒鉄の弱気な言葉に、迫田は思わず目線を落とす。
「……本当にすいません。俺らが不甲斐ないばっかりに……」
「何言ってんだ。4点取られた俺の負けでもあり、3点しか取れなかったチームの負けだろ」
黒鉄の言葉の直後……やはり沈黙が走る。2人共思い返す場面は同じだ。決勝戦、クロ高との試合の9回表、2アウト3塁。打席にいた大滝真司――
「あの縦スラ……プロでも通じる自信あったんだけどな」
震えるような声――なぜ今涙が出るのだ、と黒鉄は心の中で悪態をついた。
「わりー迫田……ちょっとトイレ行ってくるわ」
「は、はい……」
迫田はマスクを取って立ち上がる――
(黒鉄さん……クソッ……俺は……俺はぁ!!)
右手に持っていたマスクを落とし、そのまま膝から崩れ落ちる。
(何で黒鉄さんほどのピッチャーが……エースが……甲子園に出られないんだよォおおおお!!!!)
黒鉄はカバンから携帯電話を取り出し、新田とのトーク画面を開く――
(……静……けっ……てめえにゃ17年間生きてきて初めて負けたのに……なんで……なんで甲子園だったんだよ……。別に秋なら負けたって良かった。中学の時ならエース奪われたってなんも文句なかった……でも……これだけは割り切れねえ……)
トイレの個室の中で、画面をじっと見つめる。雫が暗くなった画面に一滴。また一滴と落ちる。
思い出す――試合終了を伝えるサイレンの音――4-3というスコア。地村や四方が泣いているのを見て、自然とつられて涙こそ出てきたが、どちらかといえば呆然としていた。キャプテンとして、冷静でいなければならないという理性の方が、強かった。
(なんであのとき……もっと感情爆発させなかったんだ……俺は……こんな……3日も4日も経ってから……後輩と話してる時に泣きそうになるなんて)
もう泣いている……。
(情けねえ!!)
何かにこの気持ちをぶつけたくて……右手を振りかざすが、自分の腿をこらえるように一発叩くことしかできなかった。
「……静と話さねえと……気が済まねえ」
新田静は練習を終え、浴室へ一直線に向かう。
「ああ、廊下が暑い……太陽頑張りすぎ……」
日が沈むころであるのに、気温は30度を超えていた。ついていく田中と芝も笑っている。
「まあな……冷房は食堂とトレーニングルームと各個室にしかつけられてねえからな。廊下は暑いに決まってら」
「……今年の夏は観測史上最大の暑さになるかもってよ」
田中の言葉に、新田はさらにげんなりする。
「暑いの苦手なんだよー。嫌だー」
「……あのさ、これから夏の甲子園で投げようっていうエースがそんなんじゃ困るぞー」
芝は呆れながら笑う。シャンプーのボトルで新田の頭を小突いている。
「るせーな……マウンドの暑さはむしろ良いんだよ。激アツって感じだからな!!」
「これが学校一のモテ美男、クールフェイスの新田静だとは思えねえな」
「まあそのギャップが良いんじゃないの? 甲子園行き決めて、間違いなくファン増えたっしょ」
「だろーな」
そんなとき、新田のポケットの中から携帯電話が震えている。
「おいおい、着信音甲子園のテーマソングにするとか気が早えぞ」
「また女か? 新井ちゃんか?」
「……」
画面を見て沈黙し、立ち止まる新田。それにつられるように立ち止まる二人。
「……もしもし」
誰からの着信か言わずに電話に出る新田――田中と芝はやきもきする。
『よう……新田、元気か』
「江戸川!」
電話の相手は江戸川だった。
『いや……決勝、テレビで見てたぜ。おめでとう』
「……そうか、サンキュー」
「おい! 俺にも代われ! おい、江戸川!! 大坂大磨は一緒に居ねえのか!!?」
『その騒ぎ方は……田中か?』
「そうだ!」
『大磨は一緒じゃねえよ。今は俺一人だ』
「……江戸川、お前らの分も勝ってくるから……」
新田の言葉に、田中も鎮まる。
『ああ』
電話の向こうの江戸川も……どこか穏やかそうだった。
(くっそ……通話中か……静の野郎、昔から女にだけはモテるからな……クソッ)
黒鉄は胸中穏やかではない。
(こうなったら……明日クロ高に乗り込んでやらあ!! 待ってろよ静……)
黒鉄の決意は固い――




