第223話「激戦区」
「これは……投手戦か?」
思わず田中がしびれを切らしてしまうほど、スコアボードは動いていない。4回表――開盟学園の4度目の攻撃が終わって、スコアは0-0。両投手、松下、河原井ともに被安打1に抑えるという大活躍っぷりを見せていた。
「これが……松下巧介……」
開盟学園の4番、多田は1打席目こそなんとかヒットを打ったものの、二打席目をレフトフライに抑えられており、悔しそうな表情を見せていた。
(ほかのみんなは完全に抑えられて意気消沈してやがる。それに……2回以降ストレートが150を下回らへん……!!)
そんな不安を抱えた中で、4回裏が始まる。マウンドに立つ河原井。
(恒興は……なんか思いつめた表情しすぎじゃない……?)
河原井は息を吐きながら、キャッチャーである根津を見つめる。
(まだ4回。されど4回。相手が松下なのを考えると、俺が抑えないとまあ負けるよね)
初球、村松はバントの構えをしている。
「ボール!!」
外した。セーフティもある――というのは研究済みである。
(させても問題ないとは思うけど……まあ根津がそうするって言うなら……)
二球目も外す。ボール。
村松はにやりと笑う。
(2番バッターって、相手に嫌がられてなんぼでしょ)
ストライクゾーンに来た球――バスターの構えをするも見逃す。前に出てきていたファーストとサードは一歩後退する。
(バッテリーだけじゃなくて内野も揺さぶりに来てる……さすが、よくわかってるキャッチャーだ)
根津は村松の様子を見ながらサインを送る。外に逃げていくシュートである。村松は打ち返す――も、ファウル。
5球目はインハイの釣り玉。見逃してボール。フルカウントとなる。
(ここにスローカーブ!)
インローに構えた。しかし、少しずれてボールとなる。フォアボールで出塁する村松。
「よぉし! 先頭出塁!! お願いしますよ!! 絶好調の人!!」
3番武月が打席に立つ。少し緊張感を漂わせる守備陣。
(去年まで下位打線だったのに……っていうか春大会も下位打線だった。一気に3番までのし上がりやがって……)
河原井のストレートを打ち返す。引っ張った打球。だいぶ一塁寄りの一二塁間――しかし、セカンド白波が深い位置まで下がっていた。
「ナイスだエイジ!!」
ショート野淵がボールを要求し、そのまま投げる白波。1塁ランナー村松をフォースアウトにした。
「おおっ……白波永嗣うめえ」
「……ポジショニングが完璧だったろ」
田中と今宮――高い守備力が求められるポジションにいる二人にとって、白波永嗣の守備力には目が離せなかった。
(けど……)
(1アウト1塁、この状況で岡田聖也……)
「何しかけてくるかわかんねえな」
(ランナーは村松か……中島やったら迷わず走らせるんだが……)
尾月監督はサインを出す――岡田は頷くが、これは空サインである。
(仕掛けてくる……ぞ!!)
根津が腰を浮かして捕球する――ボール。しかし、塁上の村松はおろか、岡田も何もしない。
(だあ……くそ……目的がわからん……井達監督……なんか指示ねえの?)
ちらりとベンチの監督を見るが、動かない。根津はミットを構え直す。
(岡田聖也と真っ向勝負しろ……ってなかなか酷だよ)
河原井が投げた三球目、1ストライク2ボールというバッティングカウントで、高めに浮いたスライダーを投げてしまう。
(ああ……やらかし……!)
岡田はその球を捉えた。右中間を超え飛んでいく打球。村松は二塁を蹴り、三塁へ。
「アダ! 俺が捕る!」
「おーけー任せた!」
センター臼井がライト足立と声を掛け合う。フェンス際まで跳ねる打球。
「村松回ってる!!」
ショート野淵の声に、臼井はすぐに送球を返す。それを受け取る野淵。そのままホームへ投げる。
「ノブさん!」
キャッチャー根津が叫ぶ。村松は根津のタッチを避けるように足を外に踏み出した。
(先制点もらいッ!)
ホームベースに左手で触れる。セーフ。
「よぉおおおおっし!!」
岡田も二塁に残り、1アウト2塁。1点を取られた河原井は。少しだけ笑った。
「岡田聖也やべえ」
同じ感想を、たった今試合を見ていたクロ高の3年生たちも持っていたところだった。
「……先制点は桐陽か」
「まあでも甘い球っぽかったしなあ」
新田は頬杖をつきながらため息を吐いた。
「逆にいえば、甘い球なんか投げようものなら点が入る。そんなレベルだろ。こいつら」
自分たちも全国で渡り合った鉄日高校と、直に対戦している――故にわかる、全国トップレベルという存在。
5番塚岸を三振に倒したものの、次の6番浦部にタイムリーヒットを浴び、この回2失点した開盟学園。
「ナイスです浦部さん、今日当たってますね!」
「当たり前っしょ。決勝戦なんやから」
そんな浦部の様子ににっこりと笑う尾月監督。
(はあ……予選でノーヒットやった試合もあったときはどうしようか思たけど……心配いらんな)
6回に満塁を作り、4番多田のタイムリーヒットで2点を返す開盟学園だったが、その回の裏に1点返され、2-3というスコアで8回表まで来た。
「割といい試合してるよな……」
「ああ。見ごたえある」
坂本の言葉に、伊東が頷く。
「おいおい、俺らはただの観客じゃねえんだぞ? こいつらと戦うんだぜ?」
「……そうだよな」
田中と今宮は、甲子園出場を強く意識して見ていた――そんなとき、横から声が飛んでくる。
「えっ! お前らも甲子園出るの?」
「……お前ら、も?」
クロ高の面々は決勝戦が終わってから、3日間のオフが決められていた――久しぶりに実家に戻ってきていた古堂。しかし、今日の帰省は一人ではない。
「ただいま母さん!」
「……あら、レイ。何? 今日オフ?」
「そう! んで、友だち連れてきた!」
「どうも……こんにちは。小豆です」
「6番で試合出てた伊奈です!」
「あ、控えショートの林里です!!」
「あら。こんにちは」
古堂の母――古堂光は、そんな自己主張の強い彼らの自己紹介に笑った。
「はじめまして、古堂の母、古堂です」
「はは……古堂じゃなかったら困りますよそれ……」
小豆が笑う。
「というわけで、早速遊びに行ってくるから! 行ってきます!!」
「はーいいってらっしゃい」
古堂の母に見送られるまま、4人は近所の公園に向かう。
「コドーのオカン明るい人だな」
「まあなー。なんも考えてない人だけど」
「お前が言うかそれ」
古堂は少し悩みながら答える。
「……まあなあ。何でか知らないけど、俺が野球するために私立行きたいっつったの全然嫌な顔せずにオッケーしてくれたし。親父いないのになぜかウチに金あるし」
(え、これ俺たちに喋っていい話題なのか?)
バカな林里でさえ踏みとどまったこれ以上の会話。次に古堂が口を開くまで、数秒の沈黙があった。
「あ! ここ! 俺が壁当て一生してた公園! 昔は親父とキャッチボールしてたんだけどな」
(なんでコドーはこんなに無神経に触れづらい話題を……!)
古堂のマイペースにどぎまぎする小豆。
「……そーいえばよ、この辺って、小豆のばーちゃんち近いんじゃなかったっけ?」
伊奈に問われ、小豆は頷く。
「うん……古堂の家も近いのは初めて知ったけど……確かココって……」
小豆はふと、昔の光景を思い出す。
『俺、豊川空っていうんだ。耳聞こえにくいんだけど……よろしく』
『空也っていうんだ……空って字、一緒じゃん』
『おばあちゃんちが近いの?』
『野球やろーよ。キャッチボールだったら、一緒に遊べるだろ!』
「空……」
「空?」
小豆のつぶやきに、林里が空を見上げる。
「あ、いや……なんでもない」
刹那、小豆の携帯が震える。メッセージを開くと、豊川空から着信が来ていた。
『愛知県代表、修習館高校なったぞ!』
『これで空也のいる黒光高校と、直接対決できるかもな!』
息を呑む小豆。
(空……って、マジかよ……あの名豊を破ったのか!?)
「どうしたんだ小豆」
「伊奈、これ見て……」
小豆は画面を伊奈に見せる。伊奈も目を見開く。
「……愛知の修習館高校って、お前の幼馴染とかいうアイツのいるところじゃ……」
「……そうだよ。そいつが……藤間武士率いる名豊高校を破って愛知の代表になったって……」
これには林里も驚いていた――が、古堂はいまいちぴんと来ていない。そんな中でも豊川は気にせずメッセージを送ってくる。
『明日福井のばあちゃんち帰る!』
『会おうぜ!』
小豆は口を一文字に閉じた。
『うん』
一言返信を送る。
「なあ。コドー。今日泊めてもらってもいい?」
「ん? ああ。全然いいぜ」
「あ! じゃあ俺も泊めてよ!」
「俺も俺も!!」
小豆の言葉に便乗するかのように林里と伊奈も、今日は古堂の家に泊まることが決定した。




