第222話「大阪府代表」
大阪府大会、準決勝――第一試合は桐陽学園VS伊庭木工業。大阪府三大エースと噂される松下巧介と三田玲人の投げ合いに注目が集まっていたが、それ以上に魅せたのは、桐陽学園打線。初回からクリーンナップ勢が火を噴き、4得点をマーク。8-2で決勝進出を決めていた。
「反対側は?」
松下は汗を拭きながらキャッチャーの村松に話しかける。
「河原井さん投げるみたいですよ。さすがに開盟じゃないですか?」
「……決まりか。今年の希星八代は強いと噂だったが……」
第二試合は開盟学園VS希星八代高校。大阪府の強豪私立対決に、こちらも注目が集まる。
「河原井さん、調子はどーですか?」
「んー……ばっちりなんちゃう?」
開盟学園のエース、河原井祥明。クロ高戦では投げてはいなかったが、間違いなく全国トップレベルの投手である。
「……それよか。希星八代の打撃えぐいって聞くんやけど。俺の調子よくても相手の打撃の方が良かったら意味無いしなあ」
このマイペースさに、いつも根津は振り回されている。
「ま、いつも通り気楽にやりますわ」
「お願いしますよ……今日は智雅も不機嫌なんです」
「はは、今日はて……毎日不機嫌やんあいつ……」
リリーフを務める烏丸智雅。2年生の暗黒世代の投手である。
(ふん……ここまでは全部俺に任せてきたくせに、準決勝になった途端これや。まるで俺を信用していないと言わんばかりに……ったくイタチの野郎……)
開盟学園の監督、井達誠也は、絹田監督の元教え子であり、クロ高OBであった。恩師の吉報に、井達も身が引き締まる思いである。
(絹田監督が甲子園出られるってのは嬉しいけど、同時に鉄日さんが敗けたっていうことでもある。どんな強豪でも、甲子園出場は確実じゃない。気を付けないとな)
しかし……この準決勝、蓋を開けてみればワンサイドゲームだった。投げては左腕のエース、河原井が7回被安打4失点2四死球2。打つ方では1番野淵が5打席3安打、3番根津、4番多田の連続ホームラン等で8点を挙げ、8-4で勝利を収めた。
「ふぅ……結構打たれたな、智雅」
「……」
無言の烏丸。彼は8回から投げて被安打4失点2という振るわない結果に終わった。
「……河原井さんの後、投げづらいんすよね」
「そう……俺は智雅が後ろに居たら楽に投げられるんやけどな」
このマイペースに、烏丸も合わない。
(くそッ……河原井さん頼りの投手陣じゃあ、桐陽には勝てねえぞ)
一方の桐陽学園も、河原井に対する警戒を高めていた。
「結構いいぞ、河原井」
「どーする?」
「尾月監督、打順いじるかな」
「聖也の4番はほぼ確定として……そろそろ俺1番ちゃう?」
ショートの浦部丈一が言った言葉に、センターの中島勇吾が釘をさす。
「……いや、俺やろ。っていうか丈一……いつまで調子崩してんねん」
「いや……うーん。6番に下げられてからやな。今塁治がめっちゃ打つけん……ちょっとどうなるかわからんじゃろ」
「先輩! 監督が明日のオーダー言うから集まれって……言ってました!」
塚岸が呼びに来たのを確認し、二人は重い腰を持ち上げた。
尾月監督は、物々しい雰囲気を漂わせながら、ベンチ入りメンバー20人を座らせた。
「明日のオーダーだが、相手の先発予想は左のエース、河原井だ」
全員が息を呑む。
「春は準決勝で勝ち、秋は決勝で勝ったチームとは言っても、油断は禁物だ」
「秋も春も、烏丸智雅はこんなに凄い投手じゃなかった」
「……中島の言う通りだ。というわけで、烏丸のリリーフも考え、これまでの調子も考慮しながら、オーダーを組んだ。順次交代もありうる。全員が準備しておくように」
全員が返事をする。
「1番センター、中島勇吾。2番キャッチャー、村松吉乃。3番ファースト、武月塁治。4番レフト、岡田聖也。5番サード、塚岸球平。6番ショート、浦部丈一。7番セカンド、工藤駆。8番ライト、三坂璃央。9番ピッチャー、松下巧介」
「はい!!」
呼ばれた全員が返事をした。
「三坂、武月は投手としての出番もあるから準備しておくように。山岸と原も、その際に守備交代がありうる。錦は抑えでの登板があるかもしれん」
「はい!!」
解散した面々――甲子園のかかった決勝戦、全員が言うまでもなく緊張していた。
「はああ……抑えられる気がしないよ……」
「松下サンなんでいつもそんな弱気なんですか」
村松が尋ねても、松下は特に何も言わない。
「……まあ相手は開盟学園ですからね。ワンチャン三田さんよりも良いピッチャーっすよ、河原井さん」
「……そうだよなあ。投手戦になっても大丈夫かなあ」
「まあ、それはウチの打線を信じるしかないでしょ……。まあ言っても、僕たちもその打線に組み込まれてる側なんですけどね」
「丈一! お前すっかり6番安定したな!」
「仕方ないって顔してるやん」
「……」
岡田と中島が同じ白銀世代の浦部をイジる。
「しゃーないもんはしゃーない。でも……甲子園出んとそうも言ってられんじゃろ」
「広島代表どこなった?」
「わからん。決勝……広南工業と凛豊の試合が明日らしい」
「どっちも強豪やん……凛豊ってお前の友だちおるんちゃうかった?」
「……おる。なんならほとんど中学の時のチームメイトじゃ」
岡田と中島は息を呑む。
「丈一のチームメイトってことは……全国のシニア選手権ベスト4やんけ」
「そういうこと。甲子園のときにはクリーンナップ復帰して……見せつけるんじゃ」
本日、甲子園大会に出場する47都道府県のうち、北海道、宮城、東京、神奈川、埼玉、千葉、静岡、愛知、京都、大阪、岡山、広島、福岡、熊本以外の代表35校が決定していた。
その話題について、本日甲子園出場を決めたクロ高の三年生、スタメン5人で話し合っている。
「おいおい、石川代表は清龍だってよ」
「決勝で3-1か。耐えたな」
「……それよりよ……あの……開盟のキャプテンからラインきたぜ」
今宮が画面を見せる。野淵からのメッセージであった。
『お前ら甲子園決まったんだろ?』
『よく黒鉄倒してこれたな』
『おつかれさん』
『明日決勝見に来いよ』
「マジ?」
「大阪まで行く?」
「オフだし行けなくはないか……」
小林は早速新幹線を調べている。
「まあ、小遣いでいけなくはないし、どうせ暇だったし行っても良いんじゃね?」
今宮と田中と山口は俄然乗り気である。
「新田は……もしかして新井ちゃんとデートとか言わないよね?」
「ああ……うん。大丈夫」
新田以外の4人が頭に疑問符を浮かべる。
「まって、何その否定の仕方。付き合ったの?」
「え、付き合って無いよ?」
新田はすぐさま否定した。
「否定の仕方ややこしいかよ」
「……怪しいよね。勝った後ライン送った?」
「……あ……いや、球場出るときに……『お疲れ』って……」
「ほんとにそれだけ?」
山口が問い詰める。新田は首を縦に振る。
「まあ良いんじゃない? 新田に限ってそんな夢うつつみたいなバカなことにはならないでしょ」
小林が問い詰める三人を諫める。
「大阪の決勝、見に行くよね」
「ああ! 行こうぜ! 松下の球も、開盟のエースの球も見たいし」
「んじゃ、決定で!!」
甲子園出場を決めたクロ高野球部。オフとなった今日、クロ高のベンチ入りメンバーの3年生、新田、今宮、田中、山口、小林、芝、坂本、そして伊東の8人は、大阪府の決勝戦を見に来ていた。
「遊、オーダー、ツイッター上がってない?」
「上がってんぜ」
田中が山口に画像を見せる。
「……フルメンバーかな? 俺らとの練習試合のとき投げてなかった、河原井祥明がエースらしいし」
「そりゃ相手が桐陽学園だしな。かくいう桐陽は……また打順いじってんのかこいつら」
「松下が9番……ピッチングに集中させる気だ」
先攻 開盟学園 オーダー
1番ショート、野淵藍平。2番センター、臼井昇。3番キャッチャー、根津光明。4番ファースト、多田恒興。5番ピッチャー、河原井祥明。6番レフト、笹田恭平。7番サード、都築忠治。8番セカンド、白波永嗣。9番ライト、足立和樹。
後攻 桐陽学園 オーダー
1番センター、中島勇吾。2番キャッチャー、村松吉乃。3番ファースト、武月塁治。4番レフト、岡田聖也。5番サード、塚岸球平。6番ショート、浦部丈一。7番セカンド、工藤駆。8番ライト、三坂璃央。9番ピッチャー、松下巧介。
「こんな面白そうな試合になるの、久々だな」
桐陽学園、尾月監督は笑っている。
「甲子園をかけた最後の戦い! 相手に不足はねえ! 全力出してきやがれ!!」
叫び声と共に、怒号が円陣より飛び交う。
「桐陽学園気合入ってるぜ!!」
田中が食い入るようにベンチを見ている。
「開盟は落ち着いてんな……」
今宮はふと、開盟ベンチを見る――1番ショート、野淵が首をぐるぐる回しているのが見えた。
「野淵も多田もU-18選ばれてた選手だけど、代表合宿では控え組だった。けど、桐陽のU-18選ばれてた組は話が違う。松下は黒鉄、茅場に次ぐ3番手で抑え登板。岡田は5番レフト、中島は代打でヒット打ってる」
今宮の言葉に、全員が息を呑む。
「やっぱ今年の桐陽は別格か?」
「白銀世代の浦部、ピッチャーもできる強打のファースト武月、暗黒世代の有望株の塚岸と村松……確かにタレントは揃ってら」
芝と坂本も唸る。
「……どっちが来ても……強敵には変わりないよ」
山口が細い目を更に細めた――
「プレイボール!!」
1番野淵の打席――松下の速球が走る。
「ットライークッ!!」
(はや……)
初球、147km/hを記録する速球に、目を見張る野淵。
(一発目とは思えへん)
二球目、インハイにもう一球ストレート。これにも手を出さない野淵。
「ノブさん! 悪い癖出てる! 積極的に!!」
「変化球も普通に投げてくんぞ!! 気つけろ!」
ベンチから声が飛ぶ。
(んなこたーわかってる!)
三球目――アウトコースに来たストレート――バットを振る野淵。
「ットライークッ!!」
空振り三振に倒れる。
(……あかん……別格や)
電光掲示板に表示された球速に、球場中が騒めく。
「ひゃ……155キロ……」
「3球しか投げてないのに」
これには今宮らも、息を呑むしかできなかった。




