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Dr.Kの鼓動  作者: パワプロ58号
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第2話「黒光高校」

 縫い目を凝視していた古堂黎樹。彼は今、ちょうどピッチャーの先輩で白銀世代の一人である新田静にカーブを教えてもらっていた。


「カーブってのは多彩な変化がかけられる変化球だ。縫い目に沿って中指と人差し指を並べてかけ、親指で挟む。そして、肩と腕を脱力させて――投げるっ!」


 彼の言葉と共に左腕から放たれたボールが山なりに飛んでいく。そして一気に回転してネットの右端に吸い込まれていく。


「す、すげえ」


 さすが変化球王子と呼ばれるだけのことはある。


「やってみろ」


 古堂は、新田に言われ、先ほどまで凝視していたボールを縫い目に合わせて握る。


「そういえば今までストレートしか投げてなかったな……」


 古堂はそんなことをつぶやき、新田のフォームを頭の中に思い描く。そして、肩と腕を脱力させて投げた。


「ふん!」


 左腕から放たれたボールは少しずつ回転をかけながら――ゆっくりとネットに吸い込まれていった。これでは完全な好機球である。


「お前……肩の強さと柔らかさだけが取り柄じゃなかったっけ?」


 新田は呆れ顔を見せている。そして、それ以上に、古堂は困っていた。


「ど、どうしてだ……」

「まあ、変化球には相性があるからね。お前にカーブは合わなかったんだろう。それにお前は身長も良いとこ170くらいだし、カーブは高低差結構大事だし」


 身長が180ちかくある新田からの辛口の言葉に、古堂は落胆する。


「そ、そんな……」


 古堂は残念そうな顔をした。カーブが合わなかったことよりも、新田から変化球を教えてもらえないことの方にがっかりしている古堂だった。


「んー、じゃあシュート投げてみるか? カーブほど高低差大事じゃないし」


 新田の提案に、古堂は表情を変えた。


「中指と人差し指でボールを挟み、左端に曲がるように思い描いて……投げるっ!」


 新田の言葉通り、ネットの左端に抉り込むように入っていったボール。古堂も驚く。

――俺はこんな球を狙い球にしていたのか、と末恐ろしく感じた。


「これは右打者の外側へ逃げていくのと、左打者の内側に抉り込む、そんな球だよ。俺は主に右バッターキラーとして使ってる」


 シュートは横方向に、変化球のなかでは、割りと速い速度で曲がっていく。同じ利き腕の打者相手なら、内側に大きく入ってくる球は打ちづらいが、コントロールが甘いと、デッドボールを量産してしまうので、注意が必要だ。


「まあ投げてみな」

「はい」


 新田に言われ、古堂は人差し指と中指の間を大きく開け、ボールを挟み、肩の力を抜いて投げた。横方向に回転がかかったボールはネットの左側へと吸い込まれていく。カーブよりは多少手応えがあったらしく、思わず笑みが溢れる。


「おお、シュート!」


 古堂は素直に喜んだ。新田の顔も綻ぶ。



 時計に目をやると、もう7時。野手の人たちは寮へと戻り始める頃だ。


「俺は先に戻るぞ」


 そういって新田が室内練習場を跡にした。その後も古堂は、感覚が指先に残るまで、シュートを投げ続けた。




「こら、何やってる! 早く晩飯食べに来なさい!」


 午後8時。寮長が古堂を呼びに来たのはそんな時間になってからだ。


「は、はい! すみません!」


 ここ、クロ高は、推薦入試で県内の優秀な選手を取っている。近頃は成績不振から、黄金世代、白銀世代の獲得に成功出来なかったが、大滝進一など、自宅が近いから来た者や、初巾高校や鉄日高校などと言った県内の強豪でのレギュラー争いの辛さにこちらに来たような実力者も揃っている。


 古堂は急いで片付け、ユニフォームを着替え、食堂に入ると、一人分の食事が用意されていた。


「いただきます」


 米を急いで掻き込む古堂。そんなとき、一人の男の影を見つける。


「あれ、何してるんですか?」

「お前こそ……っていうか、俺は一年生だし、多分敬語いらないはず」

「あ、そうなの。俺は古堂黎樹、ピッチャー。さっきまで変化球の練習してたんだ」


 どうりで練習で見ない顔だと思った。投手と野手は練習で顔を会わせる機会が少ないのだ。そもそも、古堂はよほどのことが無いと他人に興味を示さない。彼は周囲のことをよく知らないのだ。


「へえ、俺は大滝真司」

「あ、大滝さんの弟? 雰囲気にてるね」

「……まあな」

「大滝弟はこんな時間にここで何してるんだ?」


 古堂が問う。


「いや……俺は甲子園のビデオ見ようと思って……」

「へえ、研究熱心なやつだな」


 自分のことを棚に上げて大滝弟を褒めた古堂。刹那、寮長さんの早く平らげろと言う無言の主張を感じた彼は急いで箸のスピードを上げた。一方の大滝も、そんな彼の様子を見て少し笑うと、ビデオを起動し、兄ではなく、別の先輩の打席ばかり見ていた――


 部屋に戻ると、既に就寝の準備を始めていた、大滝進一の姿があった。実は古堂は大滝進一(兄)のルームメイトであった。彼は進学しても野球を続けるために、引退後もこうして共に練習に取り組んでいる。他にももう一人、二年生の先輩がいる。


「おい、コドー。遅くまで練習してるのはいいが、寮長さん怒ってたぞ。気をつけろよな」


 扉を開け、古堂の前に立つ男。


「今宮先輩お疲れ様です!」


 古堂が頭を下げた風呂上がりのこの男は、今宮陽兵いまみや ようへい。白銀世代に数えられる一人であり、二年生の二塁手だ。昨年秋からレギュラーを務めている実力もあり、キャプテンでもある。上背は高くないが、よく周りを見ている頼れる守備の要であり、バント職人の二番打者。古堂にとって、数少ないよく知っている先輩である。


「つか、マジで大滝さん寝るの早いよな」

「確かにそーっすね」


 今宮の言葉に古堂も同調した。現に、大滝はもう寝ている。


「あっ、そう言えば、大滝さんの弟が入部してたの、知ってました?」

「あ? 知ってるに決まってんだろ。秋大のレギュラー有力候補だぞ」


 知らないのはどうやら自分だけだったようだ。無理もない。如何せん部員が多すぎる。


「血は争えないって奴ですね」

「いや、そうも行かないらしい」


 今宮の放った予想外の言葉に、古堂は入浴を準備していた手を止めた。


「え?」

「まあお前には関係ないだろ。早く風呂入ってこい。疲れてるんだろ?」

「あ、はい……」


 はぐらかされたような気がして腑に落ちないのをこらえつつ、古堂は部屋を出た。



 翌朝。スズメの鳴き声がカーテンから差し込む光と共に飛び込んできた。


「起きろよコドー……あれ、もう起きてるのか」


 今宮が壁掛けの時計に目をやると、五時前。朝練の開始は6時半からだが、寮生は自主的に5時過ぎから練習を開始していた。


「また超朝練やってんのか古堂のやつ」


 大滝がゆっくり起き上がりながら呟いた。今宮は呆れながら、バットを手に取った。



 4時半からシュートの練習をしていた古堂。夏の朝空が明るくなり始めた頃、新田の声がしたので振り替える。


「あっ! おはようございます!」

「来週練習試合あるけど、調子は大丈夫なの?」


 来週、一年生だけで実力を測るための練習試合を行う。2年生投手は新田ともうひとりの二人だけであるため、練習試合での出来次第では、一年生の投手は二人ほどベンチ入りすることになるだろう。


「え、来週すか?! 楽しみっすね!」


 笑う古堂に新田は安心したようだ。


(こいつなら大丈夫そうだな)


 一方、野手陣の方は、投手以上にピリピリとした練習をしていた。


「さて……暗黒世代、誰が登ってくるかな」

「さあな……俺らの同年代たくさんはいねえし、上がってくるやついるんじゃね?」

「でも暗黒世代だろ? ムリムリ! 使えそうなのって言っても……入部テスト1位の大滝さんの弟と何だっけ……あのピッチャー」


 練習の合間に談笑する2年生二人。そこに、今宮と、ショートを守る2年生、田中遊たなか ゆうがやってきた。ヘラヘラした顔をしており、ふざけることが大好きな男だが、練習態度はいたって真面目だ。


「おいおい、お前らそんな悠長なこと言ってていいのか?」と今宮。

「そーだぜ! 2年生はすくねーんだ! みんなで頑張ろーぜ」と田中。

「……あいつらは白銀世代に数えられる優秀なやつらだもんな……余裕なんだろうな」


 バットを持ってしゃべっていただけの二人は、もう既に打撃練習をしている今宮と田中を見ていた。


「ナイスバッチ!」


 金属バットとボールが当たる音。小気味良い音が室内練習場に響く。


「やっぱ山口さん上手いぞ……今秋もレギュラー確定だろうな」


 山口寿やまぐち ひさし。今宮、田中と共に二年夏からレギュラーだった男だ。外野手で、白銀世代の一人である。糸目で常に微笑んでいるポーカーフェイス。猫好きらしい。安打力に定評がある男だ。


「でも、俺らの学年が白銀世代とは言ってもすげえやつそんなにいないし、2年生自体すくねえから優秀な一年がほしいところだよな」


 今夏、甲子園を沸かせたチームでさえ、新チームへの移行に苦しんでいたようだ。



「寿は、来週の練習試合、誰が使われると思う?」


 これを問うのは、同じ外野手の同級生、小林翔馬こばやし しょうまだ。山口と仲がよく、常に一緒に打撃練習をしている。打撃はそこまでだが、肩が強いので注目されている。結構イケメンなのだが、あまり友達がいないという残念な男だ。


「んー、2年生にキャッチャーいないから、キャッチャーのあいつ。あと、大滝さんの弟。あと、一年の肩強いやつとあのピッチャー」

「なるほど、でも一年にピッチャー三人くらいいなかったっけ?」

「そういえば、いたな」


 朝練習がもう少しで終わろうとしていた中、監督が練習場に現れた。


「一年生を集めろ。三日後……日曜の練習試合のスタメンを発表する」


 突然の発表宣言に、古堂はもちろん、打撃練習をしていた大滝真司も衝撃を隠せずにいた。

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