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Dr.Kの鼓動  作者: パワプロ58号
1.秋大会
18/402

第18話「我が武器」

 7回裏、打席に立つのは二番ショート今宮。

「今宮さんってバントはうまいけど、バッティングの方はどうなんですか?」

古堂が単純な興味から問う。この試合、伝令でマウンドへ向かったとき以外一切ベンチを出ていない。

「お前……陽兵馬鹿にすんじゃねえぞ。バントうまいだけで白銀世代には入れねえよ」

二年生の先輩が答えた。確かに、1年の頃からレギュラーを張っているだけのことはあって、全体的な能力が高いらしい。現に、本日の二打席目では、三塁の頭上を軽く越えるヒットを見せている。

「今宮と遊はクロ高鉄壁の二遊間であると共に、クロ高二大チャンスメーカーとも言われている。ほら、新チームになってからの得点、あの二人が出塁しないと点取れてないだろ?」

新田の今の発言は、少々消極的な理由な気もするが、実際に今宮の能力が高いことは十分に伝わった。古堂が声を張って応援する。

「今宮さん! 逆転の一打を!!」

今宮は左打席に立って苦笑いする。

(さすがにこんなチビが長打打てるかよ……)

平田は彼を見据え、ボールを握る。

(スイッチヒッターか……出塁狙いの左打席……打たせるかよ)

平田が初球のドロップカーブを投げた。見逃してストライク。2球目のドロップカーブも見逃す。これは外れてボール。

(キレ衰えてないな……)

変化量に目を見張る今宮。平田のこの変化球のキレを維持させていたのは、紛れもなく彼自身の意地だった。

(俺だって……白銀世代を打ち取れるんだ!)

3球目。渾身のストレート。今日一番の球速を記録した。ストライクゾーンにしっかり入り、2ストライク1ボールと、今宮を追い込む。4球目、低めのドロップカーブ。際どいところを狙って投げたドロップカーブ。左打席に立つ今宮の内角にえぐるように入り込んでくる。

(うらっ!)

打球を引っ張って、一塁線方向へと飛ばす。猿渡はいない。打球は強く跳ねて一二塁間を抜ける。

「っしゃあ!」

ライトへのヒットを記録する今宮。そして3番打者の山口がくる。初球のストレートを狙い撃ちした山口。打球がセカンドよりのピッチャーライナー。しかし平田の股下を抜けていく打球。

(くそっ!)

後ろを振りかえる。セカンドは間に合わない。しかし、背番号6を背負った小柄な男が打球にしっかりと飛びついた。

「猿!」

セカンドはそのまま捕球態勢に入る。猿渡はにやりと笑って、グラブトスしてセカンドに打球を渡した。セカンドのミットに収まる白球。俊足と名高い今宮もこれには間に合わなかった。

「ファースト!」

送球するが、山口のヘッドスライディングが間一髪間に合い、セーフとなる。

「セーフ!」

山口は悔しそうに立ち上がる。真っ白だったユニフォームは土色で黒く染まっている。

「……恒ちゃん! バック守ってるぜ!! どんどん打たせてこい!!」

猿渡が真っ黒なユニフォームについた土を払いながら笑った。無邪気な笑みに平田の表情に余裕が見える。

(猿……お前はいつも、俺を助けてくれる)




 鶴高校――中規模の公立高校だ。進学にもある程度力を入れているが、部活動もそれなりに盛んだった。しかし、野球部は違った。同市内にある鶴工業高校が県ベスト8に入る強豪校だったため、市内の実力のある選手は皆鶴工業へと入ってしまうため、野球部は、進学を目指す元野球部が、日々のルーティンとしての運動がしたいために入部する――そんな部活だった。

 昨年鶴高校に入学した平田恒太は元野球部のピッチャーだった。中学の時からピッチャーをしていた彼だったが、控えでしかなかった。そう、高校に入学した時に、彼は既に『自分の平凡さ』に気づいていた男だったのだ。

 鶴高校野球部――特に三年生は進学のために特に部活に熱を入れるということは無く、レクレーションのような、腑抜けた練習の日々。凡人の自分にはちょうどいい――そう割り切って退屈な日々を過ごすのだろう。そう思っていた平田恒太にとって、同学年の猿渡紋太という男は衝撃を与える男だったのだ。

「おい、何だあの猿は!」

猿のような見た目、小さな体。一見するとたいしたことないように見えるが、彼には『才能』があった。どんな打球もある程度はしっかりと打ち返すことができる上に、足が速い。それこそ、陸上でもやっていたほうがいいのではないかと言える程の瞬足に、凡人平田はたまげたのだった。

「あれ、二年のピッチャーってお前しかおらんの?」

ある日、いつもどおり気のない練習をしていた平田恒太に話しかけたのは、関西弁の男、猿渡紋太だった。

「ああ……うん。でも控えだったし……ストレートしか投げられないし、たいしたことない――」

「んなことねえわ。十分才能あるで。ワイはピッチャーできへんもん。如何せん本気で投げるとノーコンになっちまうんやなワイ」

天才だと思っていた男から、『才能がある』と言われてしまった平田。皮肉っぽくて何だか良くは思わなかった。

「でも俺凡人だから……」

「ああ。確かに凡人や。そうやって凡人凡人言うて……何もせえへん、この野球部も凡人の集団や。でもワイはそうはなりたくない。凡人やって言って……才能が無いことを理由に頑張らんと凡人で居り続けるのは、ワイの性分には合わんのや」

彼のこの言葉が、平田の心に火をつけた。自分が凡人という言葉に逃げていたことを、皮肉にも天才によって知らしめられてしまったのである。


 平田は凡人であることを――やめた。毎日努力した。まずは変化球を磨いた。カーブやフォーク……ありふれた変化球よりも、そんな簡単に会得できないような……そんな変化球を。毎晩毎晩変化球を練習し続けた。ちょっとやそっとの肩肘の痛みは我慢した。負荷をかける。体に染み込ませる。凡人が凡人以上になりたいのなら凡人の努力じゃ意味がない。

 一年の夏、二三年生を中心に挑んだ県予選は、一回戦敗北した。二年生に黄金世代と呼ばれる天才たちがひしめく中、顧問が野球未経験者のこの野球部では仕方ないだろう。しかし、県予選が終わった夏、猿渡が提案した。

「ワイは思ったんや。ちょっとみんなに聞いて欲しいことがある」

チームメイト全員が彼を見る。既に部内では実力No.1。一つ上に黄金世代、同年代に白銀世代がひしめく中でも、彼だけは渡り合える――そんなわけで一目置かれ、発言力もあった。

「俺は、二年の春まで試合には出ない。この秋は捨てる。誰かワイと一緒に秋捨てるやつおらんか?」

『秋を捨てる』そんな彼の消極的発言に、賛同する者はいなかった。猿渡が出ない秋大会、さらに勝ちの望みが薄くなったと、残念そうにしている者が多かった。しかし、猿渡はそんなみんなの顔色を見てから、言葉を発した。


「一緒に、強豪倒したくねえか?」


――――凡人の俺たちに無理に決まってる! と猿渡の発言を馬鹿にしていた。かつての平田なら間違いなく。でも彼は凡人をやめた。真っ先に猿渡に賛同したのは、平田だった。

「俺も、倒したい! 実は俺……縦に割れるカーブを練習してるんだ! 二年生になるまでじっくりこれを磨いて、強豪をぶち倒したい!!」

平田の言葉に感化されたのか、鶴高校の選手の全員がこの意見に賛同した。彼らは、本気で、打倒強豪を掲げて凡人をやめたのだった。

 迎えた二年生の春大会。三年生は4人とほかの学校に比べて少なく、一回戦突破はならなかったが、一番猿渡の活躍によって多いに話題になった。

 しかし、平田は大会に出て現実を知った。自分たちが、凡人以上の努力をして、秋大会に出ることを捨てて、基礎体力の遅れを取り戻して、そこから技術をものすごく磨いて、やっと大会に出たというのに……春大会の決勝を見て思い知った。この世に居る、黄金世代とやらいう化物が、凡人が脱凡人を計ったところで届く存在ではないことを。そして、そんな彼らを倒そうと意気込む猿渡こそ、その化物に片足を突っ込んだ存在なのだということを。

 だからこそ逆に、平田の心に火がついた。そんな化物に、才能があると言われたことが、彼に自信をつけた。凡人は凡人。でも……俺は天才にやすやすと負けるやつにはならない――と。




 (猿は……凡人だと言って努力を諦めた俺を救ってくれたんだ……。説得力もない、ただのイヤミにしか聞こえないようなただの皮肉を間に受けて……馬鹿だよなあ俺。でも……なぜか猿が言うと、本当にそうなんじゃねえかって思っちまっちゃったんだよな)

平田が見据える先には四番大滝。彼こそ、血統という名の才能に囚われた天才だろう。凡人である自分を測るにはちょうどいい。

(絶対に討ち取ってやるっ!)

1球目に投げたストレート――ノビていく。大滝が振り抜いたバットは空を切る。ストライク。

(タイミングが合っていない……次はドロップカーブ……)

緩いスピード、鋭い変化球。2球目に投げたドロップカーブがエリアの隅に入り、ストライク。大滝はバットさえ振れなかった。

(ボール球じゃねえのかよっ……)

3球目……内角にのめり込むストレート。ボール球だ。

(すげえピッチャーだ……この状況でキレもノビも健在って……化物メンタルだな)

大滝は大きく息を吸う。毎日兄と比べられる日々にうんざりしていた。兄貴に勝てないことなど、小学生のときに気づいたというのに……そこから毎日努力して、何とか食らいつこうと必死に背中を追う日々を続けてきたというのに……なぜどいつもこいつも……俺と兄貴を比べては『お前は大したことないな』と既にわかりきったことを、バットを振りもせず少し離れたところから馬鹿にする奴ら――

(でも俺はこれ以上負けていられないんだよ!! 兄貴に勝つため、勝ちはなくとも並ぶため――磨き続けた俺の……俺の!!)

4球目。大きく曲がるドロップカーブ。2球目以上のキレ――何で後半の方がキレているのか、大滝にはわからなかった。でも、唯一、兄とは違う武器を手に入れた彼は、その武器を思う存分に使ってバットを振り抜いた。

「うらぁ!!」

叫んだ。球場内に木霊する声。その怒号と共に飛んでいった白球が青空に吸い込まれていく。日光に縫い目が当たる。視界に写っていた白球はたちまち真っ黒になり、空に掲げられた太陽を、上を見上げる球場内の全員の視界から隠したのだった。


 ゆっくりと――ゆっくりと一塁ベースに向かって走り出した大滝。大空に掲げられた拳と共に、打球はスタンドへと入り、隠れていた太陽が再び姿を現したのだった。


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