第176話「先制点」
二回が始まる。初球――柏木のストレートを見逃す大滝。
(さすがに初球は手を出してこないよな。ストライク稼げるってのは……マジでデカい)
白里が外に構えたのを見て、柏木はもう一度ストレートをアウトコースに投げる。
(追い込まれたら……ダメだッ!)
打ち返す大滝。勢いよく飛ぶ打球。
「おおっ!」
しかし、センターレイモンドの足が速い。すぐさま後退して、フライの打球を捕球した。
「うわ……レイモンド……」
「えぐい……」
「頭越えてツーベースかと思ったらあれかいな……」
「初巾の怖い所やんな」
そう観客席から語るのは、藤崎高校の、道中桔平と金口余介。その横に座っていたのは、昂大高校の鉄沢斗真と氷室玲也。
「あっ……白銀世代の道中くん」
「……てめえは誰や?」
鉄沢に問われ、食い気味に睨む道中。それを抑える金口。
「すいません、今桔平くん、白銀世代で唯一ベスト8行けへんからって、気立ってるんですわ」
「あはは……」
鉄沢はそんな道中の様子に苦笑いする。
(だって……鶴高校との試合……いい勝負だったもんな……)
「……ま、言うて、鶴のエースの平田恒太さん、阿賀黎明の4番レフト、木崎英二さん、5番キャッチャー、沖野圭介さん、んで……昂大高校のキャプテン、鉄沢斗真先輩は新しく県内の白銀世代に数えてよいだろうって、記事に書かれてたっすよ」
火に油を注ぐ氷室。道中は完全に頭に血を登らせていた。
「……ふん、まあ……しょうみ言うても、この大会……結局暗黒世代が目立ちよる。お前かてそうや、氷室玲也。昂大高校があそこまで食い下がるとは思わんかった。初巾のエースも柏木やし……クロ高の4番打ってるんも大滝……あの鷹戸や6番打っとる伊奈も暗黒世代や」
道中は自分で何とか落ち着かせる。そして、冷静に試合を見ている。
「今回の暗黒世代対決は……レイモンドの助けもあって……柏木の勝ちってやつや」
続く山口も、カーブを打ち返すが、ショートの錨が上手く捌いて凡退する。焦燥を見せるクロ高ベンチ。特に大滝は人一倍焦っていた。
(こないだの試合じゃあ全然打ってなかったのに……相変わらず4番として使ってくれてる監督や、坂本センパイ……ほかのチームメイトに申し訳ない……)
ここで、同じくカーブを打ち返した伊奈が出塁した。
「おおっ!」
「ナイスバッティングだぞ伊奈!!」
古堂や林里がここぞとばかりに盛り立てる。
(伊奈は結果残してるって言うのに……俺は……)
「焦んなよ……大滝。監督は、今までの積み重ねで評価するタイプの人間だ。今日打てなかったからって言って、外されることはねえ。縮こまったスイングして、不調が続くようだと変えられるけどな」
田中の言葉――大滝は小さく頷く。
そして、金条が打席に立つ。
(柏木の変化球は狙い球にすべきじゃない。カウントを取りに来たストレートを打ち返す)
そんな金条に投げられた初球は――ナックル。見逃すも、ストライクゾーンに入っていた。
(地味にナックルのコントロールが良いのが難しい所だよな……んで、キャッチミスの少ない白里……クソッ……多投もできるわけだ)
二球目のナックルも空振りする金条。タイミングをなかなか合わせてもらえない。
(落ち着くしかない……ナックルで追い込んだら、三球目は……)
低めに外れるカーブ。これは見逃す金条。
(ナックル一辺倒じゃなくなったのは、秋大会で後半に連打浴びた反省なんだろうな。くそっ……向こうも俺らのこと研究してるのが伝わってくる……)
(金条とか言うキャッチャーは、しっかりと見てくる。でも、読みが当たったと思ったら構わず振ってくる。だから、あえて彼の読み通りに……ここは外す!)
四球目の高めのストレートは、ボール。金条は見逃している。
(さあ……ここだが……セオリーならば、いったん目線とタイミングがずれたところでもう一度ナックルを見せる所だろう)
金条は柏木が投げた球をしっかりと見ていく――
「ボール!」
(よしっ、ラッキー!)
金条の読み通り。ナックルボール。揺れる魔球であった。
(ナックルは……コントロールが効くようなシロモノじゃない。だから……ここは、カウントを取りに来る)
柏木が選んだボールは――ストレート。フォアボールはないと判断した金条は、バットを振りぬく。
「ライト!」
ライト方向に打球が打ちあがる。伊奈は二塁ベースをめがけて走る。
(いや……待て、だいぶ深いぞ!!)
ライト瀬田が走って打球を追うが、ライト線――ライン際のフェンスに直撃する打球。
「来いよッ!!」
ランナーの伊奈を呼ぶ三塁ランナーコーチの声。大きく身体を使って、「回れ」と指示を出す。
(サンキュー、金条……余裕を持って帰らせてもらうぜ!!)
伊奈が三塁を蹴る。瀬田がボールを投げ、セカンドの山田が中継に入る。
(ホーム? 二塁か?)
「こっち!!」
ホームで白里虎次郎が叫ぶ。金条がまだ二塁に向かう途中なのもいとわず、すぐさまホームへ送球する山田。
(もらったろッ!)
ホームに滑り込む伊奈。送球を受け取った白里が、伊奈をタッチしようと身を翻す――
「セーフ!」
「っしゃああ!!」
見事に先制点を挙げた金条。伊奈はベンチに駆け戻り、全員とハイタッチをかわす。
「ナイスラン!」
「良いランナーです!」
「伊東さん!」
伊奈が打席に向かう伊東を呼ぶ。
「先制点取りましたよ! 気楽に思いっきり行っちゃってください!」
「おう!」
伊奈の言葉にうなずく伊東。不思議と打席に向かう足が早まる。
(頼りになる後輩たちだ)
「金条ナイスバッティング!!」
「よく打ったよおまえええ!!」
クロ高ベンチはツーベースヒットを打った金条を祝福する。金条は二塁ベースにてガッツポーズを取る。
(……ちっ、先制点取られたか……)
柏木は悪態を取る。
「……柏木、気にすんな」と白里虎次郎。
「裏はレイモンドからだ。点は返せるだろ」とサード大槻。
「……まだ2回だし、まあ問題ないと思う」とショート錨。
(本当に……レイモンドから……で大丈夫なのか?)
ファースト白里一哉だけは、少し考え込んでいた。春から考えてみると、初巾高校が負けた試合の二試合のうち、レイモンドはいずれも抑えられている。黒鉄大哉、そして諏訪涼成高校の1年生投手、松藤貴良という二人の投手からレイモンドが抑えられた試合のことを思い出していた。
(……クロ高に、レイモンドを抑える投手がいてもおかしくない。そろそろ……暗黒世代のあの二人の投手も……本気で抑えに来る……)
8番の伊東を抑え、2回表が終わった。
そして始まる二回裏。伊東をはじめ、内野陣、および外野陣――クロ高のスタメン9人の顔つきが変わった。
(レイモンド=アルバード)
(レイモンドじゃん……)
(レイモンドさんか……)
その警戒心を肌で感じ取るバッターの4番、レイモンド=アルバード。黒鉄が県内最強投手であるならば、県内最強の野手と謳われている男だ。
(……クロ高。今日は、新田静は投げないのか……)
ふとベンチに目を見遣るレイモンド。新田がベンチの奥に座っているのを見つけ、俯く。
(……ふん、出し惜しみしたこと、後悔させてやるさ)
伊東の初球。見逃す。ストライク。
(なるほど……その程度のストレートか)
もちろん、伊東のストレートなど、レイモンドにとっては屁でも無いのだろう。それでも、金条はリードを考える。
(初球を見逃してくれたのはラッキーだ。二球目はもう一球外に……さっきよりも外し気味で)
二球目――伊東が構えたところに投げる。ボール。
(……金条というキャッチャーも、俺を出し抜こうと考えているのがよくわかる)
三球目。高めのストレートを見逃してボール。釣り玉には全く反応しないレイモンド。
(選球眼も良いとかふざけてやがる……フォーク使うか?)
伊東は金条のミットの下の指を見る。頷き、構える。
(先頭だ……足だって速いんだし、歩かせるのだってしたくないさ)
4球目――アウトコースの球――
(もらっ――)
空振りするレイモンド。ワンバウンドしたボールをしっかりとキャッチしている金条。
「ストライークッ!!」
「ナイスボールです!!!」
金条が叫ぶ。2ストライク2ボール。予想以上の変化球の切れ味に、乾いた唇を舐めるレイモンド。
(……俺の悪い癖だ。また、お前の実力を見誤るところだったよ)
(ここは……ボール球で釣りたいところだけど……外しても良いから、インコース……ガン攻めで行きましょう)
金条のリードにうなずく伊東。ストレートをインコースに……投げ込む。
(……もらった!)
フルスイングで打ち返すレイモンド。全員が打球を見上げたその数秒後。にわかに聞こえる歓声と共に――白球がスタンドに吸い込まれていった。




