第165話「松野学園」
開会式――いよいよ、夏の高校野球選手権福井県予選が開幕した。
「初日から黒光が出てくるなんて、なんて楽しみな試合なんだ」
初日の今日は、4つの球場にて、それぞれが四試合行い、一回戦が一日で終わる。
そして――第一試合を迎える黒光高校は、控室にてミーティングを行っていた。
「エースの飯村の球は大した速さじゃない。けど……狙ってコースを突くコントロールはあるみたいだ」
「4番でキャッチャーの中田くん……彼を侮ったら普通に打たれると思う」
金条と新田が会話をしている。小泉と共に情報収集に明け暮れていたらしい。
(こればかりは本当に感謝だな……)
「先発は伊東……オーダーは……」
金条が感謝する中、監督からの声かけがあって、全員が中心――絹田監督のいる方を向いた。
「1番セカンド、今宮」
「はい……」
今宮は新田、田中、山口、小林――芝、坂本、伊東と言った3年生の顔を見渡す。
(全員一緒に頑張ってきた仲間――もう負けたら終わりだ……一戦も気を抜かねえぞ)
「2番ライト、小林翔馬」
「はい!」
小林は思い返す――芽がなかなか出なかった1年の頃を……打てなかった2年の頃を……二番に上がってから不調が続いた3年の頃を……
(ずっと粘り強く使ってくれた監督に感謝だ。今の俺があるのは……間違いなく監督とチームのみんなのおかげだ)
「3番ショート、田中遊」
「はい!」
返事の直後、田中は叫ぶ。
「勝つぞぉ!! クロ高!! 待ってろよ新田ァ!!」
その叫び声に、控室の隅っこに立っていた新田は思わず笑みをこぼした。
「ははっ……さすがだな……遊。(時々……お前のそう言う所が羨ましくなるよ)」
監督の咳払いに、田中がはっとする。クスクス笑う声が控室に少しだけ聞こえてくる中、監督は再びオーダーを読み上げる。
「4番サード、大滝真司」
「はい!!」
(三年の先輩とできる……最後の大会)
大滝は、両隣に立つ田中と山口を交互に見た。そして、大きく息を吐いた。
「5番センター、山口寿」
「はい」
山口は静かに返事をする。緊張感は間違いなく、この中の誰よりも持っていた。
(絶対に……負けない)
「6番ファースト、伊奈聖也」
「はい!」
伊奈は自分の事で頭がいっぱいだった。
(やべえ……春と同じ打順で良かった……)
「7番キャッチャー、金条春利」
「はい!(引っ張る……投手陣を……このチームを)」
「8番レフト、佐々木隆」
「はい!」
(何とかレギュラー残れた……っし……)
佐々木もどこか安心しているようだった。
「9番ピッチャー、伊東律斗。今日の先発は……お前だ」
「はい!!」
伊東は高らかに返事をした。そして……新田の方を向く。
(絶対に……お前がマウンドに戻ってくるまで……負けねえからな!)
伊東の視線に気づいた新田も、同じく熱い心を感じ取り、ぐっとガッツポーズを伊東に向けた。
(伊東……この大事な緒戦……プレッシャーをはねのける力を持って任せられるのはお前だけだ)
(んで……背番号がもらえなかったほかの3年たちの為にも……勝ち続けてやる)
――昨日の事である。背番号が発表されたときのことだった。
3年生にとって最後であるこの夏季大会での背番号がもらえないということは、すなわち引退が確定するということである。
「それでは……今大会の背番号を発表する」
絹田監督がミーティングの終了間際に放った言葉に、全員の表情が強張った。
それぞれ懸けてきたものの重さを胸に抱え、監督の言葉に耳を傾ける。
「背番号1……ピッチャー……新田静」
「はい……」
ケガ明けで本日より練習に合流していたエース――新田静が1番。これは、全員が納得していた。
「この1番の重みを……俺は一年かけてお前に伝えてきたつもりだ。お前にしか託せない数字とも言える」
「覚悟はしています」
「……お前の出番は必ず来る。焦らずしっかりと調整を行うんだ」
「はい」
静かに燃える闘志――新田から感じられた瞬間であった。
発表された背番号は
1番、新田静(3年生) 投手
2番、金条春利(2年生) 捕手
3番、伊奈聖也(2年生) 一塁手
4番、今宮陽兵(3年生) 二塁手
5番、大滝真司(2年生) 三塁手
6番、田中遊(3年生) 遊撃手
7番、佐々木隆(2年生) 左翼手
8番、山口寿(3年生) 中堅手
9番、小林翔馬(3年生) 右翼手
10番、鷹戸遥斗(2年生) 投手
11番、伊東律斗(3年生) 投手
12番、返田元気(2年生) 捕手
13番、芝豪介(3年生) 一塁手
14番、坂本夏哉(3年生) 三塁手
15番、林里勇(2年生) 遊撃手
16番、森下龍(1年生) 外野手
17番、小豆空也(2年生) 投手
18番、古堂黎樹(2年生) 投手
の、以上18人であった。
「蔵元……庄野……菅木……ほかにも頑張ってる3年生はいっぱいいた……そいつらの分も、俺たちは戦うぞ!!」
「おう!!」
伊東が円陣の中央で叫ぶ。全員が大声で応える。
――怒号が飛び交う控室の反対側――松野学園は落ち着いていた……というよりかは、あきらめムードだった。
「一回戦からクロ高はまあ勝てないっしょ」
「試合終わったら焼き肉だなあ」
一周回って誰も緊張などしていなかった。彼らの頭の中には「どうせ負ける」という言葉しか思い浮かんでいなかった。一人を除いて。
「2年とちょっと頑張って初戦で終わりってなんか悲しいな。な、中田」
「ああ……うん……」
4番キャッチャーの中田啓は複雑な表情を浮かべていた。
「飯野……」
「お? どうした? 今更あがいてもしゃーないっしょ」
「……そ、そうだよな……」
エースの飯野に話しかけるも、言葉が出ず、彼の言葉に同調するしかない中田。
(どうせ負ける……か……)
そして――試合が始まる。
先攻の黒光高校。1番の今宮が打席に立つ。
初球のカーブを見逃す今宮。松野学園のエース、飯野は涼しい顔をしている。
(ふう……低めに決まったぜ……さすがに今のは手が出ないだろ。もう一球行こう)
再びカーブを投げる飯野――今宮はまた見逃す。
「ストライクッ!!」
(コントロールいいな)
今宮は息を吐いて構えなおす。
(まあ……遊び玉来るかも知んねえけど、球遅いから当てることならできるっしょ)
三球目のストレートを見逃し、四球目のカーブをカットする。
(ほう……粘るタイプのバッターか……じゃあ……インコースにストレートで良いんじゃね?)
飯野がストレートを投げ込む。しかし、今宮はこれも三塁線に引っ張ってカットする。
(はあ……?)
飯野は首をかしげる。どこに投げてもカットされる気がした。続くストレートとカーブ、そして8球目のストレートも外し、フォアボールで出塁させてしまう。
(ま、1番としてはいい仕事出来たんじゃねえの?)
続く小林が送りバントで確実に今宮を二塁へ送る。そして3番田中が打席に立つ。
「こいやマツガク!!」
大声で威圧する田中。捕手の中田は思わず外に構えた。
(なんかやばそう……このバッター)
(せやな……カーブでいったん様子見しようか……)
中田の指示にうなずく飯野。外にカーブを投げ込む――田中はこれを無理やり引っ張った。
「レフト!!」
レフト線に打球が伸びる……そのままスタンドインした。
「あ……」
「ホームラン!!」
初回から2-0となる。そしてそのあとも連打を浴び、エース飯野は初回に5失点をして降板することとなってしまった。
「あー、やっぱ強豪だわあいつら!! 無理!」
「……飯野さん」
リリーフ登板するのは、2年生の清水小吉。ベンチにて苛立ちを隠せないエース飯野を見つめながら不安を覚える。
(飯野さんがボロカスに打たれた……こんなんしんどいよ……)
清水が肩を落としながらマウンドに向かう。そこに声をかける捕手の中田。
「飯野がああなった以上、お前が投げるしかない。俺たちの最後の夏だが……お前に託してしまってわりーな」
「啓先輩……」
内野陣をマウンドに集める中田。
「おい……俺は思ってたんだが……俺たちだって3年間頑張ってきたわけじゃん。そりゃ、一期生で、歴史も浅くて、設備も大したこと無くて、本当に私立かっていうくらいザコチームだけど……頑張ってきたわけじゃん。一回でコールド負けして終わりたくないだろ?」
「そりゃそーだけど……」
「相手はクロ高だぜ?」
「去年甲子園出てるチームに勝てるかよ」
「秋も選抜惜しい所まで行ってるらしいしな」
内野陣は声を揃えて不平を言う。中田が何も言い返せなくなっているところ、ピッチャーの清水が答えた。
「俺は……先輩ともっと野球したいっス」
「清水?」
「飯野センパイとか、啓先輩とか、たくさんいろんな事を教えてもらいました。先輩は……俺に……託すって言ってくれたんス。飯野さんだって、相手が強豪とは言え、初回で5点取られて悔しいまんま終わるとか絶対嫌だと思うんス。せめて一矢報いましょうよ……。先輩たちの3年間無駄じゃなかったって……あいつらに教えてやりましょうよ……!」
「清水……」
「お前……」
「そこまで言うんなら……」
「確かに、そこそこ練習厳しかったと思うしな。試合くらい思いっきりやろーぜ」
表情の変わった内野陣を見て、中田は表情を好転させた。
(そう……サイレンがなるまでは、この試合は終わらないんだよ)
ピッチャーが変わったこともあり、清水のサイドスローの球筋に合わせるのに苦戦した下位打線を抑え、松野学園は一回表の守備を終えた。ベンチに戻ってきた清水。渡されたタオルを手に取る。
「あっ、飯野さん……ありがとうございます」
渡してきた張本人に礼を言う清水。
「いいボールじゃねえか。隠れて練習してやがったな」
「はい……すみません」
「何で謝んだよ……」
少しだけ沈黙した飯野。何かを声をかけるべきか迷う清水。
「……ナイスピ。…………9回まで長いぞ」
「……は、はい!!」
この言葉に焚きつけられた清水だったが、1回の裏の彼らの攻撃は、熱のこもった伊東のピッチングの前に三者凡退で終わってしまう。
「っしゃあああ!!」
叫ぶ伊東。熱意をガンガン前に押し出している。
「あれが11番……三番手って」
「すげえチームだなクロ高」
「調べたところ145km/hは出るらしい」
「全国レベルじゃん」
「はい、今からは守備。どうするんだっけ?」
中田の声を皮切りに、全員が表情を変える。
2回のクロ高の攻撃は今宮からだったが、内野陣が冴えわたるプレイを見せ、何とか1安打に抑えた松野学園。対するクロ高も、4番の中田から始まる松野学園打線を三者凡退で終わらせる。
「いいぞ清水!!」
「やるじゃん小吉ィ!!」
ベンチにて清水を賞賛する声が多く聞こえた。
(雰囲気はだいぶ良くなった。さあ……こっから5点をどう返すかだが……)
中田だけは唯一『勝ち』を見据えていた。




