第163話「懸ける思い」
(鷹戸……入学したときは、クラスも違ったし、あんまりしっかりと認識してなかったな)
返田のサインにうなずき、ストレートを投げ込む古堂。
「!」
鷹戸は予想以上の球威に、見逃したつもりでも少し焦った。
(古堂……)
目前の投手を見据える鷹戸。鷹戸もまた、古堂のことを考えていた。
(古堂は……いつからこんなに頭角を現すように――)
入学したときは、目立たない奴だった。ずっと練習しているという噂だけは聞いていたけど、ストレート以外投げられないし、野手としての才能も壊滅的だったし、ストレートは自分より遅かったし……
鷹戸は考えを巡らせるが、やはりわからなかった。
(閑谷さんも、新田さんも……誰が上がってくると思っていたんだろう)
古堂が投げたシュートを空振りする鷹戸。甘い所だと思えば逃げていく球に、鷹戸も悔しがる。
(良いボールじゃねえか……コドー。良いぞ)
返田も手応えを感じていた。
(高めにいったんストレートで釣るか)
(さすがに遊び玉使ってくるだろうな。いや、待てよ……。コイツの性格なら)
(秋江工業との練習試合の時だって……新田さんに教えてもらったばかりの変化球を完璧にマスターして、使いこなしていた。秋大会にはもう、俺と遜色ない位に投げていた)
(自信なら間違いなくついてるはずなんだよッ!!)
高めに来たストレート――浮いたボール球だが、鷹戸はバットを振る。どちらかというと、しっかりと待ってタイミングを取り、流して打ち返すように、柔く。
「んなッ!?」
返田の外すというサインを受けていた蔵元は、鷹戸のスイングに驚き、反応が遅れる。その一瞬の間に一二遊間を抜けていく打球。その間にホームに還ってくる大滝――
(すげえな……鷹戸のやつ)
一塁ベース上に佇む鷹戸は古堂の方をしっかりと見ていた。
(お前はもう、クロ高に欠かせない選手の一人だ。だが、それでも俺が勝つ)
練習試合は、結局Aチームが3-0で完封勝利という結果に終わった。
「ちっ、2点も取られた」
「すまん、あれは僕のリードミスもあるよ」
返田と古堂が試合を振り返っていた。
(高めに外すからと言って手を抜いて投げてしまった? いや、外すと決めたなら中途半端は良くなかったんだ)
絹田監督にとっても、どこか手応えがあったようで、選手たちを見据えながら珍しく笑みをこぼしていた。
(今回の結果で、試合に出た20人のうち、18人しか背番号をもらえない。監督が誰を落とすのか――少し今日の試合だけでは決めかねる部分があるはずなんだが……)
思案にふける今宮。今回の試合は、大きなミスがあったわけではないし、番狂わせもほとんど起きていない。しかし、監督の見せたあの笑みの意味を、今宮は深く考えていたのだった。
翌日――夏休み前のテストの振り返りに終われるクロ高の生徒たち。古堂は教諭の話を聞き流し、先日の試合について考えていた。
(シンプルな観点で見れば、俺は2失点。今回の投手陣で一番失点をしている。新田さんの1番は揺るがないとしても……Aチームの先発で期待通りの活躍をした鷹戸が10番、確実にBチームを抑えた伊東さんが11番。ワンチャン小豆が18番なんてこともありえる)
しかし、それは古堂だけではなかった。
(遠征以来全然打ってない。これじゃあベンチ外される可能性だいぶ高い)
林里も頭を抱え込んで机に突っ伏していた。
(俺たち二年生にとっちゃあ……これは最後の大会じゃない……でも、芝さんや夏哉さんにとっては……これが最後の大会。懸ける思いは、先輩たちの方が上なはずなんだよなあ……)
伊奈は窓を見ながら雲の動きを眺めていた。
「おい野球部三馬鹿! 聞いてたか? 問6の二番の答え。お前ら全員間違えていたぞ」
「あっ、すみません……隣の奴に聞きます!!」
伊奈は前を向きなおし、隣に机を寄せた。
「伊奈君、大会近いから焦ってる?」
隣の女子に小さな声をかけられ、伊奈はどきっと肩を揺らす。
(ばれてる……? 部外の人にも?)
「コドーくんもザトもみんな落ち着きないよね。今日」
「あ、ああ……」
「伊奈君頑張ってるよねー、音楽室からよく見てるよ」
「あ、ああ……サンキュー」
今彼は気づく、横の女子が、吹奏楽部ということに。
(応援もしてもらえるわけだもんな。んの割に、俺はまだまだ頑張れてないよな)
小泉もどこかひとごとではない様子だった。
(林里くん……コドーくん……伊奈くん……んで、大滝くん……)
小泉の視線が大滝の方へと向けられる。彼はわからないなりに先生の説明をしっかりと聞いているようだ。
どこかほっと胸をなでおろす小泉。途端に夏の暑さを感じ、シャツをパタパタさせて風を送る――
「経過は良好だね。このまま調子よく行けば、予定通り、7月の後半には動いても良くなるよ」
「ありがとうございます」
狭い病室の中にて、若い医者の言葉を聞く新田と絹田監督。
「まあでも、無理は禁物だよ。僕も高校野球に関心があるもんでね、君の名前は良く目にするんだ。君はこの大会で終わるような選手じゃないんだろ? 焦らずにね」
「ありがとうございます。でも、この大会で何もできなかったら、間違いなく終わるんで……」
(新田……)
病院の帰り道。絹田監督の車の助手席に座る新田。膝に巻かれた包帯は、だいぶ薄くなってきていた。一応、めちゃくちゃ気を遣わなければならない人の助手席なので、嫌でも沈黙が起きる。
(とりあえず、イメトレは完璧だし、上半身は今までよりも筋肉ついてきたと思うし、リハビリを完璧に行えれば……よしっ)
「新田」
「あ、はい!」
冷房の効いた車内。その風とエンジンの音しかなかった車内に、監督の声がして、即座に反応する新田。
「お前は、卒業した後のことを、考えているのか?」
「後……ですか」
医者の言葉を受けてだろうか、と新田は考えてはみたが、何も思いつかなかった。
「正直、何もイメージ付いていないです。大学行くかも、働くかも、野球続けるかも続けないかも」
「……そうか」
(そういえば、俺ってU-18の代表候補に選ばれかけてたんだったよな)
プロのスカウトが今宮を見に来ていたことも思い出し、急に進路について考えようと思う新田だった――
昼休み。病院から戻ってきた新田が教室に顔を出す。
「おお新田!」
「新田くん! 大丈夫だったの? ひざ」
クラスでも一目置かれる彼の元に、大勢のクラスメイトが集まってきた。そこには、同じ野球部の田中もいる。
「ああ、夏大会、間に合いそうだ」
「良かった……!」
感激している様子の田中。ほっとしている様子のクラスメイトたち。
「あ、新田くーん!」
(この声は……テニス部の新井ちゃん!!?)
「ああ、新井さん……」
「膝大丈夫なの?」
ほんわかとした雰囲気を身にまとった少女が新田に近づく。どことなく掃けていくクラスメイトたち。
(やっぱり……うちのクラスの女どもは新井ちゃんに敵わないと思ってるし、男どもでさえも、新田には敵わねえと思ってやがる……)
ただ一人、少し近くから様子を見ている田中は、冷静にその場を分析していた。
「もうすぐ大会なんでしょ? 間に合うの?」
「詳しいじゃん、どうしたん?」
「えへへ……ちょっとラインしてたら野球興味持っちゃって……」
照れ笑いする少女を見て、田中は完全にノックアウトしていた。
(か、かわいい……新田の横が似合う女だよなあ)
「あは、ありがと。んじゃあ、俺たちが甲子園行けるように……いや、甲子園で優勝できるように応援しててよ」
新田の爽やかな微笑みに、新井も思わず黙る――田中もである。
(何だこれは……なんなんだこれは……)
その様子を半分興味なさげに見ていた今宮。昼食の後の野菜ジュースを飲みながら色々考えていた。
(新田も甲子園優勝を意識してくれたか……とりあえず安心だな。古堂や鷹戸は言わずもがな負けたくないって気持ちだけで引っ張ってくれそうだし、意識の面では問題なし……か)
空が、夏らしく、入道雲を立てていた。




