第162話「紅白戦」
夏の県予選まで一か月を切った中、紅白戦が行われようとしていた。
絹田監督が、チーム分けを発表するために、オーダー表が書かれた二枚の紙を持って全員の前に立っている。隣を見た時点で伝わる緊張感に、普段は緊張をあまり感じない古堂ですら、少しピリピリしていた。
(Aチームの先発が……それすなわち新田さんの代わりになるエース……)
「Aチーム……」
絹田監督の低い声。全員がその口の動きに注目していた。
「1番セカンド、今宮陽兵。2番ライト、小林翔馬。3番ショート、田中遊。4番サード、大滝真司。5番センター、山口寿。6番ファースト、伊奈聖也。7番ピッチャー、鷹戸遥斗。8番キャッチャー、金条春利。9番レフト、佐々木隆。Aチーム、リリーフ伊東律斗」
(Aチーム先発は鷹戸!!)
(伊東がリリーフに選ばれてるってことは……)
Aチームのメンバーが呼ばれ、全員が監督の右側――三塁側に並ぶ。
「Bチーム……1番ショート、林里勇。2番センター、庄野慎也。3番サード、坂本夏哉。4番ファースト、芝豪介。5番レフト、森下龍。6番ライト、嶋田春仁。7番セカンド、蔵元和重。8番キャッチャー、返田元気。9番ピッチャー、古堂黎樹。リリーフに、小豆空也」
(現状いま名前を呼ばれた20人が……ベンチ入り候補……)
この瞬間、普段からベンチ入りしていなかったB戦メンバーの引退はほぼ濃厚となっていた。悔しそうに、悲しそうにしている3年生の顔、次があると前を見つめる2年生の顔、既に名前を呼ばれている1年生の森下や嶋田の様子を見て焦りを覚える1年生の顔――それぞれ想いは違えど、クロ高のメンバーが、この紅白戦を通して決まる――
(あ、でも……新田の枠が1枠分あるのか)
今宮がふと後ろを振り返り、名前を呼ばれていないものの中から新田を見つけ出す。新田は無表情というよりかは、鷹戸ら投手陣の顔を一人一人、ただじっと見つめているといった印象だった。
そんな、各プレイヤーの……夏のベンチ入りがかかった大事な紅白戦が始まろうとしていた。
「いいか、俺たちはAチームだ。勝って当たり前。なんならむしろ一打席でも抑えられたらレギュラー取られると思ってやるぞ。エラーなんてもってのほかだ」
今宮はAチームの円陣に向かって言った。
「場数は俺たちの方が圧倒的に踏んでる。古堂の球だって練習で見てきてる。負ける相手じゃねえ」
全員が整列をし、主審を務める絹田監督に向けて挨拶をした。先攻のAチームの1番打者、今宮陽兵は右打席に立つ。
(キャッチャーは返田。正直キャッチング力は高いから変化球を決め球に使える。ってことは……カウント取りに来る球は、ストレート!)
初球、アウトローに来たストレートを打ち返す今宮。しかし、ファウルチップになって地面に強く跳ねる。
「ファウル!」
(おいおい……こいつ……また球威上がったか?)
苦笑いをする今宮。自分が合宿で抜けている間に成長を感じる。努力を垣間見た瞬間であった。次のストレート、そして外に外れるシュートはそれぞれボール球で、しっかりと見逃す今宮。
(1ストライク2ボールのバッティングカウント……ここでどんなリードをしてくるかが返田の腕の見せ所だが……)
守備位置を確認しつつ、両手でサインを送る返田。
(警戒されてる感じするなあ)
返田のリードは、ど真ん中にストレート。古堂はそれに答え、全身全霊をかけたストレートを中央に投げ込む。
(ど真ん中かよッ!!)
今宮はバットを振りぬく――二遊間を鋭く跳ねる打球。
(っしッ!!)
林里が打球に追いついていた。
(はっ!?)
「っしゃああ!!」
林里は一塁へ送球し、先頭打者の今宮をアウトにする。
「なんでセンター返しを捕るんだよあいつは……」
ベンチに戻る今宮。金条に話しかけられる。
「返田の奴、内野動かしてましたよ。中央寄りに」
「……ど真ん中でタイミング合わせてくると踏んでか」
(なるほど……相手は格上と戦うくらいのつもりでいるわけだな)
二番打者の小林が打席に立つ。古堂のストレートの球威に押され、サードゴロに倒れる。
「よしっ、早くも2アウト!! いいペースだね、コドー」
「ああ! サンキュー」
古堂とコミュニケーションをとる返田。次の田中を迎え、外野を後ろに下げる。
(コドーのやつ……俺たちが知らないうちにえげつねえことになってんじゃねえかよ……でも、Aチームの上位打線として、ここでやられっぱなしで終わるのは良くねえよな)
古堂の初球――シュートが外に逃げる。空振りする田中。
(ちっ……俺相手はやっぱ変化球中心か……)
二球目――いきなりやってくるスローカーブにタイミングが合わず、手が出せない。簡単に追い込まれてしまう。
(ちっ……外して来たら厄介だし……ストレートだって普通に伸びるし、良いピッチャーじゃねえかよこいつ……)
三球目――インコースに直球。振りぬく田中。しかし、芯が外れていた。
(んなッ!!)
芯を外された打球は、セカンド蔵元の正面に転がる。アウトになってスリーアウト――チェンジとなる。
(カットボールか……!)
そして、裏の攻撃。Bチームの攻撃になる。
(守備陣はクロ高のレギュラーメンバー。つまり、県大会準優勝チームから打撃で見せないといけないってことだよな)
林里は鷹戸の球を初球から打ちに行く――が、空振りする。
(ちっ……やっぱ粘るくらいのつもりじゃないとダメか)
バットを短く持ち、構えなおす林里。
(粘る気だ……打たすか?)
金条の送ったサインに首を振る鷹戸。
(オーケー。カットされても厄介だしな)
ストレートの力押し――2ストライク目を二球目でいきなりとる。
(くっ……粘らせてすらもらえなさそうか……?)
三球目のスプリットを見逃す林里。何とか振りそうになるところを堪える形だった。
(こんなに変化球のキレがついてるなんて……やばいぞこれは)
続く高めのストレートを振らされる形で三振する林里。
(何もさせてもらえねえ……悔しいがバッテリーが強い……)
続く2番の庄野、3番の坂本も凡打に倒れる。
「くそッ……めちゃくちゃ打たされた。フライ上げちまったし」
悔しそうに守備に向かう庄野。坂本はじっと大滝の方を見ていた。
(あんまり不甲斐ないバッティングはできねえな……)
2回の攻撃になる。先頭打者は4番大滝。
(気持ちは一番バッター。しかし、相手が古堂となると、訳が変わってくる)
ガンガンストライクを取りに来る上に、珍しい変化球を扱う古堂は、左投手と言うこともあって、粘るのは得策ではないと考えていた大滝。返田が点け狙うのは、そこだった。
(大滝が何を考えてるか……狙ってくるは初球。だったら、外にギリギリで入ってくるこいつを投げてくれたら最高だ)
返田が初球に選んだのはスローカーブ――大滝は手が出せず、ストライクとなる。
(くっ……)
(今確かに振ろうとしていたッ……よしっ、追い込まれる前に打ってくるなこれは)
低めに構える返田。そこにストレートを投げ込む。大滝は振りぬく――バットがボールに当たるが、弱弱しく打ちあがる。
「ショート!」
(マジかッ!)
しかし、林里の後ろに打球が落ちる。いわゆるポテンヒットである。
「くぅう! やっぱあいつのパワーには負けるか!!」
悔しさを露にする古堂。続く山口が打席に立った瞬間に表情を切り替える。
(バントしてくれるなら儲けもの。それくらいにこの人は良いバッター)
(そう思ってると……反応遅れるよッ!)
キャッチャーとファーストの間にセーフティバントを転がす山口。返田は一瞬反応が遅れるも、冷静にさばいてアウトにする。
「おっけー! 返田落ち着いてるゥ!!」
芝が大声で返田を讃える。二塁ベースに佇む大滝を一瞥する。
(こいつを還さへんかったらええんや。でも……伊奈と鷹戸……良いバッターが続く)
ここを抑えるかが正念場――というのがBチーム全体の正直な印象――伊奈にシュートを投げ込む古堂。しかし、アウトコースの球を綺麗に打ち返されてしまう。
「ライト!!」
ライト嶋田が跳ねた打球を拾う。大滝は三塁でストップしており、何とか失点は免れていた。
(ったく……やだよストレートに絞んの……。だったらカウント取りに来る変化球しか無いっしょ……)
伊奈も何とか打ったことに手ごたえを感じてはいるものの、どこかで古堂を警戒していた。
そして、それは次のバッターも同じである。
(鷹戸……)
(鷹戸だ……)
(鷹戸さん……)
林里、芝、森下が警戒を露にする。何故なら、打席数こそ少ないものの、練習試合などでの彼の打率はチーム内でもベスト5に入っているからである。
「バッターとしての鷹戸と直接勝負なんて……珍しいもんだな」
古堂も嬉しそうに打席に立つ鷹戸を見て笑みをこぼすのだった。




