第160話「先を見据えて」
「成長を続けろ……か」
今日の練習試合を振り返りながら、室内練習場にて素振りを繰り返していた田中。この素振りも、三年目に入り、もうかれこれ700日以上続いている習慣である。
(山口が言おうとしてたのって……そういうことだったのかな)
寮の風呂の中で、窓に映る月を見ながら、伊奈と大滝と鷹戸が湯船につかっていた。
今日の試合を振り返り、伊奈が鷹戸に声をかける。
「鷹戸、今日はどうしたんだよ。不調だったか?」
「……俺はいつもあんな感じだ。それを周りに支えてもらっていつも以上のピッチングをしているに過ぎない」
(鷹戸にしては珍しいこと言うじゃねえか)
「つうか……俺も大滝も、マジで芝さんと坂本さんの猛追から逃れなきゃいけねえ時期になってきたよな」
「……確かに。全く意識してなかったけど、今日の坂本さんのホームランには焦った」
「芝さんいつの間にかめちゃくちゃ綺麗なスイングになってるし……やっぱ頑張ってるのは俺たちだけじゃねえんだなあって思うよ」
「まあ、伊奈は守備があるからな。セカンドも今日良かったじゃん」
「1エラーのどこが良かったんだよ。下手すっとどこももらえねえんだよなあ」
「セカンドが空くんじゃねえの? 塁がいるとは言え、争うならそこだろ」
大滝と伊奈が来年のポジションについて話している中、鷹戸は湯船から立ち去ろうと立ち上がる。
「今年のことは……まだ終わってないぞ」
鷹戸はこの言葉を置き土産にして、風呂から出て行く。
(鷹戸の言う通りか……)
(新田さんがいなくなって、実質的エースを任される立場になった以上、ああいう心構えになるのも仕方ないのか)
東京にあるU-18の合宿場にて。今宮は一日の練習を終え、4日後に迫った本番のアメリカ戦、そして明日行われる大学との練習試合に向けてミーティングを行おうとしていたところだった。
「ええー。明日の宝生大学戦、先発は茅場。二試合目の福教大学戦、先発は黒鉄で行こうと考えている」
(この二試合で良かった方をアメリカ戦での先発にするつもりだ)
「それで、明日の背番号を今一度配りなおしたいと考える。ここ数日での紅白戦や練習内容を見て決めた。明日の練習試合での変動ももちろんありうるし、アメリカ戦の当日まで固定するつもりはないが、一応目安としてもらってくれ」
1番から渡されていく番号。黒鉄、法寺、三好は確定らしかった。
「4番セカンド、今宮」
「えっ、はい!」
自分が二塁手の代表に選ばれたことに気づき、すぐさま驚いて立ち上がる今宮。
(前島アラン……に勝ったか)
今宮が前島を一瞥するも、前島はどこか興味なさげな表情をしており、今宮としてもなんだか複雑だった。
(U-18そのものに……あんまり興味がないのかこいつ……)
そのほか一桁番号をもらったのは、サード藤間、ショート芳賀山、レフト岡田、センターレイモンド、ライト知多であった。
(中島みたいな走れる選手は徹底的に代打代走要因に回すんだな……ある意味アメリカ代表に力で勝とうとするスタイルか……)
地村は黒鉄の横で冷静にメンバーを見ていた。その横に座る今宮。
「宝生大学と言えば、クロ高の閑谷さんがいるところじゃないか? 多分、誠美の大灘さんもいる」
「速球派投手二枚に対し、ウチのフォーメーションはパワーヒッターでとにかくごり押しって感じか」
「そんな中でお前が選ばれた意味を考えた方が、もっと上に行くときに繋がるだろう」
「わりーな、生憎今俺はここで学んだことをどうやってクロ高に持ち帰ろうかということしか考えてねえみたい」
とりあえずその日の夜、今宮は山口にメッセージを送った。
『U-18のレギュラーとして、明日の練習試合出る。大学生相手』
『やるじゃん。どうなん? 合宿の方は』
『戦術とか立ち回りとか、学ぶことはめちゃくちゃ多い。それより、今日の試合どうだったんよ』
『鶴工が2-2。武里が3-1』
『どうしたんだよ。打線がおとなしいな』
今宮は思わぬ報告に少し心配になる。
(やっぱチーム離れたのまずかったか)
しかし、山口の返信は意外なものだった。
『みんな、今宮や新田がいなくて堅くなっていた。やっぱり、田中の言う通り、無理に変えようとする必要も無かったんじゃないかなって思ってる』
ここで今宮はほっと胸をなでおろす。
『大丈夫。今週末には俺も帰るから。ゆっくり話し合おうぜ』
そして大学生との練習試合も終え、U-18選抜代表の26人は、アメリカへと旅立っていった。飛行機は、修学旅行ぶりに乗る今宮。隣に座るのは、中島勇吾。
「ちぃ、俺も代打でヒットだしたんだけどなあ。他の外野が結果出しすぎてて使ってもらえるかわかんねえや」
「大学生相手……つってもほとんど黄金世代のチーム相手に2-3で勝っちまうんだからなあ。さすがに大学日本一の宝生には1点しか取れなかったけど」
「それでも、茅場も3点に抑えているんだから大したもんだ。アメリカ相手でも戦えそうな感じはしてたよ」
「ただ黒鉄だろ。福教大も良い打撃陣が揃ってるチームだってのに、2点だぜ?」
「……だな。今宮も、予選で当たると考えたらぞっとするだろ?」
中島の言葉に息を呑むしかない今宮。一番前の席に座り、余裕の表情で隣の地村と談笑する彼を見て、今宮は焦りを覚える。
(とりあえず……去年の秋とは別人かってくらいに抜群の調子……去年の秋であれだったのに……って感じだな)
飛行機が出発する30分前――今宮は、山口と田中、そして――新田にメッセージを送った。
『絶好調だ。黒鉄。強敵だぞ』
「……今宮から聞いてるか?」
山口は練習終わり、田中に話しかける。
「……ああ。聞いてる……」
田中は静かに答えた。
「俺さ……考えたんだけどさ」
「奇遇だね。僕も考えていたことがあるんだ」
「「悪かった」」
2人の言葉が重なった。
「やっぱり……お互いがお互いの言いたいこと言い合ってるだけじゃダメだよね」
山口は笑いながら言った。
「監督の話聞いて気づいたよ。僕らは今まで間違ったことをしてきたわけじゃなかった。でも、負けを見ると、やっぱりどうしても不安になる。その不安を受け入れてくれるのも、和らげてくれるのも、やっぱり結局今までの練習が積み上げてくれた自信しかないわけで――」
「そうだな。俺も気づいた。俺は練習通りやってこれば良いって思っていた。でも、監督に言われちまったよな。変化がないのはダメだって……お前の言う通りだったよ。そこはマジで」
「一緒に新田をサポートしよう。そのためにも、予選は負けられないよね」
「……ったりめえだ。絶対にベスト8まで残って……初巾も鉄日も福富もぶっ倒して甲子園に行く! んでもって甲子園で優勝して引退する!」
田中の言い切る言葉に、山口は笑う。
「時々……田中のそういうところが羨ましかったりするよ」
背中を見せ、寮を見る。
「まずは、今宮がいないこのチームを、まとめなきゃならない。臨時キャプテンは僕らが不甲斐ないから今は小林がやってる」
「コバ一人じゃあちぃと不安だな。おけぃ! 晩飯後にちょっくらミーティングすっか」
夕食を寮母が作る。肉の焼かれる音。練習を終えて腹をすかせた部員たちがぞろぞろと食堂にやってくる。
「守備練疲れたぜ……」
「塁も馬鹿だなあ。自主練で走り込みしてからのアレは動けなくなるから意味ないって」
1年生の内野手、田中塁と河中瑛五朗が談笑しながら席に着く。食缶が出てくるまでは一年生はこうして話している時間となっていた。
「わかってないのはお前だ。延長12回まで続いたあの秋江工業との試合を見てなかったのか? 延長12回になっても常に安定した守備を続けていたクロ高の守備陣」
「……なるほどな。体力がいるのは正直ピッチャーだけだよ。ただ、ハードワークとの付き合いも難しいからね」
田中は、河中の話を聞きながらうなずく。
「お前は量より質派なんだな」
「当たり前でしょ」
「あぁ~。今日も小泉先輩可愛かったぁああああ」
「うるせーよ隼士! 打撃練習で小泉先輩ばっか見て三振するバカがどこにいるんだよ」
「……嶋田は今日もタイムリーヒット凄かったね……」
八坂、嶋田、苛木の外野手トリオが戻ってくる。ぞろぞろと食缶を待つ。
「さすがに春大会のベンチ入りはいるかなぁ」
「わかんないよ……白銀世代も、暗黒世代も、凄いからね」
田中塁は八坂と苛木の目を一瞥したのち、目を伏せた。
(マジか……本気でベンチ入りを目指しているのは俺だけなのか? いや、森下も井上も小荒井もいる……推薦入部組は意識高いだろうな)
ここで、古堂が帰ってくる。
「ふぅー」
「あ! コドーセンパイお疲れっす!!」
「お疲れ様ですッ!!」
古堂はピッチング練習を一通り終えたのか、珍しく先の方に上がってきていた。
(コドーセンパイが早上がりって珍しいな。いつも自主練遅くまで残る組……っていうか、一番最後までやってるバカなのに)
田中塁が訝しく思う中、古堂は何も言わずに席に着き、メモ帳を取り出した。
(肘がまだまだ下がってる。曲げようと意識しすぎてリリース変わりすぎ……これじゃあ変化球って読まれる。カットボールは最近全然使い物にならない。まるで回転が雑なボウダマだ)
今日の練習を受けて思ったことを書き上げていく古堂。
(めちゃくちゃストイックだ……でもバカだ……絶対野球バカ。絶対投球バカ)
河中瑛五朗は古堂のそんな態度を見て驚愕している。
(何だかんだで……一番新田さんに悔しい思いをしてほしくないのは、兄貴でも山口先輩でも無くて……この人なのかも)
古堂のそんな丸まった背中を見ながら、田中塁は衝撃を受けるのだった。




