第157話「合宿を終えて」
「尾月監督」
試合が終わり、合宿場の片づけとグラウンド整備をする中で、桐陽学園のエース、松下巧介が監督に話かける。
「……俺に足りないものって何ですか?」
「どうした急に」
尾月監督は、何かわかっているかの様子で敢えて問い返す。
「いえ、今日の敗北を無駄にはしたくない……と思っていまして」
松下の言葉に、尾月監督は少し考えている様子だった。
「……あれだ。お前はストレートにもっとこだわれ。変化球があるかもしれんと思わせるのは十分怖いし、お前のストレートの速さなら並大抵のバッターは打てへんやろう」
「は、はあ……」
「それで大阪府予選はベスト8までは安泰やろうな」
「しかし、こっからが問題や。あと3回勝てば甲子園という場面、自信もある程度ついているチーム、勝ち癖がついて勢いに乗っているチーム、本気で甲子園を目指す貪欲なチーム、そんなやつらしかおらん。そうなったときに、お前のその“こだわらないストレート”は果たして武器やろうか? “お前のストレートなんて怖くない“と思っているバッターからしたら、ホンマに怖くないねん。それが、今のお前のストレートや。クロ高の今宮やら田中やら、お前からようさんヒット打ったバッターの目は、追い込まれても死んでへんかったわ」
(確かに……俺の速球を前にして、弱気になるどころか、打ち気を全開にして……)
「気持ちが強い相手なら、同じく気持ちをぶつける。それが、お前の“こだわるストレート”や。変化球を織り交ぜて打ち取ったろー。それでもええ。でも、いつか本気でぶつからなあかん場面がくる。全国――甲子園を意識するならなおさらや。クロ高はその意味では、ウチより甲子園に近いチームかもしれへんなあ」
尾月監督の言葉に、言葉が出ない松下――
「ダウンだけしっかりしときや」
そういって背中を見せ、去っていく――
龍宮高校、知廉和歌山学園、知廉学園、開盟学園も同じように全日程を終えた。
龍宮高校は3勝1敗1分。知廉和歌山学園は1勝4敗。知廉学園は2勝2敗1分。開盟学園は2勝3敗。桐陽学園は2勝2敗1分という各校それぞれが、何かしらの課題を見つける合宿となった。
「近畿圏の強豪はマジで化けモン揃いだったな」
「その中でも、3勝できたってのはデカい」
「新田の好調のおかげ感は凄いよね。あとはコドーも伊東さんも良かった。鷹戸も完全に調子戻したみたいだし、小豆も使えそうだし、ウチの投手は安泰だな」
今宮、山口、田中の三人がバスの中で話している。
「だとすると……どうやら、僕らバッターの方が課題だね。知廉学園戦、新田の故障に僕らまでもが動揺してしまった」
山口の言葉に、バスに乗っていた全員が黙る。
「おいおい、俺は夏までに戻ってくるぜ? だから安心してくれよ」
新田は後ろの座席から笑った声を向ける。しかし、バスは静まり返ったままである。
「夏予選は7月から。あと二か月。復帰の時期と完治の時期が一緒なんだよ。ブランクだってある。新田が復帰できたとしても、復調しているとは限らない。つまり、新田が復調するまでの時間、僕たちは絶対に負けちゃダメなんだ」
山口の言葉の重みに、全員が事態を察する。
「負けたら……終わりなのか」
小林が呟く。
「そうだ。新田が投げられないまま終わる可能性だってあるんだ。野球は何が起きるかわからない。鷹戸の球を完全に研究してきたチームが現れるかもしれないし、僕ら打線を完全に抑え込むゴールデンルーキーが現れるかもしれないし、留学生の4番エースに蹂躙されるかもしれないし」
「けどよお……そうならないために俺らは練習してるんだろ? だからこのままでいいんじゃねえのか? 合宿だって全国の強豪相手に勝ったんだ。そんなに張り詰めてたら二か月後がちがちになっちまうぞ?」
山口の言葉に軽めの姿勢で反論する田中。
「わかってないなあ、田中。その一瞬の気のゆるみで負けたら取り返しがつかないって言ってるんだよ」
「だから、いい調子で来てるのにわざわざ緊張させること無いだろって話じゃねえか」
両者少々口調が荒くなっていく。
「緊張させたいわけじゃなくて、緊張感を持てって話。合宿では勝った回数の方が多かったかもしれないけど、負けた試合だってある。知廉学園みたいな試合を一回戦でしてしまったらどうするんだ、って話だよ!」
「だから、それはそれだろ。その試合の反省を生かして次負けないようにすればいいんだろって」
(山口は一試合でも落とせないという予選のトーナメントの怖さを知り、緊張感を持って二ヶ月を過ごし、確実に新田の復帰を待ちたい派で、田中はこの調子のまま、全員が崩れることなくベストコンディションで勝ち上がり、いい調子で新田の復帰を待ちたい派ってところか)
今宮は一番冷静に2人の話を聞いていた。主将として、ここでかける言葉の重さは違う。
(どっちも新田の復帰を死ぬほど待ち望んでるんだよなあ。この時期のチーム内での意識の分裂はマズイ……が、かける言葉が難しい)
副キャプテンも務める田中と山口の二人。その二人の衝突は、バス内のチームメイト全員にとって全くの不測の事態であり、どうすればいいか誰もわかっていなかった。
(あ、やべえ……泣きそう。マジで申し訳なくなってきた)
故障している新田――夏に復帰できるようにはなるものの、復調し、実際に登板できるようになるまでに負けてしまえば高校野球人生がその時点で終わる、と言うことを意識し始めていた。しかし、その一方で、衝突の原因が自分にあると痛感し、胸騒ぎを隠せない表情しかできなかった。
(こればっかりは1.2年生にはわからねえことなんだろうな。ずっと一緒にやってきた新田の故障と、引退か否かがかかった試合を何試合もし続けるプレッシャー。だから、田中も山口も取り乱しているだけなんだろうけど。つまり、俺たち三年生で解決するしかねえんだ)
今宮は小林や伊東、芝や坂本に目を配る。目を配られた側も困惑して自分の方を向いているのがわかった。
「(監督は自車で来てるからバスには乗っていない。つまり、このチームを無理やりにでもまとめられるやつは、このバスの中にはいないってわけか……)うーむ」
今宮が悩んでいる間にも、田中と山口の口論は加速していく。
「だいたい山口は甲子園の大舞台でも緊張して打球逸らしてたじゃねえかよ! そんなんで良く緊張感がどうのこうのって言えるよな!」
「その失敗があるから言ってるんだよ! 練習からもっと緊張感持っておけば良かったって! 田中だって鉄日とか清龍とか強豪と当たったらあからさまに緊張して打てなくなってるじゃんかよ!」
「そうだよ! それぐらい打てないってのは勝敗に関わるんだ! だから打てなくならないために、打てたときの調子をキープするのが大事なんだから、これまで通りやればいいんだよ! 今までの練習で誰かが気を抜いてたか? んなこたねえだろ!」
「もし打てない日が予選の一回戦で来てしまったらどうするんだよ、緊張して打てませんって言って負けるのか? そうならないためにこれまで以上に気を張って、緊張感に慣れろって言ってるんだよ! 正直言ってウチの緊張感はまだまだ甘いって!」
(先輩らもそら揉めるか……最後だもんな)
窓を眺めながら無関心を装う鷹戸。となりの金条は気が気でない様子でずれた眼鏡を人差し指で直している。
(ここは試合で引っ張るキャッチャーの俺が行くべきなのか? いや、そんな出しゃばる場面ではないのかも……)
田中と山口の声だけが、バスの中で響く。徐々に声が荒く、大きくなっていく中で、出発もできない。
「わかったわかった。これを話し合うのは帰ってからのミーティングでいい! 山口も田中もいったん落ち着け!」
この場を収めるのは、芝豪介。田中の隣に座っていたところで、田中を無理やり座らせる。
「当人がいる前でする話じゃねえだろ……」
新田を気遣って小さな声で囁く。田中も山口も渋々黙り、また静寂が流れた――
(芝に助けられたな……今のは)
この時期、U-18の日本代表を選抜し、アメリカ代表との親善試合を行うことが決まっていた。ここで、監督である武石に筆頭に数人のコーチが、代表選手の選定を行っている会議の最中であった。
「投手は茅場、黒鉄、住友が確定だろう」
「茅場みたいなタイプの投手は、パワーのある選手からしたらカモですよ。だから軟投派にもなれる黒鉄をエースとしての主軸に置くのがベストなのでは?」
「いいや、住友のジャイロボールがどこまで通用するかもみたいなあ。松下を入れてもいいが……向こうのプロ行き決まったモンからしたら毛が生えた程度にしか思えないだろうな」
「……黒光高校の新田静、めちゃくちゃ良い投手ですよ。黒鉄を見に行ったらたまたま見つけて」
「ああ……去年甲子園出てたとこ?」
「そうです」
「それだったら渡とか川島で良いんじゃないのか?」
「違うんですって。コントロールが良いんです。やっぱり、パワーがあってもコースが難しいと簡単には打てませんから。キャッチャーの法寺くんは確定ですし、緻密なリードと組み合わせたら最強ですよ」
「それじゃあ、黒光高校に連絡とってみるか。茅場、黒鉄、住友、川島、松下、新田を確定としてあと2人。暗黒世代なら鷲尾を入れても面白そうだ」
「鷲尾と……あとはコイツで良いんじゃないですか?」
「ほう……これは面白そうだな」
武石が見せた資料を見て、コーチ陣は頷く。
「んじゃ、次は野手ですね……捕手は法寺、堤を呼べばまあ安泰でしょう」
「一塁手は目白押しだな。地村、春沢、武永、三好、藤間、大笛」
「二塁手は……斑鳩……だけじゃちょっと足りないか」
「三塁手は田村か和賀で良いでしょう。遊撃手は開盟の野淵か清龍の芳賀山を入れてほしい所」
「外野はどうだ?」
「レイモンド=アルバード、岡田聖也、四方和也、井崎中……あとは……」
「暗黒世代なら、鉛野と知多が良いかと」
「ほぼ決まりだな」
翌日――絹田監督の元に一報入る。すぐさまそのことについてミーティングを開く絹田監督。全員がざわついた様子で集まる。
「えー、今朝、U-18日本代表監督から連絡があり、黒光高校から投手として、新田静。二塁手として、今宮陽兵。この二人を選抜したいと伝えられた」
この内容に、一番驚いているのは、キャプテンの今宮本人である。
「えっ……!?」
「何でも、お前の冷静で幅広いバッティングと守備力を買ってのことらしい。新田はケガのため断ったが、お前はどうする?」
絹田監督のまっすぐな目を逸らせない今宮。
(エースの離脱と副キャプテンの分裂……チーム状況は決して良くない……こんなときにチームを離れるわけには……)
「いいなあ今宮」
「凄いじゃないか。行って来いよ」
田中と山口が背中を押す。
「お前ら……(のせいで俺は迷ってるってのに)」
「チームのことは俺も最大限何とかしていこう。黒鉄も選ばれているらしい。いい機会だ。後ろからあいつの球を見るのも、何かの収穫になるかもしれないぞ」
「そ……そうですね」
絹田監督にも推され、今宮はU-18行きを決意するのであった。




