第127話「台頭」
「ありがとうイザナ。相変わらずだね」
試合が終わって、本日クロ高の先発を務めた古堂が向かったのは、中学時代の旧友、宮城臨の元だった。
「それはどっちかっていうとこっちのセリフかな?」
宮城は堅い笑顔で返した。
(新田さんや鷹戸だけじゃねえ。古堂も凄いピッチャーになってやがる……となると……。俺たちも負けてられないな)
(今日は三打席凡退。守備でミスしなかったのがせめてもの救いか。古堂のやつ……秋とは比べ物にならないぞ……)
木口と泉中は、秋大会で古堂の球を見ていた――でも、打ち取られた。お互いに考えていることは一つだった。
「もっとうまくならねえとだな」
「だな」
「夏はこうはいかんぞ」
「ああ、そうですね。でもうちには黒鉄がいます」
乾監督も、絹田監督との挨拶を終えると、赤河と月守に目をやった。
「……どうだ? いい経験になったろ」
監督に声をかけられ、二人は振り返る。
「両打が今回は上手く決まって良かったという印象です。しかし、俺はまだ地村さんには遠く及ばない。もっと練習が必要だと痛感させられました」
「だな」
乾監督は嬉しそうな顔をしている。そんな彼と目が合って、途端に不機嫌になる赤河。
「どうした赤河? 何か不満でもあったか?」
「いや、こんなに結果だしても、秋の大会はどーせ島田さんがレギュラーなんだろって思ってな。そりゃ不機嫌にもなるよ」
赤河は堂々と悪態をつく。それを苦笑いする乾監督。
(守備も大事なんだけどなあ)
クロ高は、鉄日高校の面々が帰ったのち、ミーティングを行った。試合を見ていた三年生たちからも、言葉がかけられる。
「最初に決められた打順の役割と、打席ごとに回ってくる順番の役割ってやっぱどうしても変わってくるから……いろいろな状況に応じたバッティング……応用力をもっと身に着けるべきだと思った」
今宮からの言葉に、林里は口をへの字に曲げて、悔しそうにしていた。
「まあ、林里、一打席目は悪くなかったぜ。むしろ、これぞ一番バッターって感じてよかったんじゃねえの?」
田中に言われ、林里も顔を上げた。
「はい!」
(現金な奴だな……)
今宮は苦笑いする。
「塁はその点で言えばすごく良かったが……最後の打席だけ、残念だったな」
「もう一段遅いチェンジアップでした」
「やっぱり、二種類持ってるのか」
田中遊の言葉に、弟の塁が悔しそうにしているのを聞いて、佐々木が言った。どういうことか、田中が尋ねる。
「どういうことだ?」
「ああ、俺……宮城とは同じ中学だったんですけど、チェンジアップに並々ならぬこだわりがあるらしくて……俺らにも見せていない奥の手チェンジがあったって噂があったんすよ」
「奥の手チェンジか……」
「あれが……塁に投げたボールってことすか?」
今度は古堂が問う。それに金条が応えた。
「多分そうだろう。敵もレベルアップしてるってことだな。まあ、俺たちだってそうだ。詰まらされながらも、ヒットにした当たりだっていっぱいあったし、守備も目立ったミスが無く安定していた。点は取られたけど、悪い取られ方じゃなかったように思う」
「強いて言えば……6番赤河のスリーランホームラン。と月守がタイムリーを打って木口が還った後――だったな」
今宮が金条に釘を刺すように言う。
「はい……あれは、勝負を意識しすぎたってのもあって、打たれてしまいました。コドーは……球自体は凄くいいのを投げるんですが、昂るとどうしても甘い所に浮いてしまうようで」
これには古堂も黙っている。
「もっと、打たせて取る意識でも良いんじゃないのか?」
新田が聞くが、古堂は首を振った。
(え?)
(コドーが新田の言うことを否定するなんて珍しいな)
三年生全員が疑問に思ったところで、古堂は口を開いた。
「……納得いかないんですよ。なんか……俺の思う最高の球で仕留めないと。空振りを狙いに行くって意識じゃないと、そういうの投げられなくて……」
(確かに、内角のカットボールや外ギリギリのシュートでさえ、こいつは全力投球している。打たせて取るような球でも……狙って外させたボール球でも……)
古堂の言葉にすぐさま納得したのは金条だった。
「まあ、それがコドーの良い所でもあるし、無理に変えることはないかなと思ってます。古堂が攻めることで取れたアウトの方が圧倒的に多いですから」
「まあ、それもそうか」
新田は納得した様子だった。
「コントロール練習、あとで付き合ってもらっていいかな? 金条」
「いいぞ。いくらでも付き合ってやるさ」
古堂のお願いに、金条は首を縦に振ったところで、ミーティングは終わった。
鉄日高校のバスが、グラウンドに到着する。結果を持って帰ってくるのを待っていた三年が出迎える。
「どうでしたか? クロ高との練習試合」
黒鉄が尋ねる。乾監督は笑いながら答えた。
「いやー3-4。ギリギリ勝利。ひやひやしたよ」
(ずっと不敵に笑ってたくせに……)
宮城は監督の冗談に少しむっとした。
「おいおい宮城~。三点も取られたのか?」
「ええ。まあ。4点貯金もらったんで、それぐらいでいいかなあと思って」
(食えねえやつだな……)
黒鉄は宮城の言葉に少し不敵に笑った。
「木口も泉中も、打てたか?」
四方が尋ねる。木口も泉中も首を横に振る。
「木口さんは打ってたよ。ツーベース」
四方の弟、四方雅也が言った。
「はは、俺は三タコっす。古堂、強くなってますよ」
泉中は残念そうに呟く。
「ははーん、ってことは、沢口も迫田も打ててないな~」
斑鳩が沢口と迫田の間に割って入ってきた。
「何でばれてるんだろう」
「表情でも見られたんじゃない?」
全員の様子をにこにこした様子で見ていた島田。そこにやってくるのは、一つ下のサード、赤河栄介。
「島田先輩……」
「おう、どうだった、試合?」
「……次は、打席奪ってやりますよ。先輩の分」
赤河はそれだけ言って去っていく。島田は返す言葉が無く、苦笑いしている。そんな彼の元にやってきたのは、地村洋。
「どうした?」
「赤河に宣戦布告ってやつされちゃった。打席奪うってさ」
「……ふん、打席を奪うっていうのが、いかにも赤河らしいな」
「だね……守備は簡単じゃないっての」
「島田はもうちょい打てると良いな」
「……言葉もありません」
島田は乾監督の方を見る。
(乾監督は、守備ができる奴を中心に使う。赤河は、確かに守備は下手だけど、打撃力で言ったら、俺の数打席分ぐらいの価値はある。もし、俺が三浜高校とかに居たら……三島からレギュラーを奪えていただろうか、初巾高校にいたら、大槻からレギュラーを奪えていただろうか、クロ高にいたら……大滝からレギュラーを奪えていただろうか……)
内心焦っていた。台頭してくる暗黒世代の存在感に。しかし、それは鉄日高校のレギュラー陣だけが抱えていることではなかった。
「ナイス上月! 動き良いんじゃねえの?」
「はい! ありがとうございます!!」
はきはきと大声で叫ぶのは、秋江工業高校の部員たち。伊奈や小豆の旧友であった万賀翔平がキャッチャーとして、フリーバッティングを行っている。バッターは、江戸川凛乃介。ピッチャーは、暗黒世代の男――
「峰! ストレート中心で押していくからな!」
「おっけー」
万賀に言われ、うなずく投手。初球から、140km/hのストレートが走る――空振りする江戸川。
「は、はええ……お前、なかなかいいストレートしてるじゃん」
「江戸川さんには遠く及びませんよ」
峰は、打席の江戸川に対して謙遜する。彼の名前は、峰竜児。暗黒世代の速球派左腕である。彼が続いて投げたのは、縦に割れるスライダー。下から掬い上げる形で打ち返した江戸川。ライト方向に打球が飛ぶ。
「溝口さん!!」
「おーらいッ!!」
元キャッチャー――現ライトの溝口が後退して打球をつかみ取る。
「アウト!!」
彼自身が大きな声で叫ぶ。江戸川は悔しそうにしている。
「くー、峰が最近調子いいな~」
「上月といい、万賀といい、暗黒世代が目立ち始めてきたか」
ファーストにいた大坂が、江戸川の悔し言葉に乗せた。
「っしゃあ!! 次は大場さんです! 全力で止めましょう!!」
内野から大声で盛り立てるのは、2年、同じく暗黒世代の上月練也。彼も、峰同様、最近調子を上げてきた選手である。
(江戸川、大坂に加え……暗黒世代の3人が台頭してきた。畑中も最近調子いいし、楠成も当たってきている。万賀が5番に入って打線に厚みが生まれたし、大場の勝負強さも生かしやすくなった。もう白銀世代だけのチームとは言わせない)
紅葉監督も手応えを感じている様子で笑った。
夏の予選まで残り二か月。それぞれが並々ならぬ思いを抱え、練習に励んでいた――
「今宮、紅白戦のことだが、無しにしてもいいか?」
キャプテンである今宮へ、監督から打診があった。
「ああ、はい。忙しいですもんね。大会前ですし」
「いや、代わりに、遠征に行きたいと考えていてな」
「遠征ですか?」
今宮が聞きなおす。絹田監督は大きく頷いた。
「森下龍、田中塁、嶋田春仁の三人を一軍合流させる。その上で、一軍二軍含めて遠征に行き、それを含めた一か月の練習試合で、夏予選一軍のレギュラーメンバー及び打線を、確定したいと考えている」
「……わかりました。選手たちに伝えておきます」
今宮が去ろうとする。絹田監督は止めた。
「あ、そうだ今宮」
「どうしましたか?」
「新田の練習量を少し減らせ。ストレッチや身体づくりの基礎に一度立ち返るように、彼に伝えておいてくれないか。直接的じゃなくていい」
「わかりました。そーゆーの得意なんで任せてください」
一礼して監督の前を去る今宮。背中を向けた途端に顔から笑顔が消えていた。
(確かに最近新田はすげえ頑張ってるけど……どういうことだ……?)




