第125話「攻撃的」
振りぬいた木口の打球は、少し詰まっている。しかし、強く古堂の足元を跳ねる打球。
(ぐっ!)
古堂がグラブを伸ばすが届かない。ショート林里とセカンド田中の間を打球が抜けていく。
(逸らさないッ!)
センター嶋田は打球をしっかりと受け止める。ランナーの四方、木口はそれぞれ1.2塁。
「ランナー1.2塁……ここで月守か……」
ベンチにいながら、小豆と井上は息を呑む。しかし、一番緊張するであろう古堂は、にやりと笑っていた。
(古堂先輩……どうしてそんなに笑ってられるんすか……)
井上もつられて口角が上がる。バッターの月守は、そんな古堂の様子に対して無表情である。
金条も息を大きく吐いている。
(コドーがあんなに楽しそうなのに、俺が緊張してどうする……)
右打席に立つ月守。
(徹底してるなあ……でも、利き手じゃないのに右で良いのか?)
インコースに詰まるように入ってくるカットボール。見逃す月守。
「ボールッ!」
(厳しすぎたな)
金条は笑いながら返球する。
(今のところ手を出さないのは……選球眼はすさまじく良いな……)
金条が月守を一瞥するが、月守は相も変わらず無表情を貫く。
(アウトコースにシュート……振らせよう)
ストライクゾーンギリギリに入るシュート。逃げていく球だが、しっかりと振りぬく月守。しかし……
(思ったより抜けるッ……!)
バットの先に当たったボール。一塁線方向を弱弱しく跳ねる。
「龍ッ!」
森下が打球を拾う頃に田中が呼ぶ。すぐに投げる森下。田中が送球を受け取り、二塁ベースを踏む。
「アウト!」
すぐさま一塁方向へ投げる田中。カバーに入った古堂が受け取るが――
「セーフッ!」
月守の滑り込みの方が速かった。
(まッ……打ったら終わりじゃない姿勢だな。評価しよう)
乾監督は顎をさすりながらネクストバッターを見ている。
(まあ、打てる日と打てない日があるし、打席によってもまちまち。鍛えるべきはバッティングよりこういうときの意識。チャンスを無駄にしない力……さあ、問われるぞ泉中。お前ができることはなんだ?)
(チャンスで一本出せるバッター。乾監督に一番評価してもらえたのはここだ。こういう場面で回ってきたこと……ちょっと嬉しいな)
しかし、泉中の元に投げられる球はいきなりスローカーブ。アウトコースいっぱいに、滑り込むように入ってくる球。
(う……厳しい)
そして、二球目、内角に切り込んでくるカットボール。
(ふんッ!)
引っ張る泉中。打球は三塁線を大きく超えて跳ねる。
「ファウル!」
(タイミング……)
泉中は苛立ちを見せた。
(カット上手いな……)
古堂は泉中の技術に感服していた。
(それじゃ、低めに一球、カーブ外しとくか)
金条のリードにうなずく古堂。
(こいつは、遊び玉一切なく決めてくる……ってことは……次は、シュートかインローにストレート)
狙い球を決めた泉中。古堂のリリースを見ながらしっかりと構える。タイミングを取って、バットを振りぬいた――
(え?)
ボールは、泉中の予想以上に来ない。当然の如く空振りした泉中。低めに外れたスローカーブ。三振である。
「ストライークッ!!」
「……くっそッ……」
悔しそうに打席を去る泉中。監督と目が合って、気まずそうに視線を逸らした。
「犠牲フライでも十分だったんじゃないのか? デカいの狙ったのか?」
「……自分は、チャンスで一本出してチームを盛り上げたかったんです。同じ追加点でも、ヒットで1点と犠牲フライの1点じゃ、訳が違いますし、アウトカウントだって……」
「でも、お前はそれを狙った結果、一番やっちゃいけないことをやってしまった」
「……はい」
乾監督の言葉が胸に刺さる。
「……状況判断だ。小さなプレイでも、お前なりの考えが見れたなら俺は満足だ。チームを思ってのプレイならなおさらな。ま、ボール球を振っちまったのはいただけねえ。相手に勢いづかせてしまうだろ」
「……はい」
「まあ、守備ミスんなかったらノーヒットでも全然いい。クロ高で一発あるのは大滝と5番の一年生くらいだ。まだ6番がわかんねえけど。ヒット打てる練習をしてるのは間違いなく俺たちの方。お互い打てないときはあって当然。だったら、するべきことはなんだ? 迫田」
「ノーエラーノーミスで守備を切り抜けること」
「そうだ。泉中も迫田も、守備でミスするなよ」
「はい!」
本日未だノーヒットの二人は大きな声で返事した。
「……でも、お前は打ってもらわなきゃ困るぜ。本日1エラーの、赤河くんよ」
小さな声で呟く乾監督。赤河は打席へとゆっくり向かっていた。
(オーラあるな……こいつ)
金条は打席に立った赤河を見ながら思った。
(簡単な打球でエラーしちまうようなやつだけど、一打席目の流し打ちは本当にうまかった……)
赤河を警戒している様子の金条は、初球、インコースのボール球から中へ入ってくるシュートを要求。
(デッドボール覚悟ってか!)
古堂は、厳しい球でも嬉々とした表情で投げ込む。あまりの厳しい球に、思わず仰け反る赤河。
「ストライークッ!」
(!!? 入った……のか)
不敵に笑う赤河。
(今のインコースの球見せられて笑う奴がいるかよ……)
サードの大滝は赤河の放つオーラに、思わず同じものを感じ取った。
(お前も……バッティングだけを頼りに生きてきたんだな)
「さあ、打てよ赤河。普段出れない分大暴れしてくれねえと、俺もやってられないからな!!」
乾監督がいつになく大声を出す。
(ふん……良く言うぜ。打ったって守備でノーミスしない限り使う気無い癖によ)
アウトコースに投げられたスローカーブは見逃す。しかし、ギリギリに入ってストライクとなる。
(ふん……小賢しい)
完全に、彼の狙いはインコース、と判断した金条。
(もう一球同じので良い)
古堂はまた、アウトコースにスローカーブ。これはボールになる。
(ありゃりゃ……ここは外したくなかったな……)
悔しそうに歯を見せながら金条の方を見る古堂。少しばかり、赤河のオーラに気おされている部分はあるらしい。
(アウトコースこんだけ意識させられたらオッケーだ。最後、インコースにお前の全力ストレートをお見舞いしてやれッ!!)
「どりゃあぁッ!!」
古堂は腹の底から声を出してストレートをインコースに投げ込む。少し高めに浮いて甘くは入ったが、ノビは決して悪くない。
「(良い球ッ……)ナイスボ――」
金条が絶対にキャッチャーミットに到達すると思った球は、そこにはなかった。そこにあったのは、フルスイングをし終えて、まっすぐ前を見ている赤河の姿だけ――
「……やっぱり野球はこうじゃねえとな」
ゆっくりと、一塁ベースへと向かう赤河。スリーランホームランで1-4と一気に差をつけた鉄日高校。対するクロ高は、その打球に戦慄していた。
(打球速すぎて見えなかったな。スイングも凄かったし)
打者として、素直に尊敬の念を向けているのは伊奈。
「大丈夫だ古堂。俺たちだって、黒鉄さん相手じゃあねえんだ。点はもっと取ってやれる」
「わりいなコドー。リードミスっちまった。でもいい球だった。甘く入ったのはよろしくないけど」
励ます大滝と、辛口の金条。
「……わかってる。とりあえず、ココ。ぱぱっと締めよう」
古堂自らタイムを終わらせる気だった。金条は、彼の左胸にキャッチャーミットをとん、と当てた。
「もっと俺たちを頼って良いんだぜ」
「……ああ」
すぐに切り替えた古堂は、次の迫田を三振にし、なんとか守備を終えた。
「ナイスバッティングだったぜ栄介」
「……ふん、これくらいしねえとお前ら納得しないだろ」
宮城に言われて少し鼻が高い赤河。
「……俺だって、ただ漠然とバット振ってるわけじゃアねえんだよ。結局点を取れなきゃ野球は勝てないからな。監督は守備できねえやつ使わねえって言ってるけど……。俺はそんなところでもレギュラー取れるくらい……打撃磨いてやる」
(殊勝な努力なこった……そんなことしなくても、秋になったら間違いなくレギュラーだろ。俺や月守差し置いてクリーンナップなんて普通にありえるぞコイツ……)
(うかうかしてられないな……外野転向されたらレギュラー取られそう)
木口と泉中はひやひやする思いだった。
7回表、嶋田が打席に立つ。
(読み合い……読み合い……)
大滝らの言葉を思い出して読み合いを意識する嶋田。初球の高めのボール球を見逃す。二球目、アウトコースのスライダーと、ど真ん中のカーブも見逃す。
(さあ、追い込まれてからだ。相手は鉄日高校のリリーフを任されるようなピッチャー。かたや本日ノーヒットでタイミングが合ってない、なおかつこの打席一度もバットを振ってない男。ストレートで勝負を決めに来るのが自然。でも、迫田さんがそんなリードするだろうか?)
自分の読み合いに少し自信のない嶋田。しかし、彼は開き直る。
(俺の栄光時代を思い出せ。読み合いなんかしなくても打ってたあの頃を……)
インハイに来たストレートを、タイミングを合わせて打ち返す嶋田。レフト方向に打球が飛ぶ。レフト泉中の守備位置は絶妙だったが、打球が風で押し戻される。
(!?)
ショートバウンドになった。ヒットだ。しかし、泉中は打球を逸らさない。
「ヒットか……」
泉中は悔しそうにファーストベースを見ている。
(確か同じ中学の……あいつはシニア。俺は野球部。親交があったわけじゃないけど、打つって噂は聞いてたな)
金条が手堅く送りバントを決め、1アウト2塁のチャンスを作るクロ高。しかし、打席には古堂。
(代打出す? いやでも監督はコドーがどこまで通用するか見たいでしょ)
(小豆や井上にチャンスやってもいいと思うけど、どうせGWからの連戦でそれは見れるか。今は、この試合をどうするか……だし)
結果、打席には古堂がいく。続投だ。もちろん、闘争本能むき出しの宮城のピッチングに対し、バッティングは素人の古堂が打てるわけもない。三振に倒れる。
「くっそー。頼む塁!」
「まっ、コドー先輩はピッチャーなんすから、無理に打ちに行ってケガとかだけはやめてくださいよ」
田中が打席へと向かった。




