第124話「燻り」
練習試合だとは思えないくらいにざわつく両ベンチ。主審のジャッジに注目が集まる中、主審は大声で言った。
「セーフッ! セーフッ!!」
「っしゃおらああああ!!」
佐々木はガッツポーズを取り、ベンチにダッシュして戻る。まずは森下とハイタッチを交わす。
「ナイス犠飛ッ! さすが秀さんジュニアッ!!」
「あざすッ! ナイス走塁ッ!!」
先制点をもぎ取ったクロ高。マウンドの宮城に声をかける内野陣。しかし、宮城は笑っている。
「何焦ってんの? レイは良いピッチャーだけど、打てなくは無いだろ? つーか、打てないとは言わせない」
彼の冗談交じりの言葉に、月守と赤河は笑った。
「まあ、ハルと栄介には、とくに期待してるから。いつも出れない分、思いっきり暴れてやろうぜ」
「任せろ」「わかったぜ」
宮城は嶋田を三振に倒し、4回のピッチングを早々と終えた。
「宮城の球、慣れてきたか?」
「まだまだッ……コース突かれたら厳しいのは変わらないし、読み合いしねえと厳しいぞ」
林里の笑みに対する大滝の言葉に、伊奈と森下は頷いている。
(読み合いか……)
嶋田はクリーンナップ三人の様子を見ながら、何か思い至ったようだ。
「さっ、それよりも守備だ。先制点を挙げるのも大事だけど、本当の支援ってのは守備で見せていくものだろ?」
金条の言葉に全員がうなずく。切り替わった表情。変わらない古堂の様子。
「いくぞ」
「おう」
金条のキャッチャーミットを背中に感じ、古堂は強く返事をするのだった。
4回裏、先頭打者は木口諒真。先ほどは、彼にのみ、スローカーブという脅威を有効に使い、三振に倒している。
(二度も出し抜かれるほど怠けちゃいねえぞ)
初球、金条のサインにうなずいて投げたのはスローカーブ。これを木口は待っていたと言わんばかりに打ち返す。綺麗なセンター返しが、嶋田の前に落ちる。
(読み当たったぜ……俺も小学校キャッチャーだったからな。リードは軽く一応わかるんだよ)
続いて、月守が打席に立つ。地村ほどではないが、オーラと風格をまとった姿に、悪寒が走るファースト森下。
(あれ……この感じ、一打席目の時は感じなかったけど……)
もちろん、クロ高として試合に出たことのある二年生たちも感じてはいるが、動じない。横を見れば、田中塁も自分と同じ表情をしていたことがわかった。
(塁……こいつ)
(ああ、わかるぜ龍)
目を合わせて頷く二人。どうやら同じことを考えていたらしい。構える腰が一段下になった。
(さっきは初球打たれてる。でも、インローにストレートを決めればこっちのものだ)
インローにストレートを投げ込む古堂。クロスファイアのフォーシームが月守の膝元へと飛んでくる。
「ぬんっ!」
バットを振りぬく月守。三塁線を切れてファウルになる。
(あんな厳しい所、初球から手を出すもんじゃないだろ)
大滝は飛んでいく打球を見ながら先ほどの月守のスイングを思い返す。
(まるで、あれを打ちに行かんとばかりのフルスイング……わかってたのか?)
彼の打ち気を利用するように、外角に逃げるシュートを投げる古堂だが、見逃す月守。
(打ち気の割には、今のシュート振らないのか)
金条も何かを感じ取ったらしい。
三球目、インコースギリギリボール球のところに投げ込まれたカットボールは見逃す月守。
(見極められだしてるのか?)
アウトローにストレートを投げる。そして、打ち返す。
「引っ張りッ!」
古堂の叫び声に大滝が反応するが、三塁線を切るようにベースのすぐ後ろでファウルグランドへの方へと跳ねていく。
「フェアッ!!」
審判の声と共に木口は一気に二塁を蹴って三塁を狙う。
「佐々木ッ! 肩見せろッ!!」
「オーライッ!」
金条の声に、佐々木は打球を拾いあげ、送球体勢に入る。三塁ベースを蹴り、ホームを狙う木口。さすがの俊足に、鉄日高校ベンチも盛り上がる。
「どりゃっ!」
佐々木の鋭い送球。しかし、少し浮く球。ホームベースで待ち構える金条。捕球と同時に滑り込もうとする木口。タッチに行こうとするが、少し遠い。
「こっち!」
セカンド田中が送球を呼んでいる。見れば、バッターランナーの月守が二塁を狙っている。
(クソッ! 俺の肩じゃッ!!)
金条は一点を諦め、月守を刺しに行く。しかし、月守が滑り込む方が少し早かった。
「よっしゃ、ナイスタイムリー!!」
「いいぞ! ナイスラン木口ッ!」
盛り上がる鉄日ベンチ。顔を少し黒くして、金条は立ち上がった。
「すまんコドー。刺せなかった。(ランナーコーチもいやらしく見てやがるな……)」
「まあまあ。打たれた俺が悪い」
古堂は屁でもない様子だ。
(打たれ強さはマジでエース級だな)
金条の思った古堂の強さ――打たれた後の立ち直りの早さである。
(打たれたら著しく球威の落ちる新田さんや、意地になってコントロールが安定しなくなる鷹戸に比べると、コドーはピッチングが変わらない。常に全力全開全身全霊。安定感は抜群だな)
泉中を三振に、赤河をセンターフライに、そして迫田も三振に倒し、1失点のみに抑えた古堂。
「よしっ、同点だ。まだ望みはあるぞ」
「おーけー。次金条からだぜ。かっ飛ばして来いよ」
「わかった」
伊奈に言われ、強く頷く金条。
(凄いなレイ……諒真とハルに打たれても、水樹と栄介と迫田には打たせないってか)
宮城はマウンドから古堂を見ている。打者である金条が打席に立ち、ようやく前を向いた。
(野郎……良いピッチャーだからって、目の前の打者を蔑ろにするとは……)
しかし、宮城のストレートとカーブにタイミングが合わず、金条は三振に倒れる。続く古堂も三振にし、宮城は笑みを見せた。
(レイ……これが俺のピッチングだ!)
「なぁんか、まるでコドー先輩にライバル心燃やしまくりっぽくないすか?」
田中塁が打席に向かいながら呟く。金条ははっとした。
(何でだ? 中学時代、片やエース。片やリリーフ。宮城だって鉄日高校の10番を背負い、確実にその名を全国に知らしめ始めているぐらいだってのに……クロ高の18番、ただの抑えに、何でそんなにムキに……?)
(甘く入るであろう初球を見逃さない!)
そう意気込んだ田中だったが、初球のストレートは甘く入ろうとタイミングが合わない。徐々に目が慣れ、カットしていくようになるが、打球を前に飛ばすことはできない。
(目が慣れるのは早いな)
(いっそ歩かせた方が良い)
迫田と宮城の意見が揃い、田中は結局フォアボールで出塁した。
(8球稼いで出塁は……9番として十分すぎでしょ。2アウトなのがもったいないけど)
(どうやら、スタメンで足が速いのは9番田中と1番の林里くらいか。林里を仕留めて次の回、佐々木から始めれば、連打でもされないかぎり本塁に還らせるのは難しいだろう)
林里が三振になり、クロ高は攻撃を終えた。
(敵は思ってる以上に俺らのことをよく見てるなあ)
絹田監督も、鉄日バッテリーの策略に気付きつつも、黙っていた。
「ナイスみや。さすがだ」
「……まあ、点取られてるからあまり偉そうなこと言えないけど、そろそろ打ってよ、みんな」
宮城が不敵に笑った。四方と木口は笑う。
「たりめーだ。1点じゃ足りないだろ? なっ!」
木口は月守と赤河に言った。
「……」
黙る月守。先ほど2ベースヒットを打っているからだ。
「……当たり前だろ。やっと出られた試合なんだ。もっと打たなきゃもったいない……」
木口や宮城は、彼の表情に思わず身震いしてしまうのだった。
先頭打者は四方雅也。それを迎え撃つのは古堂。
(この人のストレートとカットボールは本当に嫌いだ。手元で変に伸びるし……でも、打てると思うと振っちゃうんだよああ)
初球のシュート。外に逃げる球を振らされる四方。しかしにやりと笑う。
(でも……球筋はだいぶわかってきたかな)
続いてのストレートを打ち返す。詰まった当たり――しかし、後退するショートの後ろに落ちる。
(だぁ、クソッ!!)
田中が悔しさをにじませる間にも、四方は一塁ベースを超えていた。
(フルスイングしてよかった……打ちあげちゃったけど。監督には怒られちゃうな……)
古堂は四方には一切視線を送らずに、次を見ている。木口諒真。
(こいつには……予選でもヒットを打たれてる。思い入れはあるだろうが……熱くなりすぎるなよ)
初球のストレートがアウトコースのボール球に決まる。手を出しそうになる木口だが、ギリギリ見送る。
(ボール球かよ……)
迫田と宮城はベンチからしっかりと相手バッテリーの様子を見ていた。
「金条……だっけ? 上手くレイの感情をコントロールしてるね。そして、その古堂の気迫をも利用してあわよくば木口に空振りさせようという魂胆……やらしいったらありゃしない」
「まあ、古堂は宮城みたいに冷静沈着なタイプじゃないだろ。あのリードが良いのかどうかはわからんが……僕だったらあいつの気持ちの強さを利用してガンガンイン攻めするけどね。少なくとも初球は。変化球を使って打ち気を逸らすのはそこからでいい」
「なるほどね……(迫田もレイの評価は高いのか。……にしても、意外とこいつも考えてるんだな)」
二球目はアウトローいっぱいにスローカーブが決まる。
「うひょー。今のストライク?」
「残念だな」
悔しがる木口。構え直す。
(こいつのストレートはノビる。悔しいけど、普通にやってたら振り遅れるのは間違いない。だったら……)
アウトコースギリギリにカットボール。カットする木口。
(カットが精一杯だったな……にしても、エリア内のコントロールはかなり良い。みやレベルだったらやべえぞ。で……も……)
金条が次にサインを出したのは、インコースいっぱいのストレート。木口はそれを読んでいたとばかりに、フルスイングで振りぬいた。




