第121話「ルーキー」
「北信越大会に、鉄日と初巾が出ている今がチャンスですよね」
口火を切ったのは、今宮。相手は絹田監督だ。
「ああ、その通りだ」
「……思うんすけど、紅白戦とかどうですかね? 一二年生の実力も見てみたいですし、三年生の燻っている奴らもいると思うんで」
「そうだな。アリだな」
絹田監督も少し乗り気だ。
「んじゃ、GWの練習試合ラッシュの前にやっちゃいましょう」
「そうだな」
今宮と別れて、絹田監督が寮の部屋に戻った時、自身の携帯電話に着信があったのを見つけた。
「乾か……今更何の用だ?」
鉄日高校の監督、乾からの着信を見る絹田監督。
『To:絹田先生 練習試合、一二年生だけでやってみませんか?』
メールの内容を見て、絹田監督は口角をあげた。
「日にちの指定までしてくれてるじゃないか……ぜひやりたい」
翌日の練習前ミーティングで、絹田監督は部員全員を集めた。
「GWには、県外の高校も交えた練習試合をいくつか入れているが、その前に、キャプテンの今宮から、部内の紅白戦を行いたいという提案があった。そして、それに加え、一二年生限定で鉄日高校との練習試合を行いたいと考えている」
「い、一二年生だけなんすか?」
「敵さんも、あまり手の内(主に黒鉄の)は見せたくないらしいな」
絹田監督の言葉に、全員が息を呑む。そうだ、甲子園を目指す以上、黒鉄大哉の攻略は必要最低条件である。
「……まあ気楽に行けばいい。うちからも一二年生を出して対戦することにしようと思う。場所はクロ高グラウンドで行う。まあ、新田と伊東は紅白戦もあるし、GWの練習試合でも投げ込んでもらいたいからゆっくり休んでくれ」
「はい」
「はい!」
新田と伊東が返事をしたところで、絹田監督は鷹戸を見る。
「鷹戸……お前も休んどけ」
「……はい(黒鉄さんが登板しないし、地村洋もいないし、別にいいか)
「それで……先発は古堂。小豆と井上は普通に出番があるから準備をするように」
「はい」
一二年生の投手陣が発表されたところで、古堂は滾っていた。
(よしッ……先発……クロ高に入って初めての……先発!)
二年春――古堂黎樹初めての先発試合が決まったのだった。
「オーダーは、1番ショート、林里勇。2番レフト、佐々木隆。3番ライト、伊奈聖也」
「え、俺ライトなんですか!?」
「ああ。お前の守備力、肩、足の速さをファーストに置いておくのはもったいないという結論に至った」
「な、なるほど……(つまりは……俺より打撃を期待されてるやつが大滝以外のほかにいるってことか?)」
「4番サード、大滝真司。5番ファースト、森下龍」
(森下か……)
(秀さんの弟だし、期待されるのは妥当だな)
(中学時代もファーストだったらしいし、まあいいんじゃねえの)
田中、山口、今宮の三人も納得の様子だ。
「6番センター、嶋田春仁。7番キャッチャー、金条春利。8番ピッチャー、古堂黎樹。9番セカンド、田中塁」
「お、俺がセンターに……!」
一年生の嶋田は嬉しそうな顔を見せた。推薦組ではない一年生の中で、唯一スタメン入りを果たしている。他の一年生、森下、田中塁にも注目が集まっていた。
「塁、9番の役割、わかってんだろうな?」
田中遊――田中塁の兄でショートスタメンに入っている男が弟に話しかける。
「当たり前じゃん。次に繋ぐバッティングをする。だろ? 監督も、俺の足に期待はしてくれてるってことじゃん」
(にしても……先発はコドーか。こりゃ面白くなりそうだな)
先輩投手の新田は嬉しそうに笑っている。鷹戸は無表情で古堂を見ていた。
「なんだよ」
「……(いや、やたら嬉しそうだと思って)」
古堂が話しかけても、鷹戸は無言だった。
(投げなくてもいいやって思った自分を撤回したい……)
そして、3日が経ち、全員がそれぞれの練習を一通り終え、いよいよ鉄日高校一二年生との練習試合が始まろうとしていた。
「さあ、行こうぜ」
今宮の代わりとして金条がチームをまとめる。
「コドーはあんまり先発したことないから、守備はやりやすい雰囲気を作っていこう。まあ、コドー、お前の気持ちの強さは十分理解してるから、不安は一切ないさ」
「おけ、任せて」
金条の言葉に、古堂は左肩を回しながらうなずいた。
「鉄日さんも来たな」
本日はオールラウンド用のグラブをつけながら、伊奈聖也は鉄日高校のバスを見ていた。
「相手の先発は、宮城臨で来ることは間違いないだろう。センバツでも投げてるし、全国級のピッチャーであることに変わりはねえ。あとは、ライトの木口とレフトの泉中の外野手コンビの打撃力にも十分警戒」
「ああ、先輩たちがいない試合って……秋江工業との練習試合を思い出させるよね」
「あのときな……」
小豆は古堂に話しかける。古堂は、大坂との対決を思い浮かべる。今思えば、あそこがクロ高のベンチ入りを果たすきっかけに違いなかった。
「小豆も、ここで活躍すればベンチ狙えるぞ」
「わかってるさ。だからコドー。僕の出番も残しておいてくれよ」
「それは厳しいかな」
古堂はにやりと笑って、アップへと向かった。
「よお、レイ」
アップ中の古堂に話しかける一人の声。古堂のことをレイと呼ぶのは一人だけだ。
「あっ、イザナ」
鉄日高校の投手、宮城臨である。
「お互い先発だね」
「そりゃまあね」
「なんで鷹戸は先発しないんだ?」
「……なんか監督に止められてた」
「なにげ、初めてじゃない……お互いに投げ合うのって」
「……そうだよね」
「負けないよ」
お互いに短い言葉をかけあいながら、隣同士を走る。
「じゃ、俺はこれで」
古堂が先に前に出て走り出した。
(ああ、負けないぞ)
宮城は右手拳をぎゅっと締め、後ろをついていくのだった。
先攻 黒光高校
1番ショート、林里勇。2番レフト、佐々木隆。3番ライト、伊奈聖也。4番サード、大滝真司。5番ファースト、森下龍。6番センター、嶋田春仁。7番キャッチャー、金条春利。8番ピッチャー、古堂黎樹。9番セカンド、田中塁。
後攻 鉄日高校
1番セカンド、沢口尋。2番センター、四方雅也。3番ライト、木口諒真。4番ファースト、月守遥。5番レフト、泉中水樹。6番サード、赤河栄介。7番ショート、影山信也。8番キャッチャー、迫田茂。9番ピッチャー、宮城臨。
「ッしゃっ! お願いします!!」
先頭打者の林里は声高に左打席に立つ。先発の宮城はマウンドから初球のストレートを投げる。
「ストライクッ!」
審判を務めるのはクロ高の三年生たち。主審はセカンドのレギュラー、今宮だ。
(良い球走ってるじゃねえか……)
続いて、二球目のカーブにタイミングが合わずに空振りする。
「くっそッ……」
バットをベースにたたきつけながら宮城を見つめなおす林里。
「お前は出塁してなんぼだぞ!! そいつはコントロール良いから気を付けろ!」
ベンチからの古堂の大声。林里にもスイッチが入った。宮城の外に逃げるシュートを流して打ち返す。
「サード!」
宮城が声を出し、サード赤河が足を合わせに行く。しかし、イレギュラーバウンドした打球が赤河のグラブを弾いた。
「くっ!」
その間に林里は一塁ベースに到達し、失策出塁を果たす。
「よしっ!!」
叫ぶ林里。二番打者の佐々木が打席に立とうとしているところで、宮城はエラーをした赤河に声をかける。
「栄介がエラーをするのは計算済みだし、打って返せばいいよ」
「ああ(わかってる)。すまんな」
佐々木は打席に立つや否やバントの構えをする。
(堅実に送ってくるか? バスターか? それとも……)
キャッチャーの迫田は指示を出す。今までの佐々木の打力から考えると、送ってくるのが一番堅実だが――
(大した打力も無さそうなあのランナーを一番に置いたってことはだな……)
宮城が投げたのは、高めのストレート――
「走った!!」
鉄日高校ベンチから大声が聞こえてきた。一塁ランナーの林里は初球から次の塁を盗みに行く。
(マジかよッ!)
迫田はボールを掴んでから素早い持ち替えをし、二塁ベースに送球をする。ショート影山が捕球し、タッチするが、林里の足が入るのは早かった。
「セーフ!」
(は、はええ……!)
思わず絶句する影山。一つ上の暗黒世代の実力に思わず震撼する。
(これが暗黒世代か……)
しかし、佐々木は凡フライに倒れ、続く三番打者伊奈聖也が打席に立つ。キャッチャーの迫田は、ここで警戒してサインを出す。
(エンドラン警戒でチェンジアップ出したいところだけど、このバッターは変化球への対応力が群を抜いてる。ストレートで力押ししよう)
初球、アウトコースへのストレートが決まる。伊奈はタイミングを合わせて振りぬくが、空振りになる。
(タイミングあったと思ったのに……伸びやがったッ!)
二球目のチェンジアップはカットする伊奈。さすがの対応力に迫田も警戒せざるを得ない。
(やっぱりストレートだな)
(そうだね)
宮城はストレートを投げる。球速146km/h。暗黒世代の中ではトップレベルの球速のストレートに、伊奈は空振りしてしまう。
「ストライク!! アウト!」
三振に倒れる伊奈。宮城の投球に驚きを隠せない様子だった。
(確実に合わせに行ったスイングで空振りかよ……やっぱりノビがやばい)
続く4番打者、大滝真司が打席に立つ。
(伊奈で打ち取られてる。警戒するしか――)
初球のスライダーがインコースに割って入ってくる。もちろん手が出ない大滝。
「ストライクッ!」
主審の声に手ごたえを感じている宮城は、もう一球同じコースにストレートを投げる。もちろん球速差の前に手が出ない大滝。早くも追い込まれる。
(なかなか優位はくれないか……ストライク先行が凄いな)
三球目のチェンジアップ……空振りを誘った球だったが、大滝は打ち返す。
(当てるかッ!)
ピッチャーの右手側を通過する打球。しかし、深めに守っていたショート影山が打球をしっかりと捌きとる。
「アウトォ!!」
「ナイスノブ!」
「影山やるじゃんッ!」
チャンスを作ったクロ高だったが、0点で1回の攻撃を終える。鉄日高校の先発、宮城の投球に全員の顔つきが変わるのだった。




