第120話「飛び抜けた存在」
春大会決勝のカードは、初巾高校VS鉄日高校。
先攻 鉄日高校
1番センター、四方和也。2番ショート、本田清行。3番ライト、木口諒真。4番ファースト、地村洋。5番レフト、泉中水樹。6番セカンド、斑鳩瞬。7番サード、島田瑛太。8番キャッチャー、迫田茂。9番ピッチャー、黒鉄大哉。
後攻 初巾高校
1番キャッチャー、白里虎次郎。2番セカンド、山田律。3番サード、大槻吉秀。4番センター、レイモンド=アルバード。5番ファースト、白里一哉。6番ライト、瀬田成彦。7番ショート、錨真紀。8番レフト、権田良介。9番ピッチャー、阿佐間庄司。
「普段リリーフの阿佐間が今日は先発か……」
鉄日高校の乾監督は少し悩ましげな表情をしていた。
「根古屋監督は何考えてんのかわかんねえからなあ」
「俺もナックル打ちたかったな」
「お前には無理だリョーマ」
木口が笑うのを、斑鳩が冷静に言い返す。
「正直俺もバント決められるかわかんねーし」
「決めてもらわなきゃ困るぜ……」
どことなく不安そうなスタメンたち。そんな彼らを一蹴する声が聞こえる。
「ま、2点あったら確実だろ。な、地村」
「もちろんだ。お前も、2点までなら取られていいぞ黒鉄」
地村と黒鉄だけは、心構えが違った。
(こいつらなら大丈夫か)
乾監督は、たった少しだけだった心配を捨て、選手たちをグラウンドへと送り込んだ。
「何で阿佐間さんが先発なんですか?」
初巾高校の選手たちがグラウンドへ走っていく中で、ベンチで柏木が悪態をつく。
「柏木のナックルも……あいつらなら良くて二巡、最低でも三巡で合わせてくる。そう思ったら、対策を立ててないであろう阿佐間の方が打てないだろ」
現に、先頭打者の四方をセンターフライに倒した阿佐間。
「ちょッ……レイモンドの守備範囲おかしいだろ……」
悔しそうに戻ってくる四方。
「阿佐間ってカットボール使ってくるよな?」
「ああ、それでか。外野も少し前に出てきてる気がする」
「おっけー」
二番打者の本田も打席に立ち、ストレートに合わせて打ち返すが、ショートの錨が上手く捌いてアウトにする。
「よしっ、ツーアウト!」
(立ち上がりは満点だな)
阿佐間も手応えを感じている。そして、三番打者の木口が右打席に立つ。
「お願いしますッ!!」
(一発こそありますが……初球は外角ストレートで様子見ましょうか)
白里のサインに阿佐間も頷き、ストレートを投げる。しかし、三塁線に引っ張った鋭いライナーを初球から打ち返す木口。
(こいつ本当に暗黒世代かよッ!)
サード大槻が正面に入り、グラブで弾きこそするが、身体を張って打球を止める。
(っしッ!!)
そのままファーストに送球。白里一哉がしっかりと捕球し、木口をアウトにした。
「畜生……守備も堅いな」
「ナックルが来たらどうなるんだろうな……」
島田と泉中は不安そうに会話をしている。
その回の裏――初球からストレートを振っていく白里。なんとジャストミートした打球が三遊間を抜けていく。
(そ、速球打ちに徹底して正解だったッ!)
先頭打者が出塁する初巾高校。
「すみません黒鉄さん……リード甘かったですね」
「んなこたねえ。事故だ事故」
迫田が謝るのに対し、黒鉄は開き直る。そんな鉄日バッテリー。
「それより、ゲッツー取らなきゃレイモンドに回るぞ」
「そうですね」
迫田の表情が固まる。
しかし、初球からチェンジアップを投げたところで、白里が盗塁を試みる。
(馬鹿なのか!?)
迫田が投げようとするのを、ショート本田が止める。
盗塁に成功する。そして、次の打球でバントを決め、1アウト三塁を作り出す。
(あれ……うまく行きすぎていないか?)
三塁ランナーの白里虎次郎は少し不安になる。
(勝っちまってるぞ……センバツ準優勝チームに……)
三番打者の大槻がスライダーをライト線に打ち返す。ライト木口が上手くノーバウンドで捕球したが、三塁ランナーの白里はタッチアップで帰還する。
「先制てーんッ!」
ベンチに還ってきてチームメイトとハイタッチを交わす白里。
「ナイス犠牲フライっす!」
大槻ともハイタッチを交わした。
(うまく行きすぎてないか……?)
ファースト白里はネクストに立ち、少し不安そうにしている。現に、鉄日高校の面々も、黒鉄と地村以外は少し慌てふためいているようだ。
(浮足立っている今がチャンスだぞ……レイモンド……!)
(そういや……2点あったら確実って言ったっけ俺。んじゃ、これ以上はやれないな)
黒鉄の表情が豹変した。
(そうだ……それでいいぞ黒鉄大哉……!)
打席に立つレイモンドも滾っている様子だった。
「ストライクッ!」
初球のストレートが低めいっぱいに決まる。レイモンドは手が出なかった。
(よしっ……ナイスだ黒鉄さん)
キャッチャーの迫田も手応えを感じたらしい。
次の高速スライダーが内角のボール球からストライクゾーンへと切り込んでくる。
(ッ!!)
手が出ないレイモンド。にやりと笑う黒鉄。
「ま……これが今の俺とお前の差……だぜ?」
最後の球は、内角ギリギリに食い込むストレート。レイモンドは手が出ないまま三振を迎えてしまった。
「見逃しの三球三振ッ……!」
「黒鉄の野郎……手ぬいてたのかッ!?」
ベンチで観戦していた記者やスカウトたち。
「レイモンドが見逃し三振するなんて俺は初めて見たぞ」
「……さすが黒鉄大哉。今年も大暴れか……?」
「既にプロも注目ですよね」
「そうだなあ。この県の中でドラフト決めるとしたら、黒鉄、レイモンドは欠かせねえよ。それくらいあの二人は飛びぬけてら――勝敗を分けるとしたら、他だろ」
しかし、蓋を開けてみれば全く違った。結果は1-7。初巾高校は初回以降点が取れないまま終わった。
「ま、マジかよ……」
「途中、阿佐間が捕まって打ち込まれたことを加味しても、鉄日の打撃力は評価せざるを得ないな」
「今日は四方と黒鉄が良く打ったな。やっぱ地村はすげえわ」
「あいつは回転に合わせてるらしい。全国にもいねえよそんなバッター」
「……対して、初巾高校はヒットたったの二本。白里兄弟が一本ずつ打っただけか」
「……コジローのは実質出会い頭の事故みたいなもんだし、一本だけだろ」
「……黒鉄がレイモンドを三打席全部抑えるとはな」
記者たちが騒いでいる通り、黒鉄はレイモンドの三打席をすべて凡退させていた。
「こりゃ……ドラフトが変わるぞ。地村と黒鉄の取り合いになるか……?」
「まあ、レイモンドもまだ捨てがたいぞ。守備は安定してたしな」
「クロ高の新田や今宮も欲しいだろ。高月や坂東も面白いけど」
惨敗を喫した初巾高校。北信越大会の出場が決まっているとは言え、気分は落ち込んでいた。
(こんなにも差があるのか……黒鉄と俺……)
レイモンドは肉刺だらけになった両手をみながら俯いていた。
「まあ、北信越大会がある。クロ高に勝ったイメージが、悪い意味で出てしまったな。どこかで打てると思っていただろ?」
「……」
根古屋監督の言葉に、誰も何も言い返せない。
「一哉のヒットだけじゃあ勝てない。レイモンドにおんぶにだっこだったっていう実情もわかっちまった。他県の奴らの前に恥かきたくは無いだろ。負けられねえよな」
監督の言葉に、全員が大きな声で返事をした。
「……やっぱ先輩たちすげえな」
「だな」
ベンチから出てくるのは、鉄日高校の控え選手たち。
「月守、赤河! ドリンク運ぶの手伝ってくれ!」
レギュラーで出場していた木口に呼ばれたのは、ファーストの控え二年生、月守遥。そして、サードの控え二年生、赤河栄介。
「……月守はポジションのせいで出られないことに不満抱いたことあるか? 外野だったら俺たち、木口や泉中とのポジション争いならワンチャン勝ってた可能性だってあるんだぜ?」
長身の赤河は悔しそうな顔をしていた。
「木口は打撃だけじゃなくて、足も速いし、肩も強いし、守備も安定している。一年生の頃からビックマウスだったが、それに見合う分堂々としていたし。レギュラーで仕方ないやつだろ。泉中だってバッティングで結果出してたじゃねえか」
(月守はそう考えてるのか……)
月守は悟りを開いたかのような表情で、赤河を見ていた。
「俺は地村さんに勝てる気は“まだ”していない。だが、お前なら夏、奪えるかもしれねえだろ」
「当たり前だ。なんならバッティングなら島田さんに負けてる気しねえし」
赤河はミーティングをしている正三塁手、島田を睨んでいる。
「……鉄日の一桁番号が、内野安打一本で満足してんじゃねえよ。迫田だってそうだ。キャッチャー上手いから仕方ないと思われてるみたいだけど」
「まあでも、守備じゃお前全然勝ってないしな。サードは守備重要視されるだろ」
「……だあくそッ! 悔しい……発散する場が欲しいッ!」
こんな二人の会話を、乾監督は聞き逃してはいなかった。
(うーん、燻っている一二年生を活かす場はないかなあ)
北信越大会まで、およそ二週間だ。




