第12話「開幕」
秋大一週間前。キャプテンの今宮陽兵が抽選会場へと向かった後のクロ高校舎の昼休み。
「ああ、いよいよ一週間後だな。秋大会」
「だな」
1年C組――古堂黎樹、伊奈聖也、林里勇、大滝真司の4人が同じクラスである。ちなみにマネージャーの小泉彩も同じクラスなのだが、この輪の中には入らず、いつもクラスの女子としゃべっている。
「こないだ俺別のクラスのある程度しゃべるやつにさ、『なんで野球部って野球部ばかりで固まるの?』って聞かれたんだけどさ、これって野球部に限らずほかの部活大概そうじゃねえか?」
伊奈が言う。
「推薦枠で遠いところから通ってるやつもいるからだろ? だから野球部以外に知り合いがそもそもいないんじゃないか? 鷹戸とか新田さんとかはそれで割と遠くから来てるし、古堂も中学遠いだろ? まあ俺は家近いけどさ……」
大滝が詳しく解説した。しかし、伊奈は苦笑いしている。
「真面目かよー。正論すぎて突っ込みどころがねえよ」
「小泉さんは普通にみんなとしゃべってるのになあ」
古堂は遠い目で、小泉を見る。なんだか華やかな雰囲気だ。しかし、すぐにアホらしくなって目をそらした。
「野球部抽選行ってるんだってか?」「今宮先輩超かっこいいよね」「夏甲子園行ってるからな! 秋も期待だぜ!!」
クラス中も秋の新人大会について話題が持ち切り……その中でも野球部についてはとりわけ多かった。しかし、それに不満を持っている者も多く――
「なんで野球部だけあんなに特別扱いで盛り上げられるんだろうな?」
「甲子園行ったとは言っても卓球部だってIH出てるだろ? なんで野球部だけ学校全体で『頑張れ~』って感じになっちゃうわけ?」
愚痴をこぼすクラスメイトたち。
「そーだよなー」
古堂が愚痴をこぼす二人の生徒の輪の中に入っていく。
「俺らからしたらめちゃくちゃプレッシャーかかって超怖いんだよね~」
(何だこいつ……)(野球部のコドーか)
「だからさ、かる~い気持ちで応援してくださいっ!」
頭をぺこりと下げ、軽い口調で言った古堂。伊奈は腹を抑えている。
「あいつ馬鹿だよな……」「間違いなくな」「でも良いやつ」
その後、古堂は、金条に呼ばれて教室の外に出て行ってしまったが、さきほどまで愚痴をこぼしていたクラスメイトは苦笑いしたままだった。
今宮は、絹田監督に連れられて抽選会場に来ていた。会場にはもっと多くの選手たちが来ている。初巾高校キャプテン白里一哉、福富商業のキャプテン、高月広嗣、三浜高校のキャプテン、柴川辰次、秋江工業のキャプテン、江戸川凛乃介など、県内の強豪のキャプテンもそろっている。
「今宮じゃねえか」
話しかけてきたのは、江戸川凛乃介。この前に一年生が練習試合した、秋江工業のエースでキャプテンである。サイドにブロックを入れた頭髪をしている優男だ。
「おお、江戸川。こないだの練習試合投げてなかったらしいじゃん、なんで?」
今宮はその明朗な性格から周囲と打ち解けるのも早く、早速江戸川と談話をしている。
「ん、あれは奥田鍛えるためだって紅葉監督に言われた。まあ俺も休みもらえたし、チームも強くなるし、お前らのところの一年は何かつかめたみたいだし、みんなが喜んでるんじゃないか?」
「ははは、余裕だな。俺らのところの事情まで推察するなんて」
「余裕じゃねえさ。夏じゃ全然勝てなかったからな……。この秋は勝ち抜かなきゃいけない」
江戸川は力強くこぶしを握って今宮に見せた。
「はは……大磨も強くなってるか?」
「相当な」
ここで秋江工業の抽選票を引く順番が回ってきたので江戸川と今宮は別れる。江戸川は第一ブロック。次から、夏ベスト8の各校が抽選する番となる。
「夏ベスト8のチームは無条件でシード……絶対にベスト8まで上がって再抽選されない限り他の強豪とは当たることはないが、そうじゃない奴らからしたらとんだ壁だよな」
今年の夏、ベスト8になったのは西地区の明誠高校、武里高校。北地区の福富商業高校、初巾高校。南地区の鶴工業高校、鉄日高校、三浜高校。そして東地区の黒光高校。
「武里が第6ブロックに入ったな。それで初巾が第4か……残すところはテッ高とクロ高だな」
江戸川が緊張した様子で今宮に話しかける。
「……どっちみちテッ高とはベスト8の再抽選で当たるつもりだからな」
「おいおい…俺らが勝てない前提かよ」
江戸川が引いた第一ブロックに秋江工業はいる。しかし、残っている枠は第3ブロックと第一ブロックの二か所のみ。鉄日高校キャプテン、黒鉄大哉は、第三ブロックを引いた。
「これで……秋江工業、江戸川VS黒光、新田の投げ合いが見られるね……」
鉄日高校黒鉄はにやりと笑って今宮の方を見た。
「ははっ……二回戦目は鶴高校か大瀬良高校か」
シードであるため、黒光高校の試合は再来週からだ。第一ブロック。順当に行けば、三回戦目で秋江工業と当たる。一年生たちにとっては、願ってもないリベンジチャンスである。
「お前らに朗報―! 二回戦はたぶん鶴高校、三回戦はおそらく秋江工業」
今宮が部活にやってきて大きな声で叫んだ。すでに練習の準備を始めていた一年生たちは飛び上がった。
「……っしゃあ!」
「リベンジチャーンス!!」
真っ先に喜んだのは伊奈だった。
「空也が打たれている分を取り返せてねえからな! 俺が打って取り返してやる!!」
「俺もまだ一回しか打てていない。奥田とやらのスライダー、絶対に打ってやる」
大滝も気合が入っている。もちろん、この男たちも。
「江戸川は投げるんですか?」
「また大坂さんと戦えるっ!!」
江戸川に対して闘争心を燃やし、鋭い目を向けたのは鷹戸遥斗。速球派のピッチャーだ。
大坂に対しての闘争心を燃やすのは、古堂黎樹。すでにランニングを終えて戻ってきたところだったので、息が上がっている。
「でもまずは鶴高校でしょ。来週の週末は鶴VS大瀬良がある。それまでにもっと僕たちも技術磨かなきゃ」
外野手のレギュラー、山口がチーム全体に声をかけ、練習の再開を促す。
「よっしゃ、まずはランニングだな。本格的な試合の対策は来週からでいいから、今はとにかく実戦で使える守備練習やろう。今日は監督がいねえから締まっていくぞ!」
「「っしゃああ!」」
この一週間、守備練習を中心に、全体的に技術練習に重きを置いた練習メニューをこなす。中でも、バント処理の練習は鬼畜を極めた。
「ほぼ1mダッシュを延々とやり続けなければいけないとか……」
内野陣はとても苦しそうだ。バント打ち担当は外野手小林。
「足重くなってるぞ大滝! 次ピッチャー鷹戸!」
小豆が横からトスしたボールをバントのように軽く当てて転がす小林。
(なめやがって……俺が投げたらバントさせることすら許さねえのによ!)
すぐに転がる打球の元へ走り、ボールを拾い上げる。
(このやろっ!)
鋭く投げた送球。伊奈のファーストミットに突き刺さる。
「うおっ!」
送球の鋭さに思わず声を上げるファースト伊奈。
(キャッチャーミットつけてるとはいえ、この球を受け取る金条やべえな)
グラブをつけている左手がなんだかしびれている。
(鷹戸のやつ……練習のときからあんな本気の送球……いいな!!)
伊奈は燃え上がり、自分を鼓舞するかのように、ミットの中にこぶしを押し込む。
「っしゃどんどんいこう!!」
野手や一年生投手がバント処理練習している中、ブルペンには金条がいた。
(まだシュートぐらいしか安定して捕球できていないしな……せめてスライダーだけでもしっかりとれるようにならないと)
そうやってプロテクターを付け直す金条、そこにタオルで汗を拭きながら新田が現れた。
「わりぃな。バント処理練習参加させてやれなくて」
「いえ、気にしてないですよ。というか、キャッチャーとして、エースの要望に応えるのも当たり前です。(それに……新田さんの球をとるのは、俺の練習にもなるしな)」
新田がボールを持って握る。
「んじゃ、まず手始めにストレート……低め行ってみるわ」
新田の声に金条は頷いて低めにミットを構える。新田が振りかぶって投げたボールはまっすぐ突き進むフォーシーム。金条のミットの中にしっかりと納まる。
「いいですね。球走ってます」
「んじゃ……次はシュート」
次は左側に大きくそれるボール。相変わらず要求通りの箇所にボールを投げ入れる新田の制球力には脱帽ものだ。
「あれ? シュートとるのうまくなったじゃん」
「あ、ありがとうございます!」
金条はミットの中に納まっているボールをじっと見つめる。
(サンキューな……コドー)
実は昼休み、金条が古堂を呼び出していたのは、古堂のシュートの捕球をするためだったのだ。新田のシュートに比べれば、古堂のシュートなどたかが知れているが、それでも金条にとっては良い練習だった。
「んじゃ、次スライダー行ってみる? カーブとナックルはまだ金条には早いかもだし」
「はい」
新田は投球にさらに磨きをかけるため、そして、金条は新田の鋭い変化球を補給できるようになるため。それぞれが課題をしっかりと見つけ、この一週間を過ごした。
秋大会開会式。北区の球場に全56校の参加校があつまる。この中で秋の県大会の一つ上の上位大会、北信越大会への出場枠は二個だけである。北信越大会出場は、三月に行われる、全国選抜高校野球大会に出場するためにはかかせない。今宮ら二年生は、鉄日など県内の強豪に勝つことはもちろん、夏の甲子園一回戦で負けた雪辱を春の甲子園で果たしてやりたいという気概も持っていた。そして、選手宣誓は、昨年の秋大会優勝校、鉄日高校のキャプテンである黒鉄大哉だった。
「宣誓! 我々、選手一同は、日頃の練習の成果を、十分に発揮し、正々堂々と勝負することを誓います。また、フェアプレーの精神に伴い――
(とうとう始まったな……。秋大会……早く投げてえ)
投球バカこと古堂黎樹の興奮はもう抑えられなくなっていた。シード校なので今週は試合が無いことなど彼の頭の中にはない。
「あの野郎がフェアプレーとか言ってると腹が立つな」
「やめろ遊……みっともねえぞ」
前の方でなにやら会話が聞こえた古堂。つくづく鉄日高校とクロ高には因縁がある、とにやにやしていたら、前に立っていた二年生の先輩に頭をたたかれた。
(いってっ!)
「しっかりしろ! クロ高は夏優勝して周りから見られてるんだ!」
「あ……はい!」
「お前だって背番号背負ってるんだから、少しは自覚を持て。俺たち『が』黒光高校なんだってな!」
(そうだ……俺も『強豪校のピッチャー』なのか……)
秋の空は、爽やかなまでに澄んでいた。