第119話「切り替え」
初巾高校との熱戦が開けた翌日――オフなのは、予定表のみ。敗北という名の苦汁を飲んだクロ高の選手たちは、今日も自主練習に明け暮れていた。
(だめだ……チャンスで打てるバッターにならないと)
キャッチャーの金条は、小泉にティーを投げてもらっている。
「(……凄い力入ってる気がする……)金条くん、もっとリラックスしてみたら?」
「え?」
どうやら無意識に力が入っていたらしい。小泉に言われ、入っていた肩の力を抜く金条。
「……ごめんね小泉ちゃん……。自主練なのに付き合わせちゃって……貴重な日曜日に」
「全然大丈夫だよ! むしろみんな練習してるのに私だけ遊ぶとか考えられないってば」
「そっか、それもそうだね。ありがと。(こんなに頑張ってくれてるのに、勝たなきゃな)」
「小林先輩、まだバント練習してるの?」
「ああ、そうみたい……あのスクイズ満足いかなかったのかな」
「ナイスプレイだと思ったんだけどなあ」
一年生が何やら感心している目線の先には、今宮にバントを教えてもらう小林と佐々木の姿があった。
「ボールは絶対に迎えに行くな。当たるモンも当たらねえし、芯食って飛んで行ったらピッチャーゴロになるし」
今宮から言われ、意識する佐々木。
「膝で吸収するイメージだ。全身をクッションにした気分で――コツンとな」
ピッチングマシンから投げられる球がバットに当たってゆっくり転がっていく。
「やっぱ……いざってときに小技を決められるってのは大事だし、その点で行けばお前ら十分だと思うんだけどなあ」
苦笑いする今宮をよそに、外野手二人の表情は真剣だった。
「ショート来いッ!」
内野ノックを受けるのは、ショートの田中遊、林里、そしてセカンドの田中塁の三人。田中遊のプレイを見ながら、林里はマネできる所を探す。
「林里っ! お前は足速いんだからもっと守備範囲広くできるぞッ! 一歩目だ一歩目ッ!」
「はいッ!」
「まるで練習日っすね。これがオフの日の日常なんですか?」
ランをしながら、一年生の井上将基は古堂に話しかける。
「まあね……」
先日から浮かない様子の古堂。そっけない返事をして走るペースを上げていく。
(らしくねえなコドーセンパイ……)
屋内ブルペンでは、返田のキャッチャーミットが鳴り響いていた。
「ナイスボール……肩休めなくていいんですか?」
彼の目線の先には、新田が立っていた。先日も登板しており、肩を休めてほしいというのが返田の真意だったが、新田は言うことを聞かなかった。
「ああ……。昨日から……どうしても球が抜けるときがあるんだ。イップスかもしれないと思ったら、居ても立ってもいられなくなってな」
「休まずに投げ込むのはもっと危険です。安静にしてくだ――」
「夏まで時間が無いんだよッ!!」
返田の諭す言葉に対し、新田から出た言葉は、怒号にも近い叫び。すぐに自分のしたことを省みて謝る新田。
「す、すまん……わりぃな捕ってもらってるのに……。ストレートだけだから大丈夫。多分、疲れてるのは肘だと思うから……」
「そうですか……」
同じく屋内では、筋トレに励む大滝や鷹戸、そして伊奈と小豆の姿があった。
「伊奈は良いよね……負けた後悔しいって思えてさッ!」
ベンチプレスを上げながら言う小豆の言葉に、伊奈は少し驚いていた。
「お前、そんなこと言う奴だっけ?」
「……うん、鷹戸やコドーには申し訳ないけどさ……あの試合、完封リレーでもされてたら、それこそ僕が要らなくなっちゃうからさ……負けてよかったって……心の底では思ってる自分がいる」
「……要らなくない選手なんているかよ。新チームになったら絶対にベンチに――」
「今年じゃなきゃダメなんだ!」
小豆の強い言葉に、伊奈は口を噤んだ。
(そういえば、小豆って結構強情なところあったっけ……?)
そんな二人のやり取りを横目に、大滝と鷹戸はそれぞれスクワットの重りの重さを競い合うように筋トレに励んでいた。
「……120kgくらい上げてる? やるじゃん」
大滝が汗を掻きながら鷹戸に話しかける。鷹戸は首を縦に振るだけだ。
「……(とか言う大滝は……130kgか……やるな)」
そんな鷹戸を呼び止める一人の声。一年生の森下龍である。
「鷹戸先輩! あの閑谷先輩が来てます!! 鷹戸さんを呼んで来いと言われました!」
(……大学生OBが何の用だ?)
「よう鷹戸。試合見てたぜ」
「……こんにちは(あのふがいない試合を……か)」
「んで、俺はひとつ気になったことがある」
閑谷はスマートフォンの動画を見せてきた。動画に写っているのは、レイモンドの試合で投げている自分の姿。
「お前が打たれたヒットは3本。うち1本は飛ばなさすぎによる内野安打で、うち2本は長打」
「……(3分の1の確率で打たれてやがる……)」
「んで、何が言いたいか、お前が打たれた2本の長打。まあ相手がレイモンドと白里一哉だったら仕方ないかも……と思いがちだが、お前のポテンシャルなら抑え込めるんだよ、実は」
鷹戸は閑谷の言葉に目を見開く。
「……ポップジャイロを封印しろ」
「……!?」
意外な言葉だった。
「上にライズする球なんか、ソフトボールでもやってなきゃ絶対に打てないバッターがほとんどだ。でも、白銀世代は違う。半端なポップは、むしろあいつらにとっては恰好の餌食。上に上がる揚力を利用されて飛ばされる」
(確かに……)
「んで、お前はダウンジャイロ一本に絞れ。ツーシームとダウンジャイロとスプリット。この3つとフォーシームのストレートがあれば十分。元々球質はいいもんもってんだ。上手く行きゃ白銀越えは堅いぜ?」
(白銀越え……!)
鷹戸の表情に明るみが出てきたところで、閑谷はにこやかに笑って去っていった。
「んじゃな、それだけ。新田には無理しすぎんなよ、とだけ言っといてくれ」
「は、はい! ありがとうございました(新田さんには、それだけで良いのか?)」
鷹戸は閑谷の様子に疑問を抱きながらも、すぐさま一年生の小荒井を呼んでブルペンへと向かった。
同日、クロ高に勝利した初巾高校ベンチメンバーは、ミーティングを行っていた。
「春大会は何とか準決勝に勝ち、決勝――来週に鉄日高校との試合をする。だが、俺たちの本番は夏だ。それまでに照準を合わせる必要がある」
キャプテンの白里一哉の声を皮切りに、全員が真剣な顔つきになる。
「改善すべき点は何だと思う?」
「下位打線の打力強化――だろ。俺含め、錨、権田、柏木はピッチャーだから仕方ないにしても、不甲斐なさすぎてな。せっかくクリーンナップで貯めたランナーを還せない場面も多かったし」
6番打者の瀬田が言った。錨も権田も、それぞれ光る部分を根古屋監督に見いだされ、経験積ませ次いでに試合に出ているようなもので、まだまだ至らない点の方が多い。
「……確かに。バッティングだけなら、中路や宮島……控えてる2年生の方が良い。代打で出しても良かったかもな」
「古堂の球は、初見じゃあ打てないからなあ。代打出さなくて正解だったんじゃないのか?」
大槻と本田が話しているのを、白里は止めた。
「話がずれてるぞ。俺たちの改善点は他に?」
彼の話題の提供に、弟の白里虎次郎が続けた。
「選手層は問題ないし、新田さんの球も、2巡目から合わせていけてる選手が多かったし、選手個人のレベルは申し分ないけど、みんな役割意識に乏しい気がする……」
虎次郎の言葉に、レイモンドが反論する。
「役割意識も何も、俺たちはその場で最善を尽くすよう監督から言われたことをやってるだけだ。瀬田や錨、それこそお前だって次につなげようとゴロを打つ意識を持っていたのは良かったと思うぞ」
「鉄日……黒鉄は当たらせてすらもらえないかもしれないぜ? むしろ、黒鉄を登板させてくるかも怪しいし」
「夏あるんだから、登板はさせてくるだろ。なんだかんだ、秋もやってない相手だし……俺たちの実力を計りに来てもおかしくはない」
大槻と瀬田が話しているところに、今度はレイモンドが横やりを入れた。
「あいつは俺との勝負を楽しみにしている。俺もあいつとの勝負を楽しみにしている。是が非でも登板させてやるさ」
一方の準決勝、福富商業VS鉄日高校は、黒鉄が4回から登板し、4-2で鉄日高校が決勝進出を決めていた。この時点で、春季の北信越大会、福井県の出場枠は鉄日高校と初巾高校が手にしたのだが、むしろその二校は、明日に迎える決勝戦に焦点を合わせていた。
「去年の北信越は敵なしだった。でも、今年は違う。白銀世代は間違いなく力をつけてきているし、暗黒世代だって侮れない存在になった」
こう話すのは、キャプテンでエースの黒鉄大哉。
「それは……俺らが一番わかってることなんじゃね?」
センターの四方が笑った。彼の目線の先には、木口や泉中、宮城が座っている。
「んで……宮城。お前はもっと力をつけてもらわなきゃならねえ。夏もある。昨日の福富戦みたいに、クリーンナップから三連打されてるようじゃあまだまだだ」
「……はい」
宮城はぐっと唇を噛みしめた。黒鉄の言葉の一つ一つが沁みる。
「明日の決勝戦――ナックルボーラーと県内最強野手がいるチームなんて、なかなかお目にかかれねえ。全力でぶっ潰すぞ!」
「うおしっ!!」
黒鉄の怒号に、チームメイト全員が合わせる。
(正直……ナックルの想定なんかしちゃいねえ。みんな新田の変化球と鷹戸のジャイロ対策ぐらいしかできてないのが現状だ。今日と明日の試合前調整でどれだけイメージできるかが肝だな)
こうして、春大会決勝戦前日の夜は更けていき、クロ高の面々も、夏に照準を合わせ、取り組もうとしているのだった。




