第115話「責任感」
(それが……絹田監督の考えなのか?)
金条が真っ先に考えたのは、これだった。
(鷹戸でも抑えられない相手じゃない。むしろ、こいつはこういう状況でこそ燃えるタイプ――別に鷹戸でいいんじゃないのか?)
まだ迷いのある金条の思考回路をぶった切ったのは、古堂の声だった。
「っしゃ!! 任せろッ!!」
大声で――芯があってまとまりのある様子。それが今の古堂だった。マウンドの鷹戸は、半分諦めた様子で古堂にボールを託した。
「この回を抑えるだけで違うぞ」
「……ああ、サンキュ」
(古堂で大丈夫なのか?)
(セカンド方向にゴロ打たれたらもう一点入るんだぞ?)
こればかりは、グラウンドに立つメンバーたちも疑心暗鬼だった。そんな状況を打破する、古堂の一球目。次の打者である錨に投げられた初球のストレートが、全員のマイナス思考をシャットアウトする。
「ストラーイクッ!!」
鷹戸ほどではないが、ノビる球、キレのある回転、ギリギリを的確に突くコース。
「……!(ナイスボール……!)」
金条はこの一球で察する。古堂がこの試合、ずっと準備してきたことに。
(さすが監督――コドーの使いどころをわかってますね)
この展開に一番納得していたのは、エースである新田。
(不思議な力を持っているよ、こいつは――。こういう場面でも、折れずに、誰よりも良い投球をしようという、強い意志が感じられる)
「よっしゃ! ナイスピだコドー!!」
今宮ら内野陣も盛り上がっていく。
「うっしゃああ!」
古堂が投げた二球目のボール。シュートが内に抉り込んできてストライクとなる。
(くぅ……)
打者の錨は全く手が出ない。
(鷹戸の球はあんまり動かないからタイミング合わせやすいけど、こいつのはとにかく動くし、エースの人ほど安定して投げて来ないし、読めねえ)
タイミングに苦しむ打者の気持ちを、敵チームの金条は誰よりも汲み取っていた。
(鷹戸の球で見慣れた後に一番来てほしくない球、やるよ)
追い込まれて打ち気になった錨の元に投げ込まれた三球目。緩いカーブを描きながら、ゆっくり、ゆっくりとやってくるボール。
(た、タイミングがと、取れぬッ!)
左腕から放たれる、古堂特有の変化を持つスローカーブ――結果はボール球だったが、錨はタイミングを外され、待ちきれずに空振りしていた。
「ストライク! バッターアウト!」
「す、すげえ……翻弄しやがった……」
向こう側のベンチで白里虎次郎が感嘆していた。
「まあ、錨だし……」
苦笑いする大槻。
ネクストバッターの権田が打席に立つ。打ち気の権田を、シュート、スローカーブ、最後にインコースにクロスファイア―で抉り込むストレートで三振に取った。
「バッターアウト!」
「こ、交代だッ!!」
両サイドのベンチが急にあわただしくなる。
(1アウト3塁の状況を、たった6球で凌いで見せたか……古堂黎樹……。こないだよりも成長しているとみた)
レイモンドは少し不敵に笑っていた。
(古堂……)
鷹戸はベンチにすぐに戻ってきた古堂を見ながら、何か思うことがあったらしい。しかし、彼はそれをぐっと胸の奥の方に抑え込み、肩を冷やす作業に戻る。
(……さすがだぜコドー、あの状況から、バットに掠らせやしないピッチング。俺も見習えたら……)
伊東は、右手に力を込め、返田にボールを投げ込む。
「よしっ、コドーのおかげで首の皮一枚つながった! 頼むぞ、遊、大滝!」
「うし、まかせろ!」
「はい!」
今宮の言葉に、田中と大滝が答える。
しかし、マウンドに立つ柏木は、今までに無いくらい闘志を燃やしていた。
(何で勝てるムード出してるのかわからないけど、どうせお前ら、俺に抑えられて負けるんだよ!)
捕手からボールを受け取ると、ナックルの握りを作る。
(俺は……ナックルをここまで磨いたってことを、証明してやるさ)
先頭打者の田中――初球からナックルを果敢に振りに行くが、当たらない。ボール球とストライク球の見分けができている分、悔しい様子の田中。2ストライク2ボールとなる。
(タイミング外してこい……ストレートやカーブの方が打ちやすいんでな!)
白里が送ったサインは、ストレート。田中のタイミングを外させる気満々といった様子であった。しかし、柏木は、そのサインを無視し、ナックルを投げ込んだ。
(バッカ野郎!)
田中が空振りする。白里虎次郎は、ボディを全力で入れて柏木のワンバウンドしたボールを、しっかりと受け止め、田中の背中にタッチした。
少し不機嫌になる白里に対し、満足げな柏木。
(やるじゃん、デブ)
(何やってんだよクニヤ……サインに従えよ)
そんなバッテリーをよそに、1アウトで盛り上がる初巾高校の布陣。しかし、キャプテンの白里兄だけは違った。
「タイム」
彼から取られたタイム。全員が不思議な顔をした。
「クニヤ、コジロー……少し落ち着け」
一哉の言葉に、弟の虎次郎は反発する。
「でも……それはこいつが悪いッ――」
「……誰がピッチャーと喧嘩するようなキャッチャーになれって言ったんだ?」
兄の言葉に、弟は何も言い返せない。でも心の中では悪態しかついていない。
(どう考えたってサインを無視するクニヤの方が悪いんだって……)
「クニヤにも原因がある。コジローがいなかったら、お前のナックルを取ってくれる奴なんかいないんだぞ? それを前提として、コジローはクニヤの性格をもっと分かった上でリードを組んでやらなきゃいけねえ」
そして、弟虎次郎は気づく。この言葉は、兄としてではなく、キャプテンとして言っていることに。
「――わかりました」
先に折れたのは意外にも柏木だった。なんだかんだで白里兄には反抗できないらしい。
「……あと二回、頼んだ」
柏木はその言葉に強く頷き、タイムを解除した。それと同時にやってくる次の打者を強く睨む。
(大滝真司ィ……こいつは秋、最後の打席だけ抑えられなかった。なんつーか、負けてるときは打つんだよな。ただ、最終回は弱い説)
初球からナックルで攻めていく柏木。1ストライク3ボールまでずっとナックル。ここで、白里がカーブのサインを出すが、柏木は首を横に振る。
(勝負……させてくれッ!)
(バッターとの読み合い……これも立派な勝負だッ!!)
白里虎次郎の視線はいつになく鋭い。柏木は渋々うなずいた。
(知らねえからなッ!)
カーブを投げる。完全にナックルだと踏んでいた大滝は、落ちる球にタイミングが合わない。
(くっ……タイミングもずれたし…………さすがにカウント取りに来たかッ!!)
「ここまでの勝負を逆手にとった良いリードだな」
大坂は嬉しそうにうなずいている。
「何をそんなに嬉しそうなんだよ」
「……俺はストレートかカーブだと思ってからよ」
江戸川の言葉に、大坂は柏木と白里のバッテリーを見ながら言った。
「……つったって、お前タイミング外されたら打てねえじゃん」
「るせー」
腑抜け声で大坂は笑う。
しかし、打席に立つ大滝の顔からは、笑顔が全く持って消えていた。集中に集中を重ね、周りの音もぼんやりとしている。肌の暑さだけが、じわりじわりと感じられている。
(集中……打って返す……新田さんのためにも、鷹戸のためにも……今投げてるコドーのためにも……チームみんなのためにも……。それが、四番に任された使命ッ!)
「でかいの狙わなくていいぞッ! シングルでつなげッ!!」
全神経を相手に集中させていたところで、自陣ベンチから声が聞こえる大滝。
「!?」
「まだ1アウトだ! チャンスを作れッ!」
(そうだ……俺は、4番でもあるが、この1アウトランナー無しの場面では、自分が突破口になる必要がある! そのためにも……まずは出塁すること……、ホームランはいらない!!)
古堂の声で目が覚めた大滝。バットを持つ肩の力が、少し抜けたようだ。
柏木から、全力のナックルが投げられる。独特の軌道を描き、ミットの構えているところとは、全く別の所へと揺れ落ちる。しかし、大滝は、バットでそれをしっかりと捉えた。
(!!)
「芯食ったッ!!」
ファースト白里一哉が大声で外野に指示を出した。大きなスイングでこそなかったが、しっかりと芯を捉えた打球は、風に乗って外野奥深くへ。
(嘘だろ……まさか!)
レイモンドが下がるが、打球は一行に落ちてこない。
そのままスタンドインした打球。クロ高ベンチが一挙に盛り上がる。
「ほ、ホームランだッ!!」
4番大滝の、狙わずして入った同点ソロホームランにより、一気に波に乗るクロ高。
「さあ、こっからだ! 逆転するぞッ!!」
山口が意気込んで打席に入る。投手の柏木は、いつもの数倍不機嫌な顔をしてマウンドに立っているのだった。




