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Dr.Kの鼓動  作者: パワプロ58号
5.春大会
112/402

第112話「崩壊」

 2ストライク2ボールのカウント。初巾高校の二番打者、山田律は、会場の誰もが予想していなかったくらいに粘っていた。

(……決め球をことごとくカットしやがる)

金条の顔にも焦りが見られていた。ここで要求するのは普段決め球にはしないストレート。インコースの隅にしっかりと投げ込んでもらうように、がっちりと構えた。

(来てください!)

新田は頷き、ストレートを投げる――しかし

(えっ?)

そこは、インコースとは遠く離れた、アウトコースのボール球。金条は何とかボディを入れて捕球するが、マウンドに立つバッテリーの相手を見て思わず鳥肌が立った。


(……新田さん?)


 普段のさわやかな表情とはかけ離れた、鬼神の如くこちらを睨みつける新田の姿が金条の目に入った。

(……たかが一球外しただけです……。焦らずに……)

スライダーのサインを送る。新田は頷いているが、その表情に余裕は見られなかった。


 2ストライク3ボール――フルカウントで投げられた一球は、金条の予想とは大きく外れたところへ飛んでいく。

(抜け球?)

レイモンドの感じていた違和感を、金条と絹田監督も同じくらいのタイミングで気づいていた。しかし、この瞬間、金条の中で“違和感”が“確信”に変わった。

「ボール、フォア!!」

藤崎戦でわざとフォアボールを狙いに行ったのとはわけが違う。最後の二球は、完全に失投。二番山田を四球で出塁させてすぐに、金条はタイムを取った。



「……新田さん、肩とか肘とか、痛くないですか?」

「……」

金条の声掛けに、新田は首を横に振る。

「まあ、連戦だし、疲れてるだろ。藤崎戦も完投しちまったしな」

今宮が新田の左肩に手を置きながらつぶやく。

「……でも、わかってるだろ? お前はエースだ。お前が崩れると、チームのみんなを不安にさせちまう。ただでさえスタメンに二年が多いこのチーム。俺や遊――山口や小林だって、お前とずっとやってきたとは言ったって、こんなに焦って今にも潰れそうなお前を見るのは甲子園以来だ」

「今宮……」

キャプテンの言葉に、新田は息をすぅと吐く。

「……もう、甲子園のときと同じとは言わせねえぞ」

田中が新田に向かって芯のある口調で言った。

「そうです。悪いイメージなんてする必要ありません。打たれて逆転されようが、こっちだって打って逆転できるだけの力はあるはずですから……」

金条が笑いかけた。新田の顔も綻ぶ。

「それもそうか……」


(大丈夫……大丈夫なはずなんだ……)

強い気持ちを持って、初巾高校のクリーンナップを迎える新田。


「秋大会、鷹戸と古堂が初巾高校相手に好投を見せたのは、なかなか衝撃的だったが、4番レイモンドと5番白里一哉には7割打たれてやがる。その二人のバッターを、一打席目、何事も無かったかのように抑えた新田は……やっぱりクロ高のエースだよな」

秋江工業高校の江戸川と大坂も、試合を見に来ていた。

「……だがよ江戸川。こないだの試合で新田は完投している。元々完投できるような体力を身に着けていないどころか、精密なコントロールとクレイジーな変化球を続けようと思ったら精神力すら削っていく。俺はあいつがこの試合も投げぬけるとは到底思えない――」

江戸川に対して言った大坂の見解に、江戸川も頷く。

「まあ、ピッチャーって点で見たら、俺は新田には絶対に敵わないけど、エースって点で見たらワンチャンあるってやつだよな」

江戸川の言葉の意味を理解した大坂は大きくうなずいた。



 しかし、三番打者大槻の時に、予想外の出来事が起こった。

「ぱ、パスボールッ!」

新田のシュートがすっぽ抜け、金条の頭上の遥か上をボールが超えていく。新田の失投により、山田に進塁されてしまっていた。


 これは、大槻が無言のプレッシャーをスイングや立ち姿などによってかけ続けていたことも起因してはいるものの、やはり、試合中、新田を襲うプレッシャーが一番の原因だった。

(相手のエースは好調、相手は強打者揃い、味方のリードを守らなければならない。リリーフや抑えは自分のことを信頼している。これらのことを考え、背負ってあいつは投げてる。たかが高校生に負える負担じゃねえよな)

初巾高校の根古屋監督はにやりと笑った。

(ヨッシーには甘い所叩けとしか言ってねえ。崩れるのを待つか)


 ノーストライク2ボールの状況で大槻にとっての好機は来た。カウントを取りに来た甘めのカーブを、まっすぐにピッチャー返しした大槻。打球は新田の目前で跳ねる。

「くっ!」

右手のグラブで打球をはじき、身体に直撃するのは免れた新田だったが、前面に転がるボール、少し対応が遅れた。打球を拾って一塁に投げるが、間一髪、大槻の方が早く塁に到達した。


「よしっ……とりあえず強襲ヒットか」

大槻は嬉しそうに一塁上に佇んだ。山田も三塁に進塁し、紛いも無いチャンスを作り上げるハッ高打線。ここで迎えるのは、4番、主砲のレイモンドだった。


 醸し出す雰囲気に、全員が思わず慄く。

(こいつは……止めなきゃやばい)

(一気に流れを持っていくタイプの選手。意地でも食い止めないと)

(ライナー潰す。ゲッツーだ)

今宮、田中、大滝など内野陣が意気込む。

(さっきの打球は取れた。だから次だって取ってやるんだ)

(二人目を返さないことを第一に考えよう)

(とりあえず、山口さんも小林さんも後ろ気味か)

小林、山口、佐々木の三人は守備位置を確認する。

(外野フライは、二人目を返さないことを前提に二つに投げる。一本ヒットが出たならカットまで。オーバーは……考えたくはないが……何としてでも、大槻さんの本塁生還は阻止しないと)

金条も、それに合わせて配球を考える。そして、初球を……新田が投げた。


 バットのスイング音と共に、ばしっとキャッチャーミットが鳴り響く。球種はカーブ。一塁線上から見ていた伊奈は思わず震えた。


(い、今のスイング……初球から引っ張ったホームランを狙ってやがった……。でも、それを抑え込んだ新田さんのカーブも、信じられないくらいにキレてる)


 新田のボールに驚いていたのは、伊奈だけではない。

(ふむ……強襲ヒットをくらって少し吹っ切れたか?)

レイモンドも驚きつつ、それでいてなぜか笑っていた。

(ふん、一打席目の時といい、クロ高のエースに相応しい球を投げてくれる……山田や大槻に投げたとの同じでは、飛ばし甲斐が無いからな)



 二球目、ナックルを投げる新田。彼のコントロールを以てしても制球は定まらない魔球。ボールになる。

(1ストライク1ボール。フォアボールでは楽しくないぞ。新田よ)

レイモンドは不敵な笑みを浮かべながら、マウンドに立つエースを眺める。それに対し、新田は打席に立つ主砲を、また同じく不敵な笑みを浮かべながら見つめている。

(……もう……リリーフとは言わせねえ。俺がエース……完投……いや、完封して勝ってやる!!)

新田が投げたスライダーが、外角ギリギリに滑り込む。しかし、レイモンドはそれをわかっていながらバットを強く振りぬいた。

「引っ張ったッ!!」

打球はライト方向へ。外角の球を引っ張ってホームランにするだけのパワーは、レイモンドには――ある。


「コバ――」

今宮が叫ぶよりも早く後退を始める小林。しかし、異常なまでのスピードを保ったまま、ライナー性の打球が弾丸のように飛んでいく。

「くっ!!(一人は覚悟かっ!)」

小林が覚悟した瞬間、打球はフェンスに跳ね返り、小林のグラブに収まる。

「ナイスクッション!」


 ベンチメンバー全員が、小林のプレイに賞賛を送ったのも束の間、バッターランナーのレイモンドが二塁ベースに既に到達しようとしている。そして、そのころには既に山田がホームに還っており、初巾高校が同点になった直後だった。

(カットか? バックホームか!? いずれにせよこの点差……まだ序盤、大槻は還しても仕方ない!)

今宮は送球の行く先を瞬時に考えた。そして、小林に向かって叫ぶ。

「三塁(3つ)! 投げろ!」

声が聞こえるまでもなく、初巾高校の三塁ランナーコーチは、大槻を回す。小林の送球は、今宮のグラブまでまっすぐ放たれる。逆転のランナーがホームに向かおうとする中で、レイモンドも二塁ベースを蹴っていた。

(俺の送球とお前の足、どっちが速いか競争だッ!!)

今宮が素早い持ち替えから、サードへと一気に送球した。ベースで送球を待つ大滝。その後ろにカバーに入るショート田中とレフトの佐々木。

(こいつを刺すだけでも違うんだッ!)

内野外野関係なく、意識が一致した。


 レイモンドが滑り込む。間もなくして送球が大滝のグラブに届く。タッチする大滝――しかしベースの上にはしっかりとレイモンドの右足が乗っていた。


「セーフ! セーフッ!!」



 レイモンドのタイムリースリーベースヒットによって、初巾高校は逆転を果たした。

(……くっ……)

苦い表情をする新田。守備のプレイは完璧だった。それを上回ったのは、レイモンド個人の能力。だからこそ、彼に打たせてしまったことに、新田は無駄に責任を感じていた。


(ここでどんな対応をするか……それ次第ではお前を降板させるぞ新田……。これは、お前がエースとして、どれだけ投げられるかを見ている試合でもあるんだ……)

絹田監督は、心の中で願っていた。新田が、折れずに投げ続けることを。


 グラウンドでは、キャッチャー金条が駆け寄るのを新田が制していた。金条自身、思う所はあった。自分のリード力不足を痛感していた。


「すまねえ新田……刺せると良かったんだが」

「……ああ、でも、打たれた俺が悪いから」

今宮が後ろから言った言葉を、新田は跳ねのけた。



 大坂は、マウンドに立ち続ける新田を見て、江戸川に疑問をぶつけた。

「なあ江戸川……。新田の弱さって何だと思う?」

「弱さ?」

聞き返す江戸川に、大坂は続ける。

「俺が見る限りでは、あいつのパフォーマンスは見るたびに成長している気がするんだ。北信越大会の一回戦では完投勝利を果たしたらしいしな。それなのに、こうやって打たれると降板せざるを得ないくらいに追い詰められる。何が原因なんだろう?」

「……」

しばらく考えた江戸川は、ひとつの答えに行きついた。

「……あいつは、強すぎるんだよ」

「強すぎる?」

言葉の意味の裏を掻きすぎだろ、と大坂は笑う。しかし江戸川は何でもないと言った様子で続けた。

「エースである以上、自分を追い込む力っていうのは必要不可欠。新田はその力が群を抜いて高いと思う」

「それじゃあ何であいつは……」

「……たぶん、追い込みすぎによって、責任やら負担やら、チームの運命やら、全部背負い込んでるんだろう。一人の選手が背負ったらダメなもんまで背負ってしまっているんだよ。あいつは……。しかもそれが当然だと思ってる」

「だから、強すぎる……と?」

「そういうことだ。そこが、脆さでもある」



 江戸川の言った通り、新田は今、誰よりも強く、誰よりも脆い状態にあった。

「……」


 続く5番、白里一哉に、強い当たりを打たれる新田。初球、甘く入ったカーブを叩かれた結果だ。


「レフト!」

ベンチの叫び声から、佐々木がしっかりと打球をつかみ取るも、深い所での捕球だったため、レイモンドに楽々タッチアップによる一点をもぎ取られてしまう。


「よしっ、三点目ェ!」

ホームに還ったレイモンドがベンチ内で叫ぶ。チームメイトからのハイタッチを受け取る。

「よし……新田から三点も取れたのはデカい。この回で降板させることだってできらあ!」

勢いづく初巾高校。6番瀬田が打席に立つが、新田の投球の前に三振し、4回の攻撃を終えた。


「……」


 迎える5回。しかし、新田の精神の崩壊が既に始まっていたことに、絹田監督が目を落とさないわけがなかったのだ。

「次の回、代打……鷹戸を出す。そのまま投げろ。良いな」

ブルペンから戻ってきていた鷹戸にぶっきらぼうに言う絹田監督。鷹戸は無言でうなずくとともに、佐々木の後ろをついて、ネクストバッターサークルへと向かうのだった。


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