第109話「春盛る」
黒光高校が手堅く藤崎高校を下し、春大会の一回戦の全四戦すべてを終えた。
鉄日高校、初巾高校は圧勝し、予想通りの二回戦進出を果たすが、残り一つの試合、三浜高校VS福富商業高校の試合では、少し盛り上がりを見せた。
「ひゅー、危なかったな」
「……まあね……。坂東の逆転スリーランが出たときはどうなるかと思ったけど」
こう話すのは、福富バッテリーの高月と後藤。初回裏に1点を先制した福富だったが、2回表に坂東の本塁打で追いつかれ、5回に連打による3点の得点をするも、寺田にスイッチした際に、下位打線に打たれ2失点する。高月に交代し、何とか持ち直したが、8回表に坂東から逆転スリーランアーチが飛び出し、6-4となる。しかし、8.9回と一点ずつ取って追いつき、最後に高月の勝ち越しサヨナラタイムリーで6-7となり、福富商業が三浜高校を下したのだった。
「FUHAHA……このBANDOを二打席も抑えたTAKATSUKIには脱帽せざるを得ないな! まだ俺たちには夏がある! それまで頑張るぞ!」
木製バットをフルスイングしながら帰路をたどる坂東と、それについていくチームメイト。
「坂東だけが打ってても勝てないよな」
「やっぱ、投手力……じわじわと打たれた俺にも、原因があると思うんだ」
三浜高校のサード三島の言葉に、投手の柴川は深く考え込んでいる様子だった。そんな彼の様子を見かねてか、坂東は大声で笑い飛ばした。
「そうだな……このBANDOが全打席敬遠されてしまえば、三浜高校は得点力がぐっと下がることは間違いない。これは、誇張では無く事実ッ……俺以外のCLEAN UPたちも打ってくれなくてはな!! 俺たちは打ち勝つチーム! SHIBAKAWAを助ける術はただ一つ! 俺たちが打つ! 以上ッ!!」
坂東は半ば強引に締めくくる。そんな彼の様子を見て、チームメイトは不思議と顔つきが変わっていくのだった。
小豆空也は、旧友からの連絡を受け取った。
「……あっ空からだ……。愛知の高校に行ったっきり、連絡なかったけど……」
『From;豊川空 空也! 元気してた!? 去年の夏、空也の高校が甲子園出たときはびっくりしたけど、選抜は残念だったね』
メッセ―ジを見て、少し悔しがる小豆。
(僕は背番号すらもらえなかった……)
メッセージの続きを見つけ、スマホを触る指を上へとスワイプする。
『朗報! 俺の通う修習館高校野球部が、春大会決勝まで進み、東海大会への切符を掴んだ!』
(修習館高校か……)
小豆は、豊川という同級生からのメッセージに、当たり障りのない返信をし、修習館高校について調べてみる。すると、こんな記事が出てきた。
『愛知に現れた新星暗黒世代たち! 最速155km/hの豪腕投手現る!!』
記事の画像を見て、小豆は驚愕する。
「そ、空……」
一方そのころ、クールダウンをする新田。初巾高校のビデオを見る金条を横目に、ストレッチをしている。
「……金条……初巾高校はやばそうか?」
「やばいどころじゃないですね……秋よりも確実に戦力を上げてます。レイモンドはあれから隙の無いプレイをするし、白里虎次郎も一番らしい仕事に徹するようになりましたし、柏木のナックルは、脅威を増しましたし……」
「なるほどな……」
「正直、秋勝てたのもまぐれというか、ギリギリだったというか……でも今回は新田さんが先発だし、大丈夫だとは思うんですけどね……」
金条の言葉を聞き、新田は固い笑顔を作る。
「……そうだな」
ほとんどの県が、春の地方大会に向けての出場校を決めていた。そして、今日、クロ高などが存在する福井県でも、それが決まろうとしていた。
「さあ……ここ勝ったら、北信越大会だぜ!」
黒鉄は意気揚々と球場に向かって歩いていく。それにひっそりついていく宮城。
「どうせ俺のあとに目立つところを全部かっさらっていくだけですよね」
「はっ……世の中何があるかわからねえもんよ! 夏に向けて、勝ち運上げとけよォ!!」
高笑いする黒鉄の自信に満ち溢れた表情――春の陽気の中で、春大会準決勝が始まる――
「クロ高の強みと言ったら、何といっても投手力。全国レベルに匹敵する投手を何人も揃えてるから、継投で俺たちのリズムを崩そうなんて簡単にやってのける」
初巾高校、監督の根古屋栄は、チーム全体を囲ってこう話しだす。
「でもどうだ……? お前らのバッティングはそんな簡単に翻弄されるものか?」
首を振るのは、白銀世代のクリーンナップの三人。大槻、レイモンド、キャプテンの白里一哉。
「そうだ。お前らとて、白銀世代と言われるやつら……。全国レベルに匹敵するのは、こっちだって同じだ。もちろん、二年、お前らもな」
白里虎次郎や柏木は強く頷く。
「春は夏への踏み台だ。ここでテッペン獲ったら、そりゃあもう……心の余裕が違うよな?」
全員の顔つきが変わる。
「……クロ高だけじゃねえ。鉄日も倒して、俺らがNo.1になる。それでオールOKだ」
「っしゃあ!」
「行くぞお前らァ!」
「ハッ高ファイッ!!」
キャプテンの白里一哉の声を皮切りに、全員が大声を出してグラウンドへ向かった。
それは、反対側でも同じような光景が広がっていた。
「……清龍、鉄日……因縁のある高校は数えても数え切れねえ。だからこそ、ここは負けるわけにはいかねえよな! 行くぞ!!」
「っしゃあ!」
クロ高も、今宮の声を発端に、全員が叫ぶ。そしてグラウンドへと走る。
「お願いします!!」
黒光高校VS初巾高校の試合が開幕した。
先攻 黒光高校
1番セカンド、今宮陽兵 2番ライト、小林翔馬 3番ショート、田中遊 4番サード 大滝真司 5番センター、山口寿 6番ファースト、伊奈聖也 7番キャッチャー、金条春利 8番レフト、佐々木隆 9番ピッチャー、新田静
後攻 初巾高校
1番キャッチャー、白里虎次郎 2番キャッチャー、山田律 3番サード、大槻吉秀 4番センター、レイモンド=アルバード 5番ファースト、白里一哉 6番ライト、瀬田成彦 7番ショート、錨真紀 8番レフト、権田良介 9番ピッチャー、柏木邦也
「さあて……ナックルボールはどう来るかな?」
今宮は飄々とした様子で打席に立つ。柏木はもちろん打ち取る気しかない。キャッチャーの白里虎次郎も、その気があると言った表情をしている。
(今宮には、秋に散々やられたからな……。初打席でぶっ潰す)
柏木は初球からナックルを投げる――さすがに見逃す今宮。
「ボール!」
初球はボールカウント。だが今宮はにやりと笑う。
(前より良くなってね?)
そう、むしろ落ちる球だから、低めにボールに外れたのだ。そのことに一球目から気づく今宮。そんな彼の表情を読み取り、危機感を抱く白里虎次郎。
(打たれるぞ……次もう一球)
(引っかけさせたらいいさ)
今宮はカットすらしない。しかし、低めにストライクゾーンに入り込む落ちる球。
(野郎……まぐれにしちゃあいやらしい球じゃねえか)
少なからず今宮も焦っただろう。そんな彼の思考を読み取るかのように、次に投げられたのはストレート。球速差と焦りから、振り遅れて引っかけた今宮。セカンドの正面に打球が転がる。
「律!」
ファースト白里一哉が山田を呼ぶ。セカンド山田の捕球は正確で、そのままグラブトスして白里に白球を送った。
(1コもらいッ!)
華麗な守備の前に、今宮は出塁を許してもらえない。
「1アウト!!」
バッテリーが大声で叫ぶ。それにつられて、内外野全体が大声で叫ぶ。そして、ベンチも叫ぶ。
(これで良い……お前は打たせて取って、雰囲気を呑み込め。お前は……それができるスター性のある投手だ)
根古屋監督は、心の中にある手応えに、ガッツポーズを取る。
続いてのバッターは2番ライト小林。しかし、彼もカーブをひっかけてショートゴロに倒れる。
「悔しいな……」
「ナックル減らしてきてるな……チャンスか?」
田中は小林の様子を見ながら、左打席に立つ。
(とりあえず、2アウトからでも出塁することが大事……)
そんな彼だったが、ナックルをうまくカットしてフルカウントまで持ち込むも、インコースのストレートを詰まらせ、ぼてぼての打球のサードゴロに倒れるのだった。
「ナイス大槻。よく前にチャージしたよな」
「内野安打かと思ったぜ」
ハッ高守備のナイスプレイもあり、クロ高は三者凡退で一回表を終えた。
しかし、このまま初巾を勢いに乗せるほど、クロ高は軟では無かった。
「ッ!!」
先頭打者の白里虎次郎は、新田の投球に掠ることなく三球三振する。そして、続いての山田律も、ストレートを空振りして三振する。三番の白銀世代、大槻でさえ、カーブにタイミングを外され空振り三振を取られる。
「初回から飛ばしてるぜ!」
「三者連続三振!!」
たったの11球で一回を終えた新田は、軽やかな様子でマウンドを降りた。
「しゃあナイピだぜ静ぁ!」
大声でグラブタッチを求める田中。それにこたえる新田。
「サンキュ」
「飛ばしすぎは厳禁ですよ。すぐ疲れちゃうんスから」
「コントロール意識すると精神削れるんだよ」
金条の言葉に、新田は軽く笑った。
二回表、先頭打者は大滝。
(ふぅ……)
静かに闘志を燃やす大滝。それに対して柏木は、下あごを突き上げて、歯を食いしばりながら挑発する。
(あんときのお返しをしてやらねえとな)
初球から高めにストレートを投げる柏木。大滝は目を見開いた。
(初球がねらい目ッ!)
しかし、狙っていない高めに投げられたストレート。バットの上面を擦って高く上がる打球。
(風もあるし、キレるッ!)
風に煽られる打球。右中間を緩く上がる。
「レイモンド! 頼んだ!」
瀬田は打球に追いつけないと自身の走力と相談した上で判断し、深く守っていたレイモンドに託す。
「OK」
レイモンドのダッシュは、チーム内でもダントツのNo.1。俊足と名高い瀬田でさえ、それには震撼せざるを得ない。難しい打球と思われたフライを、危なげなく捕球する姿は、さらにレイモンドという選手の化け物具合を思わせた。
レイモンドの捕球に嬉しそうに笑う柏木。ベンチに戻る大滝を見ながらにやにやしている。
そんな彼に、冷たい視線を送る5番打者山口。大滝のネクストバッターである。
「調子に乗って長くなった鼻ほど、挫きやすいものは無いよね」
山口も、口角を微妙に上げて不気味に笑うのだった。




