第105話「藤崎の戦い方」
開幕した藤崎高校VS黒光高校の試合。先攻、藤崎の先頭打者は長永安春。
「お願いします」
(ぼけっとしてそうなやつだけど……これで選球眼とカット力があるんだから憧れるよな)
金条は心の中で悪態をつきながら、初球、新田にシュートを要求する。
「ストライク!」
いきなり内角に決まるシュート。右打者の長永は手が出せずに固まった。
(あ……デッドボールになるかと思った……。そこから入れてくるのか)
二球目のスライダーで追い込む。次は外角ぎりぎりに決めてきた。
(ストライクゾーンを縦横無尽に走らせやがる……。キャッチャーのリードも怖い……)
藤崎高校の監督、藤代豊彦。この高偏差値の高校球児たちを指導しているだけあって、理論派の監督である。
(振り遅れても良いから後ろでポイントを捉えろ。ストレートのときは微妙にクセが出るさ)
監督のポイント後ろ……のサインに、長永は頷く。
(まあ所詮、僕には粘ることしかできないので……)
続くカーブは、紙一重の所で打球を後ろに飛ばす長永。
(さすが……白銀世代の中でもトップクラスの変化球を誇るだけのことはある……)
カットを続ける長永。一塁線よりも外側を弱く跳ねる打球。
(だいぶ投げさせられてるな……)
しびれを切らし、ストレートをインコースにサインする金条。新田も全力で答え、ストレートをインコースギリギリぴったりに投げ込む。しかし
(ストレーッ!)
長永は強く引っ張り、三塁線よりも外側に打球を飛ばした。打球は大滝の右側を強く跳ねていく。
(こいつ……引っ張りもできるのか!?)
金条は驚きつつも、にやりと笑い、外角ギリギリにカーブのサインを出した。
長永は監督の方を見て、新田を見る。新田がボールを投げる。
(決まった!)
ギリギリに決まった球。しかし、これもカットされ、一塁線へと飛んでいく。
「ふっ」
伊奈が打球に飛びついた。ボールはファーストミットの中に収まっており、アウトをものにしたのだった。
「ふぁ、ファウルボールのライナーを……」
会場、観客はナイスプレイに沸く。しかし、藤崎高校の面々は、他に驚いている点があった。
「……今のファースト、ファウルゾーンで打球を待っていたな」
「セカンドもだいぶファーストよりだったし」
「対応が早いぞ。さすが強豪校だ」
先頭打者をアウトに切り、二番打者を迎えるクロ高バッテリー。二番打者の井口翔人が打席に立つ。
(あらら……長永が出塁させてもらえなかったか……っていうか、あのピッチャー……ボール球投げなかったなあ)
二球で追い込まれた井口は、そのままカーブをひっかけさせられ、ショート田中に捌かれアウトとなる。
「っしゃ! 2アウトだぜ!」
三人目の原田も、大滝に打球を捌かれ、3アウトでチェンジとなる。
「新田さん、思ったより投げさせられましたね」
「ああ……。でも、通用してる。焦ることは無いよ。次の回が本腰だから」
「そうですよね」
金条と新田の会話を聞いて、二人の成長をわずかに感じ取る絹田監督。
一方、藤崎高校のベンチでは、守備に移る前に、監督が道中を呼んでいた。
「思ったより相手はやり手だ。ただ、エース新田の配球を少しくらいなら教えてやれそうだから、次の回、お前が一番槍決め込んで来い」
「了解っす」
「その前に、ここ三人で切れたら、理想的だが……まあ無理するな。硬くなったら、捕れるアウトも捕れなくなるぞ」
「うっす!」
肩を楽にしながら道中はマウンドのプレートに足をかけた。
(さあ、先頭打者は今宮。昨日はものすごく煽られたから、三振に切ってやりたいところだが、無理をして勝負に行く相手じゃねえ。初球にぱんと打ってもらって、楽に次の打者を迎えよう)
初球ストレートを、真ん中低めに投げる道中。金口のミットに収まる前に、今宮が打球を転がす。
「セーフティッ!」
「警戒済み!」
サード原田が前進していたが、予想以上に転がらない球。彼の足の遅さに待てなくなった金口も飛び出すが、それが反ってお見合いになってしまう。
(原田さんッ!)
金口は重心を後ろにして、原田に打球を譲る。原田がファーストに投げるが、その間に今宮はベースまで駆け抜けていた。
「セーフッ!」
「んあっ!」
「まあええよ! こいつアウトにするんはあの鉄日でも骨折れんねん。無理せんでええで」
サード原田が悔しそうにするのを、ピッチャーの道中はマウンドから励ました。
(まあ……ホームにはできれば還らせたくはないな)
道中の目線を読み取ったキャッチャーの金口。
(まあ、道中さんの球なら、白銀世代はともかく、そうそう打たれるもんじゃないでしょ。低めに集めて、ゴロ打たせましょう)
初球からストレートがうなる。二番打者の小林のスイングはなかなかタイミングが合わない。
「タイミング! せっかくの良いスイングがもったいないよ!」
ベンチにいる山口から声が飛ぶ。
(んー、寿のミート力にはまだまだ届かないなあ)
結局、変化球を振らされ三振する小林。今宮も金口の牽制が強く、盗塁のチャンスをうかがえなかった。
(あのキャッチャー、やっぱり強かだなあ。めちゃくちゃ俺のこと見てくるし……道中の球捕るだけじゃなくて、しっかりと扇の中しっかり見てやがる)
次の打者、田中が打席に立つ。
(この人もミート力あるし、パワーもありそうだなあ……。道中さんのカーブをうまくひっかけさせるか)
初球カーブが厳しい所に決まるが、ボール。しっかりと田中は見ている。
(ああ、元一番打者って監督も言ってたっけ。クサイ所には手を出さなさそうだな)
(余介、無理することはないで。ストレート打たせよや)
(もう一球変化球使いましょ)
道中と金口はサインでコミュニケーションを取り、配球を決める。田中はフォークを空振りする。
(かぁ……読み外したぁ)
唇をかみしめる田中。サインが特にないことを確認すると、田中はもう一度構えなおす。
(あくまでヒッティングか。信頼されてるのな)
ストレートを投げる道中。タイミングを少しずらされ、身体が突っ込む田中。
(やべっ!)
ひっかけた当たりになり、打球はショート前を転がる。
「ゲッツー!」
セカンドの井口急人が双子の弟からの送球を呼ぶ。寸分の狂いも無いトスが、弟翔人から放たれ、兄急人はしっかりとそのトスを素手でつかみ、セカンドベースを踏む。
「アウト!」
一塁ランナー、今宮をコースアウトにし、そのまま間もなくファーストに投げる。一塁手江ノ森が捕球するも、田中が一歩早く、セーフになる。
「あ………今のやべえな」
「二遊間連携完璧じゃん」
クロ高ベンチがざわついている。今宮も戻ってきて悔しそうに笑っていた。
「トス素手キャッチは遊のでもなかなか捕ろうと思わないわ」
2人の息の合ったプレイに、田中も今宮も悔しそうな顔をしていた。
「よしっ2アウトや」
道中がマウンドでつぶやく。打席には大滝。
(ランナー足速いし、長打が出たら先制されるんか)
絹田監督がサインを出す。そのサインを出すところを、遠目ながらしっかりと見ている金口。
(ああ……盗塁かな。このバッター、初打席の得点圏打率異常だし)
盗塁警戒シフトにした金口は、高めのストレートを要求する。
(ボール球で良いです。あわよくば振らせましょう、あわよくば刺しましょう)
金口のサインに、道中はストレートを投げる。走り出す田中。
「にげっ!」
ベンチから声が飛び交う。田中の足はそれでも速い。金口は捕球体制半ばに腰を浮かす。
(刺すぜッ!)
ショートの弟とセカンドの兄がベースのカバー体制に。しかし、大滝はバットを振りぬいて、セカンドの左手側――右中間に素早く低い打球を飛ばした。
(エンドラン!?)
急人が反応するも捕れない。見事にライトとセンターの間を抜けていく打球。必死に追うライトの片津をよそに、田中は2塁ベースを回り、三塁ベースも回ろうとしているところだった。
「GO!」
遠慮のないランナーコーチの合図に、田中はギアを上げる。打球を拾いあげたライト片津の送球がホームへ。大滝はその間に二塁ベースへと到着する。
(先制点は積極性から生まれる……うちのチームのやり方だッ!)
田中はホームに滑り込み、左手をベースに触れる。金口のタッチは間に合わずセーフ――クロ高が先制点を手にするのだった。
「っしゃあ!」
大滝の打撃と田中の走塁に、ベンチから惜しみない称賛が送られた。
「ナイス遊!」
「さすがッ!」
「読み合い敗れましたね」
「仕方ないやろ」
タイムを取って、マウンドの近くで会話する藤崎高校バッテリー。
「んまあでも、今ので監督はサインを読み取ったやろ。次回以降はエンドラン通用せえへんで」
「2アウトでしてくるんだから、ランエンドヒットが近いですかね。でもまあ、ボール球を低く飛ばした大滝がナイスバッティングってところでしょ」
金口が笑って道中を遠回しに励ました。
次の打者の山口はレフトフライに倒れ、1点で攻撃を終えたクロ高。二回表になり、道中が打席に立つ。
「さあ……かっとばすで」
「させへんで」
ほくそ笑む道中を見ながら、新田もマネして笑う。
ランエンドヒット……ヒットエンドランは、バッターがボールを打つことありきの盗塁だが、ランエンドヒットはランナーは盗塁を絶対行い、バッターは打てそうだと思ったボールのみ打つというサイン。走者進塁率は、バッターが何もしないことがある分、ヒットエンドランよりも低くなるが、失敗したときのリスクが低い。




