第103話「マネージャー」
古堂の声高な作戦に同調する新一年生たち。片隅で笑っているのは伊奈や林里と言った2年生たち。
「コドーが先輩って、あいつらちょっとかわいそーだな」
「まあでもいいんじゃないか? コドー面倒見良さそうだし」
そんな二人の元に、大滝がやってきて言った。
「あいつも、なんやかんやでいろいろ考えてるみたいだな。小泉ちゃんの力になりたいんだろう」
(なんで小泉ちゃん出てくるんだろ?)
(それにしてでもコドーはバカだよ)
大滝の言葉に首をかしげる二人。
次の日から、黒光高校では、野球部による全力のマネージャー勧誘が始まった。
「野球部! マネージャー募集してます!」
「経験、未経験もちろん問いません! 全力で歓迎します!!」
野球部は元々、勧誘をしなければならないほど部員に困ったことは無かった。だからこそ、野球部が声を荒げて何かを訴えている様子に、クラスメイトたちは怖気づいていた。
「野球部がマネージャー募集してるんだって」
「マジ? 部員に困ったことのないあの野球部が?」
「マネージャーくらいすぐ見つかるもんなんじゃねえの?」
上級生たちは楽観視しながら彼らの様子を見て談笑している。しかし、古堂らのクラス――小泉のことを知る者たちの反応は違った。
「彩一人で大変だったらしいじゃん?」
「そういえば……。今年も入らなかったらいよいよやばいのか……」
「でも野球部マネって恋愛禁止なんでしょ? 華の女子高生がそれはまずいでしょ」
「はあ……俺たち、春大会前にこんなことしてて良いのかァ……?」
田中塁が悪態をつきながら隣に立っていた井上将基に話しかける。
「……」
「まあ心当たりはあるんだけどなあ。確か同じ九頭竜中のやつなんだけどさ」
黙っている井上をよそに一人しゃべる田中。
「……確か、滝川千佳。違うクラスだけど、中学の時も野球部のマネージャーしていたし、入部はしてくれそう」
「……(まあ、俺には関係のない話か)」
それ以降の練習は、なぜか熱を帯びて取り組む一年生の姿があった。
「春大会までにベンチ入りして、レギュラーを取るッ!」
こう意気込むのは、嶋田春仁。中学時代に実績を残しているだけあって自信家な外野手。ティーボールの球を意気揚々と打ち返す。
(そして新マネージャー、滝川千佳ちゃんのハートをゲットする!)
そう、練習を見に来た1年生マネージャー、滝川千佳の姿があったのだ。九頭竜中出身と言うこともあり、田中塁やその兄の遊、大滝真司や、返田元気などと談笑していた。
「大滝先輩ッ! お久しぶりですッ!!」
「あっ……滝川……クロ高進んだなんて知らなかったよ。久しぶりだな」
苦笑いする大滝。返田が問う。
「チカは湖畔シニア出身の大滝と、何でそんなに仲が良いんだ?」
「そりゃもちろん、プレイヤーとしての大滝先輩に惚れこんでいるからに決まっているじゃないですか! もちろん、マネージャー業を務める以上、そんなことも言ってられないですけどね」
そんな滝川の仕事ぶりは、絹田監督にも好評で、その日のうちのすぐに入部が決定した。マネージャーが一人入ったことによる安心からか、小泉はほっと胸をなでおろす。
「ナイスボールッ!」
一年生キャッチャー、小荒井の声がブルペン内にこだまする。ボールを捕ってもらっているのは、三年生で、現在背番号1、エースナンバーを背負う男、新田静だ。
「お前、なかなかキャッチングいいじゃん」
小荒井は、新田のスライダー、カーブ、シュートを難なく捕球する。
「(さすがにナックルは無理だろうな)ナックル投げるぞ!」
「えっ、ナックルすか!? ちょっ」
少し慌てた様子で小荒井は構えなおす。揺れ落ちる球に、小荒井は一度取ったボールを落としてしまう。
「あらら……完全捕球はまだ無理っすね」
残念そうな表情をする小荒井。その様子を見ていた金条が話しかける。
「まあ俺も無理だし、焦ることはないよ」
「でもハルさんは鷹戸先輩のストレート捕れるじゃないですか」
「ああ……」
鷹戸の重い球質のストレートやジャイロを安定して捕球できる捕手は、今のところクロ高には金条しかいない。
「多分慣れたらお前もすぐ捕れるようになると思うんだよな。返田もだいぶ捕れるようになってきたし」
「確かに……でもゲンキさんはコドーさんの球捕るの上手いですよね」
「慣れてるからね」
返田は古堂の球を捕りながら話に入ってきた。
「まあしかし……今年は小荒井含め、捕手候補が三人も入ってくれて良かったよ。俺らの年は、菅木っていう返田の野球部時代からの先輩だったキャッチャーがいたんだけど、左手首壊して外野手に行ったからな」
新田の少し残念そうな顔に、古堂ら投手陣は同情の目を向ける。
「でも、結局大事なのは投手ですよ。捕手よりも……」
井上将基は、金条に向けてストレートと同時にこの言葉を放つ。あまりものナイスボールに金条も唸ってしまう。
「……ナイスボール…………」
「だって、新田さんまでのレベルになれば、ナックルを使わなくてもエリアの隅に変化球を投げ込んで三振を取ることは可能ですし。もっとコントロールを磨かないとだめですよね」
井上の言葉に、新田と古堂は頷かざるをえなかった。s
「でも、一週間後は春大会。それまでにできることなんて、今自分ができることを確実にできるようにするくらいさ。焦ることはないさ」
金条が投手陣に向けて言った言葉に、古堂は返す。
「んじゃあ……俺はストレート走らせるようにしないとな。変化球を活かすためにはこれしかねえ(俺は……新田さんとも鷹戸とも違う。だから――)」
新一年生の井上将基は、まだ着慣れないクロ高のブレザーを着て校門を出た。帰路をたどろうとしていたところだった。彼の出身中学は、九頭竜中学校とは真逆の方向にあるが、クロ高からは徒歩で通える地域なのである。
「あっ、ショー。お疲れ。野球部どうだった?」
「ん? ああ……んだ、初奈、お前待ってたのか?」
「だってさー、明日から完全に入寮でしょ? こうやって帰り道歩くのも、3年生で部活引退するまで無くなるじゃん?」
校門を出たところで待っていたのは、同じく一年生の女子、神原初奈。井上とは幼馴染にあたる存在だ。
「にしてもさあ、歩いて帰れる距離なのに寮生活って無駄じゃないの?」
「無駄じゃないさ。生活習慣だって安定するし、何より甘える環境がないから……厳しく切磋琢磨できるし」
「ふうん……例のあこがれの先輩とやらには会えたの? もう話せた?」
「まあな。今はマネージャー探しに奮起してるみたい。バカだけどすげえんだ。古堂先輩は」
「へえ……ショーがそこまで言うのなら私も会ってみたいかも」
神原が夕焼け空を見上げながら小さな声で言ったのを、井上は聞き逃さない。
「テニス部、見学してみてどうだったんだ?」
「んー、想像してたより厳しそう。中学の時もそんなに上手くなかったし、続けるかは迷ってる。あんたもいるし、野球部のマネージャーやろっかなあ」
元テニス部だった神原は、少し自分に挫折していた。そんな中でも、小学校からずっと野球を続けている井上が、どこか羨ましくもあった。
「うん、決めた! 私もショーと例のコドーセンパイとやらのいる野球部入るよ!!」
次の日、いつものように練習する中に、いつもと違う光景が広がっていた。
「あっ、新しいマネージャー候補のコじゃね?」
「あれって確か……井上の幼馴染の神原とかいう……」
井上の幼馴染である神原は、小泉に連れられ、ピッチャーが練習をしているブルペンに来ていた。そこでは、井上と古堂がキャッチボールをしていた。
「古堂先輩は、どうやってスローカーブを覚えたんですか?」
「新田さんにカーブを教えてもらってるつもりが、すっぽ抜けてばっかでゆっくりとしか球がいかねえからって諦めさせられたんだけど、何か諦めきれなくてさ。練習ずっとしてたら気づいたら……ね」
(すげえ……)
井上は舌を少し出して笑った。
(ああ、ショーがあんな顔するんだ……にしても、コドーセンパイって……何か思ったより普通なんだよな)
「どうしたの? コドーくんがどうかした?」
神原の視線に気づいた小泉が話しかける。
「い、いえ、なんでもありません!」
少し顔を朱くしながら神原は小泉から目をそらした。
「春大会までもう少し……。どこも強豪ばっかだから大変だぞ」
古堂の言葉に、井上も力強くうなずいた。
そして、来る春大会の日。新一年生もスタンドで応援する役目を設けられる。マネージャーに新しく入った、滝川と神原も、遠征行きのバスに小泉と共に乗り込んだ。
走り出すバス。景色が次々に移ろう中で、絹田監督が選手たちの意識を自分一点に集中させた。
「春大会、藤崎高校が初戦の相手だ。一番の要警戒選手は、エースで4番の道中桔平だ。去年の夏、彗星のごとく現れて、弱小だった藤崎高校を見事ベスト8まで導き、白銀世代の一人にカウントされることとなった。持ち味はキレのある投球と広角に強いバッティング。スライダー、カーブ、フォークの3つの変化球を多用する」
監督の言葉をメモする金条。それを横で見るのは古堂。
「……先発は前から言ってあるように新田だが、他の投手たちも十分に出場の可能性があるから準備をしておけ。そして、バッターも、道中への早急な対応力が勝利の決め手となることは間違いない」
全員が強く頷く。春大会は、秋の県予選でベスト8まで残ったチームしか出ない。ゆえに、初戦から気を引き締めていかなければならないということを、監督が言うまでも無く、チーム全体が理解していた。




