第102話「バッティングピッチャー」
本日は、新入生の入部テストの日だ。適正ポジションなどを判断することも含めて、簡単なテストをいくつか行う。
「まあ、野手投手関係なく、打撃テスト1.2、走塁テスト、遠投テスト、内外野ノックテストを行う。捕手はキャッチングテスト、投手はピッチングを見る」
絹田監督の言葉に、並んでいる一年生が全員大きな返事をした。見渡す限りでは、オーラのある一年生もちらほら見える。
バッティングピッチャーを担当することになった古堂と小豆の二人の二年生投手。
「さしずめ、俺らを打てるかどうかってよりも、打ったら実力あるとぐらいにしか考えてないんだろうな」
古堂の言葉に、小豆も頷く。
「もちろん、だからと言って手を抜くつもりはさらさらないし、打たれたら苦しいよね」
始まる入部テスト。一年生を次々に打席に立たせる。その中には、井上や森下など、三月の時点で入部が決まっていた者もいた。
「まずは浅倉から!」
「はい!」
一年生が次々と呼ばれる。ピッチャー候補の井上将基も、センスあるバッティングを見せ、4割という結果を残した。
(さすがに森下さんの弟とか、田中さんの弟とかは中学時代の実績があるから打つんだろうな)
そう思いながらも小豆は、変化球を巧みに使って、1人ずつ5球を投げていく。20人近くいる部員を相手にゆっくりとしたペースで投げていく。
小豆が投げたストレートを、森下は3球目にして軽々外野に飛ばした。
(森下龍……想像以上だ……凄まじいバッター……)
(変化球タイプのサイドスロー。球速は遅いけど、コントロールは良さげだ……)
小豆が絶句する中で、黄金世代の血を継ぐ新一年生、森下龍は、堂々たる風格を保ったまま小豆の5球のうちの3球を打ち返すのだった。
「……普通に考えたら6割か。やるじゃん」
古堂が小豆の元にやってきて言った。
「コドーも結構計算時間かかったね」
「うるせー」
「だけど、数字じゃないよ。森下の凄さは」
「わかってる」
古堂はにやにやしながらプレートに足をかけた。
「……いいじゃんいいじゃん。森下さんを彷彿とさせてくれるじゃん」
「!!(2年のコドー先輩だ。確か……初巾戦や鉄日戦でも投げてた、クロ高の左腕抑え)」
森下は、マウンドに立つ古堂を見て、ぐっと息を呑んだ。
(兄貴が言ってた。――あいつも凄い投手だ。何が凄いかって、凄さを一打席目では測れないところだろうな。――ってな!)
古堂の初球ストレート。詰まらせてファウルにする森下。
(くっ……詰まらせた)
悔しそうにする森下。しかし、古堂も同時に目を見開いた。
(初球からタイミング合わせるかよ……うまいことカットされたみたいなもんじゃねえか)
二人の思考が一致する。
(この人は……想像以上だ!)
二球目の外角低めのストレートに、森下はしっかりとタイミングを合わせレフト方向に流し打ちした。
「う、うげえ……」
二球目にしてヒットを打たれる古堂。これにはさすがに参っている様子だ。絹田監督も驚きを隠せない。
(相手投手の分析力があると見た。タイミングを合わせるのがいくらなんでも早すぎる。兄の秀ほどのスイングスピードや体格は無いが、弟にはこんな才能があるとはな)
(なるほどな。実力は申し分ない。並みの高校生投手のそれを越えてる。さらに、数値や結果には現れにくい凄さってのをストレートから感じられる)
三球目のシュートは内野にゴロを転がす結果になる。そして、4球目にスローカーブが投げられる――
「うっ!」
盛大に空振りをした。球速差だけでなく、独特の変化にもやられたようだった。
(変な曲がり方してたなあ)
森下は冷静にボールを見ながら笑っていた。それは、森下のスイングを見た古堂にも言えていた。
(あれ当たったら外野飛ぶなあ……やっぱオーラあるよなあ)
古堂は、そんなあこがれにも似た感情を抱きながら、5球目――最後の球を投げた。
「!!」
ストレート。2球目でタイミングを合わされた球。しかし、森下は空振りした。驚きが隠せない。
(緩急を使われた!? いや違うッ!!)
森下は瞬時に察した。2球目のストレートよりも、速い球であったことに。
「142km/h。最速タイだね」
捕手を務めていた返田から、褒めの言葉を受け、嬉しそうにする古堂。
「まあよ。でも、二回目でストレート打たれたのはビビったなあ」
古堂は森下の方を見ながらにやにやしている。森下は決して穏やかではない。
(クロ高ってのは、俺が思ってたよりもずっとレベルの高い所なのかも……)
森下は、小豆、返田、古堂の三人の背中を眺めながら、にやりと笑うのだった。
「打撃テストは、森下龍が5割で文句なしの一位。二位が嶋田春仁という外野手で、遠投テストでも2位を取っています」
「あとは井上と田中と小荒井ぐらいか。3割を超えたのは」
絹田監督の言葉に、「そうですね」と返すマネージャー、小泉。
「走塁テストでは同じく外野手の八坂隼士が一位、二位が田中塁という結果です。ノックテストでは、三塁手の田村優弥と、遊撃手の河中瑛吾郎が良い結果を残しています。それに彼らは、遠投テストでもそれぞれ1位と3位です」
「うむ。ありがとう」
絹田は小泉に謝意を述べた。
「今年はマネージャー入りそうなのか?」
「ええ……まあ……どうもまだわからないです」
「そうか……」
絹田がどことなく申し訳なさそうな声を出したのには理由がある。それは、今の三年生が入部したての頃、新田や今宮などの、いわゆる人気者につられてマネージャーを希望する生徒が圧倒的に多かったため、絹田監督は『選手は見世物じゃない。選手として全員を平等に支える気のないやつにマネージャーは務まらん』と一蹴。結局、次の年も、その事実が少々捻じ曲げられた形で噂となり、マネージャーは小泉しか入らなかったのだ。
(さすがにもう3年生の中では噂は消えてるだろうけど、私たちの代で噂を信じてる人はいそうだしなあ)
小泉は、絹田と別れた後も、どことなく腑に落ちない様子だった。
――あの子もどうせ新田先輩目当てなんじゃないの?
――男たらし隠すの上手そうじゃね?
――彩に限ってそんなことないでしょ
――中学の時も野球部マネだったもんね
彼女の頭の中で、色々な言葉が飛び交っている。彼女も根も葉もない噂を立てられたものだった。
「小泉さん、どうした?」
呼び止められて気づく。自分が呆然としていたことに。
「あっ、コドーくん! それに大滝くんも」
「凄い顔怖かったよ! 何かあった?」
古堂に言われても、笑ってごまかす小泉。
「ちょっと疲れてるだけ! ごめん、みんなに比べたら全然なのにね!」
「待って」
気丈にふるまって二人のもとから離れようとする小泉の、白く細い腕をつかむ大滝の日に焼けた太い腕。
「悩んでるなら言いなよ」
優しく、そして強い言葉に、小泉の意識は少し離れる。
「もしかして、新一年生のマネージャーのこと?」
それに加えるように言った古堂の言葉に、小泉は、バツが悪そうに少しうなずいた。
(こいつ、馬鹿に見えて鋭いんだな)
大滝は小さく笑った。
「第一回ッ! 目指せ第二の小泉ちゃん!! カワイイマネージャーを入部させろ選手権ッ!!」
練習後の寮の食堂にて、食後のミーティングを終えた選手たちの耳に、古堂の大声が響く。新一年生は何事かと特に驚いた様子だ。
「何だ?」と大声を出す一年生、嶋田春仁。打撃、遠投テストで2位の成績を残した男である。
「小泉さん……ああ、あのマネージャーの先輩か」
「あの先輩かわいいよな……」
田中塁と森下龍の二人は小泉の話題で盛り上がる。
「……(小泉さんレベルのかわいい人なんて現れるのだろうか)」
小荒井新太は深く思案している様子だった。
「……(かわいいマネージャー欲しい)」
それに対し、走塁テスト1位の八坂隼士の思考は単純だった。
「まあそんなわけだ! 一年生諸君! 頑張れ!!」
古堂の大声に、新一年生のほとんどが大声をあげて応えた。
(全員単純なバカ共だな)
鷹戸は夕食をそそくさと終えて一歩下がったところから静観していた。




