第101話「Restart」
「よっしゃ! 三者連続三振!!」
少年の明るい声がマウンドからこだました。彼の名は古堂黎樹。黒光高校2年生――野球部のピッチャーである。
先日の練習試合。県内の高校と行う練習試合に、先発投手として登板した古堂は、被安打6、奪三振14、自責点1という活躍を見せたのだった。
「今日も5-1で勝利か」とセンターで5番打者の山口寿が朗らかに笑った。相変わらずの糸目がさらに細くなっている。
「おとといは新田が完投、昨日も鷹戸が完封したし、俺たち、調子いいんじゃねえの?」
「あんまり図に乗るなよ」
ショートで3番打者の田中が沸き踊るかのような素振りを見せるのを、1番セカンドで、キャプテンの今宮陽兵が諫める――新三年生になった彼らも、三日連続の練習試合を経て、打率5割をキープするという強さを見せていた。
「春大会は初戦から、エース道中がいる藤崎高校だ。優秀な監督も、実力のある一年生も加入したらしいし、戦力は間違いなく春よりあがってる」
「なあに……戦力が上がったのはうちだってそうさ。大滝や鷹戸、コドーだって確実に実力をつけてきている。そんで、そんな後輩らの姿を見て、うちのエースもかなり燃えてるみたいだからな」
田中が指さす先の新田は、今日も居残り練習をしている。
皮で包まれたボールが、鋭い回転と共に曲がっていく。
「今のはボールか……」
新田静――黒光高校新三年生の現エース。多彩な変化球を扱い、精密なコントロールを持つ彼のことを、巷の高校野球ファンは、変化球王子と呼んでいた。
彼は今、誰に言われるまでも無くコントロール練習をしていた。
(スライダーとシュート、カーブは問題ないだろう。しかし、ナックルボール……これだけは何とかして安定させられるようにならないとな)
彼の左手の指の先は、肉刺だらけで固くなっていた。
福井県の私立高校、黒光高校の野球部は、昨年の8月、甲子園の土を踏んだ。大滝進一主将が不動の一番打者、155km/hのストレートを投げる閑谷明がエース、超高校級スラッガー森下秀が主砲、外野守備の要に、強肩で名を馳せた成田和志と内野守備の要の名捕手、郷田猛明なども加わったクロ高黄金世代の5人のうち、二人がプロ入り、三人が有名大学野球部に所属している。
そして、現エース新田静、一番打者で守備の要の今宮、バッティングにおいてクリーンナップも担う田中遊と山口寿。この4人が白銀世代として、昨年の秋大会を県準優勝に導いた。しかし、全国に同じように存在している白銀世代たちが、全国でそれぞれ鎬を削っているという現実を知り、さらにレベルアップを図る彼らだった。
――しかし、そんな現高校野球界の観念を打ち破る存在が現れたのは、最近の話である。
――春の甲子園。この大会で優勝した明徳高校の5番打者、知多哲也が言い放った言葉が、この高校野球界を大きく覆そうとしていた。
『俺たち暗黒世代(2ねん)がもっと活躍します。暗黒の前では、金も銀も輝けませんから――』
そう、暗黒世代の新二年生。これにあたるのは、古堂だけでなく、豪速球のジャイロボール使い、鷹戸遥斗や、クロ高の現四番、大滝真司。巧打者の伊奈聖也やキャッチャーの金条、強肩の佐々木などがクロ高の中心選手として現在活躍している。
そんな彼らにも、後輩ができた。
「鷹戸先輩が最速150km/hを更新したらしい……」
「新田先輩も、被安打2らしい……」
「うわっ、それはすげえな」
「小荒井も田中も何言ってやがんだ?」
先輩の噂話をする小荒井と田中の間に割って入るのは、同ピッチャーの、井上将基。
「奪三振14のコドー先輩が1番すげえに決まってら」
井上の言葉に、田中も小荒井も笑った。
「それはやりすぎじゃね?」
「現にあの先輩三番手だし……まあいいピッチャーだけど、新田さんと鷹戸さんにはかなわねえだろ」
「……わかってねえなあ」
井上将基――中学時代は、新鋭シニアチーム、井浜シニアの孤高のエースとして名を馳せた。強烈なキレのあるスライダーが持ち味の投手だ。
「多分、ショーちゃんは弱小シニアから這い上がった経験があるから……味方もそんな強くなかったんだろ。その分、三振とって味方に守備をさせないコドー先輩ってのは、かっこよくみえるのかもしれねえな」
談笑する一年3人組の元にそう言ってやってきたのは、森下龍。黄金世代森下秀の弟のスラッガーだ。強豪シニアの東区シニアで4番を張っていた実力は本物だ。
「ああ、そういうことね」
森下の言葉を受け、井上の意見に理解を示したのは、キャッチャーの小荒井新太。彼は吉野中学野球部からずっとキャッチャーをしてきた本格派である。
「けっ、それなら黒光に来て良かったんじゃねえの?」
嫌味っぽく言った田中塁。彼は田中遊の弟のセカンド。九頭竜中学出身で、湖畔シニアで1年の頃からセカンドのレギュラーを勝ち取っていた実力がある。
「まあ、先輩のことも良いけど、4月になったら推薦組以外にも監督に声かけられて入ってきた一年生がいっぱい入ってくるだろな。俺たちはせっかく早くからココで練習してるんだから、5月の入部テストで好順位とらなきゃな」
森下はそう言って、談笑する3人の元から離れ、先輩と共に打撃練習に移っていった。
そして、噂されているとも知らない古堂らは、今日も全力で練習していた。
「どぅおりゃあ!」
古堂の怒号と共に、バチンと重い音をたてる返田のキャッチャーミット。
「ナイスボール!」
返田の笑顔に、古堂もつられて顔を綻ばせる。彼からの返球を受け取り、古堂はもう一度プレートに足をかけた。
「カットボールも曲がってるかどうか見てくれ」
「ああ、いいよ」
秋に覚えたばかりの変化球、カットボール。今ではすっかりとモノにしており、古堂の中では、三振を取る意外の戦い方も見出そうとしていたところだった。
(コドーはコントロールが良いわけじゃないけど、ストライクゾーンにまとめる力は優れてる。このカットボールを極めて、試合でももっと使うようにしていれば、もっと良いピッチャーになれるはずだし、鷹戸や新田さんに並ぶことだって夢じゃないはずなのに……)
返田は古堂のカットボールを受け取りながら、そんなことを考えていた。そして、金条の試合でのリードにも、同時に疑問を抱いていた。
(まあ、試合経験の少ない俺の言えたことじゃないのかもしれないけど……)
しかし、このとき、金条と監督が、部室内でミーティングを行っていた。しかも、チームの投手陣についてである。
「すまないな、投手陣をまとめる立場に、二年になったばかりお前をおかざるをえないチームの状況で」
クロ高の監督、絹田幸二郎は、緊張した面持ちの金条に対し、低い声で言った。
「い、いえ……キャッチャーとして当然のことなので」
金条は緊張しながらもやんわりと言葉を返す。
「春大会に向けて……だが、新田をこれまでと同じように先発として置き、リリーフを鷹戸、伊東、抑えを古堂という形で行くこれまで通りのパターンと、先発を鷹戸にし、リリーフを新田メインで行っていく新パターンと、どちらが良いと考えている?」
監督はいきなり話を始めた。それは、金条も一か月前の3月から聞かされていた話なので、動揺している様は無かった。
「今年は、強敵が非常に多くなると予想されます。鉄日高校は言わずもがな。センバツで見せたように、リリーフ宮城を利用した継投作戦も普通に考えられる……。初巾の柏木のナックルボールも、変わらぬ脅威ですし、次当たって打てるとは限りませんし。他にも、福富商業や三浜、そして……今年新たに頭角を現してくるであろう高校……それをうちの実力と照らし合わせて考えると……」
金条は、表情ひとつ揺るがない。
「うちも、投手4人の継投作戦でいくのがベストだと考えます」
金条の言葉に、監督は首を傾げた。
「つまりそれは……俺が提示した二つのどちらでもないってことか?」
「はい……先発を新田さんや鷹戸で固定するのではなく、様々な投手を、臨機応変に登板させる……神童多きこの年には、これが他校の白銀世代に対抗しうる術だと考えています」
彼なりの答えに、監督も納得した様子だった。それは、一番近くで投手を見てきている者に対する信頼だった。
「さあ、再出発の時は、もうすぐだ。一年生もそろそろ集まるころだぞ」
監督が窓から見る青空は、いつもよりも遠く、青々と澄んでいた。
Dr.Kの鼓動、第二部連載再開です!
古堂ら暗黒世代が二年生に! そして、白銀世代最後の夏と、新一年生たちにも注目!




