表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カツとお酒の、味しかしない。  作者: ぎんはなあんず
カツとお酒の、味しかしない。前編
2/14

1

 白くて、もやもやとした、不思議な夢を見ていた。

 両親と外出していた時に交通事故に遭い、僕だけが助かった。それから三日経った夜のことだった。

 素性の知れない『誰か』が夢の中で僕に話しかけてくる。


「君は選ばれたんだ」


 一面真っ白で、色も物も何も無い景色の中、深緑色の、出来損ないのドラゴンみたいなぬいぐるみが話しかけてくる。


「......何に?」


「『カンサツタイショウ』に、だよ」


 僕はこの時まだ十二歳、小学六年生だった。なのでこの時の『観察対象』の意味がよく分からないでいた。


「......何それ」


「君は今から、過去に戻るができるようになる。五秒だけだけどね」


 僕の周りをそのぬいぐるみがてくてくと回り始める。


「よく分かんない」


「君は、五秒だけ、時間を遡ることができるようになるんだ」


 『遡る』という動詞の意味は理解していた。今はもう亡き父が教えてくれた記憶がある。


「それって、すごいの?」


「すごいさ。だって過去に起こったことを変えられるんだから」


 僕はすぐに両親の事を考えた。想いが口をついて出る。


「......お父さんは? お母さんは?」


「......もしかしたら助けられるかもしれない。君の五秒の頑張り次第だ」


「......でも」


 俯いて、自分に話しかけるかのように小さく、呟く。


「......僕、やりたくないよ」


「どうして?」


「......自信無い」


「大丈夫だよ。君は賢い」


 あやすようにそのぬいぐるみが言う。しかし不思議と嘘を言っているようには聞こえず、僕は本当に賢いのかもしれないという錯覚を引き起こされる。

 僕ははねつけるようにぬいぐるみに言った。


「賢くない」


 なおもぬいぐるみは優しく返す。


「賢いさ。今も落ち着いて僕の話を聞いてくれている」


「話を聞くのが好きなだけ」


「......本当にそれだけ? お父さんを、助けたくない? お母さんに、会いたくない?」


 核心をつかれ、僕は素直に答えてしまう。


「......会いたい」


 初めてそこで、自分が泣きながら話していることに気づいた。


「どうかな? 頑張れそう?」


 強制されているわけではない。が、僕は絶対に過去へ戻らなければならないという使命感に襲われた。僕は泣きながらも、自分の気持ちをしっかり言葉にした。


「......頑張る」


「よし、決まりだ。時間が無いから早速行こう」


「......うん」


 ぬいぐるみが不意に立ち止まって、僕と正対する。


「一回、深呼吸しよう。せーの。すー、はー」


「すー、はー」


「......大丈夫そうかい?」


「うん、大丈夫............ねぇ、『みがわり』くん」


「......なに? その『みがわり』って」


「似てる。『みがわり』に」


 当時やっていた携帯ゲームに登場するキャラクターに、その緑色のぬいぐるみが似ていたのだ。


「ふうん、まあ、いいけどね。それで?」


「五秒経ったら、どうなるの?」


「......君はすごいね、変えた後のことまで考えてるのか」


 褒められたからか、頬が少し緩んだ気がする。


「いつもの時間に戻ってくるよ。過去を変えられていれば、今も変わってるはずさ。ただし、その逆もある」


「うん、変えられなかったら、今も変わらない」


「......本当にに君は賢い、君を選んで正解だった」


「だから、賢くなんかないよ」


「ふふふ、そうだね、そうかもしれないね」


 僕の心は、ざわついていた。


「そうだよ」


「......さあ、そろそろ行こう。出発だ」


 僕はこの時、期待していた。


「......うん」


 もしかしたら両親を助けられるかもしれない、と。


「じゃあ、いってらっしゃい。頑張って」


 そこで僕は、自分の非力さと愚かさを、人生十二年目で思い知らされた。小学生の僕には、大人の命が二つも賭かった五秒なんて、重すぎたのだ。

 僕は助けられなかった。動くことすらできなかった。

 何のための五秒だったんだろう。

 何のための期待だったんだろう。

 何のための、決意だったんだろう。






 引き取ってもらった叔父の家のベッドで目を覚ました。

 一度起きてしまえば、さっき見ていた夢のことなど忘れてしまうものだ。僕もその例外ではない。両目から流れる二滴の涙の理由をはっきり思い出せないまま、ベッドから這い出し、洗面所へ向かった。

 午前六時五十七分。

 僕はこの時、これをただの夢だと思っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ