影の功労者
「ふざけるな!なぜ、出せないんだ!」
「そうよ!わたしたちは必要としているの!」
「どうせ、隠しているに決まっている。戯言はいい。早く出せ。」
「困るわ。出すものは出してもらわないと。いい加減出しなさい。」
いくら怒鳴ろうが凄もうが無い物はない。なぜ、父上たちはこんな簡単な真理に気付かないのだろうか?
「先程から言っているとおりです。我が領地から父上たちに出せる資金はもうありません。無い物はないのです。」
そう、我が領地は父上たちが希望する金額を捻出できるほどの余裕はないというのに。いつもそうだ。あれやるから金寄越せ。これやるから金渡せ。それやるから金出せ。いい加減うんざりだ。偶にはお前らで領地運営してみろや。お前らの部下が冷ややかな目で見ていることに気付かないのか?
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俺はアルベルト=クリフター。クリフタ―伯爵家の長男坊で今は領地経営に携わっている。上に兄、姉はおらず、下には長女セリアと次男ゴメスがいる。父の名はロルト、母の名はマリージュという。
いきなりだが、我が伯爵家は少々他の貴族家と異なる雰囲気を持つ。クリフタ―家は成り上がり貴族だ。父母ともに平民の出である。だが、国王が父に爵位を与えた。理由は簡単。国に多大なる功績を残したからだ。父はこの国、リカルド王国においては「救国の英雄」と呼ばれている。なんでも冒険者という職業に就いていたころ、魔物の大侵攻を食い止め、王国を救ったらしい。母も父とパーティを組んでいたらしく、「大魔法師マリージュ」と呼ばれることもしばしば。二人は大侵攻を食い止める他、様々な功績を残したことで王国から伯爵の位を頂戴した。
そして、二人の間で生まれたのが俺たち三人というわけだ。流石、二人の子どもだけあって、妹のセリアは今や右に出る者はいないと言われるほどの回復魔法の使い手となり、教会から「聖女」の称号を貰い、弟のゴメスは剣術・魔法共に卓越した才能を誇り、父に勝るとも劣らない能力で将軍になると期待されている。
俺?俺は残念ながら両親の長所を一つも持たず生まれてきた。剣は疎か武術全般、魔法も平凡レベルだった。容姿も悪い訳でなく、普通にかっこいいレベルだ。だが、そんなものは父母、兄弟の前では霞んでしまう。父母は美男美女、妹は将来が楽しみな美少女であり、弟は大人の女性が色を晒すほどの美男子である。
そんな感じで何も持ってない俺は仕方ないので武術や魔法はそこそこに勉学へ励んだ。特に領地経営に役立つことは全部学んだ。そして、父から領地経営を放り投げられる形で任され、今その中枢を担っている。
「お前に領地経営を任せたのが間違いだったな。金も出せないほど衰退させるとはお前は何をやらせても駄目だな。セリアたちを見てみろ。今や国の将来を担う逸材として期待され、私たちは鼻が高い。なのに、お前だけは何をやらせても期待以下の結果しか出さない。」
そうだな。俺は紛れもなく凡人だ。母や妹みたいに大きな効果がある魔法は使えないし、父や弟みたいに強くて速い剣を振るうことはできない。
「そうですね。私ではこの領地は荷が重すぎるようです。それにこれ以上クリフタ―家に泥を塗らないためにも、大変残念ですが義絶させていただきます。」
「ふん、当然だ。お前が言わなくとも首にし、勘当していたわ。さっさと出ていけ。」
「では、身支度が終わり次第出ていきますので、今まで育てていただきありがとうございました。」
「ふん、家を出ていく情けとしてお前さんの所有物や財産は没収せん。有り難く思うのだな。」
よく言う。俺から盗ろうにも何もないからだろう?
俺は頭を下げて部屋から退出した。
あーあ、清々した。これ以上は手に負えないから、縁を切れて良かった。あいつらの気分が変わる前にさっさとこんな家出て行こう。
俺はやや早足で自分の部屋に歩いていく。そしたら、道中、書類を抱えて急ぎ足でこちらに向かってくる元配下の女性を見かけたので、癖で声をかけた。
「そんなたくさんの書類抱えてどうした、リリス?」
「え?あ、アルベルト様!アルベルト様こそどうしてここに?私、今からこの書類をアルベルト様の元へ届けるつもりなのですが。」
「ああ、俺は身支度を済ましたら王都へ行くんだ、仕事探しに。あと、様付けしなくていいから。」
「へ?なんで、仕事探しに王都へ?アルベルト様には領主代行という重役がおありでは?」
「それなんだが、今さっき、辞めた。あと、クリフタ―家とは絶縁したから、今はただのアルベルトだ。だから、様付けしなくていい。そうそう、書類は父上、ではなくロルト様の元に届ければいいから。」
「はっ?」
口を開けて呆然としているリリス。今の会話の中におかしいところあったか?
あまりにも呆然としていたのか、抱えていた書類を落とした。そして、俺に掴み掛ると揺さぶって会話について問い質してくる。
「はー?!なんで、首になってんですか?あの領主、馬鹿だとは以前から思っていましたけどここまでだとは思いませんでした!今からでも間に合います。同僚たちにこの事伝えて撤回を求めるよう、働きかけますから少々お待ちを!!」
彼女はそう言うと落とした書類に見向きもせずに走って行った。いや待て、書類ぐらい掻き集めて持って行けよ。
それに揺さぶったうえに耳元で普段の彼女からは想像できない大声を叫ぶもんだから内容もそこまで把握できなかった。随分と動揺していたけど、仕事が増えたと思って慌てていたのか?それにしても、書類を拾いもしないとは珍しい光景を見た。まぁ、これらの書類は俺にはもう関係ないものだから放置だ。さて、急いで荷造りだ。
元配下の醜態を見た後、俺は荷造りを終え領主館の出口へ向かっている。荷物はそこまで多くない。紋章が入っていない武骨なグレートソードを携え、王都へ着いてから一か月ぐらいは暮らせる資金と衣類、食料品を背に担いでいる。王都に着いたら、何をして稼ぐか考えながら進んでいくと汗を流した伯爵領お抱えの騎士団の団長と警備隊の隊長が声をかけてきた。因みに、団長は女性、隊長は男性だ。
「アルベルト様、どこかへ発つのですか?それになぜお荷物を自らお持ちに?」
「そうですぜ、坊ちゃん。護衛や従者も引き連れずに何処へおいでへ?」
「おお、カノンにダンガンか。これから王都へ行くとこだ。護衛や従者は必要ない。」
「護衛や従者もつけずに王都ですか?いくら、この伯爵領が王都に隣接するとはいえ、護衛や従者をつけないのは危険です。ダンガン、あなたのところの伝達ミスがあったのでは?」
「それはないぜ、カノンの姐さん。それこそ、坊ちゃんの護衛は姐さんたちの役目でしょうに?」
「確かに…、疑って悪かった。アルベルト様、少々お待ちを。只今、確認して参りますので。」
「あ、その必要はない。本当に必要ないんだ。」
「いえ、そういうわけには参りません。」
「違う、待て。実はだな、俺は領主代行を辞めてクリフタ―家とも縁を切った。だから、今はただの平民で仕事を求めて王都へ行くつもりだ。そういうわけだから、確認しに行くだけ無駄だ。」
「「え?」」
「お前らには随分と世話になった。後でリリスたちに会ったらよろしく伝えておいてくれ。元気でな。」
「いやいや?!そうじゃないでしょう!何があったのですか?」
「そうですぜ、坊ちゃん?!びっくりですぜ!」
「さっき話した通りだが?辞めて王都へ行く。ただそれだけだ。」
唖然として聞いていた二人だが、急に表情を引き締めると二人とも走ってどこかへ行ってしまった。別れとは空しいものだ。二人とも元気でいてくれよ。
領主館の出口をでて街へと下っていく。道中、伯爵領最大都市、セインの賑やかな景色が窺えた。王都にも負けない活気を作り出すために、領主代行の任に就いている間、心血を注いで発展を促してきた。ようやく、その発展振りを王国内外にも認められ王国第二の都市として歩もうとしていたのに、よもやこんな結末を迎えるとは報われないな。だが、仕方ない。この街の賑やかさを目に焼き付けて王都を目指すとしよう。
実質首になり、勘当され、セインを出て行って一か月、ついに王都へ辿り着いた。途中では何事もなく、新たな旅立ちに天も運も祝福してくれているかの如く、全日晴天だったし、幸先は良さそうだ。
難なく王都内へ入った俺はすぐさま宿を確保して仕事を探し始める。
あれから、三日が経った。やばい、仕事が見つからない。料理店の給仕、商店の売り子、鍛冶屋の販売員など多岐に渡って仕事の応募に行ったが全部不採用。何が悪いのか、聞いてみたりもしたが答えを得ることも叶わず、途方に明け暮れている。資金は潤沢にあるわけではないので、今ある分は切り詰めても一カ月持つかどうか。
さらに三日過ぎた。全滅だ。目ぼしい店をすべて回ったが全部だめ。そんな困った事態を迎えた俺に残された手段が二つ残されている。一つは冒険者へなること。こちらは最終手段として残しておく。もう一つは官吏試験だ。今日偶々、長蛇の列を見かけたので、何の列か尋ねてみたら一年に一度の官吏試験の期間だそうだ。明日まで受け付けているらしいので、俺も明日受けてくる予定だ。勉強なら頑張ってきたからな。
今日は官吏試験の日だ。俺は昨日より長い列に並び、長い待ち時間を経てようやく会場へ入場した。官吏試験は筆記試験だけで、どうやら五つの大問のうち一つを選択して解いていく形式のようだ。問題が配られる。緊張してきた。
そして、俺は今、王様の前にいる。
「お主はアルベルト=クリフタ―、クリフタ―伯爵家の長子じゃな。」
「は、はい、元が前に付きますが。」
どうしてこうなったのか?あの日、官吏試験を無事に突破したことが一週間後の合格発表の際判明した。まぁ、解答を選んだ問題は『近年目覚ましい発展がみられる、今や自他共に認める王国第二の都市セインの高度成長について述べよ』という自由論述だ。当然、その発展に大きく関わった俺が答えられないはずがない。仕事が見つからず、切羽詰っていた俺は受かりたい一心で完璧に答えた。いや、答えすぎた。そこまで若くない男が事細かく王国や伯爵領の狙いを把握し、どのように発展させてきたのかを答えたら、それは勿論目に留まる。浅はかだった。流石に王様の前に連れていかれるとは思わなかったが。
「それは絶縁したということかの?」
「はい、両親ともに合意してくださいましたので、その日のうちに家を出ました。それが何か?」
「いや、何でもない。ただ、戦うことに才能はあっても人を見る目がない奴らだと思っただけじゃ。」
「はっ、有り難きお言葉。…つかぬ事をお伺いいたしますが、何故わたくしめが王を見えることとなったか御教え頂けますでしょうか?」
「そんなに固く為らんでも良い。少しは楽にせい。別に取って食おうというわけではない。」
「い、いえ、滅相もないお言葉ですが王の御前とあってはさすがに…。それで、何用でございましょうか?」
「いや、お前を是非とも上級官吏で用いたいと推薦した者がおってな、前例にないことじゃから一応ワシが直に見たうえで判断しようというわけじゃ。」
「さ、左様でございますか…。」
「うむ、そして、喜ぶが良い。ワシはお主を上級官吏に採用することにした。しかし、その旨を伝えなければならぬ者がおるのだが、まだ来ておらん。しばし待て。」
「はっ、大変誠にありがたきお言葉であります。誠心誠意、この身を粉にしてでもこの国に忠誠を尽くしましょう。」
「はあ、全くお前さんは変わらないの~。そういえば、お主がいなくなった後のセインがどうなった知っておるか?」
「…いえ、恥ずかしながら職を求めるのに必死でここ数カ月ほどの情報を全く耳に入れておりません。」
「…じゃろうな。あそこまでされたら他に余裕などもてんじゃろうし…。」
「?」
「あ、いや、こっちの話じゃ。それでセインの話じゃが、セインでは今急激な人口流失が起きておる。確か、既に人口は五万人を下回ったそうじゃ。」
「え?!」
「当然じゃな。お主が彼の家系に縁を切って辞職してから、次々とあそこで勤めていた者が文官・武官問わず辞め始めてな。特に優秀な者から抜け始めるものじゃから、セインの政治経済は大荒れしとった。だが、そんな中領主を初めとするクリフタ―家は何をしていたと思う?」
「…何をしていられたのでしょうか?」
「変わらんかったよ。」
「?」
「変わらなかったのじゃ。買いたい物を買い、食べたい物を食べ、寝たい時に寝ておった。むしろ、お主という歯止めがなくなってからより一層欲に身を任せた暴挙を行うようになった。金が足りなければ所構わず勝手に予算から引き落とし、それでも足りなければ税率を跳ね上げ、それでも足りなければ民から徴税を行い、内政の混乱を進んで引き起こした。」
「…それでどうなさるのですか…。」
「もう、対処済みじゃ。隆盛しておった都市の発展を妨げるどころか衰退まで引き起こし、多くの難民を生み出させた罪は大きい。貴族には自治権を持たせているが、国に少なからぬ影響を与える場合王家の干渉があることは知っておるじゃろう。ワシは今回それを行った。半月前使者と黒龍騎士団全軍を送り、彼の者たちの身柄を拘束したのち、代理の者をセインに派遣させた。直に混乱も収まるじゃろうて。」
「そ、そうですか。」
「ところで、お主をここへ呼んだのは上級官吏の件もあるが、もう一つある。」
「そうなのですか。もしや、…」
「父上、只今参りました。ミランダです。」
「入って参れ。」
「大変遅くなり申し訳ありません。罪人共を連れてくるのに少々手間取りまして。」
「ミ、ミランダ様!そ、それに…。」
ミランダ様がおいでになるとは思いもよらなかった。ミランダ様はこの王国の第一王女で在らせられる。数年前まで私を気にかけてお声をかけていただき友好を深めたお方であり、その御姿は麗しく華やかでありながら、智に富み武に長けるというやんごとなきお方だ。
…随分と丁寧で古語的な言い回しになってしまったが、それも俺が彼女を大変尊敬しているからだと思ってほしい。
弟や妹と比べあまりにも才能の落差があることに目を付けられ、事あるごとに馬鹿にされる俺を見かねて率先して声をかけてくれたのが彼女だ。学園生活を楽しく送れたのは偏に彼女のおかげと思っている。正直言って王様よりも崇拝している。
ミランダ様がここに来たことも随分と気になったが、何より驚いたのがミランダ様が連れてきた罪人というのが他ならぬクリフタ―家、俺の元父たちだった。王様は一体何をするつもりなんだ…。
「ご機嫌如何かしら。数年ぶりね、アルベルト。」
「お、お久しゅうございます。ミランダ様。」
何故かそう挨拶を返したらミランダ様は眉を顰め、眼を細めた。何か気に障るようなことでも言っただろうか?
ミランダ様はいつの間にか私の前に立つと胸倉掴んで私を引き寄せた。
俺はその時ミランダ様から目を離せず、鼻腔を擽る甘い匂いを嗅いで胸が高鳴った。
こんな事考えているのがばれたら不敬罪で首が刎ねられそうだが、そう思ってしまうほど彼女からはとても甘く妖艶な感じがして頭の中は真っ白だった。
「気に食わないわ。折角、学園で『ミランダさん』と呼ぶくらいには慣れ親しんでくれたというのに、数年間離れていただけでまた余所余所しくなったわ。昔のように、いえ、今なら『ミランダ』と呼んでくれてもいいのよ。」
「お、お、畏れ多くもそのように呼ぶことはできません。それに様付けでお呼びするのは何よりもあなた様は今王族であり、私はただの平民であるからです。お戯れが過ぎます。」
ミランダ様は私の目をずっと凝視していて、目を離そうにも顔の両頬を手でしっかり押さえられては俺も彼女の目に釘づけになるしかない。これは知っている。ミランダ様が思い通りにならないとやりだす我儘の表現だ。しかし、俺も時と場所、状況を弁えなければならないので、それに屈することなく沈黙を貫く。そうして、少しの間を経て王様から咳払いの音がしてミランダ様は離れてくれた。大変心臓に悪い。
「ゴホン、ひとまず再会の喜びはおいておき、まずはこやつらをどうするかじゃが…。」
「そこにいるのはアルベルトか!」
「え?本当だわ!アルベルト!!」
「に、兄さん!アルベルト兄さん!!」
「お兄さま!!アルベルトお兄さま!!」
「頼む!私たちが悪かったからやり直そう!私たちが馬鹿だったのだ。今までの非は詫びる。だから、私たちを…ヒッ!!」
俺だとわかった途端、口々に何か話し始めたクラフタ―家の一家だがそれを遮ったのはミランダ様の剣だった。
「この期に及んで、謝罪と復縁などおそいわ。あなたたちの罪を無関係だったアルベルトまで着せるつもり?」
「そ、そんなことは…。」
「いいかしら?あなたたちが彼に行った今までの仕打ちは度を越して彼を離縁という選択肢を選ばせるほどのものとなった。牢に入って些か頭を冷やしたようだけど、今更謝罪された所で彼はどうしようもないの。まして、復縁を申しこもうなんて図々しいにも程があるわ。言わせてもらうとあなたたちが彼によって許された所であなたたちの犯した罪は消えないし、そもそも、彼が許し神もあなたたちを許しても彼と親しいこの『私』が許しはしないわ。」
その言葉を聞いて項垂れるクリフタ―家一同。しかし、さっきから矢鱈とミランダ様は俺との関係を強く強調している気がする。気のせいだろうか?
「ミランダよ。少しは落ち着け。友を蔑ろに…親しきものを蔑ろにされ怒りに駆られるのはわからなくもないが、こやつらに裁きを下すのはワシじゃ。」
「…すみませんでした、父上。私もその点に関して不満はございません。」
王様が友と言った途端にミランダ様が睨みつけたのは気のせいと思いたいし、王様もそれに負けて言い直したわけでないと信じたい。
「う、うむ。では、クラフタ―伯爵家当主ロルト並びにその妻マリージュ、息子のゴメス、娘のセリアに裁定を言い渡す。お主らは皆国家専属の奴隷にする。絶対命令は主に二つ。ワシの命令しか聞かぬこと。逃亡、自殺、反逆等は許されぬこと。解放条件は今回の件で産出された不利益分を借金と見立てその返済を完了して素行の改善と反省が見られた時とする。借金額は今計算途中であるからして、追って連絡する。連れていけ。」
いつの間に衛兵たちが背後に立っており、彼らをきつく拘束して部屋から連れ出した。
「ところで、本題である私の官吏の件はどうなるのでしょう?推薦者の方も来ていられないようですし。」
「おお、忘れるとこじゃった。まずは推薦者じゃがもう来ておる。」
「え?」
部屋に来たのは元父たちを連れ来たミランダ様だけ。…そういえば、何故ミランダ様は退出なさらないのだろうか?
「気づいておらぬのか。お主の横にいるミランダこそお主を推薦した人物じゃ。」
「な!?」
「フフ、その様子だと大層驚いたようね。当然でしょう。これほど優秀な人材を放って他に何を得ればいいのかしら。」
「ミランダ様、お言葉を返すようですが、私はそこまで評価されるほどの人材ではございません。それこそ過大評価でございます。」
「そんなことないわ。只の田舎町セインを王国第二の都市にまで発展させたその腕前は伊達ではないことぐらい調べれば調べるほど確信を持たせるわ。あなたには是非とも私の配下に…、おっと口が滑りましたわ。フフ、それにあなたには他になってもらいたいものがあるから楽しみにしておくのね。」
最後に茶目っ気たっぷりに耳元で囁くミランダ様に俺は胸の鼓動が大きくなる。でも、彼女は随分と色気を振りまくが目を見ていると捕食される幻覚が脳裏を過ぎるのは何故だろうか?
「ウォフォン!!さて、アルベルトよ。お主には上級官吏に任命後すぐさま仕事に就いてもらうことになる。支度等あるじゃろうから先に内容だけ教えよう。お主の仕事はセインの復興じゃ。」
「え?!」
「今は代理人を送っておるが奴も現状を食い止めるのがやっとのようでな。セインという都市に詳しくその地での繋がりが強い人物で内政能力が高い者に該当するのはお主しかおらぬ。セインは管理する貴族家がおらぬので近々王家直轄領にする予定じゃからお主には太守として赴いてもらうことになるのう。」
「え?え!」
「そうそう、後でお主に会わせたい者たちがおるから案内させる。なんでもお主の部下と言っておってな。皆王城に押し寄せてお主に関する嘆願書を送ってきたときには、ワシはもうお主がここに来る前からどんな人物か楽しみでしょうがなかったのじゃよ。」
「それはもしや…」
「ただ!…覚えておくのじゃ。お主のことは大層気に入ったが、決して、決して!」
「け、決して?」
「娘は決してお主にはやらん!!」
「はい?」
「お父様…、そのお話で少々聞きたいことができました。後で二人きりで話しあいましょうか?」
「「ヒッ!」」
何故かあの言葉に強く反応したのはミランダ様だった。凄く怖かった。どす黒いオーラを纏っていた気がする。綺麗な笑顔なのに見ていると寒気しかしない。王様に至っては冷や汗が滝のように流れている。
「それでは後で部下たちに案内させるから私は父上と先に退出するわ。絶対に逃がさないから覚悟してちょうだい。…衛兵、こいつを運べ!」
「ハッ!ただい…ま…、ミランダ様!つかぬ事をお伺いいたしますが、もしや運ぶのは王ではありませんよね。」
「フフ、私が指差しているのが見えないのかしら。」
「い、いえ、そのですね。いくらミランダ様のご命令であってもこればかりは……。い、い、い、いえ、有り難く運ばせていただきます。王様、大変失礼ながら御身を運ばせていただきます。わたくしの背中に…。」
「そんなやつ、引きずって行きなさい。」
「ミランダ様、ご勘弁してください。そんな畏れ多いこと私にはとてもとても…」
衛兵さん、頑張ってください。
殿上人の我儘と存在に板挟みになる衛兵に同情の眼差しを送っていたらいつの間にか横に黒龍騎士団の方が立っていた。
「御迎えに上がりました。アルベルト様でよろしいでしょうか。」
「はい。アルベルトです。」
「わかりました。では、ご案内させていただきます。」
天下の黒龍騎士団の方に送って頂けるとは恐縮の極みです。
「ところで、ミランダ様に何かあれば我々黒龍騎士団一同、命をも投げ出す所存でありまして。」
「は、はい。」
何だろうか?
「もし、ミランダ様を悲しませることをすれば、我々が黙っていないことを努々忘れずに肝に銘じておいてください。」
ヒッ!こえぇーよ!何なの?さっきから!俺とミランダ様はただの主従関係だよ!交友関係もあるけど、それならもっと別の人がいるだろう!
もう、やだ。これなら冒険者になって人知れず死んだ方がなんかましかもしれない。
その後、黒龍騎士団の方の案内で連れられた部屋にいたのはリリスやカノン、ダンガンといった俺が信頼を置いていた元部下たちだった。会った途端に皆泣きながら、ポカポカ殴るわガッシリ抱きしめるわぎゅーと頬を引っ張るわで大騒ぎとなった。その場には彼ら三人しかいなかったが、彼らの他に俺を慕って王都まで遥々来てくれた奴が二百人近くいるらしい。皆の忠誠心に少し泣きそうになったのは内緒だ。彼らにセインをもう一度治めることを話すと皆口々に仕官を申し出てくれた。涙腺がもう限界だったのは言うまでもない。
こうして、俺はその二百人とともにセインへ赴くことになった。だが、俺はまだ知らない。ミランダ様にこの後求婚され、天下統一のために夫として或いは宰相として彼女を支えることになるとは。
のちの歴史学者は言う。
現在に至るまでで最も名君の名にふさわしいのはミランダ女王だと。彼女は武勇に優れ智謀に長け何より人を動かすのが上手かった。そんな彼女は多くの逸材に恵まれ、彼らに畏怖と尊敬を込めて周辺国及び後世でも彼らを彼女の体や着物に例えた。
彼女に知恵を授け数々の戦いの戦略を打ち立てた「頭脳」のリリス
彼女の道を塞ぐもの全てを己の剣と知恵で切り拓いた「右腕」のゴメス
彼女に歯向かう者全てに容赦なき業火を見舞った「左腕」のマリージュ
彼女の切り札ともいうべき王国随一の猛者である「懐刀」のロルト
幾度となく危機に瀕した彼女を身一つで守り抜いた「甲冑」のカノン
侵略国に一歩たりとも自国へ侵入させなかった「大盾」のダンガン
自国の民を持ち前の回復魔法で慰撫し民意を保たせた「錫杖」のセリア
そして、自分の全てを公私ともに彼女のために捧げた「足腰」のアルベルト
主に挙げるならば彼ら八人が出てくるわけだが、彼らに関わる様々な戦いや逸話は様々あり、歴史学者の中でも誰が優れていたかなどの論争は未だに続いている。しかし、ミランダ女王に最も貢献した人物と問えば皆口を揃えてアルベルトの名を挙げる。
女王の絶体絶命の危機の際に体を張って女王の命を守り抜いたカノンや大規模の魔法を操り敵軍を崩壊させるマリージュ、一騎当千を身で表したロルトに寡兵で大軍を打ち破ったゴメスは物語で絶大の人気を誇り、教会からは聖人とまで崇められるセリアや敗戦の際殿を務め、敵を食い止めるどころか追い討ちに来た敵将の首を討ち取ったダンガン、いまや軍略の基礎にもなっている兵法書を残し、数々の策略を歴史に刻んだリリスに比べアルベルトが行ったことは格段に見劣りする。
だが、歴史学者が皆言うにはミランダ女王のそばに彼がいなければ王国を維持することすら叶わなかったと。彼が王国で宰相を務めている間、遠征軍はいかなる時、いかなる場所に赴こうが飢えたことはなく、王国も国内で大きな騒乱や紛争が発生することはなかった。今でも各国で施行される内政の礎を築いたのも彼であり、現在の農林水産の形も彼が築き上げた物である、彼が存在しなければ王国は疎か大陸の発展はここまで大きくならなかった。歴史学者たちはそう語る。
歴史学者からすれば一番に大きく歴史に名を刻んだのは間違いなくミランダ女王の足腰となり王国を影から支えた「アルベルト」に他ならない。