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第17章 帰宅と登校9

 慎と雄介は家を出て外を歩いていた。

 もう11月で外はすっかり冬になり、冷え込む日々が続く。


「去年のクリスマスはな……俺と雄介と凛とお前の姉さんとで、ゲーム大会して過ごしたんだよ……」


「そ、そうなんだ……」


「そしたら、さっきほどじゃないけど、凛とお前の姉さんがバトって大変だった」


「な、何となくわかるよ…」


 過去の思い出を楽し気に話す慎に、雄介はその場面を思い浮かべて苦笑いをする。


「俺はその時、こんな楽しい毎日がずっと続くものだと思ってた……」


 慎は楽し気な表情から一変し、真剣な表情で雄介と向き合い、雄介に言う。


「これから話す事は、お前が記憶を失った出来事のすべてだ。俺は所詮は状況を見ていた第三者だ、詳しくは答えられないかもしれないが、俺の知っている事は全部話してやるよ」


「う、うん……」


 雄介はそう語る慎が少し怖かった。

 一体何があったのか、聞くのが少し怖かった。しかし、雄介の中の知りたいという欲求が勝ってしまい、雄介は慎の話を聞くことにした。


「あの日、俺たちの学校は文化祭だった……」


 慎は文化祭の出来事を話し出す。

 自分が知る限りのすべてを雄介に伝える。

 それと同時に、慎は雄介に当時の自分の気持ちもぶつける。

 雄介は表情を変えながら、慎の話を聞いていた。


「……それで、お前は滝沢って女と相打ちになって倒れた」


「……そう、なんだ…」


 雄介はいまいち慎の話に実感を持てなかった。

 自分にそんな力があって、その滝沢と言う女が家族の敵で、皆を守って傷だらけになるまで戦って、そして最後は相打ちになって倒れたなんて……。


「驚いたか?」


「少しね……でも、なんだかその話を知っているような気もするんだ…」


 雄介は初めて聞いた話にも関わらず、なぜかその場面を知っている気がした。

 血まみれので肌が変色した自分が、誰かを守るために必死になっている。

 知らないはずなのに、なぜか目を閉じるとその風景が簡単に浮かんでくる。


「俺は…正直その時、お前を一発ぶん殴ってやりたかったよ……」


「え……」


「当たり前だろ? 親友の俺にも何も言わないで、一人で抱え込んで、結局は死のうとまでしやがった。一発ぶん殴って、文句の一つも言ってやりたかったよ……」


 慎は笑いながら雄介のに向かって言う。

 記憶の無い今の雄介になら、慎の気持ちが良く分かった。

 しかし、雄介はそのことを口には出さない。それを口に出す資格が自分にはないと思ったからだ。


「お前は自分で自分の事を化け物だ、なんて言ってたけど、俺はそうは思わない……」


「どうして?」


「じゃあ逆に聞くけど、今まで食べてた牛肉をこれからこれは豆腐だ! なんて言われてもピンとこないだろ?」


「うん、全く」


「それと一緒だよ。俺にとって雄介は、親友以外の何者でもない、どんな体でも、どんな過去を持っていても……」


 慎の言葉に、雄介は自分が良い友人を持っているんだと思った。

 今の雄介に慎との思い出や記憶は一切無い、しかし雄介は慎の言うことが不思議と信頼出来た。


「もう一つ聞きたい事があるんだけど、良い?」


「あぁ、なんでも聞けよ」


 雄介は慎にだから聞きたい事があった。

 信頼のおける相手だから、正真正銘の親友だから、この事を雄介は聞きたかった。


「もし……俺の記憶が戻らなくても……友達でいてくれるのかい?」


 言われた慎は、若干驚きはしたもののすぐさま答えを出す。


「当たり前だ、たとえお前の記憶が一生戻らなくても、俺はお前の親友だ」


 その答えに雄介はホッとした。

 そして慎は言葉を続ける。


「きっと、あいつらだってそうさ……」


「え?」


「お前を取り合ってる4人、いや5人か……」


 なぜ一人増やしたのか、雄介は気になったが、雄介が聞く前に、慎が話始めてしまった。


「お前はさ、もう十分頑張ったんだよ……だから、いまくらいは休め」


「う、うん……でも、記憶が無いから、休めと言われても……」


「なら試しに誰かと付き合ってみたらどうだ?」


「はぁ?!」


 慎はいつもの調子で雄介をからかい始める。

 言われた雄介は顔を真っ赤にして慎に言う。


「で、でも…あの人たちが好きなのは、記憶を無くす前の俺で…」


「お前に変わりはねぇだろ?」


「そ、そうだけど……俺はまだ彼女たちの事を知らないし……」


「じゃあ、まずは知るところから始めろ。好意を持ってくれてるんだ、少しは考えてやれよ」


 慎は笑顔で言う。

 雄介は慎の言う通りだと思った。しかし、記憶が無い雄介にとって、あの4人とどのように接して良いのか分からなかった。


「前の俺は、あの4人とどう接していたんだ?」


「ん? そうだな……たいがいは相手にしてなかったな……」


 まったくあてにならない回答に、雄介は肩を落としてため息を付く。

 そんな雄介に慎は笑いながらアドバイスをする。


「まぁ、もっと良い方向に考えろよ。全員の事を知らないって事は、逆を言えば平等に選べるって事だ。スタートラインは皆同じだからな」


「楽しんでるだろ?」


「まぁな!」


 雄介にアドバイスをする慎の顔はいつも以上にニヤニヤしていた。

 雄介はそんな慎を見ながら、過去の自分の人を見る目を疑いそうになる。


「ま、なんか困ったら俺に言え、相談に乗ってやるよ」


 そう言って肩を叩く慎は、からかっている様子は欠片も無く、本心でそう言っている事が、雄介に伝わってきた。

 雄介は口元を緩め、慎に応える。


「ありがとう、慎」


「おうよ!」


 二人はそのまま今村家に戻って行く。

 記憶を無くした理由を知った雄介だったが、記憶が戻る事は無い、しかし自分を知ることが出来、そして親友についても知ることが出来た。

 雄介はたとえ記憶が戻らなくても、親友でいてくれるという慎の言葉がうれしかった。

 先を行く慎の背中を見ながら、雄介は過去の自分に語りかけるように思う。


(過去の俺、もう戻って来ても良いだろ? 慎に……皆のところに戻るのは、やっぱり過去の俺なんだよ…)


「お~い、置いてくぞ?」


「あぁ、今行くよ」


 雄介は今日、倒れた時に見た自分の影が、おそらく過去の自分であろうと思っていた。

 みんなの様子を見て、慎の話を聞いて、雄介は思う。

 皆が待っているのは、過去の自分なんだという事に……。


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