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第20章 ただいま

 夕飯を食べ終え、雄介は部屋に戻り、ベッドで横になっていた。

 退院してからというもの、里奈のスキンシップが激しさを増し、家の中では常に里奈に注意しながら生活をしていた。


「はぁ……疲れたな……」


 学校に行き、バッティングセンターで運動をし、雄介は体力的にかなり疲れていた。


「色々あったな……」


 今日一日の事を振り返りながら、雄介は目を瞑ってベッドに横になる雄介。

 横になったことで、眠気が雄介を襲い、そのまま雄介は眠ってしまった。

 

「………」


 雄介はまた、あの真っ暗な空間にいた。

 今回で二回目となる現象に、雄介は夢であることを直ぐに理解できた。


「またここか……」


 どこまでも真っ暗な空間。

 音も匂いもない、ただ真っ暗な空間。

 そんな空間にも関わらず、不思議と恐怖心や不安を感じない。


「いるんだよね……僕」


「あぁ、まだ居るよ」


 真っ暗な空間の向こう側から、雄介とうり二つの影が姿を現し、雄介に語りかける。

 前回は何者なのか、雄介は分からなかったが、今回はその正体がわかっていた。


「君は、僕の記憶……そうでしょ?」


「……あぁ、そうだよ。お前の忌々しい記憶の塊……それが俺だ」


 影はさみし気に話し出す。

 雄介は影と向かい会う形になり話し始めた。


「君がここから出ないと、僕の記憶は戻らない……そうでしょ?」


「……流石に自分の事だと理解が早いな……そうだ」


「じゃあ、なんで君はここから出ないの? みんな君を待ってる」


「………待たれても困るんだよ」


「どうして! みんな僕の……君と僕の為に一生懸命だ! みんな君を待ってる! 早く戻って……」


「お前にはわからないのか?」


「え……」


 影は雄介の言葉を遮った。

 淡々とした静かな声で、影は雄介の声に答え始める。


「俺が戻れば、お前はまたあの忌々しい体質に戻るんだぞ?」


「拒絶反応……」


「あぁ、女性に触れられただけで気絶し、体調を崩す。そのせいで今までどれだけ苦労したか……」


「……」


「今はどうだ? 苦労なんてないだろ? 女性に触られても周囲に迷惑をかけない。いたって普通の生活が送れる。少しの間は事件の事を言われるかもしれないが、そのうち収まる。それなら……」


「それなら……何?」


 影は雄介に背を向け、嬉々とした声で雄介に言う。


「俺が消えて、お前は新しい今村雄介として生きろ。そうすればあんな馬鹿な考えは二度と起こさない、しかもあの女はもう牢の中。第二の人生を始めれる」


「………」


「お前は、普通に生きろ。俺みたいな記憶は思い出すだけ損だ」


「………」


 影の言葉に、雄介は何も答えない。

 雄介は考えていた、本当にそれでいいのか、本当に思い出さない方が良いのか……。

 考えたってわからない、今の雄介は過去を知らないから、だから雄介は影に尋ねる。


「今日一日で何回も胸が痛くなるのを感じた……」


「……それが?」


「誰かに優しくされたり、誰かに気を使われると、胸が痛くなったよ……それって、君がどこかで罪悪感を感じて心を痛めていたんじゃないのかい?」


「………」


「本当は気が付いてるんだろ? みんな君に……本当の僕に戻ってきてほしいと思っている。でも、君は消えると言った。最後の最後まで、みんなを悲しませる自分が許せなくて、罪悪感に駆られて、心を痛めていたんじゃ……」


「うるさい!!」


 影は大声をあげて雄介の声をかき消す。

 肩を振るわせ、荒くなった呼吸を整えつつ、影は雄介の方を向く。

 その眼には涙が浮かんでいた。


「俺は戻れない! なんでか知らないが、俺の周りには良い奴が多すぎた!! そんな奴らを巻き込んで……俺は……俺は……」


「それは君が逃げてるだけだ! あの人たちの優しさから! あの人たちの善意から!」


「あぁそうだよ!! 俺は皆の為、あいつらの為と思いながら、あの女を殺して、自分も死のうとした! あいつらにこれ以上迷惑をかけたくなくて………でも結果はどうだ? 俺のせいで大勢が恐怖を感じ、危険な目にあった!」


「………」


 声を荒げて興奮しながら言葉を発する影を雄介はただただ見つめて、話を聞いていた。


「俺はもう……誰も……失いたくない……だから……」


「自分が消えるのかい」


「……あぁ、そうだよ」


 聞いていた雄介は拳を握って影の元にズカズカと寄っていき、影の胸倉をつかんで頬を殴った。


「甘えるなよ!! 君は責任を取らなきゃいけないだろ! みんなを巻き込んだ責任を! みんなを危険な目に合わせた責任を!! それを君は自分が消えることで果たそうとしている、でもそれは責任を取ったことにはならない!」


「黙れ! 俺が戻ったって、また迷惑をかける! こんな訳の分からな体質なんだぞ!」


「みんな君の帰りを待ってる! 心の底で! 君を待ってる! 今の僕じゃない、君を待ってる! 戻って安心させなきゃ行けない義務がある!」


「戻ったところでどうなる?! きっと俺はあいつら何もできない! 何もしてやれない! だったらお前が新しい俺になって、あいつらと平和に生きろ! その方があいつらも! 優子も! 誰も悲しまない!」


 互いに胸倉をつかみ、相手の顔を殴ったり、腹部を蹴ったり。

 自分の無力さをぶつけるように、雄介と影は互いを攻撃し続ける。


「違う…待ってるのは僕じゃない……君なんだよ! 君が帰らなきゃ意味がないんだよ!!」


「ぐはっ!! 俺が返ってもまたあいつらを傷つけるだけだ!」


「うっ……じゃあ、傷つけない努力をしろ!!」


「がっ……」


 互いに殴り合い、とうとう体力に限界が訪れ、二人は倒れ込む。

 垂れた二人は呼吸を整え、そのまま仰向けに倒れる。


「俺だって戻りたい……」


「………」


「でも、あいつらにどんな顔で会ったら良いか……わからないんだ……」


「そんなの気にしなくて大丈夫だよ……」


「だからだよ……あいつらの優しさが、俺は辛い……」


 雄介は立ち上がり、うずくまる影の肩に手を置き優しく語りかける。


「なら、君も優しくなればいい……やってしまった事を悔いる前に、そのあとどうするかだよ……」


「お、お前……」


 雄介の体が次第に薄くなっていく。

 それと比例して、影の方は次第に濃くなり、実体を持ち始める。


「僕の役目は、きっとここで終わりだよ。あとは君が彼らと向き合うんだ……」


「待ってくれ! 俺はどうすれば!!」


「そんなの簡単さ、まずはいつ通りに彼らにこう言うんだよ。ただいまって……」


 実体であったはずの雄介が光になり、真っ暗だった空間は明るい草原になる。

 残された影だった雄介は、実体になり草原でたたずむ。


「……ただいま……か……」


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