幼馴染みの複雑な心境
「芹沢、こないだの数学Ⅰのノート見せて」
「あ、うん。はい、これどーぞ」
「おう、どーもな」
彼は私からノートを受け取ると自分の席に戻っていった。
「真美、河野とあんな感じだったっけ?」
私の隣にいる小学校からの友人、美咲は首をかしげて不思議そうな表情で私に話しかけてきた。
「いや、最近あんな感じなんだよね…。避けられてんのかな?」
そう。最近、幼馴染みである河野宏樹の接し方が不自然なのだ。今までは「真美」と呼んでいたが、いきなり高校に入学してから「芹沢」と呼んでくるのだ。それに加えて私に対する態度も腹が立つ。今まで普通にしていたことが出来なくなってくるし、よく遊びに行っていた宏樹の部屋にもあげてもらえなくなった。
私はそんな幼馴染みの素っ気ない態度が気に入らなかった。
「それはないでしょ。だって中学まではあんなに仲良しだったじゃない。ホント付きあってんのかなってみんな言ってたぐらいだし」
「だよねー…。避けるとか、宏樹に限ってそれはないか…」
「そうよ。まぁ、そんなに気になるなら本人に直接聞けばいいじゃない」
「うーん…。そうなんだけどさぁ…」
「もう…」
ゆらゆら揺れるカーテンの動きに伴って、蝉の声が耳に刺さった。
赤みがかかった夕日がじりじりと照りつける中、私は下駄箱のところで宏樹が委員会が終わるのを待っていた。
「宏樹!」
宏樹は私を目で捉えると、ぎょっとしたようにしてすぐに目をそらしてしまった。
「どうした、芹沢」
「どうしたもこうしたも、何で最近私のこと"芹沢"って呼ぶの?すごく気持ち悪いんだけど」
「それは…」
宏樹は口に出そうとした理由を飲み込んでしまった。
「ちゃんと言ってくれなきゃわかんない」
私は食い下がった。
「それはさ、察してくんない?俺だって色々あるんだよ」
「なにそれ、意味深」
私は真剣そうに考える宏樹の顔を下からのぞき込んだ。 相変わらず綺麗な顔立ちしてるなぁ…。私は感心してしまっていた。
そう、宏樹はいわゆるイケメンであり、中学の頃は3年間で学年の半分の女子に告白されていたほどだった。でもそれは全部丁重にお断りしていたらしいが。
長いまつげに大きな瞳、すうっと通った鼻すじに泣きぼくろ、とにかく整った顔立ちをしていた。
その横顔に不覚にも心臓が波打った。
ドキン…。
いつしか私の中での宏樹は毎日一緒にいるのに何故か近くて遠い存在になっていた。そんな私の心模様を読んだのかと言うほど宏樹は鋭かった。
「お前さ、俺のことどう思ってる?」
いきなりの話の展開に頭がついていけてていなかった。突然こいつは何を言っているのか。私の頭の中は疑問符で埋め尽くされた。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「ただの幼馴染みならこんなに近くて遠い存在にはならないかなって…」
「それ、私もそう思ってた」
「マジ?でも俺さ、やっぱりお前のこと名前ではもう呼べないと思う」
「なんで?」
またしても宏樹は自己完結してしまい、完全に向こうのペースにもっていかれる。
「気づいちゃったから」
今度は目を合わせて言った。
「俺、真美のこと好きだよ。他の男にとられたくないって思う。でも真美は多分ただの幼馴染みとしか思ってないと思ったし、他の奴らに差付けるためとかで下の名前で呼ぶのは少し卑怯かと思ったんだ。だからごめんな。俺の勝手なわがままで真美に嫌な思いさせた。ごめん」
昔から宏樹は照れる時には左手の甲で鼻と口を抑えるのだ。
「そう言う癖、今でも変わらないんだね。ありがとう。私はまだ恋とか分からないけど、多分これが恋なんだと思う。宏樹が今まで通り接してくれなくなって私、寂しかった。宏樹が遠くに行ってしまうように感じた。中学の時から宏樹はすっごくモテるし、でもその割には誰とも付き合ったりしてなかったよね、なんでなの?」
私は中学時代からの疑問を投げかけた。すると宏樹はまたしても左手の甲で鼻と口を隠した。
「それは…。その時から真美のこと大切に思ってたって事だよ……」
体内からぐわっとこみ上げてくるものが確かにあった。
「私も」
そう言うと宏樹は驚いたように目を見開いた。
「だって、お前、そんなそぶり一度もなかったじゃんかよ。俺、結構へこんでたんだぜ?こんなに近くにいるから男として見られてないんだって」
「でも好きとか、そういう感情じゃなくて、ただ単純に宏樹のことはずっと前から大事だった思ってたもん。宏樹は違うの?」
すると彼は顔を赤くしたまま、ぼそぼそと話し始めた。
「そ、そーゆーわけじゃないけど、ずっと一緒にいるから、当たり前になったことが多すぎるからいったん離れてみたらなんか見えてくるんじゃないかって思っただけ。それでもやっぱり真美が俺の中では一番大切だってことを自覚させられたし、もう我慢できない。だから俺と付き合ってくれないか?」
私の心の中で確実に何かが芽生えた気がした。
恋をすると女の子は変わると聞いていたが、どうやら本当らしい。
「ありがとう。うれしい」
「そか。じゃあ改めて、これからもよろしく」
「うん…」
宏樹に目をやると、真っ赤な耳が視界に入った。
「でもさ、お互いの気持ち知ったからって、もうちょいしないと俺の部屋にはあげないからな」
その日の帰り道、今までぎくしゃくしていたのが嘘だったかのように隣に立つ宏樹が言った。
「え、なんで?こないだまでは普通に入ってたのに?」
「ばか…。本当にお前ってデリカシーないよな…。それなのになんであんなに友達多いわけ?」
「なにそれ!嫌味にもほどがあるよ!!」
「うっさい。ってことだから今日からはちゃんとしよ。曖昧な関係じゃないんだから…」
「なんでそんなにリンゴみたいに顔が赤いのさ」
私は笑いをこらえきれず、吹き出してしまった。
「うっさい、ばか真美」
「そっくりそのまま返しますぅ!ばか宏樹!」
「やっぱ、こういう距離が一番俺らにはあってるよな」
「そうだね」
これからの将来、お互いにどうなるかはわからない、16歳の夏のことであったのである。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
高校に入ってから初めての作品になります。
まだまだ拙い文章しか書けない私ではありますが、どうか今後ともよろしくお願いいたします。
2015.6.26 高橋夏生