【キャタピラー】
意外に楽しくなってきました。
【スライム】の階層――第一階層とする――で目を覚ました俺は状況を飲み込み、力とこの世界について知るために探索を開始した。
そして、男性の骸を見つけ、前世では男の夢である剣と魔法と気を使うことが出来るようになった。
まだ扱えるというレベルではないので使えるだ。
俺はある程度強くなったというところで洞窟内の探索を開始した。
そこでは多くの【スライム】共が待ち受けており、俺はバッサバッサと……いえ、罠に引っかかるも切り抜け、第二層へ降りる階段を見つけた。
第二階層。
俺は第二階層へ向かう階段を慎重に一段ずつおりながら、向かって行く。
一段が高いため飛んで降りるような格好になっているが、作りは丈夫で滑りにくい素材、幅も広いのでこけて怪我をすることはない。
二十段ほど降りると第一階層と同じ洞窟に出た。
だが、第一階層よりも空気が淀み、【スライム】よりも強い敵がいるというのが感じられる。
これは俺が強くなったから感じられるのだろうか。
俺は最後の段を飛び下りるとまずは剣を構えて左右前後上下を確認する。
そして、剣を構えながら抜き足差し足で進んでいく。
この通路はまず曲がっている。
カクッとではなく緩やかに曲がっているのだ。
まあ、通路の方が戦いやすいので文句はないが。
相変わらず変わらない景色に慣れ、この空気を醸し出している魔物にドキドキとした恐怖と不安をぶつけてやろうと考えていた。
緩やかに曲がる道を進んでいくと一階層で見た大部屋よりも大きな部屋が見えてきた。
その部屋は部屋というよりも庭、という方が正しそうで、薄暗い洞窟の中に自然物が生えているのが分かった。
一番近くに見えるのは俺の頭ぐらいまでの高さの茂みだ。
茂みの周りはちょろちょろっと草が生え、その他はここと同じ地面のようだ。
だが、その茂みは範囲が狭いようで俺が二人ほど隠れられるぐらいの大きさしかない。
そういった茂みがいくつもあり、俺からすると何かが隠れているような気がしてならない。
前のように入った瞬間に閉じ込められたり、一斉に襲いかかってこないよな?
俺は剣を構えながら冷たい汗を額から流し、顎まで到達する前に左手で拭った。
俺は念のために手頃な石を取り、部屋の中に入る前に近くの茂みに投げ入れた。
『ギョア!?』
すると茂みからイガイガする声が聞こえてきた。
その声に誘われたのか茂みの陰から続々と姿を現した。
どうやら俺が思っていた通り待ち伏せしていたようようだ。
敵の身体は六十センチほどの芋虫で、体の色は緑色、段々になった体がくねくねと動くのは気持ち悪い。
俺は蝶とか綺麗な虫ならいいのだが、こういうような気持ちの悪い虫は無理だ。
俺が顔を青褪めさせていると芋虫――【キャタピラー】と仮定――は俺のことを見つけたのかこちらに向かって近づいてきた。
魔物の名前が仮定なのはあのカードはアイテム専用の鑑定機能のようで、魔物に使っても効果はなかった。
恐らく使って注意が散漫になるのを防ぐためだろう。
『ギャアァ』
「……」
俺は恐怖に言葉が出ない。
恐らく、無表情になっているだろう。
俺は喜びなら表に出すことが多いが、恐怖や驚愕等は表に出さず、心の中で悲鳴を上げて表面上は何でもないようにするのだ。
もう癖になっているので治せない。
俺はこういう時だからこそ慌てず、冷静になり、一体ずつ動きを見て対処する。
まずはどのくらいの強さと凶暴さを持っているのか確かめるために手頃な石ころを拾って投げつける。
俺が投げた石ころは真っ直ぐ進み、一番近くにいた【キャタピラー】の顔面に直撃した。
そして、俺はそのまま何事もなくこちらに向かって来るのかと思えば、それは全くの間違いだった。
『ギシャアアアアアアァ』
と、大きな咆哮を上げ、石を投げた俺に向かって猛スピードで突っ込んできた。
猛スピードといっても芋虫なので遅いが、【スライム】の数倍は早い!
そして近づいてくるにつれてその全貌が分かり、【キャタピラー】の体には黄色い斑点があり、その中心に黒紫色になっている。それが毒々しく動き、くすんだクリーム色の身体からは小さくうにょうにょと動く足が気持ち悪く生えていた。
口はオレンジ色の嘴のようなものが付いており、その中には白いギザギザの歯と俺を獲物だと思ったのか悪臭のする涎が垂れている。
俺はまず一歩下がると生き残るために気持ち悪さを棚に上げ、剣をピタリと構えた。
そのまま向かって来る【キャタピラー】に走り近付くと俺に向かって噛みつこうとする攻撃を持ち前の動体視力で躱し、頭が下がった所を上段に構えた剣を振り下ろした。
『ギョアァ!』
断末魔を上げてのた打ち回る【キャタピラー】はアイテムと化さず、まだ生きていることが分かる。
どうやら魔物は生命力が高く、昆虫系はもっと高いようだ。
その後何度も斬り付けると紫色の血を撒き散らしながらアイテムと化した。
地面に付いた血は消えたが、剣や足に付いた血は付着し消えないようだ。
気持ち悪いと思いながらアイテムに目を向けると落ちていたのは【スライム】と同じくらいの大きさの紫色の石と木の棒に巻かれた小さい糸だった。
どうやらこいつらは糸を落とすようだな。
これは持っておけば服にしてもらえるかもしれん。
さすがにこのボロの服をずっと着たくはない。
若干愛着があるが……。
『ギシャア』
仲間を殺されたからか、今度は通路に入って来た二体の【キャタピラー】が狂暴となり、俺のいるところまで這って来た。
俺はまず右にいる【キャタピラー】へ近づくと石ころを投げつけて注意を引き、その間に剣で体を切り裂く。
数度斬り付けると体力がなくなったかのように倒れアイテムと化す。
そういえばカードの項目に体力という表示があったな。
もしかすると大雑把な表示をしてくれているのかもしれん。
俺は早く地上に行って確かめた後、このカードが欲しいなと思うのだった。
そしてアイテムと化したところを確認すると左側にいた【キャタピラー】を見た。
「くっ!?」
その瞬間、【キャタピラー】のオレンジ色の嘴の下側にある穴から俺に向かって白色の糸を吐いてきた。
俺は咄嗟に顔を左手で庇い、全身にかかるのを防ぐと左手の状況に目もくれず隙だらけとなっている【キャタピラー】の側面へ近づき体を切り裂いていく。
すぐにアイテムと化した【キャタピラー】を尻目に左手の状況を確認した。
「うわっ、ネッバネバじゃねえか……」
吐かれた糸はアイテムと化した糸とは違い、粘着性があり、剥がそうとした手にもくっ付くのだ。
俺は兎に角あの芋虫、しかも口から吐かれたと思うと気持ちが悪いので、地面にある石ころや砂を擦り付け少しずつ剥がしていく。
全て剥がれる頃には新手の【キャタピラー】が通路に差し掛かろうとしており、俺は今度は油断しないと決め近づいて行った。
やはり通路に来ると凶暴化し、俺に向かって猛スピードで体をくねらせ近付いてくる。
先ほどのやつを見て学習したのか手前で止まると上体を起こし、糸を吐く準備をしやがった。
だが、こちらもそれが分かれば対処は出来るとばかりに手に持っていた石ころを顔面へ思いっきり投げつけ、吐かれた糸を避けると走り抜きながら横薙ぎに【キャタピラー】の頭を切り離した。
だが、芋虫はこれぐらいでは死なないので振り返り残ってのた打ち回っている身体を切り裂いていく。
手に伝わる感触は何とも言えず、大きく柔らかいウィンナーを切っているようだ。
この例えなら気持ち悪くないが、ウィンナーを芋虫に変えると思うだけで悍ましい!
まだ隣に【キャタピラー】がいるので、気を引き締めると剣を構えて石を投げ注意を引きながら切り裂いていく。
糸は吐かれ地面へ落ちるとスライムが地面へ落ちたかのようにへばりつき、一定の時間がすると消えてなくなる。
どうやら迷宮の不思議のようだな。
それに糸は一回くらったのでわかったが、意外に早く、手や足に付いてしまうと身動きが取りにくくなる。
それに不快感だけでなく二体同時に襲われ捉われてしまった場合、簡単に食われてしまうだろう。
俺が動けたのはこの頑丈で強い体のおかげだ。
改めてこの身体に感謝する。
全ての【キャタピラー】を倒し終わると地面に散らばったアイテムを回収し、空間へ保存する。
同時に嵩張っている【スライムの体液】を二袋食べ、空腹を満たしておく。
「さて、部屋の中に入ってみますか」
俺は近くの出張った石から飛び降りると剣を構えて慎重に部屋の中へ入っていく。
まだ倒し切れていない【キャタピラー】がいるかもしれないからだ。
だが、それは杞憂だったらしくこの部屋にいた【キャタピラー】は全滅していたようだ。
安心に少し気を緩めると剣を下し、茂み等に何かないかとカードで覗き込みながら採取の真似事を開始する。
「何かないかな~」
適当に口遊みながら、繁みの中へ頭を覗き込ませてカードで調べる。
ガサガサと音を立て、意外に硬いのかチクチクと俺の肌をとがった葉が突き刺す。
「…………お、おお? あった!」
茂みには何もなかったがその茂みの足元にちゃんと表示の出るアイテムを発見した。
俺が見つけたのは【薬草】だ。
緑色で形はヨモギのような柔らかそうな草で、大きさは俺の掌十センチほどしかない。
これがしっかりと成長した姿かどうかわからないが、しっかりと【薬草】と出ているので大丈夫だろう。
だが、これ一つでは痛みを和らげる効果しかない様で、しっかりとした手順で調合しないといけないようだ。
そうすると探索中に見つけた……ってあれもカードで調べれられたんじゃあ……。
まあいいや。
兎に角、【薬草】はポーションの材料になる、と。
これは覚えておこう。
俺は他の茂みも調べ、食べかけなのを発見したので【薬草】は【キャタピラー】達の餌だったのだろう。
食われる前に見つけてよかった……。
全て採取し終えた俺はまずここから先に進むのをやめ、新たな敵【キャタピラー】と戦うための作戦を練ることにした。
先ほどは魔法を使わずに倒したが、恐らく虫なので火魔法に弱いだろう。
俺が魔法を撃てる回数は【スライム】にはなったものと同じものが十発ほど。
これが多いのか分からないが、今はこの回数を大切にしなければならない。
まあ、意外に回復時間は短いみたいで筋トレ一〇〇回している間にほぼ回復していた。
【キャタピラー】の弱点はどうでもいいが、あの糸が迷惑だ。
第一階層で掛かった罠のように小部屋に閉じ込められ、【キャタピラー】がたくさん現れると考えると苦戦すると思う。
動き難くなったところを付け込まれ、噛まれ食われていくだろう。
生きながら食われるのは絶対に嫌だ!
では、相手の攻撃を待ってから動くのが一番いいだろう。
動きは鈍く体は柔らかいしな。
後は石ころを有効活用しよう。
俺はそうと決めるともう一度この部屋の中を見渡し、復活していた【キャタピラー】に考えた戦法で戦いを挑んだ。
『ギャシャ』
「ハアッ」
俺はまず顔面へ石ころを思いっきり投げつけ怯ませ、その隙に体の側面を移動して体を滅茶苦茶に切りつける。
次は二体同時にいるところに出くわし、近づいたところで糸を吐かれたのでその糸をしっかりと見極めて躱すと再び糸を吐こうとしていた【キャタピラー】に向かって石ころをぶつけた。
『ギョアァ』
俺に向かって体当たりしてきた【キャタピラー】を剣で突き刺すことで止め、そのまま真下へ斬り伏せ、駆け抜けると同時に横に一閃してアイテム化させた。
もう一体も怒ったのか凶暴化して噛みついてこようとしたのでその顎を蹴り上げ、ぶにょっと変な音がすると地面へ頭から落ち、体をくねらせて起き上がろうとしたところへ近づき動体を真っ二つにした。
幸い首辺りから上を斬り伏せると糸は吐けなくなるようなのでそうしよう。
その後は先へ進んでいき、地面から土や石を掘り起こしながら出てくる【キャタピラー】を何故か観察し、出てきたところを「気持ち悪……」と呟きながら倒した。
奥の通路には所々に茂みがあり、そこから【キャタピラー】が出てくる。
俺は慎重に茂みを警戒しながら石ころを投げ、出てきたところを糸や体当たりを見極めて倒している。
次第にこのような魔物の対処にも慣れ、どうにか【スライム】同様簡単に倒せるようになった。
進んでいくと二手に分かれる通路が現れ、右からは何やら一階層の階段近くで感じた空気が変わる気配がし、とりあえず何も感じない左の通路へ行くことにした。
そちらには下へ降りる階段があり、そこを飛び下りながら降りていくと一辺が五メートルほどの部屋に出た。
中央には宝箱が置いてある。
何もいないことを確認して部屋の中に入ると剣をすぐに構えて何が起きても良いようにした。
だが、それは杞憂で、さっさと宝箱を開け中の物を確認しようとしたが、宝箱には鍵がかかっておりイラついた俺は剣を右上段に構えて左側へ斜めに切り下ろした。
バシッという木の板が壊れる音が聞こえ、罠などが発動することなく中の物を取り出すことに成功した。
「……よし、壊れてないな」
宝箱のアイテムは壊れておらず、俺は殴り中の物を取りだした。
初めから殴っておけばよかったかも……。
中に入っていたものは五〇センチほどの丸い盾だった。
素材は何かの革で、少し殴ってみたが宝箱よりは硬いので安心だ。
裏面にベルトが二か所付いているのでそれを外して左腕に装着した。
これで新しい装備品が増えた。
ここにはもう用はないと切り上げると第二階層へ戻り、今度は空気の変わる右側の通路へと向かって行く。
途中の茂みも先ほどと同じようにやり過ごし、第三階層へ入る前に休憩をして階段を下りて行った。