二日目
二日目?
昨日の出来事は夢か? と思いながら辺りを見渡すと変わらず穴倉の中だった。
生きていられるので溜め息は出ないが、お腹が空いたな。
「今食えるものといったらこのゼリーなんだが……? 意外にいい匂いだ」
袋を開けてみると中から甘い良い匂いがしたのだ。
俺は試しにそのゼリーを摘まみ嘗めてみた。
「おお! 甘い!」
俺はそのゼリーの袋を口元に当てすべて平らげるのだった。
ほのかな甘みとひんやりとした感触、そして滑らか且つ若干硬い食感が口の中に広がり、もっと食べたい! という気持ちが膨れ上がった。
そうと決めた俺は穴倉から出て手頃な石を見つけると【スライム】を探しに冒険を開始する。
結果負けることはなかったが数が少なく、三体しか倒せなかった。
もう少し行動範囲を広げるべきだろうか……。
だがそれ以上行って【スライム】以外の魔物が出てきた場合、俺は負けるかもしれん。
せめて武器があればいいのだが……。
辺りを見渡すが石ころしか見つからない。
せめて棒状の石でもないものか。
「ま、今はいいや」
すぐにお腹が空いているので諦めると湧き水の中に手を突っ込みヒリヒリ感を回復させ、食事タイムに移るのだった。
三つとも同じ味で残念だったが、まあ腹の足しにはなったので良かった。
後は減った体力を水を飲むことで回復させ、俺は再び冒険に出かけた。
俺が向かったのは先ほどとは逆方向だ。
辺りでしゃがみ手頃の石を掴むと投げる練習をしながら、ゆっくり進み警戒して魔物を探る。
【スライム】は音に反応することが分かっているので、俺は足音を出来るだけ立てずに移動していた。
それから体感一時間ほど経った頃、目の前に十字路が見えてきた。
俺は壁に張り付き。まず前方の安全を確認すると次に右側の張り付いていない方の通路を確認し、最後に顔を覗かせながら恐る恐る左側の通路を確認した。
どうやら魔物の姿はないようだ。
俺はそこで安堵しどこへ進もうかと頭を振って思案したその時、目の端に光石の光とは別の光が見えた。
この洞窟内で初めて違ったものを見た俺は安全確認しながら光を見つけた左の通路へ向かって進んでいくのだった。
「確か……あ、あった!」
俺は目の前にある大きな岩の陰から漫画等で見る剣の柄のようなもの発見したのだ。
今度は岩の上に何もいないことを確認し、岩に張り付いて少しずつ移動する。
無駄に警戒しているようだが、この警戒は大切なことだ。
死ぬ前に俺はそれを学んだ。
日頃の警戒では足りなかったのだ。
もし上から【スライム】が落ちてきた場合、窒息死で死ぬだろう。
そうならないように上を確認したのだ。
「ッ!?」
岩の陰から剣の柄に手をかけ引き抜こうとした時に見えたのは、剣の持ち主であろう男性の死体だった。
血まみれの死体を見るのは二回目だが、この男性は体中を溶かされている。
恐らく【スライム】に溶かされたのだろう。
焼き爛れたように肉が変形し、腐り悪臭を放ち、腕などからは白い骨が見えている。
俺は胃の中が熱くなるのが分かり、目を見開いて鼻をつまみ、その場から剣の柄を握り締め逃げ出した。
そこから一目散に湧き水のエリアまで戻り、吐く前に大量の水を飲み込んだ。
「ゲホッ、ゲホッ……う、うぅ……」
最悪なものを見てしまった。
俺がしていたことは一歩間違えればあれになるところだったのか。
だが、ヒリヒリ感で済んでいたのはこの身体が頑丈だからだろう。
今度からその辺りも考えて行おう……。
とりあえず、胃の調子が戻るまで安静にし、手に持った剣を調べることにした。
剣は汚れて錆や血が腐食しているがまだ十分に使えそうだ。
見た目は一メートル三十センチと俺よりでかく、柄に簡易の装飾が付けられているが……。
「俺でも作れそうな装飾だな……」
だが、問題は俺が剣を握る、しかも竹刀すら振ったことの無いど素人ということだ。
まあ、この辺りの魔物には負けないだろうが、ちょっとでも強いのが出てきてしまった場合簡単に隙を突かれ負けるだろう。
せめて何か出来るようになろう。
この身体は意外に燃費がいいようであまり食べないでも動きまくれるのだ。動いても体力もあるし、力もあり、頑丈と来れば……筋トレと素振りしかない!
探索にはもうちょっと強くなってからだ。
まずは簡単に腹筋、腕立て、背筋、スクワットを五〇回やってみた。
意外に疲れはするが全て余裕でこなすことが出来たので明日からは七〇回に挑戦だ。
筋トレは適したやり方でしなければ効果が出ない。
腕立てならお尻を上下させない、伸ばすとき吐き、曲げるときに吸う。これが基本的に大切だ。
腹筋は勢いを付けない、背中を付けないこと。
背筋は勢いと付けず、状態を起こして止まること。
スクワットは肩幅に開き、九〇度まで曲げないこと。
これ以上すると筋肉に負荷がかかり過ぎたり、逆に筋肉がつかなかったりするのでしない方がいい。
その後は軽くランニングをして、武道でしていたように仮想の相手を作り剣の相手を頼む。
とは言っても素人のためどれがいいなどとはわからない。
とりあえず、簡単に上段から振り下ろし、水平でピタリと止める。このやり方を五〇回やる。
これは腕の筋肉を付ける為とよく漫画で見るものだ。
まあ違うのかもしれないが……。
それが終わると今度は横薙ぎに振る練習だ。
今度は片手で左側へ持っていくとそこから一歩踏み出しながら水平に振り抜く。
これを左右五〇回やる。
次は両手で持ち斜め下から切り付け、斜め上から切り下ろしの練習をする。
これも左右を五〇回。
そこまですると一旦休憩し、ぼろの剣を持ち初めての【スライム】狩りへ向かった。
結果は上々。
【スライム】は全部で五体いたが、まず一匹目は背後から体の中の石ころを真っ二つにしてやった。
次に二体目は正面から飛びついてきたので下から降り抜き真っ二つ。
三体目も飛びついてきたのだが横から来たため切れた部分に石ころがなく、べちゃりと地面に落ちたところを剣で突き刺し倒した。
ここで新たに横へ転じながら斬るという練習を入れることを思いついた。
半歩開きながら剣を横に切る方法と同様に開きながら片手で上段切り下しをするのだ。
四体目と五体目は一緒に現れた。
まず左右に【スライム】が分かれ、俺は剣を右側上段に構えた。
するとお互いの間に空白が生まれ長い時間が経つように感じた。
これは俺が初めての複数戦となるからだろう。
武道でも複数戦は何度かしたことがあったが、命のやり取りではなかったのでこれほど緊迫はしなかった。
【スライム】は融かすだけなので大丈夫だが、この服を溶かされたくない。
裸になりたくないのだ。
俺は剣を少し下し、腰もすぐに反応できるように落とすとそれを近付いてくる合図と読み間違えた二体の【スライム】が飛びついてきた。
俺はすぐに判断すると持ち前の反射神経と動体視力を使って集中するとスローに見える二体の動きを読み取り、一番近い方の右側へ体の重心を動かしながら剣を下から回転させて上段切り下しを行った。
俺の眼は微かに光石で照らされる体の中の石を見極め、振り下ろすと同時に切り裂いた。
【スライム】の体液が横を通り、地面へ落ちる前に消えてなくなりアイテムと化した。
二体は地面にべちゃりと落ちたのでそこを切り裂きアイテムにした。
穴倉まで帰るとまずは水を飲んで疲れを癒した。
既に時間の感覚が怪しくなっている俺は昼食を取り、残ったゼリーを湧き水付近に置き冷やすことにした。
ここにきて一日経つが誰も来ないことから人が訪れない範囲の場所なのだろう。
朝の死体は時間も結構経っていたみたいだし、それ以外に見つけた人がいなそうなのでほとんど訪れないのだろう。
「朝の死体……。防具はいいが、死体の検分をした方がいいかも……。小説みたいに何かしらのカードを持っているかもしれないし」
そうと決まれば昼から朝の死体の場所へ向かうことにした。
壁に張り付いて足音を消すと十字路まで再び現れた。
まず前方を確認し、次に背後となる右の通路を、最後に顔を覗かせていくべき通路を確認した。
今回も何もいないようだ。
一体【スライム】はどこから現れているのだろうか?
俺は疑問に思いながら大岩の陰から男性の死体を見た。
朝とは違い覚悟が出来ているので匂いを我慢しながら剣で何かないか切り裂きながら探していく。
まずは何もないズボンを切り裂いた。
ズボンには悪臭があり、何かしらの虫……違った。ゴミが出てきた。
その他にもポケットらしきところから数枚の硬貨が出てきた。
恐らくこれがこの世界のお金なのだろう。
有難く貰っておくことにした。
次に朽ちた革の鎧を切り裂き、何かないか探し出す。
すると剣先に何かが引っ掛かり、鎖のようなものが出てきた。
「お! 何かカードのようなものが……」
俺はこいつの身元が判明できそうなものを見つけた。
そのカードは小さな錆びた鎖に繋がっており、男性に触りたくない俺は力いっぱい鎖に剣を当てて千切り取った。
プチン、と音を立てて鎖が千切れるとカードが宙を舞い、俺の背後の石の地面に上に落ちた。
それを辺りを警戒しながら拾い上げ、匂いを嗅ぐと吐気がするように臭かった。
俺はそのカードを拾い上げ、男性に一礼をするとその場からダッシュで警戒しながら穴倉へ戻った。
戻るとまず湧き水で腕と剣を洗い、体力の回復をした。
その後にカードを良く洗い匂いを落とすと穴倉の中へ一度戻り、光石を壁から取って調べることにする。
洗い終わったカードはピカピカとなり、新品同様となった。
「何々……グロウリー……バウナー……?」
文字が読めることに疑問を覚えるが、俺の存在自体が疑問なのでそのくらい良いと切り捨てた。
カードには名前の横に歳と種族が書かれていて、その下にランクという文字とEという文字がある。その下にはステータスというべきか各数値が書かれていた。
基準が分からないがなんだか低いな。
まあ、【スライム】にやられるぐらいだからなぁ。
まあ、あれが【スライム】という名前かも知らんが……。
だが子供である俺が倒せるのだから弱いはずだ。
ステータスは平均一〇程度の所を見ると、俺のステータスはもうちょっと高いのだろう。
だが、問題はそこではない。
項目に魔力というのがあるのだ。
恐らくこの世界には魔法がある。
俺はそれが使いたい!
でも、どうやって使うのか……。
とりあえず、何かやってみるか。
「無難に……『ファイア』……」
はい、恥ずかしい時間が流れました。
まあ、一人だったので恥ずかしくはないが、これを【スライム】にでも見つかり「キュアアア」なんて鳴かれたら悶絶ものだ。
何が駄目だったのか。
魔法があるのは正しいと思う。
では、詠唱が必要である。
だが、それは分からん。
ではどうするのか……とりあえず、知っている方法を片っ端から試そう。
「燃え盛る炎よ、我が手に集え! 『ファイア』……」
適当な詠唱はダメ。
「火よ出てくださ~い……」
優しく願ってもダメ。
「火よ! 出ろ! ……」
命令してみてもダメ。
「おこもなてんそかおておあ! ……」
俺言語で言ってみたがダメ。
俺も何と言ったかわからんが……。
ふむ、魔方陣か?
なら無理だ。
だが、魔方陣があるのならあの男性も持っていてもおかしくない。
まあ、高いと言うのも考えられるが……もしかして適性とかある!?
ならばと考えられるかぎりの属性を試してみたが駄目だった。
「何が駄目なんだ!」
俺がそう叫びながら両手で持った剣を振り下ろすと体の底から何かが込み上げ、その込み上げてきた力が剣へと乗り移り、振り下ろした石の壁に鋭い斬撃が飛んで行った。
パラパラと、亀裂の入った石の壁から砂と欠片が落ち乾いた音を立てる。
俺は茫然とその現象を見つめ、音が聞こえなくなると初めて飲み込み、表に出さず心の中で大絶叫を上げた。
な、なんだよ今のォォッ!
ズバンッて、ズバンッて!
何か出たよッ!
心の平穏を取り戻すまで五分ほどかかった。
俺にしては長く冷静さを失っていた。
まずは先ほどの音で何か近づいてきていないか確認し、何もいないと判断すると先ほど切りつけた断面を手でなぞり本当に切れたことを実感した。
「だが、なぜ切れた?」
先ほどの一撃は今日初めて剣を振ったにしてはしっくりくるものだった。
あと、気持ちが昂ってたな。
他は我武者羅で……あ、確か剣を振る直前に体の底から何かが込み上げてきたな。
あれは新たな力だろうか、それとも……魔力?
まあ、どちらにしろ新たな力が使えることが分かった。
後はあの一撃をいつでも出せるようにしなければならない。
俺は剣を持って先ほど同じように振り下ろしてみるが失敗し、気持ちを昂ってみるが失敗し、体に力を込めて振り下すが失敗した。
やはり先ほどの湧き上がってくる力が必要なのだろう。
そろそろお腹も減ってきたので夕食にし、夜はあの力について考えることにしよう。