新メンバーとの邂逅
「―――では、今夜の主役の登場です!」
司会者の合図と共に、セットの後ろから、二酸化炭素が勢いよく噴射される。
違う、今夜の主役は俺じゃない。俺たちだ。
「かの映画、『アイロード』で主役を演じた司馬海人さんです! どうぞ!」
どうしてだ、どうしてグループの名前が呼ばれない。
俺たちはチームのはずなのに。何故ここで観客の視線とカメラを向けられているのは俺だけなんだ。
もうダメだ。俺はここには居られない。
そう思うと、足下が崩れていく感じがした。
ガラガラと音を立てて、今までの思い出―――『マスラオ』での思い出が崩れていく。
今日の楽屋にもメンバーの姿は無かった。俺が仕事をとってしまった所為だ。
だから俺は今夜、グループ脱退を宣言する。
だからそれで終わりにしよう。もうこれで忘れるんだ。
そうして俺、司馬海人は汗ばんだ手でマイクを握った。
「―――・・・。 夢か・・・・」
ずいぶんとなつかしい夢を見た気がする。
細かい内容までは思い出せないが、良い物でなかったというのは体中に吹き出る汗が物語っている。
「・・・・・なんか、中川さんが今日は早く来いとかって言ってたな・・・」
定期テストも近いのに、最近勉強なんてしていない。
ただでさえ、出席日数を見逃して貰っているのにテストの点数まで落としたらいよいよ学校に席が無くなってしまう。
「・・・・事務所行くか」
ぼさぼさする寝癖を何とか押さえて、アパートを出る。
変装なんかめんどくさくてしてられっか。
「おい、芸能人が変装もせずに徒歩で移動か?」
「・・・赤城さん」
と思ったら、事務所の先輩赤城さんの車が止まった。
「普通の仕事なんですから良いじゃないですか」
「バカを言うなよ。何で俺が車で通ってると思ってるんだ?」
「ファンの人たちを避けるためですよね?」
「分かってるじゃないか」
「いや、あなたの場合、別の理由で避けてますよね?」
車に乗せて貰い、二人で事務所へ向かう。
その間にも、窓の外からあらゆる視線を感じたが、俺はこれが苦手だ。
赤城さんはひょうひょうと受け流しているようで、たまに手を振り返したりしている。
その余裕がうらやましいな。
そうこうしている内に事務所へ到着。五階建てのビル、その三階が俺たちのプロダクション『鱧音プロ』の事務所だ。
「おはようございマース・・・・・っと、また中川さんだなこれは」
「は? またかあの人・・・・ってこれは酷いなぁ」
階段を上り、事務所の扉を開ける。
するとそこには、ビール缶の山が、城のように築かれていた。
何でこんな器用なことをやってのけるんだあの人は。
「また片付けしなくちゃな」
赤城さんが息を巻いて缶を手に取り始める。
この人片付け魔だからな。二十分ぐらいで済むだろう。
さてと・・・・。
窓際にあるソファーに回り込むと、タイトスカートのままで寝ている中川さんがいた。
この人は妙に色気があるから、こんな格好で無防備に寝られちゃ、コッチが困るんだよ・・・。
「おーい、中川さーん! 言われたとおり来ましたよ。起きてください!」
「うーん・・・・う・・・ん? 海人・・か?」
ゆさゆさと肩を揺らし呼びかける。
おお、いつもと違って反応が早い。
「いつまでもこんなところで寝ないでください。赤城さんに嫌われますよ?」
「それは困る!」
中川夏美、結婚を目的に再起動。
「だって赤城君を逃したら、もう三十路越えちゃうだろうし、そろそろ結婚しないと親から強制的に見合いの場をセッティングされそうだし、何より、みんなにバカにされそうだしぃ!」
「中川さん、もう仕事の時間ですよ」
聞きたくもない愚痴をべらべらと喋り始めたので、魔法の呪文をつぶやくと・・・・・。
「ああ、司馬君に赤城君。待ってたんですよ。さあ座ってください、今日来る新人を紹介しますから」
流石だ。一瞬で仕事モードに切り替えたこの人。
「新人ですか?」
赤城さんが言う。
て言うか赤城さん、さっきの城はどこに行ったんですか? あれから五分も経ってませんよ?
「そうよ、新人。この間、私がスカウトしてきた娘」
そういってぺらっと書類を一枚渡される。
それには顔写真と、その人のプロフィールが書いてあった。
「・・・美奈川アリア? ハーフですか?」
「いいえ、そこはカタカナで書きましたが、正確には有里亜と書きます」
「今話題のキラキラネームってヤツですね・・・・」
初めて見たこういうの。
「へー、結構可愛い子ですね。流石中川さんです」
「あ、やっぱり赤城君もそう思いますか~? ビビッと来ちゃったんですよ~」
「でも、俺的には無しですかね。育ちすぎです」
「・・・・・・・・」
ちょ、赤城さん朝から中川さんを機能停止に追い込んじゃったよ。
ここまでボーンって顔も初めて見るぞ。
写真に写っている女の子は、地毛かは知らないが綺麗な茶髪で、それを頭の高い位置で一つ結びにしている。ポニーテールってヤツか。
「そ、それでこの子はいつ来るんですか?」
「お、海人。興味津々だな~。でも、お前には湊ちゃんが居るだろ?」
「人がせっかく場の空気を代えようとしてるのに、更にどす黒いモノぶち込んできますか!?」
「お嫁さんが嫉妬しますよ?」
「中川さんまで!?」
そんな一悶着があったが、無事に話は終わり、中川さんはソロで番組の収録へ向かった。
「さて、今日は司馬君レッスンですよね確か」
「そう言えばそうでしたね。何時からですか?」
「十時から入れておいたので、もう向かってください。私は、赤城君に付き添ってきますので。あそうそう、これ、ちゃんと掛けて下さいね」
そうして渡される黒いサングラス。
「あの、これ掛けなきゃダメなんですか・・?」
「マスコミに見つかって、過去のことを根ほり葉ほり聞かれたいのなら、掛けなくて良いですよ?」
「・・・・ウィス」
それはイヤだから仕方ないか。
@
その日の午後、授業が終わったのか昼飯を事務所で食ってると湊が来た。
「おお、湊。授業終わったのか?」
「あら、海人じゃない。今日は仕事無かったの?」
艶やかな黒髪を揺らして、事務所に入ってくる湊。
「まーな。午前中はレッスンづくしだ」
「良いじゃない。あんたの取り柄はその歌だけなんだから」
「うるさいな。湊歌下手だから僻みにしか聞こえねーよ」
「なっ、別にうらやましくなんか無いわよ! あんたの長所を指摘しただけでしょうが!」
「へぇ~俺のことをよく理解しているようで」
「ハァッ!? バッカじゃないの!? 誰があんたの事なんて理解してんのよ!」
「・・・・・・・・なんだか、あのニュースも嘘じゃないって感じだよねぇ・・・」
出会い頭にケンカとも言えない言い合いをする俺たちを尻目に、プロダクションの社長、矢車総一さんがつぶやいた。
「待って下さい社長。違うんです。今のは完全なケンカなんです」
「そうです。誰が好きこのんでコイツと恋愛がらみの騒動を起こすって言うんですか」
「コイツの言うとおりです。そもそも、俺はこんなまな板には興味がありません」
「なんですってぇ・・!? 誰がまな板よ!」
「お前に決まってんだろ湊! そんなんだから未だに水着の一つも仕事がこねーんだよ!」
「殺すッ!」
ほんわかと茶を飲んでいる社長の前で容赦のないコブラツイストを掛ける湊。
ぐぎっと俺の首から音が鳴ったところで解放される。
「そう言うわけなんで、今後そう言う事を言うのはやめて貰って良いですか社長」
「でもねぇ、志波君。君たちのそう言うところ、完全に熟年夫婦のそれだよ? それより、首、戻して」
「え? そんなに変ですか?」
曲がっていた首をまたグキッと戻す。
「仲がいいのは良いことだよ。でも、君たちはアイドルグループなんだ。流石に恋愛はマズイのは知ってるよね?」
「「はい」」
「じゃあ、もう少し考えてみてくれないかな? 事務所の評判とか」
「「すいませんでした」」
「分かればいい」
そう言うと社長は給湯室へ引っ込んだ。
「・・・・・お前の所為でおこられたじゃねーか」
「ハァッ!? 私の所為だって言うの!? 元々はあんたが私の精神を逆撫でするからでしょうが!」
「へいへい、わるーござんした」
「あ、ちょっと!」
湊の罵声をよそに時間を確認する。
「社長ー、もうそろそろですよね。新人来るの」
「え? ああ、そうだねもうそんな時間か」
すると社長は湯飲みを四つ、お盆に載せて出てきた。
なんだ、準備してたのか。
「新人? そんな話聞いてないわよ?」
「午前中に中川さんから連絡があったんだよ。お前学校行ってたから知らないか」
そういいつつ、俺も戸棚からせんべいを数枚取り出し、皿へ盛りつける。
「どんな人が来るのよ?」
「ええっと、確か美奈川アリアって言ったっけ。可愛い子だったぞ」
すると湊は、それに反応した。
「か、可愛い!? それってどれくらい? 某48人組のアイドルグループメンバーより?」
「な、何でそんなに食いつくんですか湊さん・・・?」
アイツらは別に48関係ないし。
それに、テーブル叩いたときに飛び出たせんべい何とかしろ。
「教えなさいよ、先輩として知っておく必要があるわ」
「確実に別の感情も含まれてるよねぇ・・・・」
社長、分かってるならコイツどうにかして欲しいです。
「えっと、茶髪で、年下で、ポニーテール? あと、胸が大きい」
「今すぐクビにしましょう」
すごい決断力だ。
「待て待て湊、一体何が不満なんだ? 外見だけはタレントとして一級品だったぞ?」
「だからよ」
ははぁん、嫉妬だな?
その時、事務所のドアが叩かれる音がした。
新人が来たようだ。
「はいはーい。今出まーす」
俺がドアノブに手を掛けるより早く、ドアが開く。
「失礼します、今日からお世話になります美奈川アリアです」
抑揚の少ない淡泊な声。
ロボットみたいだなと思った。
あいさつと併せてお辞儀をする美奈川さん。
「ああ、よく来たね。さあこっちだ」
「荷物はそこに置いて良いから」
社長に手招かれ、ソファーに座る美奈川さん。
「さて、今日からこの『鱧音プロ』の仲間になる美奈川アリア君だ。みんな仲良くしてやってくれ」
「みんなって・・・・赤城さんも中川さんも居ませんがね」
「私は、志波湊よ。歓迎するわ美奈川さん」
湊のあいさつを会釈で返す美奈川さん。
「俺は、司馬海人だ。コイツとは同じ読みの名字だけど、漢字が違うから何の関係もないからな」
「知ってる。元マスラオの司馬海人は有名」
・・・・・・まあ、これでも一介の芸能人だしな。知ってて当然か。
「「ただいま帰りました~」」
「あ、赤城さんに中川さん」
ちょうど二人が帰ってきた。
中川さんのスケジュール調整の賜か。
「ちょうどいいタイミングですね。新人さんに自己紹介中なんですよ」
「ああ、道理でいつもと違う香りがしたと思ったよ」
「赤城さん、何ですかその能力・・・?」
赤城さんの横で中川さんがつぶやく。
人の香りかぎ分けられるって凄くない?
「さてと、俺は赤城直人。21歳だよ。一応ここのタレントの中では年長モノかな」
「私は、ここの事務所の専属マネージャー中川夏美です。あなたのマネージャー、ということにもなるのでよろしくお願いしますね美奈川さん」
無事にみんなの紹介が終わったが、その間美奈川さんは会釈しかしなかった。