プロローグ~真白の空間~
プロローグが一話で終わりませんでした…。
死後直後と、生まれ変わり直前。
規格外は難しい…。
ふぅわりとした浮遊感に、子供は目を開けた。そこは一面真白の世界。
どんな力が働いているのか、何の支えも無く空間に浮いている。だが、何かに座っている、支えられているという感覚はあった。
「浮いてるし……」
意識を失う前に有った痛みは完全に取り除かれている。今からがテンプレ的なご対面なのだろうか。そして更に言えば身体も縮んでいる。持っている知識の中で照らし合わせれば5、6歳程。世界の色と同じく、柔らかな白い服を身に纏っていた。
「あ。目が覚めたみたいだね。原初の世界の住人さん」
聞こえて来た声を辿ると、ゆるふわ蜜色ロングの美形が立っていた。
綺麗系というよりは可愛い系。雰囲気もぽわぽわしている。
「初めまして。僕はこの巡る世界・アキュラフォーリュベルンの守護者、レイメイ」
(おー。訳のわからない世界名きたー)
産まれる世界へ来たのだという感慨深さと同時に、聞いた事があるはずの言葉に違和感を覚える。
「レイメイ…、……黎明…?」
僅かなイントネーションの違い。そして認識。
「!? うわっ。……………っはー…」
名乗られた名を口にした瞬間、驚いたような声を上げ、黎明の身体が硬直したのが解る。そして目前に現れた眩い光の球。純粋な力の塊は迷う事無く黎明に同化した
「大丈夫? れ……」
「ストップ。待って、タイム」
もう一度呼ぼうとした瞬間、慌てて待ったを掛ける。
「うあー…、原初の世界甘く見てた。何、その言霊」
力の収縮の反動か、ガックリと膝を着いた所為でゆるふわ蜜色ロングが床でうねる。
「ごめん。自覚無いわ」
不用意に名前を呼ぶのは危険だと判断し、肩を竦めた。
「だろうねー。原初の世界って魔力も神力も、霊力も無いよね?」
「夢見る少年少女の憧れですね」
脱力したまま問うて来る黎明に、簡潔に言葉を返す。
「なのになに…その強制力…。一応、僕もそれなりに力強いハズ…なんだけどなぁ……」
項垂れたまま、どこか違う世界へ飛び立とうとしている様子に、苦笑するしかない。何を言われた所で、特別な力は持っていないし、持っていた所でその力を行使すれば奇異の目で見られるような所に住んでいた。
そういう、世界だった。
「言霊は、古から言われていた。言霊信仰。言の葉に力が宿ると」
「そうだよー。言葉に力が宿る。ココほどではないけど、アキュラもソコソコ乗るから、不用意に目の前で真名とか隠し名とか呼ばない方がいいかも。最悪、その人の人生縛っちゃうよ」
軽く言われるが、内容は軽いものではない。
同じ様に何かに腰掛け、黎明が遠い目をしている。
「強者だと、ホント簡単に縛っちゃうんだよね…。そんな意識無くても、呼んだだけで縛り付ける可能性がある。まぁ、その分、解放するのも簡単なんだけどねぇ…。
弱者では縛れない。ある一定の力以上を持った強者だけが縛る事が出来る。君が今から行く世界はそういうところだよ。覚えておいた方が良い。って言っても、ここでの事は全て忘れてしまうけれどね」
世界の守護者をも縛る可能性がある言霊。呼んだ方にも、呼ばれた方にも、どこか気まずい沈黙が落ちた。だが、黙ったままではこの事態は進まない。気は乗らないが現状は把握しなければならない。
「で…。私はなぜここに? 確か、ロスティグクスと話を…」
安堵したような笑みを最期に、完全に記憶が途切れている。その間に何が起き、この場に居るのか、さっぱり解らなかった。
「ん? あぁ、君は今、彼の子供として生まれる準備をしているみたいなところかな。
ここは魂がどんな力を持っていて、どの家に生まれるのが最適か、見極める場所だよ」
徐々に復活しているのか、黎明に力が戻って来る。
「それとね、さっき君の属性調べたんだけどね…、調べたんだけど、………真面目にさぁ、調べたんだよ? 門外不出とまで謂われている原初の世界の御霊だしさ? やっちゃダメだけどさ? 多少色付けようかな、とか考えたりもしたわけよ。僕的に」
だが、その復活も僅かだったようで、再び視線が遠くへと泳いで行く。
何にショックを受けているのか解らないが、とりあえず下手に声を掛けてはいけないのだと、雰囲気で悟った。
「でもさ…、調べたら全属持ってるし、霊力は魂に刻まれてるし、血の関係上、魔力は彼から入って来てるし、龍力…あ、君の母君ね、竜属の葬竜族だから、龍力があるのよ。その三力はバランス取る為か、霊力に合わせて強化済みだし、神力なんか混ざる余地ないから問題外だし、むしろ持ってたら大問題だし、色々と術を施されてたみたいで生命力も問題無いし、そりゃぁ、門外不出で管理されているはずだよね? みたいな?」
原初の世界の魂は世界に沿うように力を持つ。決して表には出ないだけで、殆どの魂が霊力や魔力、神力といった力を有していた。そして、その力も桁が違う。原初の世界故に一般人として存在出来るが、他の世界に降りた瞬間、その存在は脅威となる。
故に原初の魂は門外不出。話している間に悲しくなったのか、若干涙が浮かんでいた。
確かに、不足を補おうとして善意から手を差し伸べたものの、結果は予想の遥か斜め上だった場合、誰でも世を儚みたくなるだろう。
「全属…とは?」
沈んだままの黎明に何とか話題を振る。このままの空気は重すぎる。
「んー。アキュラに存在する属性の事だね。
火、水、風、地、焔、氷、雷、樹、光、闇、空間、この11属性の事だよ」
「なるほど。………『焔玉』」
火の玉をイメージして言葉を紡いだが、現れたのは火の玉ではなく、透き通った紅の玉。両手よりやや大きめの宝石のような玉に、思わず首を傾げた。
「…………………うわぁ…。もしかしたらとは思ったけど、やっちゃったよ……」
そして再び心を折られた様子の黎明に、やってはいけない事だったのだと知る。
「……何をイメージしたか聞いても良い?」
「火の玉を。ゆらゆら揺れてる」
「あぁ…、だったら『球』だよ。『玉』を紡いだら、そうやって宝石みたいになる。
後は『珠』と『晶』と『華』があるよ。『玉』は魔力、『珠』は霊力、『晶』は神力、『華』は龍力が固まる。『華』はホント稀だね。石自体が綺麗な花の形をしているからそう名付けられたけど、『華』を作り出せる竜属も、早々残っていないんじゃないかな」
「華…、『水華』」
現れたのはこれも掌よりもやや大きめの、淡い水色の宝石。黎明が言ったとおり、蓮の花のような形をしていた。
「うん…、もう、何か、色々、いいや………」
諦めたのか、驚く事に疲れたのか、黎明は遠くを見て笑っている。
「……『風雷珠』」
現れたのは翠から紫へとグラデーションしていくこれまた掌よりもやや大きめの宝石。
「うそだぁ……」
完全に泣きが入った黎明をスルーし、他の二つを空中に浮かべると鮮やかなグラデーションを覗き込む。
風と雷の属性を持つ霊力の塊。どうやら、一番扱いやすい力と属性。
「ココで創れるって事は、アキュラに行っても創れるから、本当に気を付けてよ…」
『水華』を手元に引き寄せながら、黎明が泣いている。
「疲れたりとかは?」
「大丈夫。指先が、ほわりと温かくなる程度で、直ぐに引くし」
「そっか…。すごくさ、力ダダ漏れだから、それだけ気を付けてね? 霊力は魂に、魔力と龍力は血肉に刻まれた力だから、制御も覚えないと」
忠告に素直に頷く。己では気付かないが、おそらく相対している者に対しては重度のプレッシャーを与えているのだろう。
目を閉じ、呼吸と共に巡る血を追う。と同時に身体を包み込む温かな何かを体内へと引き寄せた。
「んー、龍力華ってホント綺麗だよね……」
触れないように浮かべたまま、『水華』を眺める。時折献上品として捧げられた事はあるが、時が経つうちに世界へと還っていった。
この華も、おそらく時間を掛けて世界へと還るか、龍力を持つ他の誰かに使われ、その姿を消すのだろう。
黎明の表情に影が落ちる。龍力華が無くなる事が寂しいのだろうか。
「『火華』、『風華』、『地華』」
連続して龍力を使い、三種類の華を創り上げた。淡い朱の桜の花をした『火華』、菊の花を形作り、色は薄い緑の『風華』、躑躅だろうか、艶やかに咲き誇る優しい黄の『地華』。
龍力華四種の姿が定まった。
「………はー…」
「この四つの『華』は、絶対に『還らない』」
黎明の目が驚愕に見開かれた。
「あげる」
消えないようにと望めば、自然と口を付いて出た『還る』と言う言葉。文字を思い浮かべて納得した。その為に最後にだけ力を込めた。
死した後も龍力華はその場に留まり、黎明を癒すだろう。
「ホント、………規格外だなぁ…」
泣き笑いの表情そのままに、大切そうに四つの華を抱く。
「ありがとう。君なら、ココに遊びに来る事も出来るかもね」
「来る事が出来る様になれば、本当の華を送る」
淡々とした口調に、黎明が苦笑する。
「本当に規格外だ…。
原初の世界の御霊を持つ君は、どんな物語を紡いでいくのだろうね。………僕は、ココから君の物語を見守る事にしよう。そして、叶うのならば、再び、見えよう」
声に隠された悲しみ。その色を汲み取ってしまった。
(私の記憶は、私の物だ…。誰にも消させない、侵させない…)
おそらく、この場の記憶は消える。消されるといった方が正しいかもしれない。黎明は生まれる前の準備だと言った。その言葉が確信を抱かせた。
「再び、必ず。その時は、色々とお願いする事が出来ているかもしれない」
今は願う事は何も無い。何を願えばいいのかすら見えていない状況。どんな世界なのかすら、解らない。
「一つ、質問が」
「なんだい?」
作り出した『玉』と『珠』を膝の上に置き、黎明を見る。
「私は、愛されますか? そして、愛せますか?」
愛というものに、殆ど触れなかった。友愛、親愛、恋愛。
親友と呼べるのは二、三人。親との仲も悪くは無かった。ただ、恋愛に関しては底辺を這っていたといっても良い。
「そうだね…。家族は君を愛してくれる。たぶん、周りも。
でも、他人を愛するかどうかは君自身が決める事だ。大切にしたい、愛おしい。そう思える人と出会えるよう、僕も祈るよ」
先程送った四つの華が黎明の周りを回っている。黎明の力なのか、僅かに光が灯ったように見える華は、美しいと思わせた。
「ありがとう。私は、私の道を歩く。定められたモノがあっても、それを伴って歩いていきたい」
それは本心。何を望まれるか解らない。だが、あれほど切望していたロスティグクスを失望させる事はしたくないと思う。
眩しそうに目を細める黎明に、ニコリと微笑んだ。
「君なら歩ける。君の道を。君にしか、歩けない。自信を持って。
………そろそろ送ろう。君の生が、温かなものとなるよう、心から祈っている。龍力華は大切にするよ」
そう言って立ち上がった黎明の瞳には、別れの寂しさが滲んでいる。だが、今はどうする事も出来ない。己に秘められた力が未知数の今はただ耐えるのみ。
「貴方と話せてよかった。本当に、ありがとう」
「うん。僕も、ありがとう」
白い掌が両目を覆う。
それに抗う事無く瞳を閉じた。
「行ってらっしゃい。原初の世界の御霊を持つ者。どうか、幸せに」
額に柔らかな何かが触れる。
それが何か気付く前に、意識は再び闇へと落ちた。
▽ ◇ △ ◇ △
薄れていく姿と二種の塊を見送り、黎明は詰めていた息を吐き出した。
「行ったか」
一人しか居なかったはずの空間に、黎明とは違う声が響く。
「えぇ、タソガレ…。貴方も会えば良かったのに」
「レイメイ…。あの子供は俺の事に気付いていた」
「え?」
姿が完全に消える瞬間、脳裏に響いた声。
(黄昏。貴方にあげる)
湧き上がる力と共に落とされた一つの塊。『風雷珠』と呼ばれる混合塊。
「夜明けと、夕暮れ。解るんだろう。あの子供には」
ストレートの白銀の髪。肩の辺りで短く切り揃えられた髪をかき上げる。
「たぶん、来るぞ。成長したら」
守護者しか入れない場所。そして、守護者はここから出る事は出来ない。世界を見守り、導く。それが守護者の役目。
黎明は始まりを、黄昏は終わりを担う。どちらにしても一期一会。
迎え入れた魂は守護者の事を忘れて世界に羽ばたき、迎えに行った魂は原初の世界へと還る。勿論、記憶など残らない。
「まさか。規格外とは言え、無理だよ」
「さぁ…。これが何を示すのか、な…」
取り出したのは目の前で創られた『風雷珠』。未だ黄昏の力に染まらず、創られた時のまま。
「俺はこれを染めるつもりは無い。標は、立った」
黎明の周りでクルクルと回る四つの龍力華。それは既に黎明の支配下に置かれている。
「あの子は、怖いよ…」
子供が消えた場所を見遣り、黎明がポツリと呟く。未知の者。そして、原初の世界からの、大切な預かり物。
「お前、喰われるかもな」
脅える様子に、クツクツと喉を振るわせた。
「………肉食に育つとは思えないけど…」
首を傾げながら不思議そうにのたまう同業者に、黄昏は思わず頭を抱える。
腕はいいのだ。確かに。黎明の守護者としての腕は。ただ、出会いと別れを繰り返し過ぎた所為で多少弾けた部分はあるが。
「賭けるか? お前が喰われるか」
「僕が食べられるとなると、黄昏も食べられる可能性もあるよ?」
「………喧しい」
同時にとは行かないまでも、時間差でそういう事がある可能性を考えなかった訳ではない。むしろ、考えて速攻で捨て去った思考でもある。
「黄昏、綺麗だからね」
「お前は、可愛いな」
鋭利な刃を思わせる黄昏と、日向のようなほのかな温かさを持つ黎明。
中身はどうであれ、見目麗しい事に変わりは無い。
そして、成長する子供の姿もまた、麗しいものになるだろうと、両親を見ていて思う。例え隔世遺伝や先祖返りをした所で、そう崩れる血筋でもない。
「楽しみが、増えた…かな」
「そうだな」
今まで数多の魂が巣立ち、死して戻って来た。
例外は無い。
だが、おそらく起こるだろう。唯一の例外が。
その日が来る事を待ち望み、黎明は新たな魂を迎えに、黄昏は帰って来る魂を受け入れに、それぞれ戻って行った。
守護者達の予想が、願いが叶うまで、幾年かの年月を重ねる事になる。
霊珠→ブリオレット・カット(雫型)、魔玉→マーキーズ・カット(ラグビーボール型)、神晶→トリリオン・カット(三角型)、龍華→それぞれの華のイメージです。
書き溜めが全く無い状態での手探りです…。修正が入る可能性大です。
誤字脱字は優しく報告して頂ければ、わたあめメンタルも多少持つかと…。
無事にルビ振りできてるか、心配です。




