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奇跡の出会い

「なあ、俺たちがエレベーターに閉じ込められる確率って、いくつぐらいだろうな」

「……お前が大縄で連続で十回跳べるぐらいの確率だよ」

 二人の少年が、静かなエレベーターの中で、話を始めた。

 最初に話題をふった少年は、とても標準的な少年だった。

 顔も背も声も、どれをとっても、とりたてて突出したところがない。

 典型的な日本人であった。

 つまりどういうことかと言われれば、初対面の人に、毎回言われるのだ。

 佐藤君って、なんか見たことあるんだよね、と。

 話し始めた少年、佐藤という少年は、つまり、日本人の最大公約数的な出で立ちをしているのである。

「それは……かなり低い確率だ」

 佐藤が真面目な顔をしてうなずけば、ふっと笑いをもらした女性がいた。

 佐藤と、その友人らしき、少年――彼は見事に佐藤とは逆で、背も高ければ、顔もよく、一目見たら忘れられないだろう、特徴ある人物だった――が女性の方を見る。

 女性は、きっちりと後ろで髪をまとめていて、スーツ姿だった。

 しかしながら、どこかほんわかとした雰囲気を持つ女性で、黒いスーツ姿でも、冷めた印象を与えるタイプではなかった。

「ごめんなさい。大縄で十回跳べる確率が、エレベーターに閉じ込められる確率ぐらい低いなんて、って思ったら、笑えちゃって」

 女性が喋ったことにより、エレベーターの中の雰囲気は、一気におしゃべりムードへと変化する。

「俺も思った。そんなに大縄が苦手?」

 ラフな格好をした男性が、会話に加わる。

 ウエストポーチしか持っていない彼は、なぜか携帯を握りしめており、その携帯には長い紐がついていて、男の首にかかっていた。

 どうやら手を放しても落ちないように、という配慮なのだろうが、まだ若い男だというのに、仕事でもない日に、首から携帯をかけていることにアンバランスさがある。

「俺たちは狂った歯車ですから」

「狂った歯車って?」

 ほんわかした雰囲気のスーツ女性は、佐藤の言葉に、思わずといった雰囲気で問い返す。

「排除されるんです。クラスの歯車にはまらないから。まあ、正確にはこいつだけですけど」

「って、高橋、お前も縄にひっかかってただろ?」

 標準少年が驚いたように言えば、イケメン少年は、あっさりという。

「大縄が面倒だったから、そうしただけ。ついでにいえば、佐藤が不憫だったから」

「うわ……う、裏切られた」

 そんな佐藤と高橋の会話に、今まで黙っていた女性が口をはさんだ。

「ねえ……二人って、もしかして、長谷川みなみの同級生?」

 少年二人は虚を突かれたような表情をして、そうして二人で顔を見合わせ、同時にこくこくとうなずいた。

 女性は、やっぱりとつぶやいて、頭に手をやった。

 髪は短く、肩に届かないぐらいの高さでさらりと揺れている。こちらはゆるい服装をしており、仕事帰り、といった雰囲気ではない。

「その子、長谷川みなみ、私の従妹なの」

「え? 委員長の? ってことは……知ってたんですね? 俺たちのこと」

 背が高くイケメンな男子、つまり高橋がそう問えば、長谷川みなみの従姉だという彼女は、ごめんなさいと謝った。

 すると、標準的男子高生、佐藤が、不思議そうな顔をして、首をかしげる。

「どうして謝るんですか?」

「だって、あの子が大縄に参加させないようにしたんでしょ? 学生時代って、やっぱり集団で何かをやり遂げることこそ、青春って感じじゃない」

 だからごめんなさい、と重ねて女性が言えば、高橋が笑って、首を振る。

「えっと、長谷川さん?」

「ああ、私は高梨よ」

「じゃあ、高梨さん。高梨さんの心配は、全く持ってこいつには適応されませんから、大丈夫です。俺は自ら望んでサボりましたし、こいつに関しては、合理主義者なので」

「え? いや……でも」

 納得がいかないとばかりに高梨が言いよどめば、佐藤が、口を開く。

「大縄跳びの成功率を上げる、あるいは、大縄跳びで高得点を獲得する、そのためには、跳べないやつを排除する、というのはとても効果的です。もちろん、一人減れば、跳んだ回数分ポイントは減るわけですが、スタミナが五回しか持たないやつは、跳ばない方がいい。それに、それはクラスのためになるだけでなく、こちらとしても、無駄に飛び跳ねる苦しい協議に、参加しなくていいという特典がつくわけで、願ったりかなったりですよ」

 驚くほど雄弁に語られたその理論に、高梨はあきれたような顔をしたが、本人がよいというならそれでよいと、今度は引き下がった。

「そういえば……お名前は分かりませんけど、スーツの方、お仕事ですか?」

 携帯を首から下げている男が問えば、スーツの女性が、ふんわりと笑って答える。

「名前は三木って言います。はい出張で、京都に来てて。あ、でも、一通り仕事は終わって、帰る前に店でも見てみようかな、と思ったら、エレベーターに閉じ込められちゃったんですよね」

「三木さんですか、それは災難ですね。あ、ちなみに木村って言います」

 男がそういえば、高梨が勢いよく顔をあげて、少しだけ身を乗り出し、興奮した様子で問う。

「木村さん?! もしかして、りょう、とかいう名前だったりしません?」

「いえ、れん、です。りっしんべんに、命令の令って書く字なので、れいと読まれて、たまに女子だと間違われたりしますけどね」

「木村怜! うわあ、全く同じ漢字の人に出会えるなんて!」

「同じ漢字の人?」

 木村が意図がつかめないといった風に、聞き返せば、高梨は嬉しそうに、そして楽しそうに語り始めた。

「私、高校のとき、顔を知らない同級生が書いた絵をすごく気に入って、その子が、木村怜(きむらりょう)っていうんですけど、私はりょうじゃなくて、れいだと思ってて、女の子だと思ってたんですよ」

「へえ、でも、思ってたってことは、男だったんですね?」

 興味があるのか、佐藤が口をはさむ。

 エレベーターの中は、すっかり打ち解けた雰囲気だった。

 閉じ込められているはずなのに、なぜか苛立ちを感じさせない、不思議な空間。

「そうなの! 私ね、この前雑誌で、絵を見て、それが木村怜の作品だと思って、それでここまで個展を見に来たのよ」

「もしかして……それで本人に会ったとか?」

 三木が、何かを期待するような目で高梨を見つめる。

 高梨もそれに気付いたのか、すこし照れたように、はにかんで笑って、うなずく。

「それって、なんか、運命の出会いって感じですね。それで、名乗ったんですか?」

「いや……向こうは私のことを覚えてたので」

 なぜか顔を赤くして答える高梨に、追い打ちをかけるように、佐藤が淡々と意見を述べた。

「一方的に人から顔を覚えられており、それが長期間続いていたということは、とても好かれていたか、とても憎まれていたかのどちらかの可能性が高い、ですね」

「う……」

 言葉に詰まった高梨をフォローするように、高橋が佐藤をこづいて、叱咤する。

「お前、もうちょっと空気読めよ。お前が一人で哲学するのは勝手だけど、人を巻き込むな」

「いや、だってそうだろ? 顔を覚えるってことは、労力がいることだ。それだけの労力を割くってことは、やはり、それなりに強い感情を抱いていたことになる。世界は回ってて、それが歯車でできてるんだとしたら、歯車を回すのは、やっぱり人の想いがそれなりに必要になる」

 とくに悪びれる様子もなく、なんだか小難しい話を出してきた佐藤を、少し驚いた様子で見つめた木村は、高梨のフォローのために、話題を変えることにした。

「いやーでも、いいですよね。どこからか知りませんけど、目的を達成できたなら。僕なんか、ひどいもんですよ。従弟が危篤状態だっていうから、わざわざ京都まで新幹線で来たら、実はただ単に貧血で倒れただけだって。どうやら従弟の母親がパニックになって、親戚中に電話をかけまくったらしいんですけどね……」

「そういう話を聞くと、携帯電話というのは、考える暇を奪うものでもあるのだと思いますよね」

 一瞬にして佐藤の気は反れて、安堵したのか、高梨が、会話に口をはさむ。

「それでせっかくだから買い物をしようと思ったら、エレベーターに閉じ込められたんですか?」

「はい。不運です……」

 嘆く木村の隣で、一人革靴だから、足が痛むのか、三木がしゃがみ込んで、靴に手をやる。

 その様子を見ていた高梨が何かに気づいたように声を上げる。

「二人、学校は?」

 革靴から、ローファーを連想し、そこから佐藤と高橋が従妹と同級生であることを思い出した高梨は、不審げに二人を見つめて問いかける。

 佐藤と高橋は、二人で顔を見合わせたあと、大きく息を吐いて、そうして白状した。

「サボりです」

「……サボって京都観光してたら、エレベーターに? 自業自得ね」

 高梨は不満げにそうつぶやいたあと、カバンを探って、三木に絆創膏を差し出した。

「これ、使って」

「いいんですか? ありがとうございます! 革靴のまま猫を追いかけたら、靴擦れしちゃって。それ以降、なんだか治らないんですよね」

「……革靴のまま猫を追いかける? 長靴じゃなくて?」

「おいバカ。話を余計な方向に持ってくな。そもそもあの話は、猫をおいかける話じゃない」

「悪かったから、そんなににらむなって」

 佐藤と高橋の横やりは完璧に無視して、三木は高梨と木村に向かって弁解するように言った。

「いつも家の中で閉じこめてるような状態なので、散歩させたくって、アパートの庭に出してみたんです。仕事帰ってすぐにそれをしたら、その子が空いてた一階の部屋に入ろうとしちゃって」

「猫っていえば、僕の家の近くに、最近動物が許可されたアパートがあって、そこに友達が住んでるんですけど、動物が苦手だから引っ越そうか悩んでるって言ってたな」

 木村が思い出したように言えば、高橋も、あ、と突如声を上げて、そして言った。

「猫っていえば、俺の親戚がアパートの大家やってるんですけど、その人、猫好きで、俺の家に来るたびに猫を見て、癒されるわ、って言ってたんですけど、このまえ捨て猫を拾って、かわいくて飼いたいからって、アパートのルール変えたらしいです。しかもアパートの住民に猫を引き取らせたとか」

「それって、青空ハイツ?」

「そうそう! それです!」

「俺の友達もそこに住んでるんだよ」

「あ……それ、たぶん、私のことだ」

 ワンテンポ遅れて、三木が立ち上がってから、そういった。

 高梨は、首をかしげて、そうしてからようやく気づき、なるほどね、とうなずいた。

「三木さんの猫が、その大家さんが拾ってきた猫ってこと?」

「そうです!」

「うわ……世界って、狭いですね」

 高橋が言えば、残りの四人がうんうんとうなずいた。




「なあ、高橋」

「なんだ佐藤」

 二人の会話を、今度は、最初の時よりリラックスしたムードで、ほかの三人は聞いていた。

「俺たちが、京都のエレベーターで閉じ込められる確率って、どのくらいだろうな」

「お前が大縄跳びで、二十回跳べるくらいかな」

「それはすごい」

 今度は、三人とも、あまり驚いた様子は見せなかった。

「じゃあ、京都のエレベーターに閉じ込められた五人が、なぜか全員東京の、しかも同じ市内に住んでるって、どのくらいの確率だろうな」

「お前が大縄跳びで、百回跳べるくらいかな」

「……つまり奇跡ってことですね」

 三木の言葉に、残り四名は、うんうんとうなずいた。

 




奇跡の出会い。

それは、東京の人々が、京都のショッピングモールのエレベーターに閉じ込められることによる、出会いだった。




これって……最終話にして、一番のオチなしかな?


今回は総集編的な感じ。


……はい!

以上でお題は終了です!

気が向いたら、またお題挑戦するかもしれません。

読んでくださった皆様、ありがとうございます!



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