狂った歯車
世界は、回っている。
それは、地球が自転しているとか、公転しているとか、そういう話じゃあない。
いつだって世界は、回ることで、成り立っているのだ。
「そうは思わないか?」
「何がだよ」
しまった。心の中で思ったことを、口に出すのを忘れていた。
怪訝そうな顔をした友人に、告げる。
「世界って、回ってるよな」
友人は、しばし考えた。
俺は目の前の自販機をぼーっと見つめていた。
学校の校内にある自販機だが、今はさすがに人が少ない。
「俺が、百五十円のペットボトルを買う」
地球は回ってるよな、確かに。みたいな、そんな馬鹿な解答を返してこないのは、さすが俺の友人だ。
いや、さすがに自分でもわかっている。
こいつがそんな答えを出さないのは、単に俺という人物が、どんな人物であるか熟知しているからだ。
要するに、俺は、そんなやつ、なのである。
「自販機に入った百五十円は、自販機を管理している会社に送られる」
「おう」
「その会社は、社員に給料を払う」
「その中にその百五十円は?」
「もちろん入る」
「だよな」
こいつが話したいのは、要するに、お金が回って自分に返ってくる、ってことか。
確かにそれは、俺が言った、世界が回ってる、ってことの一例であると思う。
「その社員は、給料をもらったから、働く」
「……え? 買い物してお金を消費とかじゃなく?」
「給料をもらえた安心感から、また人は働くんだろ?」
それは確かに間違いない。
給料を滞納する会社なんざ、すぐにやめてやる。
って、俺はまだ高校生だけど。
「働いたから、物が生産される。ここでは一応、ペットボトルってことにしよう」
「ほう」
「そいつが、また自販機に入る」
「そうだな」
「そうして俺の手元には、ペットボトルがあるな」
ガコンと音がして、自販機からペットボトルが出てきた。
百五十円のペットボトル。
「いや、まてよ。それって回ってることになるのか? そもそも、この自販機って、以前お前が買った自販機と同じ会社?」
「何を言ってるんだ? お前が言ったんだろう、世界は回ってるって」
やられた。
なるほど、つまりこいつは、世界は回ってないって言ってるのか。
「俺は別に世界が回ってないとは思ってない」
む。なぜこいつは俺の思考が読めるんだ。
「わかりやすいんだよバカ」
「わかりやすいなんて、言ってくれるの、お前ぐらいだ」
感動。
「……。面倒だから、置いておくが、世界は回ってるさ、確かにな」
「それで?」
「でも、世界が回るには、因果関係が必要だろ?」
「おう」
「つまり、世界は無数の歯車なわけだ」
「輪じゃなくて?」
「輪じゃない。輪だったら、完璧に回らなきゃいけないし、欠陥も出しちゃいけない」
「歯車なら、取り外せるな」
「狂った歯車は回らない。だからこそ、取り外される」
なるほど、読めてきたぞ。
つまり、俺たちは、取り外された歯車なのだ。
「佐藤君! 高橋君!」
明るい声で、クラスの委員長が話しかけてきた。
ポニーテールがよく似合うかわいい子で、この子は、クラスの中心にある歯車みたいなものだ。
「おかげで勝てたよ! 大縄跳び!」
「お役に立てて何よりだよ」
友人が、胸をはって言う。
委員長は、笑顔でさらに言った。
「二人ともサボってくれるなんて! おかげでダントツ優勝!」
狂った歯車は、回らない。
だからこそ、狂った歯車なんて邪魔なだけ。
邪魔な歯車は、排除される。
大縄を、回すために。