三題噺 「夕焼け」「誘拐」「梨のタルト」
「誘拐ですか」
小さなテーブルの前に二人の男が向かい合って座っている。
テーブルの上には二つのコップと一つの梨のタルトが置かれている。
一人はきちんとした黒のスーツを着こなしている。長めに整えた髪と銀縁の眼鏡が知的な雰囲気を醸し出している。
もう一人は伸ばしているというよりも伸びてきたのをそのままにしていたというようなぼさぼさの長い髪、洗濯しているのかどうか怪しいだぼだぼの薄汚れた服を着ている。
「誘拐されたのはいつのことで?」
「一昨日のことです」
薄汚い男の質問にスーツの男が答える。
「報酬は希望の額を出しますのですぐにでもお嬢様を助けていただきたい」
スーツの男が言う。
「警察に連絡すれば大金を払わずにもすぐにそちらのお嬢様は帰ってくると思いますが」
「こちらはあまりクリーンな仕事をしているとはいえません。警察に通報して自分たちも警察の厄介になるわけにはいきません。こちらは口は固く、腕は確かだと聞いております。ぜひ力を貸していただきたい」
「……一億、一億払っていただけるのならば明日中にお嬢様をそちらにお返ししましょう」
「分かりました、すぐに準備をいたします」
スーツの男は携帯を取り出し、席を立つと電話を始めた。
「確認の電話をしたところ、お金は払いますが、お嬢様と交換で支払うということです」
男は電話を切ると答えた。
「成功報酬ですか、それで十分です」
「それではよろしくお願いします」
男はそういうと扉を開け、部屋から出て行った。
「もしもし、僕だけど。今すぐ事務所に来れるかい? ……ああ、そうだ。仕事だよ」
男が出ていくとぼさぼさの髪の男はどこかに電話をかけ始めた。
電話の相手が訪れたのは街が夕焼けに染まるころになってからだった。
「遅いよ、K。すぐに来るように言ったじゃないか」
「うるせえよ、N。俺にとってはこれが『すぐ』なんだよ」
Kと呼ばれたのは髪を赤く染めた、一見チンピラのような男だった。
髪は短く切り、来ているパーカーもまた赤のチェックだった。首には十字のアクセサリーを付け、ダボダボののズボンにもジャラジャラとチェーンのようなものを付けている。
「今度の仕事はなんだよ」
「大企業のお嬢様の救出だよ」
「くだらねえ、俺はパスだ」
「報酬は一億だよ」
踵を返し、帰ろうとしていたKの足が止まる。
「報酬はきっちり半分だからKの取り分は五千万だけど、どうする?」
「それを早く言いやがれ」
そういうとKはソファーに腰をかけた。
「で、そのお嬢様はどいつだ」
「この子だよ」
そう言うとNはKに写真を渡した。
「あ~、知ってるぜ。一昨日さらわれたって噂されているお嬢様か」
「そうそう、とりあえずKにはその子がどこにいるか調べてもらいたい」
「はいはい、それじゃあさっさとやるか」
Kは立ち上がり鎖と地図を取り出す。
「『探査【ダウジング】』」
鎖は小さく震えたかと思うと地図のある一点を差した。
「ここだそうだ」
「オッケー、それじゃあ行こうか」
二人は鎖の差した場所へと出発した。