君の涙
あの日から、二ノ宮は学校に来ていない。
――何があったのだろうか?
空いている窓際の席に、授業中何回も目をやった。君が居ないと、俺は何の為に学校に来ているのか、よく分からない。
「先生」
放課後、俺は担任の横谷に何故、二ノ宮が休んでいるのかを尋ねた。
「あぁ。……頭痛らしい。先生も、二ノ宮の家に行ったが……居ないようだったしな。親戚の家にでも、行ってるんだろうかね」
顎を触りながら、横谷は言った。
「……俺、休んでた分のプリント持って行きます」
そう言って、俺は横谷に二ノ宮の住所を聞きだした。
書いてもらった紙を何度も見て、確認する。
――この、大きな家が二ノ宮の家なのだろうか?
そこには、大きな二階建ての立派な家が建っていた。白で統一された壁が、とても眩しく見える。
チャイムを鳴らす。――しばらく経っても、誰も出てくる様子が無い。
「二ノ宮?」
声が聞こえたような気がした。
妙な胸騒ぎが、俺を支配していく。柵を乗り越えて、ドアの前に向かった。
ドアを荒々しく叩いて、俺は何度も二ノ宮の名前を呼ぶ。
「二ノ宮? おい、二ノ宮!」
突然ドアが開いて、服装が乱れた二ノ宮が出てきた。
「……けて。……たす……けて!」
かすれた声で彼女は、必死に胸元を隠しながら俺に告げる。
二ノ宮の手をしっかりと握って、俺は走り出した。
人気の無い公園に着いてから、俺は二ノ宮の手を離した。
二ノ宮は俺に背を向けて、服装を整えた後「ありがとう」と小さな声で俺に告げた。
去っていこうとする、二ノ宮の腕を掴んで俺は「どうしたんだよ?」と訊ねようとした。
腕を掴んだ瞬間、二ノ宮はガタガタと震えだし、下に蹲るようにして耳を押さえた。
「……にのみ――」
「さわら……ないで」
君の口から出た、一つの願い。
「………分かった。ごめんな? でも、どうして……」
俺は口を噤んだ。今すぐ、自分の口を縫ってしまいたかった。
――乱れた服を見れば、大体何が起こっていたのかはわかる。
「ごめん。俺、無神経で……ほんと、ごめん。……二ノ宮が、言いたくないなら言わなくていいから」
そういって、俺は近くのベンチに座った。
「……襲われたの」
小さな口から、零れた言葉を俺は……聞き逃さなかった。何て言葉をかけて良いのか、普段女子とあまり交流の無い俺にはわからない。
矢野だったら、的確で二ノ宮が欲している言葉が言えるんだろうけど。
「……義理の兄に」
ぽつり、ぽつりと二ノ宮は話し出す。俺は、二ノ宮の顔を見ることが出来なくて、地面に目を落としていた。
「再婚なんだ。……私の家」
そういって、彼女は黙り込んでしまった。
気がついたら、抱きしめていた。小さな肩を震わせて、君は泣いていたから。
――俺が抱きしめた時、君は怯えた。
……でも、離す事が出来なくて。今の俺には、大丈夫だよって頭を撫でてあげることも、気の利いた言葉をかけてあげることも出来なくて。
――俺は初めて、自分の無力さを呪った。
「泣けよ。我慢すんなよ」
精一杯の言葉を、俺は小さな小さな彼女に言う。
肩を震わせて、君は……声を押し殺しながら泣いた。
声を押し殺して泣く、彼女の姿を、俺は……守りたいと強く思った。
ねぇ、……俺がもし、君の事を好きだといったら、君はどんな顔をする?