目立ちたくないそんな彼女の事情-5
「何事もなくてよかったわね」
パーティーも無事に終わった帰りの車の中で、絵麻はつぶやいた。
純は先ほどまでのお坊ちゃんモードを解いて、年相応の高校生に見える私服で後部座席のシートに沈んでいる。
絵麻も地味なスーツを脱いで、制服姿に戻っていた。
外部での護衛の時はたいてい変装するが、いつもの格好がやはり落ち着く。
「そうだね、順調に進みすぎて怖いくらいのパーティーだったかも」
「しっかりとした警備だったし、別に私付いてなくてもよかったんじゃない?というか、あんたのとこと契約しているボディーガード、すごく優秀みたいだから、学校内でもやってもらえばいいと思うけど」
「何言ってんの。せっかくの学校でもムサい男共に囲まれてるなんて耐えられないって。エマみたいに10代でボディーガード出来る女の子ってなかなかいないんだよ?」
それはそうだろう。
そんなにボディーガードが出来る女の子がいっぱいいたら、絵麻に仕事が回ってくるわけがない。
私だって好きでやってるわけじゃないんだと思いながら、窓の外に目を向ける。
都心から離れた絵麻の家まで向かう、見慣れた高速道路からの景色だ。
時間外の護衛の場合は夜が遅くなるので、帰りは車で家まで送ってもらうことにしている。
窓の外を見ながらため息をつく絵麻を見て、純も大げさにため息をつく。
「なんでそんなに嫌がるかなぁ?これでもすごく褒めてるんだけど」
「まあ…能力を買ってくれてるのはいいけど、私は穏やかな生活が一番大事なの。それにそのうち大学受験もあるし、就職もしなくちゃいけないし、ずっとこの仕事しているわけにはいかないじゃない」
「就職ならこのままボディーガードやればいいじゃん。エマは浩司さんとこの秘蔵っ子なんだし、政財界や芸能界のVIPから指名もすごいんでしょ?それが嫌なら……」
純は、身を乗り出して左側に座る絵麻に近付き、耳元に口を寄せる。
「俺の専属になればいいよ。そしたら一生困らないようにしてあげる」
絵麻は急な純の接近に思わず窓側に体を引いた。
いつもより純の声のトーンが低い。
軽い調子は消してささやくように、だが確かに耳の奥まで届くほどしっかりと告げる。
だいたいこれで女性は頬を染めて、純に夢中になる。
これ以上逃げ場がない絵麻を見て悪戯心が湧いた純は、耳たぶを噛んでやろうと、さらに顔を近づけた。
が。
「いてっ!」
「バカなこと言ってんじゃないの。あんたは昔から、すぐにそうやって誰構わずスカウトするんだから。しかも一生って、そもそも私この仕事やってくつもりないし。普通の会社で普通に働きたいの」
「…なんで毎回そんなに頑ななのかな。すごくいい条件だと思うのに」
絵麻に叩かれた額をさすりながら、純は体を引いて元いた位置に戻った。
専属の話は、純だけでなく琥狼にもよく言われることだ。
確かに、絵麻はボディーガードの経歴が長いにも関わらず(本人は不本意だが)、まだ高校生でしかも女の子という、貴重な人材だ。
純や琥狼だけでなく、一度絵麻が仕事を受けた顧客からも同じ提案がいくつもきている。
しかし純や琥狼の場合は、単に絵麻のボディガードの腕を見込んでのことだけではない。
きっと彼らなりに気にかけてくれているのだろう――彼女の両親が行方不明なことに。
「だって、あの古い一軒家にまだ中学生の弟だろ?まだまだお金がかかるんだしさ。おじさんたちが帰ってきたときに、子供たちが路頭に迷っているってなってたら、かわいそうじゃないか」
そう、絵麻の家は古い日本家屋で、ぼろいながらもそれなりに維持費がかかる。
弟の夏音はまだ中学生なのでバイトは出来ないし、かと言ってお金がなくて進学出来ないなんてことにはしたくない。
「お気遣いありがとう。あんたも琥狼も、うちの家族と仲良くしてたから余計にそう思ってくれるのね」
「エマならもう俺らのことよく分かってるし、無理な依頼しても何だかんだ言って受けてくれるし、側にいても他
の女の子みたいに気を遣わなくていいし、とにかく楽なんだよね」
そっちが本音か。
一瞬でも感動した自分が憎い。
そういえば、琥狼からも「お前と一緒にいると楽だ」を言われるのも、純と同じような内容だった。
純は女の子の前ではレディファーストに徹し、男友達の前では明るくひょうきんなキャラを通している。
琥狼は、男に人気があり兄貴と呼ばれ慕われているが、女性にはクールな態度であまり話さない。
それでも、その硬派な姿勢がかっこいと女性たちにはモテる。
共に人気はあるが、家庭環境から公の場で本音を簡単に漏らさないクセがあるので、愚痴や人の悪口を言うことはない。
しかし、絵麻の前では、本性の彼らは意地悪や辛辣な本音を遠慮なく言ってくる。
絵麻に素で接してくるのは気を許している証拠なのだろうが、無理難題を押し付けてこないよう他の女の子みたいに優しくしてほしいものだ。
かと言って、普通の女の子扱いをされたら、それはそれで気持ち悪いだろうが。
「本当にあんたたちって面倒くさいわね」
「琥狼と一緒にされるのは心外だなぁ。俺は純粋にエマに側にいてほしいだけだよ」
純は王子様スマイルで見つめられても、その腹の底にあるどす黒いモノを知っているだけに、ときめくものもときめかない。
絵麻はまたため息をついて、改めて窓の外を見た。
高速道路を降りて住宅街の風景に変わっているので、もうそろそろ家に着くだろう。
家に着いたらまず明日の宿題を済ませなければと、絵麻は一層気が重くなった。